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人造のアーダム  作者: 猫一世
トキソプラズマ
36/47

トキソプラズマ 最終節

 腕を振りぬくが、しかしそれは空を切り、顎に疾風の蹴撃が襲い掛かる。

 足を蹴り上げるが、鋼鉄の如き肉体に阻まれ、鳩尾に剛腕が撃ち抜かれる。


 オルフェアの攻撃は全て通用せず、一方的な蹂躙となりつつあった。

「全く、意外と粘るね、アンタも」

 アリアは息一つ切らしていない。あれだけ走り回っているはずのエミーですら、額に少し汗を滲ませている程度だ。

 オルフェアには悪いが、もうこの勝負の結末は決している。

「もう諦めなよ。貴方じゃ私たちに敵わないって」

「く、くくくく」

 顎関節の部分が損傷しているのか、口が大きく開かず、オルフェアの笑い声はくぐもった唸り声のような音を上げた。

「まさか、アンタ、まだ手があるって言うんじゃないでしょうね」

「ああ、その通りさ。だが、お前たちの力を見定めていく必要があったのでね」

 オルフェアの顔からはまだ覇気が消えていない。確かにただの見栄ではなさそうで、本当にまだ隠し玉があるかのようである。しかし解せない。本当に秘策を持つのなら、あえてこうして言葉に出さず、秘したまま行えばよい。

 それとも、ここにきて、彼女の合理的思考に破綻が生まれているのか。

 我々アラドカルガは未だ身体を動かせない。恐らく一番早く復活するのはミカエラであろうが、彼女でもまだ表情を少し動かす程度に留まっている。

「が、その前にだ」

 オルフェアは体を起こし、エミーとアリアの二人を見据える。

「我が名はオルフェア・シケリアノス。またの名をトキソプラズマ!」

 堂々と彼女は自身の名を揚言する。

 彼女のあまりの奇矯ぶりに対し、この場にいる全員の思考が凍り付く。

「何をしている。決闘の際はこうして名乗るものだ。お前たち二人も早く名乗れ。それが礼儀だ」

 すると合点がいったかのように、エミーがにっこりと笑う。

「なるほど、それなら。私は対イルルヤンカシュ戦術部隊、アペプケデッド隊員の、エミー・ブラック!またの名をカスアリウス!」

 それに感化されるかのように、アリアも一歩前に出て、

「私はアリア・ゴネイム!アペプケデッド隊長、またの名をロンズデーライト!」

 とオルフェアの模倣をする。

 両者ともに口上が終わると、一転して耳が痛くなるような沈黙が、空間を支配する。

 するとオルフェアは視線を目の前の二人から、未だ地を這う我々アラドカルガに向けた。

「確かに私の力ではアラドカルガを操ることはできない。だがな、唯一例外が存在するんだよ」

 オルフェアは語りだす。先ほどの口上といい、彼女はまるでこの戦いに高揚しているかのようだ。

「機械の鼓膜ではなく、直接頭蓋を振動させ音を伝えること。それによって例えアラドカルガであろうと、私の命令は問題なく実行される」

 彼女が今行おうとしていること、それを私含め、アラドカルガの四人は全員気づいた。だが、それを口に出そうとしても、未だ我らの肉体は、脳から出される信号を無視し続けていた。

「わが肉体に命じる」

 止めなければ、奴の口を塞がねば。

 そこから先は、決して言わせてはならない。

「奴ら全員、全力を以て殺せ」

 オルフェアの肉体に命が下る。その声に反応するように、エミーが疾駆する。

 当然の如く、誰一人として、彼女の動きを目で捉えられたものはいない。

 しかし

「え」

 彼女の首を、オルフェアは右手で絞めていた。この場にいる誰もが、何が起きたかを理解できていない。オルフェアはそのままエミーを壁に投げつける。アリアは彼女が衝突する前に、その身体で受け止める。

 だがその一瞬の隙をオルフェアは見逃さない。彼女は投げつけたエミーの影に隠れ、アリアに肉薄する。エミーほどではないにせよ、完全に先ほどまでの速さを凌駕していた。

 しかしアリアはエミーと違い、戦闘の経験に関しては卓越している。オルフェアの狙いについては察知しており、エミーを後方に回すと、左腕で防御の姿勢をとる。オルフェアの攻撃は突貫の速度を利用した、体当たりだった。左腕の防御をも掻い潜るほど深く沈んだ体勢から、放たれるタックルは、まるで槍のようにアリアの腹に突き刺さる。

 恐ろしい衝撃音が鳴り響くが、アリアの表情に苦悶は見られない。しかしその威力はアリアを彼方へと吹き飛ばすには十分なものであった。壁を突き抜け、アリアの姿が確認できなくなる。

 エミーは再び駆ける。重力など存在しないかのように、壁、天井までも用いて、ありとあらゆる角度から攻撃をしかける。もはや私の眼では何度攻撃しているのか捉えられない。オルフェアは再びなすがままにされているが、猛攻が始まって三秒ほど経った後、エミーの顎を的確に狙った手刀が振るわれ、またも疾走が中断させられる。

