結局もやしは洗う必要があるのかどうかという問題
はっきり言うなら、この悩ましい2択に誰か決着をつけてほしい。アジフライを前にして俺は感じた。
だが、揚げ物の宿命は揚がった瞬間から参加が始まる。悠長な迷いは、味の損失を招く。手早く醤油を手に取り1尾にかける。ジュッという音の後の香ばしい匂い、これが醤油の魅力の1つだ。
サクッとした衣、弾力ある触感に香ばしいしょっぱさが絡む。それを楽しんでから白ご飯を口に投入する。しかし、それを楽しんでばかりもいられない。
もう1つのアジフライに今度はソースをかける。これもサクッとした状態で食べるのも一興。しかし、俺としてはソースが衣に染み込んでから食べるのが、最もうまいと感じる。
醤油の1尾を喰いきり、準備したソースの1尾へ箸を伸ばす。程よく衣にソースが染み込んだのを確認してから一口。ソースの刺激のある濃厚な旨味が、味の旨味を引き出す。淡白なそれが生まれ変わる時だ。衣もソースが染み込んだことで、口の中で一体感も生まれ、先ほどと同じように白いご飯をそこに放り込む。あぁ、生きててよかった。
定食を喰い終わり、出されたほうじ茶を楽しむ。至福、その言葉で十分だな。
「今日もこれから仕事かい?」
初老のおやっさんが元気のいい笑顔で話しかけてくる。ここも俺のなじみの店、見知ったどころかよく話す間柄、喫茶店のマスターと似た間柄だな。
今日は料理をするには時間がないほど筆が進まなかった。という建前で、そのせいで作るのが億劫になってしまっただけではある。
言うまでもなく、この後も帰れば仕事。普段なら少しだけ長居するが、代わってやってくれる人間はいない。そんなところと答えながら御足を払って帰路につく。
夜風が心地よくなびいてくる。食事の後にこういうのを味わうのもまた一興。外食時に出来る特典とでもいえばいいか。
仕事は嫌いじゃない。そもそも趣味が高じたようなもの、だからそれ自体はいい。何より辛いのは筆のノリが悪いこと辛い。締め切りが迫ってきていることも相まっての焦りも混ざり、実のところ負のスパイラルに入った状況だ。
そういう時は気分転換することに限る。どうせ家に居ても仕方ない。変化のない所にいて変わりようがないのと同じことだ。街が同じに見える人間は、恐らく日々が全て同じに自分が見てるだけだ。
嫌なことから逃れたいなら、自分で動くのが手っ取り早い。だから俺は、おやっさんの店に行ってアジフライ定食を食べて、これから近所にある少し大き目のスーパーに立ち寄るところだ。
スーパーはちょっとしたおもちゃ箱のように俺は思える。毎日、家族の為に料理を作り家計をやりくりしている奥さんには申し訳ないが、俺はそう言った部分で解放されている。作りたいものも自由で、使う食材も自由となれば、これほど楽しい場所はない。
しかしながら、今回はその楽しみはお開きだ。戻る時間もいつもより早くしなければいけない、なのでお手軽簡単な楽しみの方を選ばなければいけない。ザッと見て、目に入ったフライパンで作る焼きそばを手に取り、ついでにもやしも買う。夜食用だ。
さて、夜食はちょっとしたおまけであって、執筆中につまむものが欲しい。書いてる最中は頭を使うから、即席当分補給な甘いものも、まぁ、悪くはないがここのところ俺には食傷気味だ。なので、気分を変えてしょっぱいものをチョイスする。
で、これまた選択の時間なのだが、この歳になると。いや、俺がこの歳になったからかポテトチップスというのは、どこかガキくさい。フライドポテトは大好きなのにこう思うのは、俺が偏見に凝り固まった年寄りになりつつあるからか。あれば食べる癖にこう思うのだから厄介で、とりあえず候補から外す。
さて、ガキくさくないセレクトとなると、やはりお酒のつまみになるナッツ系か。こうなると代表格は、ピーナッツ、カシューナッツ、アーモンドにピスタチオ。後はクルミも捨てがたいか。ミックスナッツで複数を食べるのもいいが、ここは単一勝負に出てみたい。そんな思いで手に取ったのは、カシューナッツだ。
