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48.わずかな休息の日々を(3)-ソータside-

 指が……何かに触れ、カサッと音を立てた。

 うっすらと目を開ける。

 ……もうとっくに、昼になっているようだった。


「……ん?」


 寝ぼけながら指に触れたものを掴む。どうやら何かの紙のようだ。ガサガサ音がする。


「……!」


 水那がいない。

 俺はガバッと起き上がった。

 ……やっぱりいない。


 ……ふと、手にしていた紙を見る。


『朝日さんの出産のお手伝いに行きます。心配しないでね』


 水那の字だった。


「……はぁ……」


 思わず溜息が洩れた。もう一度、ベッドの上にゴロンと横になる。


 どうやら……自分で思っていた以上に、あの時のことはトラウマになっているようだ。

 それが分かっていたから、水那もメモを置いて行ったんだろう。

 ……俺は捨て犬かっつーの。


 自分で自分に突っ込むと、俺は再び起き上がり、とりあえず近くに投げてあった服を着た。

 ヤンに食事の準備を頼み、ひとまず水浴びに向かう。

 すっきりしたところで部屋に戻ると、ヤンがちょうどテーブルの上に料理を並べ終わったところだった。


「水那は食べたのかな」

「ソータ様を起こしたくないから、と私共のところで少しつまんでいかれました。何だか張り切っておられたご様子ですから……大丈夫でしょう」

「ふうん……」 


 一人だと滅茶苦茶早く食べ終わってしまう。ヤンはてきぱきと空いた皿を片づけると、会釈をして部屋を出ていった。

 まだ何の報せもなかったが気になったので……とりあえず東の塔の三階に向かった。

 階段を上がったところで、誰かとぶつかりそうになった。


「あ、悪い……え!?」


 俺は自分の目を疑った。そこには、何やら大きな鞄を抱えたユズルがいたからだ。


「ユズル!?」

「ソータさん! ……あ、とにかく急ぐんで!」


 ユズルはそう言うと、急いで朝日がいるはずの部屋に入っていった。


「え……ちょ……」


 いったい何が起こってるんだ? 

 よく分からずうろたえていると、ユウが朝日の部屋から出てきて

「ソータさん、こっちこっち」

と言って俺を手招きした。手には小さめの椅子を二つ持っている。

 とりあえず扉の横にその椅子を置くと、俺達は並んで座った。


「えっと……何がどうなってるんだ?」

「朝日はユズルに頼んでいたんだ」

「……何を?」

「手術……って言ってたかな。暁のとき……本当に大変だったんだ。生まれるまでに、丸5日かかった。今回は双子だし、いろいろあって体調も万全とは言えないから、ミュービュリの知識も取り入れるって言ってた」

