21.託宣の神子の宿命(1)-夜斗side-
大量のフェルポッドが入った袋を抱え、フィラに降り立つ。
飛龍に厳重に隠蔽と障壁をかけたあと、俺は白い霧の中に入っていった。
「すげー……」
「やっぱ……アキラ、どこか違うと思ってたんだよな」
「何よ、今さら……」
「兄ちゃん、アキラと友達なんだ。いいなー」
「まぁな!」
「馬鹿みたい……アキラもいい迷惑よ、きっと」
暁と同じぐらいの――多分、エルトラで一緒に修業していた子供たちが興奮気味に話している。
「あ、ヤトゥーイさん!」
その中の一人が俺に気づいて走って来た。
「よう。……大騒ぎだな」
「だって……古の究極呪文でしょ、これって。三家の直系って、やっぱり凄いですよね」
「そうだな。でも……できれば、今後も普通に接してやって」
俺が言うと、少年はきょとんとした顔をした。
少年の隣に居た少女は、にっこりと笑った。
「そうですよね。アキラは、アキラだもの。……あんたも、自分の手柄みたいな顔してないで、友達ならちゃんと考えてあげなさいよ」
「わかってるよ。……ヨハネのこともあるしな」
少年はポリポリと頭を掻いた。
「で……リオはどこにいる?」
「あっちの広場で大人たちに説明しているみたいです、けど……」
そう言うと、少女は顔を曇らせた。
「……あの……」
「わかった。……まぁ、俺に任せとけ」
俺は子供たちに手を上げると、広場に向かった。
かなり大勢の人間がいるらしく、遠目でもわかる。
……子供たちとは別の意味で、大騒ぎしている。
「リオネール様! そんな大事なこと、どうして今まで……」
「そうですよ!」
「三家の直系なら……」
「――黙りなさい!」
リオの鋭い声が飛ぶ。
「外の人間にフィラが理解できる訳がないと……朝日の診療すら拒否していたのは、あなた達でしょう!」
「……それは……」
「だって……なぁ?」
やれやれ……勝手なもんだ。
「今さら、よねー」
「ほーんと」
急に背後から声が聞こえ、驚いて振り向く。
メシャンとハイト――次元の穴を管理している姉妹だった。
「中途半端な人間ほどよく咆えるったら」
「自分に自信がないからじゃない?」
「……お前たちは相変わらず、みたいだな」
何だかちょっとホッとして思わず笑うと、メシャンはツンとすまして
「三家の恐ろしさは身を持って知っていますから」
と答えた。
隣のハイトが
「そうそう。……それに、私達は三家だから、とかじゃなくて、単にアサヒさん自身が妬ましかっただけですもの」
と、何故か胸を張っている。
確かに……この姉妹は、朝日が三家の直系だと知っても――態度を変えたりはしなかった。
……というか、知った上で突っかかるという、ある意味ツワモノだった。
そして暁にやられた後も……悪口を言いふらしたりはしなかった。
三家の直系だということも、ずっと黙ってくれていて……ソータさんがミュービュリに行くときなど、何かと協力してくれた。
「……まあ……そうだな。お前たちはある意味、真っ直ぐだったよ」
「それに……アキラくん、本当にカッコよく成長したわよね」
「そうよねー。だからつい、味方しちゃう!」
「お前達……結婚したんじゃなかったか?」
感心するんじゃなかった、と思って少し呆れて言うと、ハイトがずいっと前に出た。
「ええ。娘がいます。だから、将来アキラくんのお嫁さんに……」
「ちょっとハイト! ずるいわよ!」
「メシャンのところは男の子じゃない」
「そうだ、けど……」
「……良くも悪くもマイペースだな、お前たちは……」
俺は溜息をつくと、二人に「じゃあな」と言って広場の中に入って行った。
「だから、三家の……しかも、ファルヴィケンとチェルヴィケンが揃っているのであれば――」
「だから、それは……」
「――あんたたち、いい加減にしろよ!」
急に、後ろの方にいた男が声を荒げた。
フェルティガエではない……街で大工をしている男だった。
「アサヒさんは、とうに……フィラのためにいろいろしてくれてるじゃねぇか。お前たちが見て見ぬふりをしているだけだろう?」
「何を……」
「俺が病気になったとき……俺はフェルティガエじゃなくて頑丈だから、寝てりゃ治るって言ったんだ。でも……アサヒさんは、崖の上によく効く薬草があるからって……普通の人間じゃ取りに行けないからって、わざわざ取りに行ってくれたんだ」
「そうだよ!」
近くにいた年配の女性も声を上げる。
