19.誰もが失うことを恐れる(2)-暁side-
「……暁!」
連絡してから半日後――フィラの外れに降り立つと、理央姉が物凄い勢いで俺のところに走って来た。
「ありがとう。これ……」
差し出された、分厚い本を見る。
――ユウが書いていた、古文書の解読書だった。
「これをフィラの村全体にかけたいの。――絶対障壁」
最後のページを開く。
「これ……ヒールがばめちゃんにかけたやつ?」
「ええ。……でも、すべてを弾くものじゃないわ。こっちの……フィラの人間以外、そして邪な気を弾く障壁よ。チェルヴィケンの血を引く者にしか使えない」
理央姉が指差す。
絶対障壁の中でも、二番目に強固な障壁だった。
「俺……おじいさんになっちゃう?」
「いいえ。チェルヴィケンの傍系を十人ぐらい集めたわ。……大丈夫よ」
「リオネール様!」
そのとき……村の奥からどやどやと大勢の人が現れた。
先頭を切っているのは三人の大人だが……後は俺と同じ十代の子たちだ。
何人か見知った顔がある。……一緒に修業していた奴らだな。
「無茶ですよ! そんな古の大掛かりな呪文……我々では……」
「暁が来たから大丈夫なの。早く、配置につきなさい!」
「アキラは外で育った子じゃないですか! いくら血を引いていると言ったって……」
「それは……」
理央姉がぐっと唇を噛みしめた。
フィラの村に――絶対障壁をかける。
チェルヴィケンの血を引く三人以上の人間でしかかけられない、究極呪文を。
そこまでしなければならない事態が、きっと起こってるんだ。
チェルヴィケン直系の……しかも特殊な存在の俺なら、必ず成功するって……理央姉はわかってる。
でも……皆は、そのことは知らない。
「……いいよ、理央姉。言っても」
「……でも……」
夜斗兄や理央姉がどんな思いで俺を守ってくれていたか、知ってる。
でも……そうして外で自由に過ごしてきた俺が、フィラのためにできることと言えば……。
俺は大きく息を吸い込むと、すっと理央姉の前に出た。
「……俺は……15年前のテスラの戦を終わらせた、託宣の神子だ」
「……な……」
「え……?」
「しかし……」
詰めかけた人達がどよめく。
「父はファルヴィケン直系のユウディエン。母はチェルヴィケン直系……ヒールヴェンの娘、朝日」
俺の言葉に――辺りがシーンと静まり返る。
「そういう複雑な事情なんで……外で育てられた。でも、血筋は本物だよ」
俺は意識を集中すると……フェルティガを漲らせた。
わかる……力が溜まっていくのがわかる。溢れ出そうになっているのがわかる。
「……っ……」
その気配に気づいて――詰め寄っていた人達がジリリと後ずさった。
「チェルヴィケンの血を引く者さえ集まれば、俺は必ず成功させる。俺に任せて――早く行ってくれ!」
大声で怒鳴ると、人々が「わかりました!」と言って村の方々に駆け出して行った。
俺はその後ろ姿を見送ると……ちょっと呼吸を整えた。
「……これ読めば、いいんだよね?」
理央姉の方に振り返って聞く。
理央姉は嬉しいような、困ったような、後悔しているような……複雑な表情をしていた。
「ええ。……まだ途中だけど、念のため……って、ユウから預かっていたの。暁のために書かれたものだから……読めばわかると思うわ」
「……」
「……彼らには、暁に合わせるように伝えてある。……私が指示を出すから、暁は自分のタイミングでいいわよ」
「わかった」
「……ごめんね、暁」
多分……三家の直系であることがバレたことを言ってるんだろうな、と思った。
「全然。何かスッキリした」
俺が言うと、理央姉はちょっと微笑んだ。そして
「……サンを借りるわよ!」
と言って颯爽とまたがり、空に飛び立った。
俺はユウの書いた文字を見つめた。
日本語とパラリュス語が混じった状態だけど……すごく丁寧に書いてある。
過程を読み進めて行くうちに……イメージができあがってきた。
