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人造のアーダム  作者: 猫一世
セラギネラ
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セラギネラ 第一節

――イルルヤンカシュ極東第二支部、実験記録〇三五八――

「検体番号六一二七、生命活動を開始。しかし人体は未だ形成せず。また思考も停止している。各々の細胞が崩壊と再生を繰り返し、細かな肉片状態である。五七八〇、及び六〇一一と同様の傾向を見せている。失敗の可能性は七八パーセント。細胞の回収、及び、次検体の生成へと移る」


――イルルヤンカシュ極東第二支部、実験記録〇三六一――

「検体番号六一二七に変化あり。細胞同士が結合を始め、人体の形成を始めている。これまでの実験にない過程。実験は次段階へと進んだと理解して問題ないと思われる。完全に肉体を形成して、安定し次第、極東第一支部へと移送する」


――イルルヤンカシュ極東第二支部、実験記録〇三六二――

「検体番号六一二七は完全に人体を形成。細胞の崩壊も見られず、非常に安定している。見た目は十代、いや、それに満たない少女のようだ。この姿をとった理由は不明。脳波状態はレム睡眠下のものに酷似。以降検体番号六一二七をイェリコと呼称、明日、極東第一支部へと移送する」


――イルルヤンカシュ極東第一支部、実験記録〇一二〇八――

「イェリコ、複数のメレトネテル能力を発揮。再生、増殖、変形、液化などが見受けられる。現在はケデシュの力を最も多く受け継いでいることが確認できる。明日以降本格的な人体実験に移る」


――イルルヤンカシュ極東第一支部、実験記録〇一二二四――

「本日の実験は、イェリコの切断された細胞の再結合を目的とした。切断箇所は合計で二十八箇所。イェリコはどの傷も、部位の大きさに関わりなく一分ほどで再結合した。傷口から溢れた血液は全てイェリコ自身が生成したため、貧血などの症状に見舞われず。実験前と全く同じ状態だった。ただし痛覚はあるらしく、切断のために悲鳴を上げていた。気絶回数はおよそ三十五回」


――イルルヤンカシュ極東第一支部、実験記録〇一二二八――

「本日は、消失した細胞の再生力の実験を試みた。油圧プレスを用いて右腕を完全に粉砕したのち、粉砕箇所から先を切断。その後焼却。その後再生について経過を見たところ、二分程度で完全再生した。次に左腕にも同様の処置をしたところ、同様に再生したものの、再生時間が十分と非常に遅かった。失神したことと関係があるかと思い、三度目の実験を再び右腕に試みた。しかし切断部が僅かに修復したものの、今度は完全な再生すらしなかった」


――イルルヤンカシュ極東第一支部 実験記録〇一二二八 補遺――

「〇一二二九実験は中止にしようと考えていたが、前実験の後日、食事後に腕部が完全に再生した。原理は不明。食事で摂取したエネルギーと、修復箇所の質量が釣り合っていない。食事という行為が、彼女に必要なのかもしれない」


――イルルヤンカシュ極東第一支部 月間報告――

「イェリコが言語能力を習得。三歳児に相当する会話が可能になった。来月以降はプライマリースクールに相当する教育を施す予定。過酷な実験にも関わらず精神状態は極めて安静。しかし一つだけ不可解なことが確認された。食事前に『これは何』と毎回尋ねてくる。食への不可解な執心が存在するようだ」


――イルルヤンカシュ極東第一支部 実験記録〇一二三〇――

「食事と能力の因果関係を発見したため、本実験では彼女に動物性、植物性、そして完全人工食料など、複数の資源を提供し、それらを好きなだけ食すように命令した。初めは小さな口を大きく開いて、生肉までも勢いよく食していた。しかし途中で『食べずらい』言った後に、食事を終えた。合計摂取量は三・七キロ。後に胃袋の検査をしたが、内容物は全て消えていた」


