53.運命の日が訪れる(2)-朝日&ソータside-
前半は朝日視点、後半はソータ視点です。
フィラの崖の上――その奥には、パパとユウが暮らしていた隠れ家がある。
「ソータさん達が近くに来るまで……もう少し時間がありそうだ。寄っていい?」
「いいよ。……一度来たいって言ってたもんね」
私が頷くと、ユウはサンに伝えて隠れ家に向かわせた。
今から16年前まで――ユウがパパと、二人で暮らしていた場所。
元々はチェルヴィケンの血筋のみぞ知る隠れ家だったそうだ。今では誰も住んでないけど、フィラの人が時折来て掃除をしてくれている。
だから……あのときのまま、少しも古びていなかった。
扉を開けると、大きめの部屋とベッド。奥に、台所みたいな場所と小さな部屋がある。
「……大きい方はヒールが使ってた。俺は……奥の小さな部屋のベッドで寝起きしていたんだ」
「ふうん……」
ユウは中に入ると、ぐるりと見回した。
本棚だけは空っぽだ。パパが遺した重要な本は、フィラで管理するために持って行ったからだ。でも……他の調度品は、そのまま残っている。
「……ヒールは……」
「ん?」
ユウが何か言いかけたので聞き返す。
ユウは私に背中を向けたまま……大きく息を吸い込んだ。
「ヒールは……最期に朝日に会えたから……多分、救われたと思う」
「……」
「まだ戦争は終わってなかったけど……きっと……大丈夫って……」
「……そうかな」
どう言っていいかわからなくて……私は思わず俯いた。
「だったら……いいけど……」
「今日……やっと……すべてが終わる」
ユウがポツリと……だけど、力強い口調で言った。
「やっと……ヒールに報告できるな……」
「……うん」
「あ、そうだ……これ」
ユウは肩から提げていた鞄から、一冊の本を取り出した。
――ユウがずっと書き連ねていた、フェルティガの指南書。
「ミュービュリに行ったら……暁に渡して」
「え……今? どうして?」
「大事な本だから……何かあったら困る。ミュービュリに持って行ってくれれば、一番安心だから」
「……わかった」
私は受け取ると、パラリとめくった。一番後ろに……丁寧に折られた紙飛行機が挟まっている。
「これは……?」
「暁あての手紙。……あ、朝日は駄目だよ」
紙飛行機を手に取ろうとした私を、ユウがちょっと慌てたように止めた。
「どうして?」
「俺の想いが込めてあるから……暁自身に感じてほしいんだ」
「……想い?」
「うん」
ユウの想いがフェルティガとなって……暁に伝わるように。
……そういうことかな。
「それに、個人の手紙なんて、見るもんじゃないでしょ」
「……そっか」
まぁ、言われてみればそうかも。暁に来ていたシャロットの手紙を見たことは一度もないし……私も、私あてに来たユウの手紙を暁に見せてはいない。
「わかった。ちゃんと手紙ごと、暁に渡すから」
私は本をパタンと閉じると、両腕で抱えた。……ユウから預かった、大事な物だから。
「……」
ユウはちょっと笑うとぎゅっと私を抱きしめた。そしてそっとキスをする。
「……じゃあ、朝日はここで、しばらく待機ね」
唇を離すと、ユウは小声でそう言った。
「え? 崖のてっぺんで様子を見てろって言ってなかった?」
「……念のため、かな」
そう言うと、ユウは私の身体を離して出口の扉に向かった。
「今からソータさん達を迎えに行って……そうだな。20分後。そのときに一度、崖の上に登ってみて。もし動きがなかったら、すぐ隠れること」
「うん……」
「動きが始まって夜斗から連絡が来たら――暁を呼びに行って。……ミュービュリに」
「わかった。早く行きすぎても、状況がわからなくなるものね」
私が頷くと、ユウはニコッと笑った。
とても……綺麗な笑顔だった。
「――朝日」
「ん?」
扉を開ける。テスラの白い空から零れた光が……ユウに降り注ぐ。
ユウの髪を照らして……金色に輝く。
「また――あとでね」
◆ ◆ ◆
「よーし、ヴォダ、ここでいいぞ」
目の前には、テスラ――その手前の小さな無人島で、俺はヴォダに声をかけた。
“ここ?”
「ああ。……さすがにこれだけの面子が一斉にテスラに上陸したら、デュークがどう出るか分からないからな」
俺は後ろに乗っている人々を見渡した。
シルヴァーナ女王、シャロット、トーマ、ユズルのウルスラ組。それと、ネイア、レジェル、ミジェルのジャスラ組。……そして、水那。
ヴォダが無人島の海岸に寄りそう。俺たち一行は順番に砂浜に降り立った。
“でも……こんなところで、どうするの?”
「後は飛龍に運んでもらうんだ」
そう言ったところで、上空から二頭の飛龍が飛んできた。ユウと夜斗だ。
“あ、サンだー”
ヴォダの声に応えて、サンも「キュウ!」と鳴く。
「サンと俺はこれから大仕事だ。……ヴォダは、ちょっと休んでていいぞ」
“……ヴォダ、どこにいればいいの?”
「テスラの近くにはいろよ。東の大地が見渡せるところだぞ。きっと……お前が憧れていた女神に、会えるからな」
“うん!”
