63.長い道程の果てに(1)-朝日&ドゥンケside-
前半は朝日視点、後半はドゥンケ視点です。
「私は……自分の愛した人達を――守る!」
剣を持った右手を、デュークに突きつける。
私の言葉に……デュークは「ふふっ」と馬鹿にしたように笑った。
――愚かな……お前如きが、たった独りで……?
「独りじゃないもの。……わかってるでしょう? 浄化者と――三種の神器の封印があなたを徐々に縛り付けてるのを」
――ぐ……。
デュークの身体が、少しずつ……小さくなっている。
「もう――あんたは、終わりよ!」
さあ……来い!
私は剣を構え、デュークの触手を待ち受けた。
――……うっ……。
デュークが一瞬……苦しそうな気配を滲ませた。
私はちょっと驚いてデュークをまじまじと見つめた。デュークは小刻みにプルプル震えている。
――お前……まで……。
「え……?」
独り言……? え、何?
いったい何があったの?
――な……き……ぐ……!
今度はわなわなと激しく揺れ出した。
さっきまでの、淋しささえ感じさせた様子とは違う。
猛烈な、怒り……?
――もう、よいわー!
急に発狂したように、デュークは暴れ出した。
デュークの力の波動が、激しく黒い神殿を揺らす。
その余波は私の方にも届いて、後ろに飛ばされかけた。ぐっと踏ん張って、その場に立ち続ける。
――瀕死になれば意識も途切れよう!?
「え……」
――その身体……貰うぞ!
デュークの触手が……これまでとは違う力を帯びた。
私にとり憑くための力じゃない。
私を傷つけるための……恐ろしいほど研ぎ澄まされた凶器と化している。
「……!」
私は両手で剣を構えると……その腕を振り上げた。
デュークが私を傷つける、その前に――私は自ら命を絶たなくては。
――その身体を、寄こせー!
デュークの恐ろしい声が響き渡り、黒い触手が一斉に私に向かってきた。
私は唇を噛みしめ、剣を自分に向けると……思い切り振り下ろした。
私の手にあったはずの剣が一瞬で砕ける。
大きな黒いものが私の視界を覆い……触手が見えなくなる。
何かが思い切り私の身体を引っ張り……力強く抱きしめた。
「……っ……朝日……力、解いて……」
「早く! 俺が守る!」
耳元で、ユウと夜斗の声が聞こえた。
ハッとして横を見ると……フェルティガを纏わせている私をユウが歯を食い縛りながら抱きしめている。
夜斗は私達三人の空間の周りに障壁を張り、闇を弾き返していた。
「あ……」
私はフェルティガの鎧を解除した。ずっと放出し続けていたから、かなりクラクラする。
このままでは……意識を失ってしまう。
――少し分けてやろう……。
ユウの身体の中から声が聞こえ……何か暖かいものが身体の中に流れてきた。
「何……私……」
だって、闇は……え?
私はハッとして顔を上げた。
「――ドゥンケ!」
目の前には……黒い翼。二本の角。
「早く……行け!」
ドゥンケは少し顔をこちらに向けると、苦しそうに言った。
ドゥンケの身体には、凶器と化した闇の触手が何本も突き刺さっている。
――ドゥンケ……貴様ー!
デュークはさらに触手を繰り出した。
ドゥンケは黒い翼をはためかせて飛び立つと、自らその触手に刺さりに行く。
「ドゥンケー!」
――邪魔を、するなー!
「デューク……話が違う。アサヒは……殺させない」
――殺しはしない……わたしが貰い受けるだけだ!
「それは……殺すのと同じことだ」
ドゥンケは少し震えながら、デュークの前に立ちはだかっていた。
「そんな生は……意味がない」
ドゥンケはそう呟くと、私達の方に振り返った。
「何を……している。早く……逃げろ」
「な……だっ……」
どう言ったらいいかわからない。私は首を横に振った。
「言っただろう。わたしの望みは……神の手により――死ぬことだと」
「……だから、それは違うって……!」
「――行くよ、朝日」
ユウが私を抱きかかえたまま、夜斗の腕を引っ張って宙に舞い上がった。
入って来たらしい、壁に開いた穴に飛び込む。
「待っ……! ユウ! 夜斗!」
「……」
「……」
ユウも夜斗も――何も言わなかった。ただひたすらに……穴を突き進む。
もう……ドゥンケの姿は見えない。
「ドゥンケー!」
私は大声で叫んだ。穴の中で反響して、わんわん響く。
「死ぬことが望みなんて間違ってるって……死ぬこと以上の望みを見つけてねって、言ったじゃない!」
聞こえる? ねぇ、ドゥンケ、聞こえてる?
ねぇ……これでよかったの? ドゥンケにとって……本当にこれでよかったの?
私は、また……ただ、周りを巻き込んだ……だけなんじゃないの?
◆ ◆ ◆
「行った……か……」
わたしが開けた大穴――その近道から、アサヒ達の姿が消えた。
“ドゥンケー!”
デュークが……怒り狂って暴れている。
そうだ……これは、わたしの父だ。父なる神の――なれの果てだったのだ。
父が必死の思いで差し伸べた手を……わたしは、こんな形でしか握ることができなかった。
「デューク……」
“貴様、なぜ……父より女が大事かー!”
父とは呼ぶなと言ったはずなのに……なぜだろう。笑みがこぼれる。
わたしを罵倒する言葉なのに……なぜか、嬉しい。
わたしは父に殺されようとしている。
なのに……なぜか、淋しくない。
「……アサヒでなければ、止めなかった」
“馬鹿なことを……! アサヒだから、必要なのではないか!”
「……だとしたら……わたしたちは……似ているのではないか……?」
“何を……!”
デュークがわたしから逃れようと、激しく暴れる。
わたしは自分の身体に刺さったいくつものデュークの触手から……恐らく最初で最後の、父の剥き出しの感情を受け止めていた。
そうだ……思い出した。
わたしを操るためとはいえ……父はずいぶん長い間、わたしと一緒にいてくれた。
母よ……あなたは、正しかった。
* * *
「誰が何と言おうと……デュークの息子は、あなたしかいないの。それだけは、確かなのよ」
「え……」
「私を忘れることはあっても……あなたを忘れることは絶対に……ない」
「……本当に……?」
「――ええ」
母が微かに頷く。
「ドゥンケ……気が遠くなるほどの長い時間を……あなたはこれから独りで過ごさなくてはならない。でも……これだけは憶えていて」
母は……にっこりと微笑んだ。赤みがかった瞳が潤んでいた。
「デュークは……いつか、必ず……会いに来るから」
* * *
“ぬおお――!”
デュークが滅茶苦茶に暴れる。わたしは必死でそれを押さえつける。
「……デューク……いや、父よ」
“何を……!”
「わたしを思い出してくれて……ありがとう」
“……!”
暴れていたデュークの触手が、不意におとなしくなった。
――死ぬこと以上の望みを見つけて。
アサヒがわたしに言った言葉……その答えがこれなのかどうかは、わからない。
あのとき見つけた答えは、外の世界に出ることだった。アサヒが見る世界を、わたしも見てみたい、と……。
しかし……ヒトにも神にもなれないわたしが、ヒトを庇って……父なる神に寄り添い、逝く。
これが……一番、らしいのではないか……?
「……最後まで……わたしが傍にいる」
“ひ……必要、ないわー!”
デュークの激しい雄叫びが響き渡る。
わたしの視界が……ゆっくりと暗くなっていった。




