18.誰もが失うことを恐れる(1)-暁side-
二度目の浄化を終え、俺は神殿の外に駆け出した。
とにかく……早く、テスラに戻らないと。
「アキラ!」
後からシャロットも追いかけてきた。
「事情は知ってるよな?」
「うん。フェルティガの状態なら私も視れるから……私も、ユウ先生とアサヒさんに付いてる」
「ああ。……あ、ミジェル!」
ヤハトラの入り口に着くと、ミジェルが俺を待ち構えていた。
俺はギュッとミジェルの手を掴むと
「頼むな。何でもいいから、話しかけてやって。それだけでかなり、救われるんだ。ミジェルにしかできないことだから」
と言った。ミジェルは力強く頷いた。
――ええ。任せて。
「テスラで対処法を聞いて……なるべく早く戻るから」
「うん。待ってるね!」
二人に見送られ……ヤハトラの神殿の外に出る。
こうして、俺は……サンに乗って、テスラに向かった。
◆ ◆ ◆
「いやぁ! ――選べない……!」
扉の向こうから……朝日の悲鳴が聞こえた。
今まで聞いたことがない――悲痛な声だった。
治療師から朝日が妊娠しているらしいと聞いて……ネイア様とユウの三人で慌てて部屋に向かったときのことだった。
「――選ぶ必要はない!」
ネイア様はそう怒鳴って、部屋の中に入った。
俺も続けて中に入ると……朝日は泣き腫らした顔のまま、気を失っていた。
セッカさんがそっと、ベッドに寝かせる。
ユウは朝日に駆け寄ると
「どうして俺は……朝日を……泣かせてばかり……」
と言って、ガクリと膝をついた。
「ユウディエン、説明しろ。妊娠した朝日に……何が起こっている?」
「……極端なフェルティガ不足に陥っています。だから……」
そう言うと、ユウはおもむろに朝日の手を握った。
自分が貰ったフェルを返すつもりなんだ、と気づいて、俺は慌ててユウを朝日から引き離した。
「ユウは駄目だって! 死んじゃうよ!」
「朝日が死ぬよりマシだ!」
「何で朝日が苦しんでいたのかわかんないのかよ! 目覚めて、もしユウがいなくなってたら、朝日が……朝日がどう思うか、わかんないのかよ!」
「……!」
ユウは一瞬目を見開くと、身体の力を抜いた。……小刻みに震えている。
「とにかく、アサヒにフェルティガを与えればよいのだな。……わかった」
ネイア様はそう言うと、すぐに神官に命じて、若いフェルティガエを連れて来させた。
制御も何もできていない人達らしいけど、朝日なら――今の朝日なら、恐らくすべて受け止める。
そして……どうにか踏みとどまってくれるだろう。
それから、俺とユウはネイア様の私室に連れて行かれた。
知っていること――ユウの身体に起こっていることも含め、すべて話せと言われた。
ユウは、自分の身体のこと――それから、俺が産まれたときのことを説明した。
それは……想像よりずっと、厳しい話だった。
前に、テスラの戦争の時のことを聞いたとき……朝日は
「暁はね。ちょっと……特殊だったから、2か月半で産まれたのよ。託宣の神子、なんて呼ばれてね……」
と明るく言っていた。
だから俺も、そうか俺は特殊だったんだな、ぐらいにしか思ってなかった。
まさか、1か月以上も生死の境を彷徨っていたなんて、知らなかった。
ユウと朝日が……そして俺が、いくつもの奇跡の上に成り立っている家族だったなんて、思いもしなかった。
今……新たな家族が……俺の弟か妹が、加わろうとしている。
今度は、俺が……守らなきゃ。
「ただ……朝日は王宮の奥深くで、女王直属の治療師に守られていましたから……僕も、あまり詳しいことは……」
「ふむ……」
「それって……エリンさんのこと?」
「そう。……そうか、暁は知ってるんだね」
「うん」
「多分、エリンだけではなくて……もっと多くの治療師に見守られて……とにかく、フレイヤ女王はありとあらゆる手を打ってくれたと聞いています。古文書を調べたり……」
「じゃあ……俺がテスラに行って、聞いてくる」
俺はすっくと立ち上がった。
