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61.強欲の神が得たもの(2)-デュークside-

“――……うっ……”


 わたしは思わず呻いた。

 わたしに剣を突きつけていたアサヒが、一瞬訝しげな顔をしたのが見えた。


 ドゥンケが……わたしの呪縛から、逃れた。それが――わかった。

 お前も――わたしを拒絶するのか。

 わたしが……お前を、外の世界に連れ出してやったというのに……。


   ◆ ◆ ◆


 ドゥンケとアサヒが会っているところを見たあと……わたしは一度ヨハネから離れた。

 時間は十分にある。どうやってドゥンケをあの島から連れ出すか……じっくり考えなくては。

 わたしにはあの結界を壊すことはできない。できるとしたら……ドゥンケだけだろう。

 恐らく、気づいてはいまい。……太古の昔から、ずっとあの島にいたようだから。


 ……ジェシカは、やはりいなかった。ただのヒトの女だから、当然だ。

 わたしがとり憑いて力を分ければ、時の流れを止め、生きられただろう。

 しかし……わたしはそうはしなかった。

 よくわからないが……あの女の意思を奪うことは面白くない、と思ったからだ。


「……何を、今さら……」


 わたしは自嘲気味に笑った。

 今考えることは、そんなことではない。――ドゥンケを如何にして連れ出すか、だ。


 そして、1年後の冬――わたしは決断した。

 ヒコヤはテスラを旅立った。あのアサヒという女や、以前わたしが操った男も、こぞっていなくなった。

 おそらくしばらくは帰って来ない。1年前の冬の出来事から、ヨハネの周りの警戒が少し強くなっている。もう……ぐずぐずしてはいられない。


 わたしはヨハネの身体を再び奪った。

 同行していた人間が浄化者だったのはまずかったが……精神は完全に殺したし、問題ない。

 少々抵抗していたヨハネの意識も、この一件ですっかり引き籠ってしまった。

 この身体は、完全にわたしのものだ。


 まず力を強化すべく、わたしはキエラ要塞に向かった。

 要塞にはフェルティガエによって忌々しい障壁(シールド)がかけられており、身体をもたずに入れば二度と抜けられなくなっていた。そのため、ずっと近づけないでいたのだ。


 要塞に入ると、わたしはヨハネの身体に力を蓄えた。

 ドゥンケに抵抗されたら、幻惑をかけて操ることも考えなければならない。それならば……力は大きければ大きいほどよい。


 以前、カンゼルが訪れたように……最深部に入る。

 黒い神殿に囲まれて……わたしの本体が蠢いていた。半分眠っているような状態だったが……分身と対峙することで、完全に目覚めた。


“……いよいよだ”

「そうだ、いよいよだ」

“ヨハネの身体では……それが限界か”

「うむ。だが……ドゥンケを連れ出すには十分だ」

“……ああ”


 わたし(本体)わたし(ヨハネ)のやり取りが続く。


「では――行くか」


 わたしは要塞を出て――ドゥンケがいる島へ向かった。

 以前、結界で見つけた穴は、まだそのままだった。

 ……いや……少し広がっている……?


