60.強欲の神が得たもの(1)-ユウside-
俺がミリヤ女王を連れ、王宮からサンに乗って飛び立ったとき……キエラ要塞に大きな亀裂が入るのが見えた。
「何だ!?」
「……地下で何かが起こっておるようじゃな」
シルヴァーナ女王の結界は維持されたままだったから、よくは見えなかったが……。
どうやら地面に大きな穴が開いて、要塞が地下に沈んでいるようだ。頑丈なはずの要塞がどんどん呑み込まれ、まるで模型のようにグチャグチャに潰され、崩れ落ちていく。
南の兵士で、すでに立っている者はいなかった。北はまだ乱闘が続いていたようだが、要塞に気を取られている隙にユズルとシルヴァーナ女王が兵士を拘束したようだ。
東には……すでに、夜斗とソータさんがいた。
宝鏡は復元されている。三種の神器による結界も完成している。
もう大丈夫なはずなのに――ひどく慌てた様子だった。
俺は急降下すると、夜斗とソータさんの前にサンを着地させた。
先に地面に降り、次に女王に手を差し伸べ、下ろす。
「ソータさん、いったい……」
「暁がいない!」
「……えっ!?」
確かに……朝日が要塞の東に送り届けるはずだったのに、暁の姿はどこにもなかった。
「アキラー!」
「皆さーん……!」
北からシャロットが、南からミジェルとレジェルが駆けてきた。
「アキ……あれ!?」
シャロットはキョロキョロと見回すと
「アキラは!?」
と大声で叫んだ。
「シャロットも見てないのか?」
「うん。レジェルさん、南には……」
「いませんでした。でも……確かに、アキラの力を感じたのに」
レジェルも少し驚いている。
「凄まじい浄化の力でした。あんなの……アキラにしか、できないはずなのに……」
「どうなってるの?」
そのとき……キエラ要塞の方から、ガラガラガラ……という瓦礫が崩れる音がした。
驚いて振り返ると、穴から一頭の飛龍が飛び出してきたところだった。
「あ……」
飛龍が暁を口に咥えている。そしてこちらに気づくと、パッと離した。
「わっ……」
飛龍はそのままよろめき……速度を緩めることなく地面に激突した。どうやらヨハネや闇の影響を受け過ぎて……もう限界だったようだ。
「――アキラ!」
シャロットが、慌てて落ちてくる暁に向かって駆け出した。
俺もハッとして見上げた。
「駄目ー! ゆっくりー!」
ミジェルが大きな声で叫んだ。その途端、下から突風に煽られたかのように暁の落ちてくるスピードが緩やかになる。
暁は防御ができているようだ。これで多分、ちゃんと無事に降りて来られるだろう。
「ばっ……シャロット、邪魔ー!」
暁が上空で叫んだ。何と暁が落ちてくる場所に、シャロットがいた。
暁は咄嗟にシャロットを引っ張り上げて抱きかかえると、激しく地面に落ちた。ゴロゴロゴロ……と転がっていく。
俺は心臓が止まりそうになって、思わず駆け出した。
「あ……」
「アキラ……大丈夫!?」
「――この、馬鹿!」
暁はむっくりと起き上がると、シャロットの身体を引き離して怒鳴りつけた。
「お前のせいで、危うく大怪我だよ! 落下地点で待ち構える奴がいるか! お前が俺を受け止められる訳がないだろ!」
「だって、思わずー!」
どうやら……二人は特に怪我もないようだった。ホッと胸を撫で下ろす。
「暁、どうして中に……」
「――ユウ!」
暁は俺に気づくと、慌てて立ち上がって駆け寄って来た。
「朝日を助けて! 中で……闇と闘ってるんだよ!」
「何だって!?」
――このままでは……封印はできぬ。
女神テスラの声がする。
「え……」
その瞬間……俺の意識は、するすると中に引き込まれてしまった。
女神テスラが俺の身体を使って伝えようと、表に出てしまったからだ。
《あの娘――アサヒがデュークと対峙している》
「何だと!?」
ソータさんの顔色が変わった。
それがどれほど危険な状態か、多分一番分かっているはずだ。
《今は跳ね除けているが、このままでは……》
――助けに行かないと!
《娘はすべての力を拒絶している状態だ。どうやって……》
――それでも、俺は……。
「行かなくちゃならないんだ!」
気がつくと、俺は女神テスラを押し退けて表に戻って来ていた。
「待て、ユウ……」
夜斗が俺の腕を掴んだ。
「夜斗、何回も言ってるよな! 俺の使命は朝日を守ることだって!」
「わかってる! だから俺も行く!」
夜斗は俺の腕を掴んだまま、ソータさん達を見回した。
「朝日が拒絶した状態なのは、障壁が使えなくて、それしか闇を弾く方法がないからだ。俺が行けばどうにかなる」
「夜斗……」
夜斗は俺を見ると力強く頷いた。そしてミリヤ女王の前で跪くと、頭を垂れた。
「ミリヤ女王……よろしいでしょうか」
「……許可する」
俺は聖なる杯が入った鞄を肩から外し、ソータさんに差し出した。
「じゃあ……行ってくる。ソータさん達はすぐにでも封印ができるように、準備だけはしておいてね」
「……わかった」
ソータさんは鞄を受け取ると、力強く頷いた。
「――行くぞ、夜斗」
「……ああ!」
俺は地面に開いた大穴に向かって走り始めた。
夜斗はいつだって俺達の――朝日の味方だった。
夜斗と初めて協力した、同じ季節のあの時を思い出す。
――これで最後じゃ。……思う存分、やるがよい。
俺の中の女神テスラが囁いた。
――われも……力を貸す。
「……はい!」
俺は力強く返事をすると、穴から飛び降りた。
中は要塞の名残を残しつつも、完全に崩壊していた。
最初はやや広めの空間だったが、だんだん細くなっていく。周りは土と瓦礫で埋め尽くされ、うねりながら蟻地獄のように地下深くへと続いている。
――不意に、少し広い空間に出た。……ここは……?