「え?」
「女王と謁見して……エリンさんにも会って、話を聞いてくるよ。どうしたらいいか。それに……フェルポッドがあるから、フェルを貰ってきて……」
「ちょっと待って。それなら、俺が……」
「――ユウは駄目。ここにいて」
俺が強い口調で言うと、ユウはちょっと驚いたような顔で俺を見た。
「今は……朝日からフェルを貰ったばかりだから少し元気だけど、また辛くなってくるだろ? だから駄目。朝日の傍にいて」
「でも……」
「ネイア様、お願いがあります」
俺はユウを無視してネイア様に向き直った。
「……何だ?」
「俺の両親をお願いします。とにかく、目を離すと何をするか分からない人達なので、心配で……」
「ちょ、あき……」
「――承知した」
ネイア様は頷くと、神官に合図をした。
すると、控えていた神官がユウに近寄り、あっという間に眠らせてしまった。
「あ……」
「フェルティガの消費を抑えるためだ。……害はない」
「……はい」
ユウは二人の神官に抱えられて連れて行かれた。
「とりあえず……アサヒと一緒に寝かせる。ユウディエンはアサヒからしかフェルティガを受け付けないのであろう?」
「そうらしいです。朝日の話では……普通は他者のフェルティガを取り込むことはできないって。朝日にしかできないことだって……」
「……ふむ」
ネイア様は大きく溜息をついた。
「……アキラ。ヤハトラには優秀な治療師も多い。決して二人を死なせはしないが……アサヒの方は、さすがに経験がないためよくわからぬ。……頼むぞ」
「はい!」
俺が返事をすると、ネイア様は満足そうに頷いた。
◆ ◆ ◆
そうだ。俺がどうにかしないと。
まず……女王さまに謁見しなきゃ。
行ってから待たされたら大変だから、先に夜斗兄に連絡しよう。
「夜斗兄! 暁だけど……聞こえる!?」
サンに最高速度で飛んでもらいながら、怒鳴る。
すると、
“――暁!?”
という、慌てたような夜斗兄の声が聞こえてきた。
“なんだって暁が……朝日はどうした?”
「それが……」
“とにかくヤハトラに籠ってろ! こっちは……”
「もうテスラに向かってるよ! どうしても女王さまに会いたいんだ!」
“何を……とにかく、また後でな!”
そう言うと、夜斗兄はブツンと一方的に通信を切ってしまった。
らしくない。一体何があったんだろう。
そう言えば、朝日もヤハトラにいろ、としか言われなかったって言ってたっけ。
でも……とにかく夜斗兄は駄目だ。理央姉に言ってみよう。
「……理央姉! 暁だけど……」
“――暁!?”
こちらも、かなり慌てふためいている理央姉の声が聞こえてきた。
本当に……何があったんだろ?
“どうしたの?”
「朝日が妊娠して倒れた」
まず肝心なところを言わないと話を聞いてくれない気がして、俺は早口で言った。
“えっ………な……えっ!?”
「女王さまに謁見して協力をお願いしたいんだけど、夜斗兄が話を聞いてくれなかったんだ。だから、理央姉から……」
“それは……”
理央姉はちょっと口ごもると、しばらく唸っていた。何か考え込んでいるようだ。
「そっちで、何か……」
心配になってそう切り出すと、理央姉の
“――わかったわ。私がどうにかする”
というキッパリした声に遮られた。
「どうにかって……」
“いいから、私に任せて。……とにかく暁、まずはフィラに来てちょうだい”
「え? フィラに?」
“ええ。――どうしても、暁にしか頼めないことが、あるの。それさえ済めば、どれだけでも暁に協力するわ”
「……わかった」
理央姉がこんな言い方をするなんて、珍しい。
エルトラ王宮だけじゃなくて……フィラでも何かあったんだろうか。
いや……そうじゃない。テスラ全体に関わる……何かが、起こってる?
「サン、なるべく急いで!」
胸騒ぎがする。何かの歪みを感じる。……気のせいだったらいいのに。
サンは「キューッ!」と力強く鳴くと、これまで見たこともないような速度で飛び始めた。




