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56.傀儡の目に映ったものは(1)-デュークside-

 ぐっ……何たることだ……。


 わたし(ヨハネ)隠蔽(カバー)で飛龍ごと身を隠し……シルヴァーナから離れた。


 結界でわたし(本体)を押さえつつ、わたし(ヨハネ)を拘束しようとするとは……。

 やはり以前に殺し損ねたのが大きな失敗だった。この女王だけはさっさと始末するべきだった。

 どうする……。


「……!」


 そのときだった。遠く――フィラの崖に佇む、一人の女の姿が見えた。

 あれは……。


 わたしの脳裏に――一つの光景が蘇った。


    ◆ ◆ ◆


「クソじじい! 目障りだ!」


 小柄な少女がわたし(カンゼル)に飛び蹴りを放つ。わたしは間一髪で少女の蹴りを躱した。


 なぜ……こんなことに……。


 少女と闘いながら、わたしの脳裏にテスラでの出来事が目まぐるしくよぎっていく。


 テスラの分身の目覚めは――かなり遅かった。

 わたし自身は女神に抑えられ、動くこともできず……分身を造りだすのが精一杯だった。

 紆余曲折を経て出会ったカンゼル――奴に、わたしはすべてを賭けた。

 女神の遺物、フェルポッド、分身……。ありとあらゆる知恵と力を授けた。

 実際……カンゼルは、瞬く間にキエラをエルトラと十分戦える国に造り上げた。

 わたしの昔の記憶や知識と自らの頭脳を駆使し……あと一歩のところまでエルトラを追い詰めた。

 なのに……!


「この……小娘が……!」


 わたし(カンゼル)は大声で叫ぶと、娘に突進した。

 しかし……攻撃は躱され、頭に思いきり蹴りを食らってしまった。


「ぐあぁぁー!」


 もう防御(ガード)もままならなかった。これは……致命傷だ。

 まだ死んではいなかったが……もう動ける状態ではなかった。

 長い間共にしてきたこの身体は……使い物にならなくなってしまった。


「ぐっ……!」


 わたし(カンゼル)は最後の力を振り絞って娘の脇腹を切りつけた。

 その攻撃を最後に……カンゼルの身体を出た。


 ――そのときだった。

 赤ん坊が、泣いた。――浄化者だった。


“ぐうっ……!”


 赤ん坊のくせに……何と言う威力だ。力が……奪われる……!

 わたしは咄嗟にカンゼルの剣に身を隠した。


“――ジュリアン! この剣であの赤ん坊を殺せ!”


