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62.強欲の神が得たもの(3)-デュークside-

 アサヒがテスラの人間だということはわかっているが、異世界と行き来しているのだからいつ会えるかはわからない。

 捕まえるのは無理だとしても、髪でも血でも、その一部を持ち帰ることができれば、ドゥンケには伝わるだろう。

 そのためには、幻惑の力を最大限に活用して、まずフィラを落とす。

 フィラの人間を使って、次にどんな手を打つか考えていこう。


 そう考えながらテスラに戻ったが……わたしの計画は完全に狂ってしまった。

 エルトラ王宮には、遠くから見てもわかるくらい、おびただしい数の兵士がいた。こぞってキエラ要塞を見張っている。

 そしてフィラは――見たこともない白い霧で覆われていた。


 この霧は、どこかで見たような……。

 そうだ、カンゼルが忌々しげに言っていた……絶対障壁(シイヴェリュ)とかいう結界だ。

 これだけわたしの力を蓄えてしまったヨハネの身体では、ここは通り抜けられまい。……すぐに気づかれてしまう。

 こしゃくな……誰が、こんな……。


 わたしは隠蔽(カバー)をかけて、慎重にフィラに近付いた。

 時折、絶対障壁(シイヴェリュ)を出たり入ったりしている人間がいる。

 そいつらから気づかれない程度に情報を集めると……どうやら、アキラが中心となってかけたのだということがわかった。


(アキラ……)


 ヨハネの精神が少し反応した。羨望とも嫉妬とも取れる感情だった。

 やはり目障りだ。……アキラは今、テスラにいる。

 危険な浄化者――この機会に、殺してしまおう。



 しかし――結局アキラを仕留めることはできず、危うく浄化されかかった。

 だが……わたしの剣を受けた傷から、穢れ始めているのに気づいた。

 わたしはアキラの精神を傷つけるべく、思いつく限り(なじ)り続けた。

 このままいけば闇に堕ちる……そう確信したとき、眠っていたはずのヨハネが騒ぎ出した。


(やめてくれ! 僕は……そんなこと……)

 ――嘘をつくな。お前が感じていたことではないか。

(それでも……それが全てじゃない! 僕は……アキラを……)


