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戦場記者だった父は異世界で楽しくやっているようです。



つい先日、父が死んだ。



焼き上がるのを待つなんてクッキーみたいだ。

火葬場の待合室でお茶菓子をつつきながら、少し不謹慎なことが頭にうかんだ。

そうやってごまかしていたが、どうしても父について考えてしまう。どんな人だったろう。


どの家庭でもそうかもしれないが、家族といえど父について知っていることは実はあまり多くないのかもしれない。葬式をしなければならない状況になって、父は仏教だったのか、と初めて知る始末だ。ぼくは父のことをどれだけ知っているんだろうと、自責の念のような後悔にさいなまれる。


思い返すと、父はあまり家にいない人だった。戦場記者という仕事のためか、世界中を飛び回っているらしく、たまに帰ってきたかと思うと、数日後にはいなくなっているのだ。そんな父だから、家にいないことと、この世にいないことの違いをぼくは実感できずにいる。死んだという知らせを聞いてもとくに涙はでなかった。案外、自分は薄情だったのかと思いつつも、もう二度と父が玄関を開けて帰ってくることはないのだと、頭では理解していた。つもりだった。


父はいつも、帰ってくると真っ先にぼくを痛いほど抱きしめ、ぼくの髪をわしゃっとした。かたくてごわごわした父の胸にうもれると、土埃のにおいがした。なぜか不快ではなかった。

父はいつも、よく分からないお土産をくれた。どこかの部族の呪いのお面だとか、吹くと打楽器の音がする笛だとか、電池で動く古びたマリオネットだとか、プレゼントにしては正気を疑うものだった。

しかしそれでも、ぼくはその変なお土産がいつも楽しみだった。父とのつながりのような気がして、すべて部屋に飾ってある。寝るときは結構怖い。そんなわけでぼくの部屋は異国情緒というか、異世界情緒にあふれた、へんてこなものになっていた。


そういえば、幼い頃はよく父に「ぼくもいっしょにいきたい」とせがんだものだ。するといつも、乱暴にぼくの髪をわしゃっとして「おまえにはまだ早い」とかわされるのだが、そう言う父の顔は緩みきっていた。きっと嬉しかったのだろう。

ぼくも高校生になり、いつしかそんなことは言わなくなったけど、父のことは憧れとともに尊敬していたし、父のように世界中を巡るのが密かな夢だった。

死ぬ前にもっと伝えておけばよかったかなあ、そしたら喜んでくれただろうに、、、



火葬場の係員がぼくの回想に終わりを告げる。焼き終わったようだ。

棺の中は骨と灰だけだった。父の肉体がこの世から消え去ったのを確認した。父が棺の中にいたときは、ただ寝ているだけで、何かの拍子に目を開けて動き出しそうな気さえしていた。しかし、灰になってしまっては動くことも、玄関を開けることもできない。ぼくを抱きしめることも、逆にぼくが父を抱きしめることも、できないのだ。

そう思うと少し泣けた。




しばらくたって、ぼくの周囲はいつもの日常を取り戻していた。

父の訃報も葬式も母の泣き崩れる姿も夢だったのではないかと思い始めていた頃、玄関のチャイムが鳴った。宅配だった。そして依頼人の欄には父の名前。

やっぱり父は今も生きているじゃないか、あれは夢だったんだ。それをどこか冷静な頭は否定する、そんなわけない。しかし、気持ちは肯定したがっている、もしかしたら、もしかしたら悪い夢だったんじゃないか。脳がぐるぐるしている。やけに脈が大きい。目の前の箱をその場で乱暴に開ける。


ふっと、なぜか懐かしい土埃のにおいとともに、蓮の葉をかたどった置物がでてきた。髪が揺れた気がした。



ああ、どうやら、父が今行っている所は戦場などではなく、幸せな場所のようだ。ぼくも連れて行ってとせがんだなら、いつものように言われるだろうか

おまえにはまだ早いと。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 描写力があって良かったですよ。 タイトル詐欺な感は否めないですが。
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