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男の独り言  作者: 麻上空
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物事に集中できるのは良い事だけど限度はある

 うまいものは見た目でうまい。大体これは外れない。


 ミートソースをパスタに絡め、フォークで巻き取って喰う。鼻からソースの匂いが抜けて、舌はひき肉と玉ねぎの甘さで満たされる。


 いろいろ奇をてらったようなソースがかかったパスタも、喰うには喰ったが、俺は結局このミートソースや、ナポリタンと言ったものに帰ってきてしまう。そしてどっちかと言えば、軍配はミートソースに俺は上がる。


 何が良いかというと、やっぱり煮詰まっていることだ。2日目のカレーのように複雑な味が楽しめる。だから俺は家では作らず、店でしか喰わない。


 ちょくちょく家で作る俺だが、独り身の自由でそこそこ外食も楽しめる。その代わりにありつけないのが、家庭の味という奴だが。


「先生は美味そうに食うから作り甲斐があるよ」


 この店のマスターが嬉しそうに水を注いでくれる。孤食な俺はその姿を人に見られるというのは苦手だ。でもマスターに言われる、いや、見られるのは悪いと思えないのは、結構長い付き合いがなせることなんだろう。


 ただ、恥ずかしかったのは、唇の上にソースがついていると指摘されたことだな。


 いつもの満足いく食事に感謝して、手を合わせて食べ終える。喰うことで生きる以上の礼儀だと思っているのだが、自分で作った時はあまりやらない俺だった。


 食後のお茶、今日はモカをいただく。コーヒーは全くわからないので、ここで呑むお茶は大体マスターの今日のおすすめだ。それが外れたことはなかったはず。


 それにしても、このティータイムもいい。満足いく食事の感覚を静かに延長できる。幸福な時間は長い方がいいに決まっている。どうせそれが覚めれば、仕事という現実が待っているのだから。


「それで今日は取材かい?」


 俺は半夜型人間だ。早朝に寝て、昼に起きる。ただ飯を喰うだけなら、この店に来るのは14時過ぎが多い。今は12時手前ぐらいだ。この時間帯に来る時は、マスターが言った取材というていの街のぶらつきか。資料を漁りに図書館か古本屋に向かう。今回は前者だ。マスターにそれを伝えて俺は店を出た。



 街に行くのは大体徒歩だ。乗り物は言うまでもなく便利で、同時に不便でもある。都市部で顕著なのは置くところに困るのと、そこそこの駐車料もとられる。電車やバスにはそんなことはないが、まずその場所までいかなければいけないのと、時間に縛られる。


 徒歩はそういった点で自由だ。元気な身体1つあればいい。もちろん行き先には最も時間がかかる。しかし、俺は時間に縛られていないのと、歩くことで周囲をのんびり見て回れ、そこの四季を感じられて楽しめる。


 作者として、人をえがくわけだが、何も人だけえがくだけが能じゃない。舞台があり、場所があり、そこで人が動いて回る。そういう要素が場所にはある。あらゆる所に行くのは、それはそれで仕事の役に立つ。


 それとプラス、こんな仕事だと身体を動かすこともない。一応意識的に動かしているが、ついでに取り入れてやれるならそれが一番だろう。


 そんなことを考えている内に街へたどり着く。言ったように行く場所は決まっていない。どちらかというと、人を見に来たと言っていい。


 その場所にいる人間が、居ることで何が起きるかをえがくのだから、実際を見るに限る。つまるところは、不審者になる訳だな。



 しばらくの間、人の話や仕草を観察して、夕日はとっくに沈んだ。同じ場所に座り続けている不審者行為も、そろそろ終わらないといけないな。


 さて、当然ではあるが非常に腹が減った。腹が減る。正しい肉体の感覚だな。全ての食べ物が美味そうに見える素晴らしい状態だ。さて、折角街に出ているのだから、出たからこそ食べられるものを食べたいと思う。それが人情というものだろう。


 そういうことを考えた時に出てくるのは、料理はできる人間特有の、作れないものであるということか、食材の確保がしやすいかという観点がある。ちなみにこれを考えると最初に出てくるのは、焼き肉だ。


