お師匠様探しの旅
舗装がされている場所とされていない場所があって気を抜いていると、お尻の衝撃に顔をしかめることになる。
『深い森』へと行く為に早朝から馬車を走らせて八時間くらい経っただろうか。
昼食の為に休憩をしよう言うセルビスの号令で、ようやく馬車が止まった。
馬に餌をあげ始めたのはアルミンで、セルビスは火をおこす準備を始める。
私も休憩している訳にはいかないので、周りの指示に従って昼食の準備をする。
「マリさん。こんな感じでいいですか?」
「あら、上手じゃない!料理は出来るの?」
「そんなに大したものじゃないですけど」
女一人では色々と不便だろうと、マリさんも一緒に来てくれていた
今まで最低限の挨拶しかしてくれなかったマリさんの態度にはなかなか慣れない。
そんな私に気付いたのか、マリさんはわざとらしく頬を膨らまし腰に手を当ててポーズを作る。
そして少し赤みの帯びた茶髪をポニーテール揺らしながら、暫くして不満げにため息をついた。
「だってセルビス様が最低限な会話以外一切禁止だっておっしゃるから」
「お前は口煩いからな」
「口煩いのはどっちですかー!」
薪を抱えて戻ってきていたセルビスに、マリさんは驚くこともなく応戦している。
「野菜とってきますね」
いつまで経っても続く仲の良さそうな口論に、断りを入れてその場を離れる。
確か場所の荷台の箱に食材が入っていたはずだ。
「アオイちゃん何してるの?」
「きゃっ!」
馬車の荷台を覗き混んでいた私は、突然の背後からの声に飛び上がるほど驚いた。
煩い心臓を押さえながら振り向くと、そこにはオレンジ色の髪を撫で付けたイケメンが楽しそうに立っていた。
「…カイル様」
「カイルでいいよ。あのセルビスには敬語を使ってないのに、俺なんかに敬称使わないでよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「うん。それにしても本当にそっくりだね、セレスティアと。髪と瞳の色は違うけど、なんか今すぐにでも飛んでいきそう」
「セレスティアは風魔法が得意でしたからね」
今回のお師匠様捜索隊は、私とセルビス、アルミン、マリさん、カイルの五人だ。
私は役立たずだけどあとの四人の戦闘力ならば、魔物が襲ってきても撃退も可能だろう。
ただ一人マリさんが戦闘用員に入っていたのは予想外だったけど。
「そうそう。目の前でスカートひらひらさせてさ。男にとっては目の保養だったな」
「先生からはよく叱られていたと聞きました。はしたないって」
「そうそう!セレスティアはよく怒られてたな」
あの時は何故こんなにも怒られるのか分からず、学園ってところは窮屈なところだと思っていた。
でも普通の学生として生活している今となっては、セレスティアは魔法士としては一目置かれているけれど色々と問題児であったと自覚する。
「カイルは騎士団の副団長なんでしたっけ?」
「うん、そうだよ」
綺麗な顔をしているカイルだけれど、服の上からでも鍛えているのが分かる。
「セルビスも騎士団に入っているんでしょう?」
「え?いや、セルビスは騎士団には入ってないよ」
「え?」
騎士団に入るのが夢だと聞いたことがあったので、騎士になったのだと思っていた。
そういえば初日に会った時、シュベルトからは騎士になったとは言われていなった事を思い出す。
「セルビスはシュベルト様の参謀みたいなものかな」
「参謀?」
「シュベルト様の周りには信用出来る人間が少ないからね。ああ見えて剣の腕も一流だし、参謀兼護衛だね」
「そうなんだ」
この世界にきてから一月が経つというのに、セルビスのことをあまり聞いたことがない。
自分が無害な人間であることを信じてもらうのに必死だったこともあるけど、個人的な事を聞いて拒絶されるのが怖いという思いもある。
「それにしても凄く綺麗な髪だね」
そう言って自然な動きで私の髪を手に取るカイルに少し恥ずかしい思いでいると、カイルの背後からの低い怒りの声が聞こえた。
「カイルなにをサボってるんだ!さっさと火をおこせ!」
「了解。予定通りいってなくてイライラしてるんだよ。アオイちゃんも気を付けてね」
ひらひらと手を降りながらセルビスに連れ去られていくカイルを見送った後、目的のものを見つけた私はマリさんの元へ戻った。
「ありがとうアオイ。どうしたの?カイル様と何かあった?」
「いえ、世間話です」
カイルと話していた事が気になったのか、にやにやと笑いながらに聞いてくるマリさんにあえて普通の表情を努める。
マリさんはとにかく人に構うのが好きみたいだ。
ちょっとでも隙を見せれば、畳み掛けるようにつついてくる。
「そっか。カイル様には気を付けてね!あの人女好きだから」
「マリさんはセルビス達とどれくらい付き合いがあるんですか?」
アルミンとも普通に仲が良いみたいだし気になっていた聞いてみると、考えるような仕草の後五年くらいかなと答えた。
「セルビス様の屋敷に勤め始めたのが五年前。カイル様はセルビス様と仲が良いから休日は一緒に戻ってくる事もあるわ」
喋りながらもきっちり動いているマリさんに気付いて、私も慌てて昼食の用意をする。
今はこうやって温かいご飯が作れるけれど、森に近づけば近づくほど食糧を調達する町や宿は少なくなるらしい。
最初の時のうちはしっかり食べおこうと、皆で簡素な料理を作り上げていく。
「あとは火にかけるだけね!ちょっと向こうの様子を見てくるわ」
マリさんが火をおこしているカイル達の様子を見に行くと、自分の周囲が一気に静かになる。
「空を飛べたらいいのに」
長期休みの際はお師匠様が迎えに来てくれていたので、空間移動であっという間だった。
一人で旅をしたことはないけれど、セレスティアであれば往復で一週間も掛からないんじゃないだろうか。
心地好く吹く風が土と焚き火の運んでくるのを楽しみながら、私は昼食の準備に専念することにした。