「あ……」

「俺にはよくわからないけど、ユズルも医者だから、ちょっと前から協力してもらっていたみたい。事前の準備とか、いろいろ……」


 そういや出産の打ち合わせ、とか言って治療師に紙を配っていたな。


「ユズルとの話で、今日ってことになったらしい」

「なるほど……」


 水那がトーマを出産するとき、治療師が痛みを取るフェルティガや出産を促すフェルティガなど、いろいろかけていたって話だった。

 それでも丸2日かかって……。

 そういったフェルティガは一切、朝日には通用しない。だから、丸5日も……。

 でも、ミュービュリの薬や治療なら、朝日にも効くだろう。それにユズルもついてるんなら、きっと無茶なことではない筈だ。


「……二人が揃って考えたことなら、大丈夫だよ。……ここで祈ろう」


 俺が言うと、ユウはホッとしたように頷いた。



 それから1時間後――扉の奥から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

 ユウはハッとして立ち上がると、扉の前でウロウロし出した。

 多分、呼ぶまで入るなと言われているのだろう。



「……ユウディエン様」


 さらに30分ぐらい経ってから、三人の治療師と水那が出てきた。


「お待たせしました。……もう入られて、大丈夫ですよ」


 エリンが冴えない顔色のまま、ユウに微笑む。ユウは頷くと、すぐに部屋に入って行った。


「……大丈夫か?」

「何しろ、初めての経験だったもので……」


 そう言うと、エリンは二人の治療師を引き連れて歩いて行った。……三人ともヨロヨロしている。

 荷物をいっぱい抱えてるから……だけじゃないよな。

 水那はニコッと笑うと、俺の隣の椅子に腰かけた。

 少し汗をかいていて、疲れた顔をしていたが……とても生き生きとした表情だった。


「……お疲れ。生まれるまで随分、早かったな……」

「帝王切開だったの。ユズルさんに執刀をお願いして……」

「……え!?」


 思わず声を上げると、水那はシッと人差し指を立てた。そして、丁寧に説明してくれた。


 朝日の場合、一番の問題は生まれるまでの時間の長さだった。

 治療師のフェルティガは呑み込むだけで効果を発揮しないので、朝日は自力で頑張るしかないからだ。

 それならいっそ……ということらしい。


 フェルティガを蓄える朝日は、自分の傷を治すことにかけては飛び抜けている。

 帝王切開は術後の治療が大変らしいのだが、朝日にとってはそちらのリスクは殆ど問題にならないんだそうだ。

 水那は励まし役および血に不慣れなテスラの治療師に「命令」するために傍についていたらしい。


 まあ……わざわざ身体にメスを入れるなんて、こっちの人間の発想にはないだろうな。

 それで、あんなに青ざめていたのか……。


「若い治療師が一瞬、倒れそうになって……強制執行(カンイグジェ)を使ったの。まさか……こんな風に役立つ日が来るとは思わなかった」

「その打ち合わせで、ずっと朝日の部屋に行っていたのか……」

「それだけじゃ……ないけど?」

「……」


 やっぱり女同士の話には首を突っ込むもんじゃない気がするな……。


「……ソータさん、ミズナさん……入ります?」


 扉が開いて、ユズルが顔を覗かせた。


「いいのか?」

「ええ」


 俺は頷くと、ユズルの後について水那と一緒に部屋に入った。


「あ……ソータさん!」


 朝日が寝そべったまま手を振った。今にも飛び起きそうな勢いだ。


「生まれたよー」

「……それはわかってる。本当におめでとう、なんだが……」


 俺はニコニコしている朝日を見つめた。


「何でそんなに元気なんだ?」

「ユズルくんの手際が良かったし……水那さんも肝が据わってて頼もしかったし……事前のシミュレーション通り進められたの」

「いや……ま……」


 朝日の脈を診ていたユズルが少し溜息をつく。


「それを踏まえても……元気過ぎますけどね……。だいたい僕は、まだ無資格で……」

「パラリュスでは関係ないし。……それに、ユズルくんなら任せて大丈夫だと思ったの」

「まあ……」

「パラリュスの出産に、今後役立てるかな?」

「外科的治療は向いてないと思います。特にフェルティガエは自己回復能力がありますから、外科的治療に頼ると能力の低下に繋がるかもしれません」

「うーん、そっか……ミュービュリの物だけじゃなくて知識を持ち込むのも気をつけないといけないってことね」

「ええ。こちらでは個人の自然治癒力を高めることで病気や怪我を治すという方法ですから……」

「ということは……漢方医学とかの方がいいかな」

「そうですね。内科的療法を中心に考えた方がいいんじゃないかな、とは思いますけど」

「そうだね。今度調べてみて……」

「おーい!」


 出産後というのに仕事めいた会話が続いているので、俺は思わず大声を出した。


「何よ、ソータさん……赤ちゃん、起きちゃうじゃない」

「その肝心の赤ん坊を放っておいて訳の分からん話をするな」

「……そ、こ」


 朝日がそっと指差す。

 見ると……少し離れたベッドには、ユウと二人の赤ん坊が寝ていた。

 そういや、ユウはだいぶん前に入って行ったよな……。


「じーっと眺めて……ちょっと泣いて……それからまたじーっと眺めて……」


 朝日は少し身体を起こすと、愛おしそうに三人を見つめた。


「そしたら寝ちゃった」

「……そっか」

「あー、写真撮りたいなー。……暁は?」

「あ……」


 テスラには来ない方がいいって言ってたらしいけど……でも、どうなんだろう。

 悩んでいると、朝日の声が聞こえてきた。


「……あ、暁? 今すぐ来て。……いいから。ちょっとなら大丈夫だから。ママにも見せたいのよ。……わかった?」

「おい……」


 何でこいつはこんなに元気なんだ……。

 ちょっと呆れていると、ふいに扉がノックされた。

 朝日が「はい?」と返事すると、「どうも」と言って暁がブスッとした顔で現れた。

 いつもの自然な感じではなく、髪はワックスでガチガチにセットされているし、服装もちょっと派手だ。


「言われなくてもちょっとなら行くつもりだったのに……俺、仕事中だったんだけど?」

「だから、写真! 今しか撮れないから!」


 朝日が離れたベッドを指差す。暁は指差された方を見て……顔をほころばせた。


「うわー、可愛い……確かに、これは……」


 そう言うと、暁はスマホを取り出して何枚か写真を撮っていた。


「……んじゃ、こっちは置いていくから。俺、本当にすぐに戻らないとマズイから」


 暁はそう言うと、朝日にデジカメを渡した。

 そして俺達にも手を振って、扉から出て行った。


「……何だ?」

「事務所の宣材写真がどうとか言ってたけど……ま、大丈夫でしょ」


 朝日はユウと赤ん坊を眺めながら、幸せそうに微笑んでいた。

 一瞬だけど、暁に会えた。……家族が揃った。

 それは微笑ましい光景だと、俺は思った。


「……名前、どうするんだ?」


 俺の問いに、朝日はちょっと微笑んだ。

 すうっと息を吸い込む。


「――レイヤヴェルンティール、フォナ、メイナディスクァール……アンテラーリュン、メル……」

「……え?」


 何て言ったのか分からなかった。

 不思議に思って聞き返すと、朝日は

「『一対の神の使者が降り立ち……安寧の世界を』」

と、自分に言い聞かせるように呟いた。

 そっと目を閉じる。


「ユウがつけてくれたの。……レイヤヴェルンと、メイナディール……よ」




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其々の物語の主人公たちは今 異国六景
いよいよ世界が動き始める 還る、トコロ
其々の状況も想いも変化していく まくあいのこと。
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