さて、手にあるものはもやしとインスタントの焼きそばとカシューナッツ。なんだか見栄えが悪く感じるので、総菜コーナーにも足を運ぶ。夜の九時を回り、これと言ったものは目に入らない。確かに、腹が減った状態で見たら良さそうなのだが、生憎アジフライ達がまだ胃を占領しているからな。
見栄えが悪いのは仕方ない、そう思ってレジに足を向けて冷凍食品コーナーにそれはあった。のん兵衛ご用達の冷凍枝豆、流水で回答するだけ簡単な代物。ノータイムで素早く1つ籠に入れた後、会計してスーパーを出た。
やはり一度外の空気を吸うのは良い事だ。気分転換が思いのほか済んで、家を出る前に比べれば十分筆が進む。ベストではないが、一定のクオリティを出すには、一定のテンションとかモチベーションというものは大事だ。
時折口に放り込むカシューナッツが悪くない。程よい塩気と優しい触感の後、甘みが伝わってくる。これをウイスキーあたりで呑りたいものだが、頭が回らず仕事にならないので我慢我慢。この味だけで満足することにしよう。
その我慢も底をつき、なんとか今日中にやらなければいけない分が終わった。さて、これからの空き時間は楽しい楽しい夜食の時間に洒落こむことができるな。まず、冷凍枝豆を流水で解凍しながら、もやしの袋を開けて入った状態のまま水を入れる。そのままもやしがこぼれないよう調整しながら水を捨てた。もやしは洗う必要はない気はするのだが、とりあえず野菜は水洗いするという認識でやっている。
下準備も終わったので、フライパンに油を引いて火を入れ加熱。その間にインスタントの焼きそばを開けて、2玉取り出してこちらも準備。1玉じゃ食べた気がしないし、3玉じゃ多すぎる。俺にちょうどいいのはこの2玉だ。
もやしを投入して軽く炒める。今の段階で味付けは特にしない、どうせこの後このインスタントについて粉末状のソースをかけるのだからそれで十分で、濃い味が欲しいなら塩と胡椒で調整して、隠し味で醤油をたらしてやればいい。それだけで十分にコクは出る。
もやしが軽く火が通ったところで麺を投入、ほぐす量に動かして水も少量入れる。こうすることでほぐしやすくもなるし、気持ち麺がもっちり仕上がるような気がする。している気だけでそうかはわからないが。後は、その水気が無くなってから粉末のソースを投入して全体に馴染んだところで味見。それだけの味で十分美味かったので、ざるに移した枝豆とフライパンごと机に運んで夜食の開始だ。
冷凍の枝豆と侮るなかれ、量だけ考えるなら十分これだけでも美味しい。だが、これからのメインはこのフライパン内の焼きそばだ。箸を取り出して、がっと面ともやしに差し込み、一気に一口すする。店とは違う、ジャンキーなソースの美味さが染み渡る。これだこれ、なんだかんだ言ってもこういう味は捨てがたい。
後は濃い味を食べ続ける時に、枝豆のようなあっさりしたものはもはや一種の清涼剤のようだ。インスタント焼きそばを飽きることなく食べ進められる。その意味ではもやしも生きているな。
こってり焼きそばを食べたいなら、やっぱり具材はこだわりたいところだ。今回は夜食でもやしを買ったが、具材には玉ねぎとキャベツを用意して、さっき言った濃いめの味付け。あとは紅生姜も用意したら完璧だ。この場合は、あえてのマヨネーズ投入も検討できる。何せ、ただひたすら濃く食べたいだけだからな。
「ふぅ…。喰ったな」
夜食は大満足だ。これは今日寝る間際の運動は、少し長めにやらなければいけない。そのおかげで幸福感に面倒くささが混じるものの、悪い気分はしなかった。
この手の夜食を作ると洗い物が必要なのは玉に瑕だが、火や食器を使わないやつは、やっぱり温かみがないからな。俺は結局こっちの方が好きだ。
「あ…、失敗した」
よくよく考えれば青のりか鰹節をかけるのを忘れていた。今度の焼きそばの時は、忘れないようしないとなと、洗い物に着手することにした。