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12.少しずつ変わってゆく(3)-暁side-

「……ここ……?」


 シャロットが不思議そうに辺りを見回す。

 それは、なだらかな海岸線の一部が湾曲して、えぐれたようになっている場所だった。


 崖と崖の間をすいーっとヴォダが泳いでいく。

 三方向が、切り立った崖に囲まれている。

 目の前の崖を見上げると、土の奥にちょっと白い石造りみたいなものが露わになっている場所があった。四角い窓のようなものが見える。


 ――ヤハトラの……ちょうど、裏に当たる所みたい。


 ミジェルが崖を指差して言った。


 ――あの窓……唯一、ヤハトラと外が繋がっている場所なの。

「そうなんだ。それに、何か行き止まりみたいなところだね。だから……生き物がいないのかな」

 ――叫んでも……大丈夫かな……。

「どうして? まさか、あの崖が崩れるとか……」

 ――守られている場所だし、それはないと思うけど……でも……。


 ミジェルはちょっと考え込むと、俺達をじっと見た。


 ――何だか……だいぶん気分が軽くなったから……吐き出さなくても、大丈夫な気もするの。

「うーん、でも……今後のために、自分の力の威力は知っておきたくない?」

 ――それは……。


 シャロットの言葉に、ミジェルは再び考え込む。


「……あのさ、フェルポッド持って来たんだよ。だから、とりあえず……軽めでいいからちょっと出してみて……大変そうだったら、こっちに入れればいいんじゃない?」

 ――フェルポッド……?

「フェルティガを溜めておける道具なんだ」


 袋から出してミジェルに見せる。


「とりあえず……せっかく来たんだし、やってみようよ」


 やっぱり……どういう力なのか、この目で見たい。

 模倣が使える俺なら、実際に見ればだいたい分かる気がするし。


 ――……うん。


 覚悟を決めたように頷いたミジェルの手を、シャロットがぎゅっと握った。


「あのね。ここに……今まで辛かったこと、嫌だったこと、すべて捨てるつもりになってね。だから……苦しいかもしれないけど……」

 ――……やってみる。


 ミジェルはすっくと立ち上がった。

 念のため、俺とシャロットは少し離れ、サンにもちょっと遠ざかるように言う。


「……………」


 ミジェルの吐息だけが聞こえる。

 銀と茶色の髪の毛で覆われた後ろ姿しか見えないけど……いろいろ思い出しているんだろうか。

 ミジェルはすうっと息を吸い込んだ。


「――ばかやろーっ!」


 ミジェルが叫んだ瞬間、その力が海面に叩きつけられた。

 激しい水柱が出現する。物凄い高さだ。


「キュキューッ!」

「ニュウッ」


 サンが驚いたように一瞬、飛び上がる。ヴォダがちょっとビクッとして背中が震えた。


「ひゃっ……」

「おわっ」


 バランスを崩したシャロットがよろめいたので、慌てて支える。


「――こらーっ!」


 急に頭上から声が降って来たので慌てて見上げると、さっきの四角い窓からソータさんが顔を出していた。


「このクソガキ共、何をする! 水しぶきがここまで飛んで来たぞ!」

「あの窓……そうか、水那さんのいる部屋だったんだ」

「そうだね」

「こら、人の話を聞けー!」

「ニュウ、ニュニュ、ニューッ! ニュッ、ニュニュッ、ニュニュニューッ!」


 ヴォダが何かソータさんに向かって叫んでいる。


「ミジェル……? 実験……?」


 ソータさんは呟くと、ヴォダの背中で仁王立ちになっているミジェルを見た。


「あー、そっか! ミジェルか! 久し振りだな!」

「……」


 ミジェルがぺこりと頭を下げる。


「……全く……。だいたいわかったけど、ほどほどにしろよー!」

「大丈夫、後はフェルポッドに籠めるからー!」


 俺が返事をすると、ソータさんはやれやれといった顔をした後、奥に消えた。


「フェルポッドに籠めるの?」

「うん。朝日が出てきたら、食らってもらえばいいよ」

 ――アサヒ……? アキラのお母さん……?

「そう。朝日はフェルティガを吸収する能力があるんだ。それがどんなものだろうが、すべて吸い込んで無効化する」

「……」


 ミジェルが驚いたような顔をした。シャロットはちょっと考え込んだあと

「ちなみに……暁は模倣できそう?」

と聞いてきた。


「かなり特殊みたいで……できなかった。でも、多分、衝撃波……っていうのかな。力をぶつける感じだと思う。だから、最初の時も……力をぶつけられて飛ばされた人が、倒れた拍子に頭を打ったかなんかで気絶しただけで……力そのもので怪我させた訳じゃないと思うな」

「……」

「ミジェルが明確に殺意をもって攻撃すれば、話は変わるけど……」

「……!」


 ミジェルはぶんぶんと首を横に振った。


「だよね。だから、人に向かって放たない限りは大丈夫じゃないかな……。やっぱり、海に向かって叫ぶのが一番いいかもね。ストレスが溜まったら」


 俺が言うと、ミジェルはクスッと笑った。


 ――大声出せて……少しスッキリした。じゃあ……今度は安心して思いっきり叫んでもいい?