――イルルヤンカシュ極東第一支部 実験記録〇一二三○ 補遺―

「イェリコに食事を提供した女性が、彼女に『どうすれば一杯食べられる』と尋ねられた。口を大きくすればいいのではないか、と答えたことが映像で記録されている。その後、イェリコが腕を形状変化させ、巨大な口を生成、その給仕の女性を丸のみにした」


――イルルヤンカシュ極東第一支部 実験記録〇一二三一――

「イェリコに再び食事の実験を行った。食料は先日よりも遥かに大量に用意した。そして同じく好きなだけ食べることを命じた。二トンの食糧を瞬く間に平らげてしまった。体はいつも通りの変わらぬ姿で、体重の増加さえ確認できない。全く意味がわからない。一体あの質量はどこへ消えてしまったのだろう?」




 私は何だろう。

「イェリコの様子は?」

「ええ、静かなもんです。なんだか気味が悪いくらいですよ」

 透明な何かの向こうに、何かがいる。

「全く、あの食い物はどこにいったかだって?ナルサムも無理を言う」

「彼らはメレトネテルを『科学的に』解明することを望んでますからね」

 学んだ言葉から、紡ぐ。目の前の者たち、これは人間、研究者、男。

「しかし、ケデシュの細胞を使って、こんな怪物ができあがるとはねぇ」

「ああ、ユプシロンレベルは既に突破しているだろうな。ひょっとするとオメガレベルまで達しているかも……」

 一人は肌に沢山線が入っている。もう一人はつるりとしている。前に食べた女の人みたいだ。

「我々が確認できているオメガは、チェンリー・カーン、ヴィッサリア・カニンガム、アリア・ゴネイム、エミー・ブラックの四人でしたよね。カーンとカニンガムは既に死去。しかしゴネイムとブラックって本当にオメガなんですか?」

「お前はあの二人を見たことないから、そう言えるんだ。ありゃ常識の通じる存在じゃねえぞ?」

 二人の言ってる言葉は難しくて理解ができない。誰かの話をしている気がする。私の話の気もする。

「常識、と言えば、今回の実験、流石に僕でもドン引きですけど、本当にやるんですか?」

「何言ってるんだ。もう俺たちは彼女を何度も殺してるんだ。殺し方が少し変わるだけ。そう思えばいい。いや、思っとけ」

 研究者の男二人は、光る文字を触って、何かを動かしている。図形がぐるぐると動いて、何かを命令しているようだった。

「では、イルルヤンカシュ極東第一支部、実験記録〇一二三八、機銃の掃射、アンドロイド兵のAI起動、軍事用パワードスーツの遠隔操作などを含む、戦闘行為を行う。対象はイェリコ、実験終了条件は、我々の軍隊全滅、もしくはイェリコの停止」

「記録準備完了、実験開始」

 顔に一杯線が入った男が、声を少し張り上げると、突然私に向けて速いモノが飛んできた。

 

 痛い。

「イェリコ、君はそれらを排除しろ。命を脅かすものを壊せ」

 命令。

 壊せばいいのか、私を、傷つけるものを。




「さて、どうなるか、見ものだね」

「我々ナルサムの、大いなる計画のために」




「化物だ」

「うそでしょ、これ」

 イェリコの強さは我々の想像を超えていた。機銃掃射を全て避けずに、再生を繰り返していた。貫通しなかった鉛玉は、続々と肉体から排出される。もはや血液すら流れていない。まるでそれは、水たまりに小石を投げているかのようだった。

 銃弾のカーテンは、彼女を前に進めることを拒み続けていたが、少しづつ、イェリコは機銃の方へと歩を進めていた。だが敵は三六〇度四方に配置された機銃だけではない。対戦車ライフルを装備したアンドロイド兵が、彼女を撃ち抜く。その破壊力で、イェリコの上半身は完全に吹き飛んだ。