 中を覗くと……ちょうど、ドゥンケが穴に向かって飛んでくるところだった。


「――ドゥンケ……!」


 わたしは思わす大声で呼んだ。ドゥンケはビクリと身体を震わせると、キョロキョロ辺りを見回した。


「ここだ……上だ」

「……! ……誰だ」

「わたしはデューク……お前を創った神だ」

「……!」


 ドゥンケの赤い瞳が見開く。

 そうか……その瞳は、ジェシカに似たのか……。


「……ただのヒトにしか見えないが」

「……それは……」

「ここは……ヒトは出ることも入ることも叶わぬ場所だ。早く去るがいい」

「……わたしは神だと言っているだろう」

「……」


 ドゥンケは憮然としていた。どう見ても少年の顔が覗いているから、信じられないのだろう。

 まずドゥンケに取り入らなければ話にならん。

 わたしは集中すると、ヨハネの力ではなく自らの神の力を絞り出した。穴に手をかけ、徐々に広げる。

 ……どうにか、ヨハネの身体だけなら抜けられる大きさにまで広げた。


「何と……!」


 たかが使者の結界ならば、神の力で曲げられる。

 しかし……これはかなり消耗するのでやりたくはなかったが……仕方がない。

 わたしは飛龍にしばらく近くで待っているように言うと、穴から飛び込んだ。


「受け止めろ、ドゥンケ!」


 わたしが叫ぶと、ドゥンケが咄嗟に両腕を伸ばした。その中にずぼっと身体が収まる。


「……どう見てもヒトだが……」

「訳あって身体を借りている。……そういう契約だ」

「……」


 ドゥンケはわたしを抱えたままゆっくりと下降し、ひらりと崖の一角に舞い降りた。

 そして私を下ろすと、信じられない様子で頭の先からつま先までジロジロと見回した。


「本当に……父たる神なのか」

「そうだ。お前の名を知っていることが何よりの証拠だろう?」

「……島の民から聞いたかもしれないではないか」

「では……母の名を当ててやろうか? ジェシカだろう」

「……」


 ドゥンケはこくりと頷いた。そしてちょっと俯くと

「……どうして父は帰って来なかったのだ」

とポツリと言った。


 ドゥンケが父、とわたしを呼んだことが……何だか決まり悪く感じた。

 あまりの居心地の悪さに、わたしは「デュークと呼べ」と前置きしたあと、テスラという国で掴まっていて身動きができなかった、と答えた。


 そしてこれは分身であり、自由に動くためにはどうしてもヒトの身体が必要だということ、本体を解放するためにはドゥンケが必要だということを丁寧に話して聞かせた。


 ドゥンケはわたしの話を理解してはいたようだったが

「この島からは出られぬ」

の一点張りだった。

 昔、神の使者に言われたらしい。「未来永劫、この地にいろ」と。


「わたしの方が立場は上だ。それに、お前がその気になれば、わたしがさっき見せたような神の力を引き出せるはずだ」

「……」


 ドゥンケはどうしても首を縦に振らない。

 ふと……わたしは1年前に見た、アサヒのことを思い出した。

 あの女が去って、随分淋しそうにしていた。

 ひょっとして……あの女が訪れるのを待っているのか? 


「それに……あの女――アサヒ、だったか? あの女がいる国だぞ、テスラは」

「え……」


 ドゥンケの顔色が変わった。

 思った通り――かなりあの女を気にしているようだ。


「まさか。……それに、どうしてデュークがアサヒを知っているのだ」

「……本体はテスラにあると言っただろう」


 わたしはそれだけ言うと、溜息をついた。


 あの女……アサヒのせいで、二度もわたしの計画は狂わされた。

 いや、ウルスラの件も加えれば、三度……?

 とにかく、邪魔な――それでいて、喉から手が出るほど欲しい女だ。


「……どうも腑に落ちない」


 どうやら、ドゥンケはかなり頑固な性格のようだ。そう言えば……ジェシカもそうであったか。


「とにかく、わたしは……ここを離れない」

「わたしを……見捨てるのか?」


 わたしはドゥンケに手を翳した。

 わたしがかけた幻惑に一瞬ドゥンケは怯んだが……すぐにわたしの手を振り払ってしまった。


「……母も死に……何千年も経ってから現れて、父と言われても……助けてくれと言われても、すぐに動く気にはなれない。……時間をくれ」


 ドゥンケはこの島にいることに……何らかの意義を見出しているようだった。

 それがどうやらアサヒにもたらされたものだということも、おぼろげながら分かった。

 時間はどれだけでもある。わたしにはもう、ドゥンケしか残されていない。


「――いいだろう」


 わたしは頷いた。



 そのあと……一度、アサヒが現れた。

 しかしドゥンケが人助けとやらで海に行っている間で……ドゥンケはアサヒに会うことはできなかった。

 ゲートが現れ、わたしは慌てて隠蔽(カバー)をかけ、身を潜めた。

 アサヒは島の民と少し言葉を交わした後、遠くのドゥンケを見て微笑み――黙って姿を消した。

 海から戻って来たドゥンケにそのことを告げると、ドゥンケは珍しくがっくりと項垂れた。

 ドゥンケとアサヒの間にどういう繋がりがあるのかはわからないが……ドゥンケの方はかなりあの女に入れ込んでいるということがわかった。


「だから……あの女はテスラに帰ったのだ。ここを出れば会いに行けるぞ?」

「……」


 ここしばらくの間――隙を見てドゥンケに幻惑をしかけるが、なかなか効かない。

 やはりドゥンケはヒトよりもむしろ神に近いのだ。……だとしたら、なおさらその身体が欲しい。


「――わかった。アサヒが外にいるという証拠を見せてやろう」


 わたしはすっくと立ち上がった。ドゥンケが驚いたようにわたしを見上げた。


「証拠……」

「……しばらく出かけてくる」


 わたしがそう告げると、ドゥンケが咄嗟にわたしの腕を掴んだ。

 わたしはハッとして振り返った。


 あの日――ジェシカがわたしに縋りついてきた、あの時を思い出した。

 ドゥンケはまだ幼く何が起こったのかはわかっていなかったし、もう覚えてはいないようだが……ひょっとして、どこかに刻まれているのだろうか。


「――必ず帰ってくる」


 お前の力がどうしても必要なのだ。決まっているだろう。

 そう思ってわたしは言ったのだが……ドゥンケのちょっとホッとしたような顔を見て、わたしの胸はまたザワザワし出した。


 あのとき、ジェシカに――たとえ嘘でも、「帰ってくる」と言ってやればよかったのだろうか。



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