 追撃のためオルフェアがエミーに詰め寄るが、そこに直径五十センチほどの鉄塊が高速で飛来する。戻ってきたアリアが投げたものであるが、それも紙一重で躱される。しかもその鉄塊をオルフェアは手に取り、アリアへと投げ返す。いや、正確に言えばアリアの上方だった。

 その衝撃で瓦礫が崩れ、アリアの上にのしかかる。

 エミーはその間に、一度オルフェアから距離を取っていた。

「本当、一体どこにその余力を残してたのよ」

 オルフェアは答えない。いや答えられない。

 今の彼女は、まさに『この場にいるモノ全てを殺戮する』という命令を冷静に実行する機械に過ぎない。

「わかったわよ。クソ。私一人でもやってやらぁ」

 エミーが覚悟を決め、再び姿が消える。彼女ほどの速さでは、この閉所を自由に駆け回ることは困難である。しかし少しづつこの空間での走り方を理解したのか、先ほどまでのスピードよりも幾分か速い。

 しかし今のオルフェアをエミーが一人で相手をするのは、非常に危険である。ただでさえ、アリアが駆け付ける時には既に、オルフェアはエミーの動きを見切り始めていたのだ。速度が少し上がった程度では、ものともしないだろう。

「はっ!舐めないでよね。私の武器は速さだけじゃないの!!」

 部屋のどこからか聞こえてきたエミーの声は、気迫に溢れていた。

 再びオルフェアがエミーの動きを先読みして動き、拳を放つ。それは正確にエミーの顔面を捉えていた。

 しかし、オルフェアの拳は空を切った。

 エミーはオルフェアの攻撃が届かない場所で急停止をしていた。そして再び大地を蹴り、オルフェアの腹を蹴り飛ばした。

 急加速。エミーはトップスピードに一瞬で至ることができる。彼女の能力において本当の脅威はまさに、この急加速である。今までは高速ではあったが直線的で、動きを読みやすかったが、ここにきて、そこに緩急が加わったのだ。

 きっとエミーは理解していないのだろうが、これはオルフェア攻略のためには最善手であった。彼女が劣勢に立たされてなお、自身に命令を下さずにいたのは、エミーとアリア二人の力を見定めるためだった。

 アラドカルガの機械義体は、卓越した運動性能を誇り、高い演算能力を持つ。しかしその能力を最大に発揮し続けると、未だわずかに残る生身の部分、特に脳と心臓に多大な負荷がかかるため、必然的にリミッターが設けられている。オルフェアは、その制限を自身の能力で解除したが、しかしその代償に、彼女は柔軟な対応をするための判断力を失った。

 これは彼女も想定済みの事態だっただろう。だからこそ、劣勢に立たされてなお、奥の手を使わず、冷静にエミーとアリア二人の戦力を見極めていたのだから。

 だがエミーの自然の法則さえ無視するが如き超加速に、命令をただ遂行するだけの自動人形であるオルフェアは対応ができなくなってしまっている。

 

 なんと、皮肉なことか。


 エミーの動きに対して、苦戦を強いられているなか、爆発にも似た殷々たる轟音が部屋を鳴動させる。

「よくもやってくれたなぁ!オルフェア!!」

 その音の正体は瓦礫の山を吹き飛ばして舞い戻ってきたアリアであった。

 エミーに気を取られながらも、オルフェアはアリアの急襲に対応することができた。床に伏せ、飛んできたアリアの拳を躱す。しかし、この回避の仕方は問題であった。地に這ったことで狭まった視界は、エミーの動きを完全に見失ってしまった。

 いやこの場にいる誰もが、彼女がどこへ消えたのか、目で捉えることができなかった。明らかに、先ほどまでよりも更に速い。

 オルフェアは目の前のアリアとの戦いを迫られている。自己への命令以前は、オルフェアが劣勢であったが、ほぼ互角、いや、わずかながらオルフェアが力で優位に立ち始めている。

 しかし、一瞬の隙をついてエミーが一撃を叩き込む。驚くべきは剛腕の持ち主であるアリアと拮抗しながら、我々では反応さえ不可能なほどの超高速で放たれるエミーの攻撃さえも、防いでしまうオルフェアの性能である。

 だが、防ぐ、という行為は、この場面では非合理的である。一瞬とはいえ、アリアを片腕で抑えるのは、今の彼女でさえも困難。事実、オルフェアはその刹那の後、アリアによって強烈な攻撃を浴びせられてしまう。ならば、今の一連の行動は、オルフェアにとって『そうせざるを得ない』状況であったと言える。

 まるでチェスプロブレム、お互い、失敗は許されず、最善の一手を指し続けなければならない状況。だがこの膠着は、我々にとっては望ましい状態である。あともう少しで我々アラドカルガは、EMP攻撃による損傷から復帰が可能になる。一方オルフェアは、度重なる限界を超えた性能の行使で、徐々に義体が劣化し、命を削りつつある。