 ヨハネが本格的に暴れかねない――そう思ったわたしは、仕方なく逃げてきた。

 トドメは刺せなかったが、このまま放っておけば壊れるか、闇に堕ちるだろう。

 忌々しい浄化者め……ジャスラが受けた苦しみを、お前も思い知るがいい。


 力づくでヨハネの精神をねじ伏せると、わたしはテスラを離れた。

 予定通りにはいかなかったが、アキラの血を手に入れた。

 アキラはアサヒの息子だ。これでどうにか、ドゥンケが納得すればよいが……。



「……その、血は……!」


 アキラの血のついた剣を見た瞬間、ドゥンケの表情が険しくなった。


「アサヒではない……息子のアキラのものだ」

「――殺したのか」

「殺してはいないが……」

「……」

「そんなことより……」

「そんなこと、なのか? デュークにとっては」

「ん……?」


 どうも反応がおかしい。ドゥンケは明らかに機嫌を損ねていた。


「母は……わたしが怪我をすると、真っ青な顔をして心配していた」

「……っ……」


 ただでさえジェシカの記憶に惑わされているというのに……あの女の話なんぞ聞きたくはない。

 そう思ったが……わたしはその場を動けなかった。


「ヒトではないわたしは死ぬことはないし、怪我をしてもすぐに治るのに……。つまり……母とは、そういうものなのだと思う」

「……ふん……」

「――アサヒと初めて会ったとき……泣いていた」

「……」

「それは幼き日に見た母の背中に似ていた。母もよく……わたしに隠れて泣いていた」

「……っ……」


 もうたくさんだ。――あの女の話は。


「アサヒも、息子のアキラにはこんな姿は見せられないと言っていた」

「ふ……ん……」


 幸い……アサヒの話に戻った。

 ホッとしたようなすかされたような不思議な気持ちになって、わたしは曖昧な相槌を打った。


「よくはわからなかったが……もし、アキラが怪我を負ったのであれば、アサヒはひどく心配するだろうし、悲しむと思う。……そういうやり方は……好きではない」

「……死んではおらん。ちょっと傷つけただけだ」


 本当は殺そうとした、など、とてもじゃないが言えないようだ。

 ドゥンケは自分では気づいていないようだが、かなりの力を持っている。

 今のわたしでは、押し切られてしまう可能性が高い。


「……ヒトは脆い生き物だが……神にとっては……それはどうでもいいことなのか」

「どうでもいいも何も……考えたことすらないが」


 わたしの返事に、ドゥンケはちょっと押し黙ったあと――溜息をついた。


「……わたしも……そうだった、が……」


 それだけ呟くと、ドゥンケは背中から翼を生やし、飛び立ってしまった。


 外の世界にアサヒがいる。

 そのことはどうやら信じたようだが……肝心のわたしに対する気持ちに、少し疑心が芽生えたようだ。

 何を間違えてしまったのかはよく分からない。だが……時間はある。

 わたしには――ドゥンケがどうしても必要なのだ。



 じっくりとドゥンケを洗脳していく。

 カンゼルは薬やフェルティガだけでなく、言葉巧みにヒトを操っていた。

 そのときの経験を思い出しながら……ドゥンケと共に過ごす。

 ゆっくりと……確実に、ドゥンケの心を捉えていく。


 しかし……あまりのんびりもしていられないことに気づいた。

 この島に……ヒコヤが伴侶を伴って現れたからだ。

 二人の会話では、わたしがここにいると確信を持っている訳ではないようだったが……うかうかしてはいられない。わたしはドゥンケの洗脳を急いだ。

 最初に比べれば、ドゥンケの警戒心はかなり薄れたように思う。

 どうやらジェシカが死んでからずっと独りだったドゥンケは……かなり渇いていたようだ。



 そして、久し振りに飛龍で外に出た、ある日――。

 気づかぬうちに、わたしはジャスラの国に来ていた。思えば……壊れていくジャスラを見たのを最後に、全く足を踏み入れていなかった。

 ――ジャスラが愛した国は……今はどうなっているのだろう。

 念のため隠蔽(カバー)をかけ、わたしはジャスラの空を飛んだ。


「あ……シルヴァーナ女王、聞こえる!?」


 不意に、聞き覚えのある声が飛んできた。

 見ると……アキラと小さな少女だった。

 わたしはギクリとして距離を取った。あまり近付くと、例え隠蔽(カバー)がしてあろうとも、アキラはわたしの気配を察してしまう。


 しかし……あのとき負わせた穢れは、もう消えてしまっていた。

 やはりトドメを刺せなかったのが問題だったようだ……。


「そう。アサヒ、目覚めたんだ。女王のおかげだよ」


 ……アサヒ、だと?


「うん。ヤハトラなら安心だからね。……勾玉で守られてるし、ソータさんに繋がってるから。だから、まだ当分はここで……」


 そのあとアキラはしばらく話したあと、少女と共にどこかにすっと姿を消した。


 勾玉……ソータに繋がって……。

 そうか……ヒコヤから感じた、あのわたしの天敵とも呼べる力。

 あれと同じものがこのヤハトラという場所にある、ということか……。

 だとすれば、たとえ居場所がわかっても、わたしには到底近づけぬ。それはドゥンケも同じだろう。

 ううむ……。

 しかし……アサヒはテスラの人間のはず。いつかは……必ず、あの国に帰るはずだ。いつまでもこの国に留まるとは思えぬ。

 それとも……アサヒがいない間に……。

 ……いや、ドゥンケを動かすにはアサヒの存在は絶対に必要だ。

 幸い、パラリュスの地形は変わり……ここからジャスラの国まではそう遠くはない。アサヒの動向は絶対に探らねばならん。


 わたしは細心の注意を払いながら、ヤハトラと呼ばれる場所を探ることにした。

 ヤハトラには、あの忌々しい神器とやらがある。迂闊に近寄ればすぐにヒコヤに居場所が知られ、封印されかねない。

 ヤハトラに近付くのは危険だが、ヤハトラを出入りする人間を見張れば何かわかるかもしれん。

 ――そうしてドゥンケの洗脳を続けつつ、ヤハトラを見張ること2週間……ついに、アサヒが動いた。



「……ドゥンケ! アサヒを見つけたぞ!」


 わたしは島に戻ると、ドゥンケに大声で叫んだ。


「……な、に……?」


 ドゥンケの洗脳もあとひと押しのところまで来ていた。


「わたしに触れてみろ。感じてみろ。わかるだろう? 嘘は言っていないことが!」

「……」

「随分と長い間、一緒にいた。そろそろ……わたしを信じてもいいのではないか?」

「デューク……本当に、か……?」


 ドゥンケがゆっくりとわたしに――ヨハネの身体に触れる。

 わたしが見た光景を、ドゥンケに伝える。


 ヒコヤの迎えで……ゆっくりと歩いて行くアサヒの姿。

 とても大きな腹をしていた。恐らく……身籠っていたから、ヤハトラに匿われていたのだ。

 その姿は、到底わたしの知っているアサヒの姿ではない。

 これがわたしが作った虚像ではなく、実際の光景だと、わかるはず……。


「……アサ、ヒ……」

「ドゥンケ……外に――出るぞ!」


 わたしは右手をドゥンケに翳すと、思い切り力を放出した。


「……ああああ……ああああー!」


 それに呼応するかのように、ドゥンケが叫ぶ。

 最後のわずかな抵抗が……神の使者の張った結界を揺らした。


「わたしに……応えろー!」

「――!」


 ドゥンケの赤い瞳が、凄まじい力を帯びる。

 そして、ついに――外に出たいという思いが、他のすべてを凌駕した。

 神の使者が張った結界――誰かが開き、私が広げた穴から……亀裂が入る。

 バーンという激しい音が鳴り……結界は、壊れた。


「ドゥンケ……よくやったぞ!」


 わたしは呆然と空を見上げたままのドゥンケを抱きしめてやる。

 ドゥンケはパラリュスの白い空を見上げ――コクリと頷いた。


 そうして……ドゥンケは島の民に、結界が消えたこと、旅に出ることを告げ、わたしと共に島を出た。

 ドゥンケの波動は異質で――わたしの存在を覆い隠すのにちょうどよかった。

 ヒコヤたちの後をゆっくりと追う。


 テスラに上陸するのを女神に阻まれたり、要塞の守りが厳重過ぎてなかなか入り込めなかったり……いろいろあったが、わたしはついにドゥンケをわたしの本体の前に連れてくることに成功した。


 なのに――それ、なのに……!

 ドゥンケは器としては上出来なはずだった。実際、わたしの力をかなり受け継いだ。

 しかし……わたし自身は、受け付けなかった。あくまでドゥンケで有り続けた。

 ヒトでも神でもないからか。だから結局、神にはなれないということか。


 となると――やはり、あの女を連れて来るしかない。

 闇も、フェルティガもすべて取り込む、あの女――アサヒを。


   ◆ ◆ ◆


 こうして……便利だったヨハネの身体をも捨て――ここまで来た。

 あと少しだ。あと少しで、わたしの長く孤独な闘いは……終わるのだ。


 なのに……ドゥンケよ。

 お前まで――わたしを拒絶するのか……!



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