表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/78

26.古の旅人の行く手には(3)-ソータside-

「そっかー……それで、もう……」


 セッカが残念そうな顔をして、俺と水那を見比べた。

 夜斗はシャロットを連れ、サンに乗ってウルスラに帰っていった。

 俺達三人は二人を見送ると、セッカのウパ車でハールの海岸に向かっていた。

 その道中で、俺はセッカに、これまでのこと、これからのことをだいたい説明した。


 テスラの闇を鎮め――ヨハネの野望を打ち砕くために、これからしばらく旅に出ることになる。

 ……ジャスラに帰ってくるのは、だいぶん後になるだろう。


「ああ。水那がもう少しちゃんと歩けるようになってから、と思ってたけど……テスラが大変なことになってるからな」

「そうだね……」

「セッカも家に帰るんだろ? 長い間ヤハトラに引き止めることになって、悪かったな」

「ううん。何かヤハトラもバタバタしてたし、手伝えてよかった。……ミズナともたくさん話せたし」


 そう言うと、セッカはニカッと笑った。

 でもすぐに……淋しそうな表情になる。


「ホムラやウチの子にも会わせたかったな……」

「……また戻ってくるよ。そんな顔をするな」

「そうだけどさ……」


 セッカがちょっとふくれっ面をしている。


 そうこうしているうちに……ハールの海岸に着いた。

 ウパから降りて、水那を荷台から抱きかかえて下ろす。


「……セッカ」


 ミズナは俺の手を離れると、ゆっくりとセッカに歩み寄った。……そして、ぎゅっとセッカに抱きつく。


「今度……セッカのご飯、食べに……行くね?」

「……うん」

「楽しみに……して、るね?」

「……任せといて。ミズナがうんざりするぐらい用意しておくから」

「ふふっ……」


 水那が笑う。

 ――以前の旅では、なかなか見ることができなかった、笑顔。

 セッカも思い出したのだろう。ちょっと安心したような顔になった。


「……二人、幸せなんだね。……パラリュスのために……そうして一緒に旅をするのが、二人の幸せなんだね」

「……ああ」

「なら……いいや」


 俺は頷くと――海に向かって笛を吹いた。

 サンから聞いていたのか、ヴォダはすぐに海岸に姿を現した。

 俺は水那を抱え上げると――ヴォダの背に乗った。


「じゃあな、セッカ!」

「またね、ソータ! ミズナ!」

「……!」


 水那は声には出さなかったが、一生懸命右手を振っていた。

 セッカはジャンプしながら、両手でぶんぶんと大きく手を振っている。

 そうして……セッカの姿はどんどん小さくなり――やがて見えなくなった。


“……潜って、いいの?”


 ずっと黙っていたヴォダがポツリと言った。


「ああ。……なるべく急いでくれ」

“わかった。ヴォダ、頑張る”

「……頼む」


 ヴォダがザブンと海に潜る。透明から、深い緑――そして群青色に変わる。


「きれい……」


 水那が周りを見渡しながら言った。

 久し振りの日本語……何だかちょっとホッとする。


「颯太くん……ずっとこうして……旅をしていたの?」

「ヴォダと初めて会った――5年前から、各国を行き来するときはな」

「初めて会ったときって……どうだったの?」

「……なかなか打ち解けなくて、かなり、苦労を……」

“ソータが悪いの。乱暴だから”


 ヴォダが不満そうに口を出す。


「まぁ、そう言うなって」

“……そうだ、思い出した”

「思い出したって……何を?」

“約束!”

「……へ?」

“ミズナに好きって言う、約束!”

「ばっ……」


 俺は思わず言葉に詰まると、ヴォダの背中をベシッと叩いた。

 多分、顔も赤くなっているよな。

 そう思い、咄嗟に水那に背を向ける。


“……ちょっと、痛いの”

「何を言い出す!」

“約束した。じゃないと、ヴォダ、協力しないって”

「ぐ……」

「……?」


 笛に触れていない間はヴォダの声が聞こえないらしい。

 ちらりと水那を見ると、何を話してるんだろう、と不思議そうな顔をしていた。


 ……近いことは言ったし……もう、いいんじゃないか?