 ジュリアンにとり憑いていたわたしの分身に命じる。

 このままではわたしは動けない。フェルティガではあの娘に阻まれてしまう。

 わたしが自ら宿ったこの剣で――殺してやる。


 しかし……それは赤ん坊を庇った男に阻まれてしまった。

 限界だったわたしはとりあえず男の身体に入り込み――眠りについた。

 ジュリアンにとり憑いていたのは最後に作りだした小さな分身……あまり大きな力は持っていなかった。

 ジュリアン自身の身体も限界だったし、わたしの意識も……もう朦朧としていた。

 そんなとき……不意に、娘はジュリアンを――わたしを抱きしめた。


「可哀想に……。もう、いいのよ……」


 娘の声が、聞こえた。


 この温もりを……知っている。

 昔……こんな、女が、いた気がする……。



 そのあと、どれぐらい経ったのかはわからない。

 男の身体の中に隠れていた分身も封印され……わたしはテスラの北でゆっくりと目を覚ました。


 もう……自由に動けるのは、このちっぽけな分身しかない。

 二度も、あの女に……。

 そこまで考えて……わたしはふと、一人の女のことを思い出した。


   * * *


 その女に会ったのは――ジャスラから国造りのことを聞いた、すぐ後のことだった。

 自分の分身を長として据え、国を造るという……。


 そうか……分身……か。

 わたしは力だけは三女神よりも優れているのだ。わたしにも創れるはずだ。


 そう思って……自らの身体の一部から分身を創ってみた。

 しかし……それは、とてもじゃないがヒトの形を為してはいなかった。

 創っては戻し、創っては戻し……何回もやってみた。

 だが……無理だった。私の創った分身は蠢く煙のような、黒い靄のようなものにしかならず……まったく形にはならなかった。

 なぜだ……わたし自身は、ヒトの姿になることもできるのに。


「……」


 くるりと身を翻し……ヒトの形をとってみる。

 自分の姿を見回してみた。……うむ、上出来ではないか。


「――ねぇ、待ってよ!」


 不意に、女の声が聞こえてきた。見ると……黒い髪の女が茶色い髪の男の腕を掴んでいる。


「ウルスラ本土に行くの? ねぇ……」

「ああ。ウルスラでは狩猟の国、牧畜の国など、やりたい仕事で国が分かれている。土地も広いから恵みも豊富だし……」

「どうして……島じゃだめなの?」


 女がキッと男を睨みつけた。赤みがかった瞳が印象的な女だった。


島主(しまぬし)のジェシカの頼みなら……と、言いたいところだけど」


 男は肩をすくめると、ふいっと目を逸らした。


「こんなちっちゃいところで何もかもやらなきゃならない暮らしは……もう、ごめんだよ。俺達はまだ若い。女神ウルスラの恵みを受けた、広い大地で……でっかいことをやりたいんだ」

「でっかいって……」

「じゃあな!」


 そう言うと、男は女を振り切るように走り去っていた。


 女はぎゅっと唇を噛みしめると……俯いた。

 泣くのかと思いきや、女はキッと前を見つめた。


「……負けない。何よ、女神ウルスラが……何だって言うのよ。私は……」


 独りで怒鳴っていた女が、ハッとしたようにこっちを向いた。


「誰!?」


 ほう……まぁ、隠れていた訳ではなかったのだが……わたしの気配に気づいたか。

 わたしはふわりと地上に舞い降りた。


「あんた、何……」

「デューク」

「デュ……」

「強欲の神だ」


 女はきょとんとするとプッと吹き出した。


「神……強欲の神って……!」

「無礼な女だ」


 わたしは分身を出した。その黒い靄に、女がギョッとしたような顔をする。

 そうだ、分身ならば……。


 ふと思いついて、わたしは分身を飛ばしてみた。不思議なことに、分身の視界がわたしのもう一つの視界となって脳裏に広がる。

 そして……さきほどの男の後ろ姿が見えた。早足で歩いていく。


 ――ジェシカの奴……島主だからってエラそうなんだよ。こんなちっぽけな島で何ができるっていうんだ。


 男の思念が流れ込んでくる。


 ――大きな力が欲しいか……。

 ――そりゃ……えっ!?