ユウと夜斗が無人島に降り立つ。
「……お待たせ」
「朝日は?」
「今はヒールの家にいるけど……あとで崖の上に行くように言った。夜斗の合図でミュービュリに行くはずだ。……で、暁を要塞まで送ってくれる」
「……わかった」
ユウに向かって頷くと、俺は一同を見渡した。
「……じゃあ、これからの作戦を確認するぞ」
全員が頷く。
「ユウはネイアとレジェル、ミジェル、水那を連れて要塞の南に行ってくれ。その後、エルトラ王宮に戻ってミリヤ女王を迎えに行く。……で、要塞の東で俺と待ち合わせだ」
「わかった」
「夜斗は俺とシルヴァーナ女王、シャロット、ユズル、トーマを連れて要塞の北に。その後は、俺と一緒に行動な」
「了解」
「基本、それぞれの場所との連絡は夜斗、ミジェル、ユズル、ユウ……この四人の間で行う。何かあればすぐ知らせること」
「ああ」
「はい」
「ええ」
「わかった」
四人が頷いた。
「宝鏡を動かした瞬間、結界が緩む。浄化者はすぐに浄化を始めてくれ」
「アキラはどのタイミングで来るの?」
シャロットが心配そうに聞いた。
「夜斗が朝日に連絡を入れることになってるから、多分ほぼ同時だ。シャロットとレジェルは気にせずに、自分ができることをしてくれ。それに……暁が来たかどうかは、お前たちならわかるだろ」
「うん……そうだね」
「わかりました」
「シルヴァーナ女王は結界を頼む。……俺が宝鏡を復元して東に来るまでの間だ。……かなりキツイとは思うが……」
「ええ。……任せて下さい」
シルヴァーナ女王がにっこりと微笑んだ。
そのオーラが辺りを揺らしたらしく……俺以外の全員が少しどよめく。
「俺が宝鏡を復元して、宣詞を唱え始めたら……女王の祈りだ。浄化者は引いていいぞ。闇を刈り取りつつ、女神を降臨させて……神具に封じ込める。……おおまかな流れはこんな感じだ」
「不測の事態が起こったらどうするんですか? ヨハネが現れたとか……」
ユズルが手を上げて質問した。
「基本はこの作戦が最優先。ヨハネが要塞に入るのは、止めなくていい。もし攻撃してきたら……」
「……!」
ミジェルが俺の手をぎゅっと握った。
――私が声で跳ね飛ばします。
「そうだな。ミジェルはそれでいいな」
「わらわも……防御ぐらいはできる。捕まえることはできんが、身を守ることはできるだろう」
隣にいたネイアが頷いた。
「私には……勾玉があるから……」
水那が胸に抱えている勾玉を大事そうに撫でながら呟いた。
「闇は……手出しできないわ」
「……任せた」
俺が言うと、水那は力強く頷いた。
『父さん。神剣……鞘を抜いてもいいんだよな?』
ユズルに作戦を通訳をしてもらったトーマが、俺が渡した神剣を眺めながら言う。
『お前が持っている分には、問題ないはずだ』
『じゃあ、俺はこれで闘う』
トーマはそう言うと、シルヴァーナ女王の方に振り返った。
『これで、シィナの背中は守るからな』
『……うん』
シルヴァーナ女王がとても嬉しそうに頷いた。
「僕は……トーマが無茶しないように、補佐します」
ユズルがちょっと溜息をつきながら言った。
「何かあればヤトさんに連絡しますし……」
「ユズルは賢いからな。その場の指揮は任せるよ」
俺が言うと、ユズルはフッと微笑んだ。
「ソータ……胸の中の勾玉の欠片は、どうするのだ?」
ネイアが水那の持っている勾玉を指差した。
「勾玉を完全な形にせんでよいのか?」
「……うーん……」
一瞬迷ったが……俺は女神ジャスラが言っていたことを思い出した。
少しでも、ヒコヤと繋がっていたかったから……欠片をヒコヤに託した。
そう言って……少女のように微笑んでいた、女神ジャスラ。
「……念のため、持っておく。宣詞を唱えるときに戻すよ」
ギリギリまで持っていたい。これがあれば……俺も水那と繋がっていられるから。
「……わかった」
ネイアは特に追求せず……素直に頷いた。
「ソータさえ望めば……あるべき形に戻せるはずだ。……要塞の東と南……そのぐらいの距離ならば、問題あるまい」
「そっか」
俺はネイアに答えると……目を閉じた。大きく深呼吸する。
「じゃあ……行くか」
俺の言葉に、全員がすっと立ち上がった。順に、飛龍に乗り始める。
俺は、ヴォダの方に振り返った。
「ヴォダ。お前の大仕事は……これで終わりだな」
頭を撫でてやる。ヴォダは「ニュウ」と嬉しそうに鳴いた。
「終わったら……また遊んでやるからな」
“ヴォダ……パラリュスの他の場所も、行ってみたいなー”
「そうだな。……のんびりと、あてのない旅でもしてみるか」
これまでは、目的のための、急いでばかりの旅だったからな。
“うん! ヴォダ……待ってる”
「ああ」
俺はもう一度ヴォダの頭を撫でてやった。そして夜斗の飛龍に乗り込む。
「――出発だ!」
俺の声と共に……二頭の飛龍が空に舞い上がった。
ヴォダが何回か海面を跳ねたあと……とぷんと海の中に消えていくのが見えた。




