道筋
セルビスの屋敷にお世話になってから半月が過ぎようとしていた。
普通食も食べれるようになって体調も良くなってくと、部屋にいることがとにかく苦痛になってくる。
本来ならば学校で昼食を食べている時間だなと、ぼんやりと友人達の事を思い出す。
「暇だなー」
ここへ来て顔を合わせたのは屋敷の主であるセルビスと、何度かお見舞い(?)に来てくれたシュベルト。
あとは食事を運んでくれるマリさんだ。
最初は仲良くなれたらと思っていたけれど、反応の少ないマリさんに心は折れてしまった。
最近は朝の挨拶とお礼の言葉くらいしか発していない。
出来ることといえば部屋に置いてある本を読む事と、お昼寝くらい。
「よし!」
ベッドの上から飛び起きて目を閉じると、意識を魔力の源へと集中させる。
ゆっくりと魔力を辿っていくと、やはりある場所で跳ね返されるような感覚がある。
魔力が封印されているせいかもしれない。
それでも慎重に魔力の循環を試していると、少しだけど魔力が手の先に集中するのが分かる。
「…これ以上は無理か」
耳鳴りや動悸を感じて力を抜くと、一気に貧血のような目眩を感じた。
重力に任せるようにベッドへと身を預けて、暫くの間呼吸を整える。
何度か試してみて自分の限界が分かってきた。
そして少しずつだけれど、魔力の伸びを感じる。
このままいけば得意だった風魔法くらいなら出せるかもしれない。
そんな事を考えていると、扉のノックとセルビスの声が聞こえて慌ててベッドから飛び起きる。
自然な笑顔で出迎えたはずが、セルビスの眉間には皺が寄っている。
「…何を慌ててるんだ?」
「いやー、別に」
「まあ、いい。今日は会わせたい人物を連れてきた」
「会わせたい人?」
背の高いセルビスの背後から現れたのは、薄い緑色の髪と丸い眼鏡を掛けた線の細い人物だった。
「アルミン!」
「やあ、セレスティア。あ、今はアオイだっけ?」
変わらない人懐っこさに驚いているといると、セルビスが補足するかのように説明をいれてくれる。
「君が気を失っていた時にアルミンを呼んだ。魔力が封印されているかもしれないと考えたのもアルミンだ」
「久しぶりだね、セレスティア」
「…私がセレスティアだって信じてくれるの?」
「これでも魔法士だからね。セレスティアと同じ魔力をほんの少しだけど感じるんだ」
「…ありがとう、アルミン」
アルミンの優しさに泣きそうだ。
「ところで今魔力の循環をしてたでしょ?」
「え」
「少しだけど魔力が漏れてる」
指摘されてしまいセルビスを視線だけで見ると、眉間に皺を寄せて溜め息をついた。
「体調は問題ないのか」
「うん。魔法が使えるほどの力は出せなかったし、少しふらつくくらいで」
「封印された箇所から少し魔力が漏れ出してるみたいだね」
アルミンに促されて椅子へ座ると、ひんやりとした掌がおでこに当てられる。
「循環を続けてたらまた魔法が使えるようになるかな?」
「そうかもしれない。でも加減を誤るとこの間みたいなことになるよ」
「うん、気を付ける」
魔法を使うことが出来たら、この世界での生活も楽になるはずだ。
元の世界へ帰れないのなら、ここで生きていく術を探さなければいけない。
「セルビス。私これからどうなるのかな?牢屋行きは回避出来そう?」
「それを伝えようと思って今日はアルミンを連れてきた。一度『深い森』へ行ってみようかと思っている」
「私とお師匠様が住んでた小屋に?」
「ああ。この五年間、捜索の際あの場所は手をつけてない」
「どうして?」
「あそこは限られた人間しか入ることが出来ないんだよ」
アルミンの説明によると、私とお師匠様が住んでた『深い森』には、お師匠様によって結界が張られている。
お師匠様に認められた人間以外が入ると、小屋には辿り着けずに気付けば森の入り口へ戻ってしまうらしい。
「そういう訳で探索隊に君も一緒に同行してもらいたい」
「セレスティアと一緒ならあの小屋に着けるかもしれない。僕とセルビスも一緒だから」
「それがお前がセレスティアである証明にもなる」
セルビスの言葉に表情が引き締まる。