“ダメ”


 俺の心の声を読みとったヴォダがばっさりと却下する。


“早く、早く”


 えーい、急かすな! 心の準備ってもんが必要なんだよ!


 俺は拳でヴォダの背中をグリグリすると、水那の方を見た。

 水那は、海の景色を少し微笑みながら見ていた。茶色い長い髪がたなびいている。

 一匹の大きな魚がのっそりと近寄ってくる。

 水那はちょっと驚いたが……そっと手を伸ばしてその魚を撫でた。

 魚は満足そうに身体をゆすると、すうっと水那の傍から離れて行った。

 水那は微笑みながらそれを見送ると……俺の視線に気づいて、小首をかしげた。


「……なあに?」


 俺は水那に見とれていたことに気づいて――思わず目をそらした。


「……あ……いや」

“……”


 ヴォダが何か言いたそうにしていたが、ぐいぐいと背中を押して黙らせる。

 さて……どうしたものか……。


「……」

「……」


 俺が何か言おうとしているのはわかっているらしく――水那は少し微笑んでじっと俺を見つめていた。


「――1度しか言わないから、よく聞け」

「……」


 こくりと頷く。さらさらさら……と髪の流れる音が聞こえる。


「――昔も、今も……これから先も、ずっと――」

「……」

「――ずっと……水那が好きだ」


 駄目だ……爆発しそうだ!

 とてもじゃないが、まともに顔を合わせられない。


 俺は思わず頭を抱えた。

 すると……水那が俺の方に寄って来て、下から俺の顔を覗き込んだ。


「……これから先、も? ずっと?」

「あ、当たり前だ!」


 俺は水那の両肩をガシッと掴んだ。


「ずっと、だよ!」

「……」


 水那がじっと俺を見つめる。

 どういう感情なのかはちょっと読みとれないが……ひょっとして、まだ信じきれていないんだろうか。


「あのな、水那。俺がお前を取り戻すために……何年、旅したと思ってるんだ?」


 言ってるうちに……ジャスラ中を徒歩で旅していた記憶が蘇る。

 やっぱり……ちゃんと伝えないと駄目なんだ。同じ過ちは……繰り返したくない。


「24年だぞ! 最初の8年なんて、姿すら見れなかったんだぞ! その間も、ずっと俺は水那のことしか考えられなくて、どうしようもなく好きで、だから……」


 思わず拳を握って力説しかけて……ハッとする。

 水那がとても嬉しそうに笑っていた。


「な、あ……」

「……2回……聞けた」

「い……1度しか言わねぇって言ったじゃねーか!」


 ハメられたことに気づいて思わず怒鳴ると、水那がちょっと肩をすくめた。


「……颯太くんらしい言葉で……聞きたかったの。……嬉しい」

「…………」

「ふふっ……」


 水那は本当に楽しそうに笑うと、ぎゅっと俺に抱きついてきた。


「私もずっと……愛してる」


 耳元で囁く。


「……っ……」


 絶句すると……水那は俺から離れて、じっと俺の顔を見た。

 そしてそっと人差し指を自分の唇にあてると……クスッと笑った。

 私も1回しか言わない。……多分、そういうことなのだろう。

 そして再び横を向くと――海の風景を……泳ぐ魚の大群をずっと見つめていた。


“……ソータの負け、なの”


 ヴォダの溜息混じりの声が聞こえてきた。


“多分……ずっと、ミズナに敵わないの”

「……だろうな」


 俺の声が……青い海の中に溶けて行く。


 そんなことは――もう、ずっと昔に……わかっていたけど。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「旅人」シリーズ

少女の前に王子様が現れる 想い紡ぐ旅人
少年の元に幼い少女が降ってくる あの夏の日に
使命のもと少年は異世界で旅に出る 漆黒の昔方
かつての旅の陰にあった真実 少女の味方
其々の物語の主人公たちは今 異国六景
いよいよ世界が動き始める 還る、トコロ
其々の状況も想いも変化していく まくあいのこと。
ついに運命の日を迎える 天上の彼方

旅人シリーズ・設定資料集 旅人達のアレコレ~digression(よもやま話)~
旅人シリーズ・外伝集 旅人達の向こう側~side-story~
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