「いいよ。蓋を開けて、これに向かって叫んで。……で、すぐに蓋を閉めろよ」


 俺は袋からフェルポッドを1個取り出すと、ミジェルに渡した。

 ミジェルは蓋を開けるとまじまじと覗き込んでいる。

 隣のシャロットが「あれ、全力じゃないんだ……」と、ちょっと青ざめていた。


「……」


 ミジェルが息を吸い込む。念のため、俺は自分の耳を塞いだ。


「――ずっと、喋りた、かったー!」


 さっきよりかなりの大音量だ。耳を塞いで正解……。


「きゃっ……」


 驚いたシャロットが足を滑らせて、海に落ちた。


「――シャロット!」


 ゾッとして、俺はすぐに海に飛び込んだ。

 あれだけ鈍いなら、きっと泳げないに違いない!

 慌ててキョロキョロ見回す。

 水の透明度は高いから、すぐに見つかるはず……。


「……!」


 少し遠くに、ジタバタもがいているシャロットがいた。

 そのせいで逆にどんどん沈んでいっている。


 ――シャロット!


 強く呼びかけると……聞こえたのか、シャロットが目を見開いて俺を見上げた。


 ――この、馬鹿……!


 手を伸ばす。シャロットが半泣きになりながら手を伸ばしてきた。その細い手を掴むと、俺はぐっと引き寄せた。

 息が苦しいらしく、ガバガバ言っている。


 ――落ち着けって……!


 とにかく上に上がらないと、と泳ぎ始めた瞬間、何かが俺達の足元を攫った。


「……おわっ!」

「ゴホッ……ゴホッ……」


 急に息ができるようになって、シャロットが咳き込む。


「シャロット……大丈夫か?」

「ぐっ……ゴホッ……」


 咳き込みながらやや頷く。


「本当に……」


 俺は思わずシャロットを抱きしめた。


 ――大丈夫?


 掴まれた肩の感触と声に、ハッと我に返る。……ミジェルだ。


 ――振り返ったら急に二人がいなくなっていて……何が起こったのかよくわからなかったの。

「ああ……シャロットが海に落ちて、俺は助けようと……」

 ――そうなのね。そしたら、サンが慌てたように鳴き出して、ヴォダが急に海に潜ったから……びっくりして……。

「ニュウウー……」


 ヴォダが少し唸った。


「……あ、そうか。助けてくれたんだ。ありがとう、ヴォダ」

「ニュウ、ニュウ……」


 何だか恨みがましい声を上げている。

 ヴォダも「心配させないでよ」と怒ってるんだろうか。


「……っ……ごめん……」


 シャロットが俺の腕の中でかろうじて声を上げる。

 俺はシャロットの身体を引き離すと、慌てて顔を見た。頬に赤みが差している。

 ……もう大丈夫そうだ。


「アキラまでびしょ濡れ……」

「そりゃそうだろ。……というか、泳ごうとしてどんどん沈むってのはどういう訳だ」

「……もう……またそんな意地悪……。泳いだことなんて……ないもの……」


 シャロットはそう言うと、ヴォダの背中をそっと撫でた。


「ありがとう、ヴォダ。よく考えたら……最初からヴォダに……助けてもらえばよかったね。息ができるし」

「お前な……」


 これだけ憎まれ口を叩けるなら大丈夫か。


 ――アキラ……必死だったのね。


 ミジェルがくすっと笑う。


「そりゃあ、目の前で落ちれば……」

 ――……ヴォダがいるのに……。

「アキラって……そういうところあるよね」

「おい!」

「でも……ミジェルもびっくりしたよね。ごめんね?」

 ――ううん。シャロットが無事で……よかった。


 ザバーンと音がして、ヴォダが海面に上がった。


「おーい!」


 声がしたので見上げると、ソータさんがこっちを見下ろしていた。

 ソータさんが抱きかかえているらしく、水那さんも顔を出している。


「何か騒がしかったけど、大丈夫かー?」

「大丈夫!」


 シャロットが元気に返事をする。


「気が済んだら帰れよ! 落ち着かねぇからな!」

「わかったー!」


 水那さんは何も言わなかったけど、ちょっと笑ってるみたいだった。

 二人は何か言葉を交わしたあと、部屋の奥に消えた。


「はー……。じゃあ、帰ろうか。疲れた」

「ミジェルは? まだまだ叫び足りない?」


 シャロットがちょっと心配そうに言う。


 ――大丈夫。とても……楽しかった。

「そっか。じゃあ、帰ろうか」


 そう答えると、サンが「キュウ!」と一声鳴いて、外海に向かって飛び始めた。

 ヴォダも、ゆっくりと泳ぎ始める。


 ――アキラ……これ。


 ミジェルがフェルポッドを渡してくれた。俺はそれを受け取ると、代わりに空のフェルポッドをミジェルに渡した。


 ――え……?

「貸してあげる。どうしても我慢できなくなったときに、使えばいいよ」

 ――ありがとう……。


 ミジェルはまじまじとフェルポッドを見ると少し笑った。


「だけど、これからは、本当に籠ってちゃ駄目だな」


 俺が言うと、ミジェルが不思議そうな顔をした。


 ――どうして?

「叫ぶにしても……室内であの音量だと、耳をやられる」

「ふふっ……確かに。ミジェル、小柄なのにすっごく大きい声出すんだもん。びっくりしちゃった」

 ――ふふっ……そうね……。本当にね……。

「ミジェル、笑うのは声を出してもいいんだよ」

 ――でも……加減が難しいもの……。

「じゃあ……やっぱり修業かな」

 ――ええ。


 頷くと、ミジェルは眩しそうにテスラの白い空を見上げた。


 ――あなた達に会えて……本当に、よかった。


 そう呟くミジェルは、少しだけ大人っぽく見えた。

 俺達三人はそれからしばらくの間――ボーっと水平線の彼方を見つめていた。




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