私がここで生きていく為には、私がシュベルトにとって無害であることを証明しなくてはいけない。
「分かった。それが証明出来たら私はここを出ていくって事だよね?」
「行く宛はあるのか?」
「あるわけないじゃない」
当たり前のように聞いてきたセルビスに少しだけど呆れを含めて返事をする。
「どこか住み込みで働ける場所を探すしかないかな」
セレスティアの時は学園に通いながらギルドに入ってクエストをこなしたりもしていたけど、魔法も使えず身体能力もない今の私には不可能だ。
でも住み込みで働くにしても先立つものがない。
「決まるまでお世話になっちゃ駄目かな?あ、今かかってる生活費は絶対にお返しします!なんなら借用書を」
「いらない。費用ならシュベルト様個人が面倒見てくれている」
「シュベルトが?」
「慰謝料らしい」
「慰謝料って何の?」
「最初会った時に怪我をさせた分だろう」
「でもあれは」
いきなり不審者が目の前に現れたら、自己防衛するのは当たり前だ。
しかもシュベルトは王族だ。
一般の人以上に他人に警戒しなくてはいけない。
「ああ。シュベルト様の行動は決して間違ってはいない。故意でなかったとしてもあの場にいた君に謝罪する立場でもない」
「うん」
「それでもこのままでは、あの人の気が済まなかったんだろう」
シュベルトは会った時から優しい人だった。
王子という立場にも関わらず、田舎者の私と同じ視線で話をしてくれていた。
「シュベルトは相変わらず優しいね」
「そんなこと言うのセレスティアだけだと思うよ」
吹き出すようにして笑いだしたアルミンに目を丸くしていると、セルビスもアルミンの言葉に同意するかのように頷いた。
「学生時代のシュベルト様の態度に問題が無かったと言うには偽りがある」
「でも王子様なのに私に普通に接してくれたよ?」
「珍しかったんだろうね」
慈愛に満ちた優しい笑顔で頷くアルミンの言葉に、私は意味が分からず首を傾げる。
「王子に対して敬語も使わず、初対面にも関わらず説教してくる人なんてなかなかいないからな」
「え?そんなことしたっけ?」
「覚えてないのか?」
私が初めてシュベルトに会ったのは学園に入ってからだ。
いきなりの集団生活にどうしていいか分からなかった私に色々と教えてくれたのがシュベルトだった。
「んー覚えてない。何せ魔法以外のことは全く勉強してなかったから王子様だって言われても、王子様って事はお城に住んでるのか、くらいに思ってた」
「…思ってた以上に世間知らずだったんだな」
「うん。あの頃は爵位とかも全然知らなかったし、とりあえず態度がつんつんしてて着飾ってる人は全員貴族!くらいの認識で。あ、爵位については今もよく分からないけど」
ずっとお師匠様と二人で暮らしてきた私にとって、同じ年代の子供と過ごすというのは戸惑いの連続だった。
「孤児にも関わらず王子様と仲良くしてる田舎者の娘。周りはあまり良く思ってなかったよね」
「気付いていたのか?」
目を丸くしているセルビスが可笑しくてつい笑ってしまいそうになるのを堪えながら、セレスティアであった時のことを思い出す。
初めての友達が嬉しくて、笑顔で迎えてくれるシュベルト達の側に着いて回っていた。
とにかく世間知らずで学園に来るまで人との関わりが少なかった私は、人から向けられる感情に疎かった。
特にシュベルトは地位が高く見目のいい友達が多かったので、必然的に一緒に話す機会も多かった。
そんなセレスティアの行動は周囲から特に女の子からは好ましくないものだと気がついた。
「…二度目の人生でね」
「そうか。何だか悟った目をしているな」
「皆がそんなことを思っていた訳じゃないよ。セレスティアはあのテニッシュ様の弟子だったし、魔法士としても優秀だった。周りからは一目置かれていたからね」
「ありがとう、アルミン」
やっぱりアルミンは優しい。
アルミンの優しさにほのぼのしていると、セルビスがわざとらしく咳き込んだ。
「出発は半月後だ。それまでに体調を整えおくように」
「分かった」
急ではあるものの半月後に、お師匠様捜索の為私は以前住んでいた場所へ行くことになった。