本来、技を見なければ発動できない俺だけど――これは、チェルヴィケンの血に伝えられた、特別なものなのだろう。
……ユウ。
ユウが残そうとしたこと――願っていたこと、少しだけ……叶えられそうな気がするよ。
俺の意識がフィラの上空へ飛ぶ。
フィラの村の中心を見据え――意識を集中させる。フェルティガが漲るのがわかる。
「――はああ……!」
思い切り、力を放出し――奥義を発動させた。
中央に光の柱が昇る。それに合わせて、フィラの各所に散らばったフェルティガエから発せられたフェルティガが、光の柱に注がれる。
柱から白い霧がもくもくと湧き出る。その霧はあっと言う間に広がっていった。
みるみるうちに……フィラの村を覆い尽くす。
「……どうだ!」
意識が自分の身体に戻り……目を開ける。
目の前には、白い霧のドームができあがっていた。フィラ全体を覆っている……全く何も見えない。
かなり優秀な人材が多かったようだ。
特に、俺ぐらいの子たち……ユウの指導が、行き届いていたんだと思う。
ユウ……やったよ。
俺、ちゃんとできたよ。
空を見上げると、理央姉がサンの上から何か大声を出している。
見ると……夜斗兄が鬼のような形相でこっちに向かっていた。
「リオ! これはどういうことだ!」
村の外れに飛龍で降り立った夜斗兄は、先にサンから降りた理央姉に物凄い剣幕で食ってかかった。
「見ればわかるでしょ。絶対障壁よ」
「暁を使ったのか!」
「そうよ。これで……フィラの中だけは絶対安全だわ。後はエルトラ王宮の守りだけに集中できるでしょう?」
「何を……」
「ちょっと夜斗兄……何でそんなに怒ってるの?」
「暁! 何で戻って来た!」
「朝日が妊娠して倒れたんだって! 緊急事態なんだよ!」
「……!」
俺が怒鳴ると、夜斗兄は言葉を失ったまま、大きく目を見開いた。
「このままじゃ、朝日もユウも死んじゃうんだよ。だから……俺……」
口に出してしまったら……急に不安が膨れ上がって来た。
涙が出そうになって……俺は思わず下を向いた。
そんな俺の肩を、理央姉がそっと抱いてくれた。
「……ヤトが話を聞いてくれなかったって言って、私に連絡をくれたの。女王には私から使いを出しておいたわ。……暁、エルトラ王宮に行きなさい」
「……うん」
「おい……」
「三家の直系だってことが知られてしまったのは、確かに私の責任よ。でも……それで暁を縛ることは、絶対にさせないから」
理央姉はそう言うと、すっと霧の中に消えて行った。
「……悪かった」
夜斗兄はボソッとそう言うと、自分が乗って来た飛龍の背に乗った。
俺もサンに乗ると、フィラを飛び立った。
「……ところで何があったの?」
「聞いてないのか?」
「朝日からは何も。……理央姉が絶対障壁をかけるっていうぐらいだから……何か大変なことがあったんだろ?」
「……それは……後にしよう。朝日とユウはどういう状態なんだ?」
「朝日は……何か無茶したらしくて、フェル切れで倒れた。それで……ユウにフェルをあげられるのは朝日しかいないから……すごく取り乱してしまって……」
言ってしまってから……そう言えばユウのことは内緒だったことを思い出した。
でも……夜斗兄はだいたいわかっていたらしく、何も言わなかった。
「危険な状態なのか?」
「ヤハトラは治療師も多いから、死なせはしないってネイア様は言ってた。だけど……朝日の方は未知のことだから……だから、エリンさんとか……王宮の治療師に、どうしたらいいか聞こうと思って」
「……」
夜斗兄はその後……何も言わなかった。
俺はふと……手に持ったままだったユウの本を眺めた。
理央姉に返すのを忘れてたけど……まだ途中だって言ってたっけ。
ユウは当分、ジャスラから動けない。ジャスラに戻ったら、ユウに渡そう。
これのおかげで……フィラを守れたよ。
俺、ちゃんとできたよって……ユウに報告しなくちゃ。