「うちの娘のクズリだって……アサヒ先生が事前に診てくれたから、発現しても慌てずに済んだんだ。今までだったら……それで死んじゃう子供とかもいたじゃないか!」
「ぐ……」
「……そうですね」
前の方にいた――比較的力の強いフェルティガエである男性が深く頷いた。
「戦争の名残で、落ち着いて休むことができなくなっていた我々フェルティガエに……夜は眠って身体を休めることを徹底的に教えて下さったのも、あの方でした。家を一軒一軒回って、うまくいかない人間には強制執行をかけてくださって……」
「ふん……」
「それは……治療師としてのことだろう? 我々は……」
「いい加減にしなさい!」
リオが本気で怒鳴ったので、不満を言っていた大人がビクリとして口をつぐんだ。
「フェルティガエもそうでない人も、みんな助け合ってフィラを作っていく。……そう誓って、この15年……歩んできたのではないの?」
「それは……」
「彼らは、戦争を終わらせた最大の功労者だけど――戦争の被害者でも、あるのよ」
「……」
「フェルティガエなら、分かるわね? まわりの環境の影響を受けやすいのよ」
「はい……」
「それは……」
「託宣の神子と呼ばれ――なぜそう呼ばれたか、わかる? 産まれたばかりなのに……暁がすぐにフェルティガエとして目覚めてしまったからよ。戦争の真っ只中で……そうならざるを得なかったの」
「……」
「これ以上テスラに関わっては、まともに成長できない――人格にも影響が出るかもしれない。……だから、彼らは外にいたのよ。自分たちを理解できる人間が一人もいない環境で……暮らしていたの」
「……」
「その、彼らに……今さら、フィラの中心として働け。自分達を救ってくれ。――そう、あなた達はほざくつもりなの!」
「……」
先頭を切って文句を言っていた奴らが、ぐっと言葉に詰まった。
見ると……後ろの方は、リオの言葉にうんうん頷いている。
あの姉妹が言っていたように……文句を言っているのは一握りの人間だけ。
フェルティガエでない人間や、逆に三家に近い人間は……納得しているようだった。
「……いいか?」
俺が歩み寄ると、広場が少しざわっとした。
「ヤト……それは?」
「女王から貸与されたフェルポッドだ」
「……ああ、朝日に渡すために……」
「そういうことだ」
俺は荷物を下ろすと、集まっている大人たちを見回した。
「リオも言ったように……彼らは被害者だ。今も――その宿命から逃れられず、苦しんでいる」
「え……?」
「どういう……」
一瞬、広場がざわざわとする。俺は右手で制すると、言葉を続けた。
「今回、ヨハネが出奔したが……ヨハネは、暁の一番の親友だった。そしてヨハネの狙いは――恐らく、朝日や暁……」
広場がさらにざわつく。
「わかるか? 三家の直系ゆえに――その特殊な血筋ゆえに、つねに危険が付き纏っているんだ」
広場の大人たちが、お互いに顔を見合わせながら何かを話している。
――戦争が終わったときに封じ込めたはずのカンゼルの悪意がヨハネを乗っ取った。
フィラの人間には、そう説明していた。
恐らく間違いではないし――ヨハネの意思ではないと信じたかったからだ。
「そのため、テスラから遠ざけたが……今、ユウと朝日は死の淵にいる。詳しくは言えないが……戦争で負ったツケを払わされているんだ」
「……」
「暁は両親を助けてくれと言って、独りでテスラにやって来た。それなのに、何も聞かずに……フィラを守るために力を貸してくれたんだ」
「……」
騒いでいた大人たちも、頷いていた大人たちも――みんな黙りこくった。
辺りがシーンとする。
「言いたいことはいろいろあるだろう。でも、頼む……。まずは、彼らを救ってほしい」
俺は全員を見回すと、ゆっくりと頭を下げた。
「あの……」
「私……」
「俺達……」
広場が再びざわつきだした。
不満そうだった奴らも、とりあえず納得はしてくれたようだった。
「リオ、フェルティガエの方は任せた。フェルポッドに集めておいてくれ」
「わかったわ」
「フェルティガエでない人間については……とりあえず交代で見張りを頼みたい。俺はそっちを決めてくる」
「ええ」
俺はリオに荷物を預けると、広場の後ろの方にいた人間を集め、集会所に向かった。
俺は、俺にしかできない方法で、お前たちを助ける。
それまで踏ん張れよ。
朝日……。ユウ……――。