「まずいぞ、あれ」

 上司のオットーが呟いた一言の真意を理解したのは、ほんの一秒後だった。

 空中に霧散したイェリコの肉片は、重力に逆らって浮遊している。

「学んだんだ。戦いの方法を」

 次の瞬間、イェリコの肉片は、消失した。

 いや、実際は高速で飛翔したのだ。その向かう先は、爆発音が教えてくれた。機銃は全て破壊され、弾幕はすっかり消えてしまった。

 高速で飛翔する肉片は、その後アンドロイドへと向かったのだろう。アンドロイド兵たちは、体に複数のヒビを走らせ、地面に倒れている。しかし、その装甲は、先の機関銃でも傷つかないほどの強度を誇る。機能停止にまでは至らせることができなかったようで、すぐに全機立ち上がり、戦闘態勢をとった。

 肉片は渦となって再び部屋の中央に集まり、それがイェリコであったことを我々に思い出させてくれる。

「これじゃ、ダメ」

 イェリコは人体を完全に復元したのち、一言呟いた。その後、イェリコの右腕が変容する。あの時と同じ巨大な口、しかし以前と違い、光沢をもち、黒く変色していた。イェリコは複数のメレトネテル遺伝子を掛け合わせているが、そのうち、ベースとなっているケデシュは変身能力をもったメレトネテルであった。しかしケデシュには、物質まで変化させることはできなかったはずである。確認はできないが、あの腕は間違いなくタンパク質ではないようだ。

 そのことは、すぐに証明された。

 巨大な顎は、まるで蛇のように伸び、そしてチタン製の装甲を持つはずのアンドロイドを飴細工のように容易く噛み砕いた。そしてその後その腕を大きく横薙ぎし、残りのアンドロイドを一掃した。

「硬さだけじゃないですねアレ。質量もとんでもないことになってる」

 一体何の素材なのだろうか、と僕が科学者の視点で興味を持っていると、私の隣で立っているオットーは青ざめた顔をして、ぶつぶつと呟いていた。次の実験段階として、床が開きパワードスーツが出撃しようとしていたその時だった。

「まずい……、まずい。パワードスーツを戻せ!アイツに、アイツにあれを知られるな!!」

「は、はい!」

 僕は彼の言う通りにして、停止ボタンを押し、急いでパワードスーツを回収した。

「一体、どうしたんですか?」

 イェリコは、きょろきょろと辺りを見渡している。実験の終了が告げられていないため、次の敵を探しているのだろう。

「あいつは機関銃を見て、機関銃の真似をした。アンドロイドのチタン装甲の硬度を確かめて、腕をそれを破壊できる物質に変化させた。だとすると、イェリコがパワードスーツの小型融合炉なんて模倣してみろ。アイツは一瞬で、人類の科学文明を置き去りにするぞ」

 確かに、オットーの言う通り、これ以上彼女を進化させるのは、我々にはあまりに危険すぎる。

「イェリコ、実験は終了だ」

 僕はマイクを通じて彼女に命令を下す。だが、イェリコは反応しなかった。

「何をしてる、イェリコ、もう実験は」

「まだ敵はいる」

 イェリコは命令を無視して再び動き出した。向かう先は、パワードスーツの出撃用ハッチ。もうすでにその射出口は閉ざされているが、イェリコはその扉を再び腕を変容させて破壊した。

