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蜜柑の憂鬱

作者: 碧蜜柑

「食われるか、食われるか。


選択肢の無い蜜柑の日常」


【僕は今日も・・・】


僕は蜜柑。


冬になると食べられる。


今日も食べられた。


せっかく甘く育ったから、食べてもらえる嬉しさと、


食べられちゃう悔しさと、寂しさと、


いろんな感情を持って、


箱やネットに入っている。


僕を粗末に扱わないで。


僕でキャッチボール(キャッチ蜜柑)や、


お手玉(お手蜜柑)しないで。


僕はやわで、繊細。


優しくしてね。


【痛い目にあわせてやる】


今日僕はむしゃくしゃしてた。


いつものように、箱に入っていたら、


僕より下のほうにいたやつと口げんかになったんだ。


「上のほうのやつらは良いよな、早めに食べられるから、


俺は絶対腐るって。」


「わかんないよ、ペース速いかも知んないし。」


「お前に俺の気持ちが分かるか!!


下のほうにいると、腐って来るんだよ、


実も心も。」


「お前っていうな!僕だって前は、下のほうにいたことあるし、


そんなのお前だけじゃないだろ!」


そのとき、


人間が僕らの箱に手を伸ばした。


そしてあろうことか、箱をかき混ぜたんだ!


気がつくと、人間の手に握られていたのは、


僕と口げんかをしたあいつだった。


あいつは、一瞬、驚いた顔をして、


僕を見つけると、勝ち誇った顔をした。


僕は悔しくて悔しくて、


数日後、僕が、選ばれたとき、


人間が僕の皮を剥いた瞬間に、


蜜柑汁を思いっきり飛ばしてやった。


この前の人間の娘だったけど、そんなの知らない。


痛い目見せてやりたかったんだ!!


娘は、驚いて、僕を放した。


僕は、ぼとっと床に落ちた。


狼狽した娘の足で、僕は踏み潰された。


短気は損気・・・。


僕は、食べられることなく、捨てられてしまった。



【ネット恋愛】


その日僕は、ネットに入って、スーパーに置かれた。


隣のネットに挨拶しようと、そちらを向いたら、


その子は居た。


まだ少し青くて、つんと澄ました顔の、綺麗な丸い子だった。


僕は、一瞬で、恋に落ちた。


でもそんなこと初めてで、


どうしていいか分からずに、1時間過ごしてしまった。


いよいよ開店時間というとき、思い切ってその子に話しかけた。


その子は、澄ました見かけとは違って、


おっとりとした、優しげな子だった。


そんなギャップに、僕の思いは強まった。


「好きです。」


「困ります。私たちは離れる運命じゃないですか。」


「それでも今だけは、一緒に居たいんです。」


その子の顔は、うっすらと赤く染まり、静かに頷いた。


そんな様子を、人間のおばちゃんが見ていた。


その子の顔をみて、


「美味しそうね。」


そういうと、その子の入ったネットを持ち上げた。


思いが通じた瞬間に、二人を引き離す、運命を呪った。


ところが、おばちゃんは、僕の入ったネットもかごに入れたのだ。


二人は、また一緒になった。


嬉しくて、嬉しくて、かごの中は幸せだった。


レジまで来ると、レジのお姉さんが、おばちゃんに話しかけた。


「お客様、こちらの蜜柑は、お一人様1点限りです。」


ごねるおばちゃんを懸命に応援したが、


願いはかなわなかった。


僕の入ったネットは、しばらくレジに置かれて、


お姉さんの休憩とともに、売り場に戻された。


僕は思い知った。


ネット恋愛はかなわない、と・・・。



【ヘタの横好き】


今回は最悪だ。


見た目がごつごつしていて、


何より、ヘタが出っ張っている。


人間で言うところの、出べそだ。


僕の運命は決まった。


仲間たちにバカにされ、


人間にははじかれ、


悲惨な末路をたどるんだ。


きっとそうに違いない。


僕は悲観した。


ところが、仲間たちは優しかった。


人間にもはじかれることなく、


箱詰めされた。


心が癒されていく気がした。


いよいよ、僕が食べられるときが来た。


仲間たちが、笑顔で見送ってくれた。


僕は涙した。


だが人生そんなに甘くはなかった。


人間の子供が、


僕のヘタをつかんで、


ぶんぶん振り回し始めたのだ。


気持ち悪くて、苦しくて。


目を回しながら、仲間のいる箱に目を向けた。


仲間たちは、あのときより、いい笑顔を見せていた。


僕は、ようやく、仲間たちの笑顔の理由を理解した。


あいつらは、僕を下に見ていたからこそ、


笑顔を見せたのだ。


嘲笑。


僕は違う涙を流した。


もう誰も信じない・・・。


僕は心に誓って、食べられるまでの数分間、


目を閉じて、次の人生の幸福を祈った。




【こんなに青いのに】


蜜柑の木の上で、僕はまだ、子供だった。


出荷されて、家庭の食卓に上る日を心待ちにしていた。


毎日空を見ては、いつか立派な蜜柑になる日を夢見ていた。


でも、空を見ていると、何だか物悲しくて、大人になるのが怖かった。


僕は、甘くて、水分の多い、おいしい蜜柑になれるだろうか?


気持ちが沈んで、空を見る日も少なくなっていた。


僕の様子に気付いた木が、僕に話し掛けた。


「どうした坊主」


「僕は、大人になるのが怖いんだ」


「何故だ?」


「僕は毎回生まれては、食べられてきたけれど、いつもいい思い出ばかりじゃなかった。」


「それで?」


「もう、嫌な思いはしたくない。」


「青いくせに何を言ってやがる。俺は、ここで、幾度も蜜柑を見送ってきた。知ってるか?蜜柑は熟してもまだ赤ん坊なんだ。」


「赤ん坊!?蜜柑色になっても!?」


「ああ、品種改良で今は種なしの蜜柑ばかりになっているが、種が成長すれば、俺たちみたいな木になるんだよ」


「嘘だ。僕はそんなこと聞いたこともない!」


「まだ、何度も生まれてないからだ。いずれわかる。」


僕は信じられなかった。


だけど、空を見て、考えた。


青い空が、蜜柑色になって、真っ暗になって…また青い空に戻るように、僕たちは繰り返す。


だけど、真っ暗になっているときは、僕たちは何もわからない。


だから、僕たちが知らない世界もたくさんあるのかもしれない。


僕は、木に別れを告げる日、もっと世界を見たいと木に言った。


ほほえんだ木が、風に吹かれて、手を振った気がした。




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