前向きで無知なセレスティア
『深い森』への出発を控えて屋敷の周りを歩き回った私は、セルビスから許可を貰って書斎へと籠っていた。
図書館と同じ独特な香りの中黙々とページを捲っていると、高校入試の為に必死に勉強した日々を思い出す。
ふと気配を感じて見上げるようにして振り向くと、そこには久しぶりに見るセルビスが立ってい。
「何を読んでいるんだ?」
「とりあえず手当たり次第?」
レオナ様の突撃訪問から一週間。
この世界での常識をあまりにも知らない自分に恥ずかしくなった私は、書斎への入室許可を貰い暇があれば本を読み漁っていた。
「歴史学?」
私の持っている本の表紙を見て、セルビスが不可解そうに尋ねてきた。
「うん。よく考えてたら私ってこの国のことなにも知らないから」
「魔法学以外に興味はないと思っていたが」
「死んでから十七年も経ってるんだよ?生きた年数を足せばセルビスより年上だね」
「とてもそうは見えないけどな」
セルビスの真っ当な意見には怒りすら沸かない。
精神年齢でも知識でもセルビスに勝てる気はしない。
「ねえ、この国の世襲王制なんだよね?という事シュベルトは次期王様なんでしょう?」
「まあ、そうなるな」
「どうして王位継承で揉めてるの?それとお師匠様って何か関係があるの?」
レオナ様がお師匠様の名前を聞いた途端、態度が変わった事が気になっていた。
お師匠様がいると心強いとは一体どういう意味なのか、それがこの世界の王位継承と何か関係があるのかそれが知りたかった。
どことなく歯切れの悪いセルビスに首を傾げていると、迷うそぶりを見せならが口を開いた。
「今この国は第一王子派と第二王子派に分かれている」
「第二王子って確かリオレオ様?」
「そうだ」
シュベルトから何度か話は聞いたことがあったけど、本人に会ったことはない。
シュベルトによく似た綺麗な顔をしていると噂では聞いたことがあった。
「王様は?」
「病に臥せっていて話も出来ない状態だ。これは国民も知っている事だ。そして本来ならばシュベルト様が即位されるはずだが、ラミル様が第二王子であるリオレオ様を王にしたいと揉めている状況だ」
「え、ラミル王妃様が?どうして?」
「これ以上は言えない。言っておくが俺は君がセレスティアの生まれ変わりだと言うことを完全に信じている訳じゃない。俺はシュベルト様のようにセレスティアと親しくしていた訳ではないし、アルミンのように魔力を感じられる訳でもない」
セルビスからのはっきりとした拒絶に、頭を金槌で打たれたような衝撃を味わう。
考えてみれば王族の内部問題なんて、易々と話し言いわけがない。
そしてセルビスにとって私は、未だ信用できない人間だ。
「そうだよね、ごめんなさい」
「彼が協力してくれるのならば、シュベルトが王になることが有利になるかもしれない。だからこそ君を保護し協力を依頼している。いや、これは君にとっては脅迫なのかもしれないな」
自嘲するようなセルビスの口調に一瞬言葉が出なくなる。
確かに今の私には選択権はないけど、この状況が不幸だとは一概には言えない。
「…私は落ちてしまった先がこの世界で良かったと思ってる。こんな状況で一人で生きていく自信はないしね。王位継承とか偉い人達の事はよく分からないけど、お師匠様に会うことが出来たら私がセレスティアだったって信じて貰えるんなら頑張るよ」
「セレスティアはいつも前向きだったな」
「今だってそうだよ」
そう言って笑うとセルビスは困ったように笑う。
初めて見せてくれた表情は何故か落ち着かなくて、思い切り視線を逸らしてしまった。
不自然だったかなと焦って話題を探していると、重大な事を思い出した。
「あっ!そういえば」
「どうした?」
「タルト!この間シュベルトが前から約束してたスペシャルケーキの代わりに持ってきてくれるはずだったのに!」
「そんなにタルトが好きなのか?」
「すっごく食べたかったの!」
呆れた様子のセルビスにタルトの魅力をを力説していると、途中で止められてしまった。
何故この世界に来てしまったのかは分からないけれど、前に進んでいかなければならない。
不安なんて考えてだしたらきりがないけれど、今はお師匠様を見つけることだけに専念することにしよう。