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16.守ること、守られること(2)-ソータside-

 ネイアが部屋を出ていくのを見送ると、俺は水那の方に振り返った。


「まぁ……仕方がないな。ヴォダに会わせるって約束してたし……出かけるか」

「ヴォダ……廻龍(かいりゅう)ね?」

「ああ」


 俺は笛を取り出すと、窓の外に身を乗り出した。笛を吹く。

 今度は思ったより時間がかかった。

 10分ほどしてから、海面にぽっかりとヴォダが顔を出した。


“……呼んだー?”

「ああ。……今日はちょっと遠くにいたんだな」

“じいじのところ、行ってた”

「モーゼのところに?」

“うん。……じいじ、疲れたって。ヴォダ……心配”

「……」

“でも、ミズナ戻って来たって言ったら……少し、元気になった”

「そっか。じゃあ……俺も、モーゼに会いに行こうかな。水那を連れて行くからさ」

“ほんと? わーい!”


 ヴォダが海面を何度もジャンプする。


“じゃあ、そこから飛び下りてー”

「無茶言うなよ!」

“ヴォダ、ちゃんと受け止めるよー?”

「そういう問題じゃない!」

「……颯太くん、どうしたの?」


 俺の大声とヴォダのニュウニュウという鳴き声の掛け合いが気になったのだろう。

 水那が無理に立ち上がろうとしていた。


「だから……無茶すんなって!」


 俺は慌てて駆け寄ると、水那を抱きかかえた。

 とりあえず窓のところまで連れて行く。


“ミズナだー”

「……こんにちは、ヴォダ」

“早く、行こー”

「行くって……どこに?」

“じいじのとこー”

「……おい、ちょっと待て。水那、ヴォダの言葉が分かるのか?」

「さっきは分からなかったけど……今は……何となく」

「……」

「あ……これのおかげ……?」


 水那が無意識に触れていた笛を眺める。


“じゃあ早く、そこから飛び下りてー。受け止めるからー”


 ヴォダがぴょんぴょん飛び跳ねながら元気よく言った。

 俺は「それは無理」と言おうとしたが、水那は

「わかったわ」

と言ってにっこり俺に微笑みかけた。


「じゃ……行きましょ」

「……おい!」

「……え?」


 何か問題ある?という風に水那がきょとんとしている。


「……」

“ソータ……ここ……大事”

「……」

“頑張れー”


 勝手なことを……。

 俺は眩暈がしたが、思い切って窓枠に足をかけた。


「だー、やってやるー!」

「……颯太……くん?」

「ヴォダ、本当にちゃんと受け止めろよなー!」

“任せてー”


 俺は目をつぶって思い切り飛び出した。


「ぐあーっ!」


 俺の大声に、水那がビクッとしたのがわかった。

 俺はとてもじゃないが目を開けていられなくて……とにかく水那だけは離すまいとぎゅっと抱きしめていた。




「……はぁ……」


 ここは……深い深い、海の中。

 ヴォダがゆったりとモーゼの所に向かって泳いでいた。

 俺はヴォダの背中でごろんと仰向けになり、ぐったりとしていた。


“ソータ、だいじょぶ?”

「……どうにか……」

「颯太くん……ああいうの、駄目……なの? ひょっとして……」


 俺の顔を覗き込んだ水那が、意外そうな顔をした。


“ソータ……高いところから落ちるのとか、速いのとか、ダメ、だって”

「……そう」

“だから、サンにも滅多に乗らないの。……じぇっとこおすたー、とかも嫌いって”

「……言ってくれれば、よかったのに……」

「言える雰囲気じゃなかった」

「……ごめんなさい」


 水那が少し申し訳なさそうな顔をした。

 よくよく考えれば、俺がカッコつけて意地を張っただけのことなので――俺は慌てて首を横に振った。


「いや……水那は悪くない。俺の問題だから」

「でも……」

「ところで……水那は、結構大丈夫そうだよな」


 足が動かないから俺にぎゅっと掴まってはいたが……別に怖がったりはしていなかったような気がする。


「私は……うん。そうね。……むしろ、好きなの……かしら……?」

「……」


 ミュービュリのデートは、絶対に遊園地から遠い所にしよう。

 俺は強く心に誓った。


“あ……じいじ!”