「――ユウ!」
気配を察した夜斗が、ぐっと俺の腕を引っ張った。凄まじい力が目の前を横切る。壁に当たると、土砂が飛び散り、壁の一角がガラガラと崩れ落ちた。
「な……」
「侵入者は……殺す」
「……!」
声がした方を振り返ると……黒い衣裳を身に纏い、頭から角を二本生やした、赤い瞳の男が立っていた。
「何だ、こいつは……」
「死ねぇ!」
「ぐっ……」
俺は夜斗を庇うと、防御を張った。間に合ったが、あまりの威力に押し切られて、二人とも吹き飛ばされてしまう。
「うわっ……!」
――ユウディエン……奴は、ヒトではない。
「えっ……」
女神テスラの声に、思わず声を上げる。
――神……ではないが、近い……。恐らく……神とヒトとの間に生まれた……。
「何だって!?」
「おい、ユウ、どうした?」
独り言を言う俺を、夜斗がぐっと掴む。
「奴はヒトじゃない。とにかく、ここは俺に任せろ!」
女神テスラの言うことが本当なら……ただのフェルティガエでは太刀打ちできないということだ。
ヒトであれながら女神テスラの恩恵を受ける……俺にしか、奴には立ち向かえない。
「そこを、どけー!」
俺は床を蹴ると、男に向かって突っ込んだ。自分の身体ごとフェルティガをぶつける。
「ぐわーっ!」
男は勢いよくすっ飛ぶと、天井にぶつかり、激しく床に激突した。
「ぐ……ぐう……」
防御をしている訳でもないのに、怪我をした様子はない。
苦しそうにはしているが、男はのっそりと起き上がった。
確かに……これは只者じゃない。
「……!」
この隙に地下へ降りようとした夜斗に、男は気づいた。凄まじい勢いで近寄ると、猛烈な拳を浴びせようとする。
「くっ……!」
受け止められない、と判断した夜斗は咄嗟に瞬間移動でその場を離れた。拳圧を浴びたのか、頬が切れて血が流れている。
「お前の相手は、こっちだ!」
俺は両手を握りしめて振り上げると、思い切り衝撃波を放った。
男の頭に命中し、ドーンという音と共に巨体が崩れ落ちる。
「う……この……」
男が膝をつきながら赤い瞳で俺を睨みつけた。
「何を……」
「――朝日を……返せ!」
俺の言葉に、男はますます目をギラつかせた。
「――できぬ! アサヒは……神になるのだから!」
「はあ!?」
あまりの台詞に驚いていると、いつの間にか男が目の前にいた。防御したが受け止めきれず、殴り飛ばされてしまう。
「ぐっ……」
床に激しく打ちつけられ、思わず呻く。
男は俺の傍に立ちはだかると、思い切り拳を振り上げていた。
「アサヒは神になり……未来永劫、わたしは、傍に……!」
何を言ってるんだ、この馬鹿は!
俺は男を蹴飛ばすと、思い切り顔面を殴りつけた。
「それは、逆だ!」
「ぐ……」
打ちのめされた男が床にゴロゴロと転がる。
「神が、朝日を殺すってことなんだよ! 分かってるのか!」
思わず怒鳴ると……男はギョッとしたような顔をした。男の身体を取り巻いていた波動がやや鎮まる。
「アサヒを、殺す……?」
「闇……デュークが朝日の身体を乗っ取るだけだ」
どうやら攻撃をしてくる気配はない。
俺は息を整えると、距離は保ったまま男に話した。
「身体……を?」
「ヨハネと同じだ」
「……!」
思い当たる節でもあるのか……男の両目が見開いた。
さっきまでの燃えたぎるような赤ではなく、澄んだ、宝石のような真紅に見えた。
どうやら、デュークに操られていたらしいこの男が……その呪縛から解き放たれたのが、わかった。
それに、朝日を殺す気はなく……むしろ、傍にいたいと願うほどには朝日を大事に思っていることも……伝わった。
「お前が知ってる朝日は……まぁ、お前がどれだけ知ってるのかは知らないが」
言ってて少しイラッとする。
「とにかく……朝日の意思は、消滅する。分身ならまだしも神本体に乗っ取られて無事でいられる訳がない。結局……それは、朝日を殺すことなんだよ!」
「な……」
男はぶるぶる震えだした。
「……だから、か……!」
男の表情がみるみる変わる。
さっきまでのぼんやりした様子から一変して、慌てたような焦ったような――何とも言えない顔つきになった。
「だから、アサヒは……わたしに、殺して、と……」
「何だと!?」
俺は男に近寄ると襟首を掴んだ。
「世界が終わるから、私を殺して、と……」
「……っ……!」
「ユウ!」
夜斗が俺の傍に瞬間移動すると、地下へ続く穴らしきものを指差した。
「朝日は自決する気だ! 早く……」
「待て!」
男は背中から大きな翼を生やすと、俺と夜斗を抱え上げて宙に舞い上がった。
「わたしが案内する!」