 ――ふっ……もう、遅い。


 わたしの分身が男の精神を捉えた。


「ふん……」


 わたしは男の精神を無理矢理隅に追いやった。男は声を上げる間もなく……眠ってしまった。


 すると……私の脳裏に広がっていたもう一つの視界の景色が、変わった。

 海……草木……男の手。

 そうか……この男の視界か。

 男の身体を操る。くるりと振り返り、女――ジェシカと言ったか。女の元に戻らせる。


「ジェシカ」

「チャルジャ!」

「キガカワッタ。シマニ、ノコル」

「本当に……?」


 ジェシカが顔をほころばせる。

 なるほど……分身にはこういう使い方があったか。

 わたしは男の身体から分身を回収した。

 すると……脳裏にあった男の視界が消え、男はバタリと倒れてしまった。


「何……この、黒い……」


 男の身体から回収した分身も視えていたようだ。女は急に怯えた表情になった。


「ん……」


 倒れていた男がむっくりと起き上がる。女と……隣にいたわたしを見て「ひっ」と声を上げた。


「俺……いったい、何を……」

「チャルジャ、島に残ってくれるって……」

「嘘だ! それは、俺じゃない!」

「何を……」

「何かが勝手に俺を喋らせたんだ。とにかく……ジェシカ、俺はもうごめんだからな!」


 男はそう叫ぶと、再び駆け出して行った。


「何……どうして……どういうこと?」

「わたしの分身をとり憑かせた。わたしが操って喋らせただけだ」

「……!」


 女がギョッとしたようにわたしを見た。


「神だと言っただろう。これで信じたか?」


 どうやらわたしはこの女が少し気に入ったようだ。

 わたしに気づいたその勘の良さ、女神を悪しざまに言う姿が面白かったのだ。


「じゃあ……その力でこの島を守ってくれない?」

「は?」


 ヒトごときが何を言い出すのだ。

 憮然としていると、女がポツリポツリと語りだした。


 ウルスラの国は……女王がいる王宮は別として、各地ではさまざまな人達が村をなして暮らしていたそうだ。ウルスラのすぐ傍にあるこの島も、そんな一つだった。

 やがて……人々はそれぞれのやりたい仕事を求め、それに適した土地に移動して行った。ウルスラ本土は同じ仕事の人間どうしが集まるようになり……大きく四つの領地に分かれた。

 小さいこの島では牧畜も、農作も、漁も……すべてのことを島人(しまびと)がこなし、細々と暮らしている。女はそんな島主の跡取りで……先日親が亡くなり、後を継いだ。

 しかし若い女に素直に従う島人は少なく……特に若い連中はこの機会にウルスラ本土に移住したいと言い出したそうだ。

 どうしても島を守りたい女は、そうした輩の一人一人を説得して回っているらしい。


「だから……デュークのその力があれば……誰も出ていかな……」

「なぜわたしがお前に協力しなければならないのだ」


 ……待てよ?

 女にそう答えたあと、私は少し考えた。


 ジャスラは、国造りはとても楽しい、と言っていた。

 まともな分身を創りだせぬわたしには無理だと思ったが……この女に造らせればいいんじゃないか。

 分身は創りだせぬとも、ヒトにはなれる。

 この女に子供を産ませよう。子供なら、わたしの分身のようなものだ。

 この女とその子が統治すれば……それはわたしの国ではないか。

 何と手っ取り早い……。

 そうだ、ジャスラの国から南の方に、ちょうどよい島があった。三女神の国ともかなり離れたところにあるから、気づかれることはないだろう。

 もしわたしの国がうまくいけば……ジャスラにだけは見せてやろう。

 あの忌々しい姉神どもも、わたしを邪険にすることもあるまい。


「……どうしても……駄目?」


 女がわたしの腕を引っ張った。


「……おい、女」

「ジェシカよ」

「……ジェシカ。わたしは自分の国を創りたいのだ」

「えっ!」

「お前がわたしの子を産むと言うなら、その国をくれてやろう」

「……えっ……」


 ジェシカは目を白黒させた。


「急に、何を……」

「お前は島の(あるじ)でいたいのだろう。この島の民ごと、わたしが面倒をみてやろう。わたしの国を創る」

「……え……」

「お前がわたしの子を産むならば……それはわたしの国であり、お前の国であり、子供の国であろう」


 われながら名案だと思いながら言うと、ジェシカがバシーンとわたしの頬を叩いた。


「なっ……」

「ふざけないで!」

「……ふん」


 このわたしが、これほど譲歩して素晴らしい提案をしてやったというのに……わからない女だ。


「まあ……よい」


 わたしはヒトの姿を解き放った。……空に舞う。

 ジェシカがひどく驚いて、わたしを見上げている。


“……もう少し猶予をやろう。わたしの力が欲しいなら……わたしの名を呼ぶことだな”

「……」


 ジェシカがキッと睨みつけている。赤みがかかった瞳が妙に煌いて見える。


“……ふん”


 わたしはその島を離れた。



 あの男が言っていた通り……ウルスラの国と比べれば、女の島はだいぶん見劣りのするものだった。

 近くにあんな国があるから、民は煩わされるのだ。

 何もない孤島であれば……あの女の望む国が造れるであろうに。

 わたしはウルスラを離れ……目をつけていた島に向かった。


 海……崖……平原……山……森……。

 ジャスラの国に似ている。あの国を……ずいぶんと縮めたような島だ。

 わたしには物足りないが……あの島の民にとっては、楽園のようなものだろう。


 あの女は――必ず、来る。

 わたしはそう、確信していた。


 それからしばらくして――その日は、訪れた。



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