 ヴォダが不意に声を上げた。

 海中に漂う水草……ゴツゴツとした岩。

 その陰から、ヴォダの数倍はある大きな廻龍(かいりゅう)が現れる。


“じいじー! 起きてるー?”

「モーゼ!」

“ん……”


 黒い巨体がピクリと動いた。


“ソータ……か”

「ああ。……モーゼ、水那を連れてきた」

“おお……”


 モーゼの身体が少し震えた。


“ヒコヤ……ソータの伴侶……か”

「初めまして……」


 水那がゆっくりと会釈をした。


“そう、か……”

“じいじ……”


 ヴォダは俺達を海底に下ろすと、心配そうにモーゼに寄り添った。


“いよいよ……かもしれぬ……”

「いよいよ……?」

“うむ……”


 辺りの海水が……モーゼに合わせてゆらゆらと揺らめく。


“ソータ……このパラリュスには……われら廻龍でも立ち入れぬ場所があるのだ”

「え……パラリュス中を廻っているのに……か?」

“そうだ。……神の……領域、なの……だろう……”

「……」

“最近になって……そこから妙な波動を感じたと……息子が言っていた。近いうちに……何か起こるかも知れぬ。そしてそれは……決して、お前たちと無関係ではないだろう……”

「……」

“パラリュスを救おうとしている……お前たちだからな……”

「そうか……わかった。肝に銘じておく」

“うむ……”


 モーゼは深い吐息を漏らすと、ヴォダをヒレで押し出した。


“ひゃっ……じいじ、どうして……”

“お前は……すでに旅立ったのだ。もう……ここに戻ってくるでは……ないぞ……”

“どうして……”

“わたしは……もうすぐ……海に還る”

“……”

“何か……あれば……息子に……”

“とと……ずっと、泳いでる。ヴォダ、なかなか……会えない”

“もう少し大人になれば……お前にもわかる。それに……飛龍にも出会えたのだろう?”

“……”

“お前はもう……独りではないのだ”

“……うん”


 ヴォダが、淋しそうに頷いた。

 モーゼは満足そうに震えると、俺の方を見た。


“ソータ……わたしの孫を……よろしく……頼む……”

「……ああ」

“……さ……”


 モーゼがもう一度ヒレでヴォダを押し出した。

 ヴォダは今度は素直に離れ……俺達の傍まで泳いできた。


 そして俺達を背中に乗せると

“……じいじ……ヴォダ、頑張る”

と言ってモーゼの前で一回りした。


“……ふぉっふぉっふぉっ……”


 前に会ったときと同じように――モーゼが笑った。

 しかし……それは、とてもか細い声だった。


“海に還り、たとえ姿が無くなろうとも……わたしはつねに海と共にあるのだ。……それを忘れるな……”

“……うん!”


 ヴォダは力強く頷くと、ゆっくりとジャスラに向かって泳ぎ始めた。


「モーゼ! ……ありがとう!」


 大声でそう言うと、モーゼは少し身体を揺らして「ふぉっふぉっ」と笑った。

 そして大きく息を吸い込むと、思い切り俺達に向かって吐きだした。

 それは大きなうねりとなってヴォダの身体をぐいぐいと押し上げる。

 ……まるで、ヴォダの自立を促すかのように。



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「旅人」シリーズ

少女の前に王子様が現れる 想い紡ぐ旅人
少年の元に幼い少女が降ってくる あの夏の日に
使命のもと少年は異世界で旅に出る 漆黒の昔方
かつての旅の陰にあった真実 少女の味方
其々の物語の主人公たちは今 異国六景
いよいよ世界が動き始める 還る、トコロ
其々の状況も想いも変化していく まくあいのこと。
ついに運命の日を迎える 天上の彼方

旅人シリーズ・設定資料集 旅人達のアレコレ~digression(よもやま話)~
旅人シリーズ・外伝集 旅人達の向こう側~side-story~
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