「お、おい、まずい。早くアイツを止めろ!!」

 イェリコがハッチに腕を突っ込み、先のパワードスーツを引き上げた。そして彼女は文字通り、それを食らった。

「しまった。実験室を完全に隔絶しろ。アイツを絶対にあの部屋から出すな!」

 この実験室は緊急時には、核融合反応を完全に遮断できるような、シェルターに変貌する。今はまさにイェリコを封じる世界最強の檻と言えるだろう。

 カメラ越しで彼女の様子を確認する。彼女は右腕の巨大な顎で、シェルターの壁を攻撃している。

「無駄なことを。その壁はツァーリボンバだって壊せない」

 僕は完全に安心しきって、椅子に深く腰掛けた。しかしオットーは未だに表情が硬いままである。ただでさえ顔中に走った皺が、更に深くなっている。

 部屋を完全に隔離して、二〇秒ほど経った後、部屋の観測機器がある反応を示した。

「核融合反応……あいつ、本当に融合炉を模倣しやがった……」

「……!!全員退避!!我々はこの施設を放棄する!!」

 オットーが突然声を荒げ、研究員全員に指示を出す。

「な、なにを言ってるんです?あの隔壁は、あの核融合で算出されるエネルギーでも破壊できませんよ!」

「いや、無理だ。アイツはこの程度の隔壁では止められない!!」

「そんな馬鹿な」

 再びモニターを見やると、イェリコの左腕が青白く光っていた。そして彼女はその手のひらから強烈な閃光を放つ。

 そしてその光は、目の前の壁の亀裂からも漏れていて




「続いて速報です。――県××市近郊の森林で、大規模な火災が発生しています。人家への被害は予想されませんが、近隣にお住まいの方は、くれぐれも森林に近づかぬよう、ご注意ください」

 先ほどまで音楽を流していたイヤホンから、けたたましい緊急災害警報が鳴り響く。

「××市って、うちの近所じゃないか」

 うちの愛犬、ふゆを散歩している途中だったが、山火事を心配して少し早めに帰路につくことにした。ふゆは老犬で、ゆっくりしか歩けないため、両腕で抱きかかえることにした。

 少し急ぎ足で、夜道を歩いている。郊外のため、道路はわずかな街灯に照らされるのみで非常に暗く、先ほどの警報もあってか少し心細かった。胸に感じる小さな温もりだけが、俺の心の支えだったように思える。そんな不安な道程だったが、特にこれといった問題もなく我が家にたどり着いた。

 死別した両親から受け継いだ一軒家、比較的小さな一階建てだが、それでも男一人と犬一匹で暮らすには広すぎる。暗路の心細さは無くなったものの、門戸を開けても「おかえりなさい」の聞こえない我が家には強い孤独感を覚えざるをえなかった。

 そんな俺を心配してか、胸の中のふゆは、愛らしい声を鼻から出していた。

「ごめんな。一人じゃなかったな」

 彼女の足をウェットティッシュで丁寧に拭き、散歩の疲れを労うように、銀皿に水を注いで、ふゆへと差し出した。ふゆはもう十五歳、まだ毛艶も綺麗だが、足は肉が落ちて、骨に皮膚が張り付いただけのようになっており、こうして散歩をするのも辛くなってきた。水を勢いよく飲んでいるが、舌の筋肉が衰えたのか、あまり舌も口から出せなくなっており、長い鼻ごと水皿に突っ込んでいる。そのため、皿を斜めに傾けてやらないと、鼻孔に水が入り、溺れてしまうのだ。

 俺は寝間着に着替え、畳に敷いた布団にふゆと寝そべりながら、テレビを見ていた。テレビは先ほど緊急速報で流れて来た火災の件を中継していた。

「しかし山火事なのに、どうしてヘリの一つも飛ばさないんだろうか」

 流れてくる映像は全て遠景から火災現場を映したものばかりだった。特に火災の原因についても報告されなかったため、バラエティ番組でも見ようかとチャンネルを変えようとした時だった。

 ふゆが、体を突然起こし、甲高い声で吠え始めたのだ。ふゆは年を取ってから、俺が近くにいないと頻繁に吠えるようになったが、今のように、近くに俺がいて、かつこうして立ち上がってまで吠えるというのはめったにないことだった。

「どうしたんだ、ふゆ、そんなに吠えて」

 ふゆの身体を撫でて、落ち着けようとしていると、突如、けたたましい破壊音と共に、家が激しく揺れた。地震か、と思ったが、そういった警報はテレビから流れていない。テレビのチャンネルをあちこち変えていると、ふゆが俺の腕からすり抜け、布団から出ていった。

「お、おい、ふゆ、どこに行くんだ」

 覚束ない足取りで歩いていくふゆを追いかけて、和室の外に出る。

「な、なんだこれ」

 ふゆが目的地にたどり着き、また吠え続けている。

 そしてふゆが見つめる先には、全裸の女の子と、瓦礫、そして夜空が一望できるほど大きな穴が開いた天井があった。 

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