 焼き肉というのは、野菜もいろいろ必要で、肉もそれこそいろいろな部分が食いたい。もちろん、焼き肉用の冷凍のやつともやしだけに、ライスオンリーも悪くはない。そう、悪くはない。しかし、悲しいかなそれは考えている焼き肉ではない。第一そういうことをする時にホットプレートなんて用意しない、フライパンだ。焼き肉の情緒すらない。


 ガスロースターや炭で熱された網に、肉を乗せると鳴きだし煙が立ち上り、換気扇に吸い込まれていく。その前に肉の焼ける匂いを楽しむ。これが俺が思う焼き肉だ。


 だがだ、問題なのは今日の昼はミートソースパスタを食べたということ。肉よりかは、口はどちらかというと魚介系を求めている気分。店で食う魚は高い、だがどうした、喰いたいものを喰っての人生だ。財布の中身を確認しながら決意を固める。


 目的が決まれば、店を探すのは簡単な事だ。魚の場合、やはり居酒屋に美味いものが多い。その代わりの不満を言うと、飯だけの魚が美味い店。これがない。


 酒は飲みたくなるし、上戸でも下戸でもないがることはできる。なのだが、俺は飯の方が好きなのだ、酒が入ると味がわからなくなるのはもったいないと俺は思う。


 ピンと俺の美味いものに対する直感が光る。残念だが大通りといった目立つ場所にあるのは、それなりの味を提供してくれるところだ。本当に美味い味があるのは、こういう少し入って目立たない、集客されているのか疑いたくなるところだ。もちろん俺はそこに足を踏み入れる。


 都市部に住んでいてわかるのは、住んでいる家の周辺、通勤路、仕事先の周辺な人が多いだろう。だから、こういう入ったこともない裏路地に、俺はワクワクする。ありもしない宝物を探す少年の気分になれる、しかし、違うのは大人の俺には宝箱はあるということだ。


 その宝箱を開けるように、見つけ出した居酒屋の扉を開く。中は常連と思しき奴らと店主がいて、一見の俺に奇異の目を向ける。そしてこれを越えなければ、美味いものにはありつけない。視線を押し返すように店内に入る。


 常連がいる店、だからといって美味い店かはまだわからない。というのも、店主の人柄や利害関係で来ていたり、酒が美味いだけもありうる。料理は手を加えない冷ややっこか枝豆、刺身を食べていたら要注意だ。ここの店は、きっちり調理したものも喰っている様子だから、問題はなさそうだな。


 さて、メニューからこれから食べるものを選ぶ楽しい時間だが、注意しなければならないのが一つ。居酒屋によくある、張り紙されたメニューだ。これを見逃し、悔しい思いをしたことが多々ある俺には見逃せない情報だ。見ればイカの刺身の記載がある。函館の朝市を思い出して、注文することにした。後は焼きサバ、ご飯、ふのりの味噌汁を頼んだ。


 しばらく待ち、並べられた逸品を見て楽しむ。この間に空腹と期待が掻きたてられる。さて、まずは汁物を一口。ふのりが出汁代わりになって、いい塩梅だ。肉もそうだが、魚は仕入れと鮮度が重要になる。ふのりでこれなら、他も十分に美味いはず。


 イカの刺身は生姜で頂くようだ。しかし、その前にイカの味自体を楽しむため、醤油だけ軽くつけて喰う。甘みと程よい弾力を楽しめる。次に生姜を混ぜて食べるイカは、生姜の香り高さと相まって、ご飯の箸が進む。しかし、サバが俺のことを忘れてないかと匂いの自己主張をしてきた。すまない、忘れていた。


 謝罪も込めて身に箸を差し込み、口に放り込む。魚の油は肉の脂と派手さはない、じっくりとうまさを自己主張してくれる。程よい塩加減が、このサバを引き立て、俺を楽しませてくれている。店主の焼き加減にも感謝だ。


「美味かった…」


 呟きながら手を合わせる。思い出したらもう一度、この店には来てもいいな。お足、料金を払って満足に店を出る。このまま満足を浸る為に酒を呑むのも一興だったろうが、帰りも徒歩だ。今の食事を思い出しながら帰れば十分だろう。


 そしてそこで、俺は1つの失敗を犯していることに気づいた。


「…ありきたりな場末の居酒屋の、店主と常連のやり取りを見てなかったな」


 食事に集中しすぎるのは俺の悪い癖だなと思いつつ、俺は表通りに戻ることにした。

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