「ミカエラ、そろそろ僕は完全に機能を回復する。回復次第、オルフェアを制止するか?」

 声を発したのはエアラルフである。最も障害が少なかったのか、彼が最初に復帰が可能なようだった。

「いえ、ダメよ。まずは周囲を警戒して。あのEMP兵器、局地的な使用だったけど、それでもこのアラドカルガ本部にも影響が出ているはず。だとすれば今の本部は丸裸同然。何か仕掛けられていたら、取り返しのつかないことになる」

 ここにきて、ミカエラの思考は整然にして冷静だった。彼女の大局的な視点には、眼前のオルフェアは障害の一つにすぎないのであろう。まさに我々の指揮官として、誇りにさえ思えるほどの超越的な視座の持ち主だ。

「しかし、どちらにせよ、俺らの出番は無さそうだ」

 モートレントは首だけを動かして、私たちの目線をオルフェアへと誘導する。

 オルフェアは右腕をだらりと垂らし、左腕のみで、二人の相手をしていた。

 衝撃による破損か、それとも過剰な運動による故障か、いずれにせよもうこの膠着も長くは続くまい。

 エミーはオルフェアが防御が困難な右側から執拗に攻撃を続け、アリアはそれを容易にさせるため、残った腕を相手し続けている。

「ミカエラ、まずい」

「エアラルフ、どうしたの?もう機能は回復したの?」

 ふと声の方へ眼を向けると、エアラルフは、既に立ち上がっていた。

「航空機が、まっすぐこちらに向けて飛来、いや、落下している」

「なんだって?」

 私の頭の中で、機械の音声が修復完了を伝える。と同時に私も上空へ意識を向ける。

「本当だ。あれは、もしかしてオルフェアがさっきEMPを撃つために使った航空機か?」

 私に続いて、ミカエラも体を起こす。

「ああ恐らく。しかも、完全に機能を停止している、ただの鉄塊だ」

「つまり操れないってことね。アラドカルガ本部の、防衛機能は……停止してるわね……」

 我々が迫りつつある危機への対策に迫られている間、一方でもう一つの脅威は決着がつこうとしていた。

 エミーがオルフェアの右足を撃ち抜いた後、体勢が崩れたところ、アリアが左肩に向けて拳を放つ。肩から先が吹き飛び、そのまま大地に横たわる。以降オルフェアは動きを見せなかった。よく見ると、右足も膝から下が異様な方向へと曲がってしまっている。ぴくりとも動かないのは、もはや命令を行使することができないためか……

「お、アラドカルガ、体はもう大丈夫か?」

 アリアがこちらに駆け寄ってくる。エミーはオルフェアの方をずっと凝視している。

「アリア、状況が芳しくない。航空機が落下してきている」

「止められないのか?」

 私は首を横に振り、こう続ける。

「大量の燃料を積んでいて、もし墜落すれば、本部が焦土になる」

「じゃあよ、モートレント、私をあの飛行機まで投げてくれ」

 アリアの型破りな提案に、エミーを除く一同は皆目を丸くした。

「いや、その、いくらお前でもアレには耐えられんだろ?」

「余裕だよ」

 アリアがアペプケデッドにおいて、どういったことを経験してきたのかはわからないが、よっぽど自信があるらしい。

「だが、俺の力で投げられる距離じゃ、爆風は地表に届くんじゃないか?」

「おそらく、君の力で投げられる距離と、爆風の範囲はほぼ同じくらいだと思う。だからもし、被害を最小限に抑えるなら、この本部の最上階から投げるしかない」

 モートレントの危惧に、エアラルフが答える。

「だが最上階って、ここから登るには数分かかるぞ。その間に航空機が爆風圏内に入ってしまう」

 タイムリミットは三分弱、これを過ぎれば、例え空中で破壊したとしても、爆風によって本部と我々は吹き飛ばされる。

「ねえ、モートレント、体重は何ポンド?」

「んあ?そうだな、大体六三〇ポンドくらいか」

 そう答えると、エミーはモートレントとアリアの手首を不意に掴んだ。

「じゃあ余裕だね。二人とも丈夫だし、少しくらい乱暴してもいいよね」

「え、何を言っ」

 するとエミーとアリア、そしてあの巨体のモートレントも、一瞬で姿を消していた。

『あーあー聞こえますかー?屋上まで到着したよ』

 一分ほど経って、モートレントから送られてきた通信からは、快活なエミーの声が鳴り響く。

 どうやら筋力自慢はアリアだけではなかったようだ。いやあの脚力を考えれば当然なのだろうが。

『エアラルフ、投げるタイミングと方向、必要な情報全て計算してもらっていいか』

「了解した。計算次第、データを転送する。それとエミー、これで爆風が地表に届くことはないが、屋上は話が別だ。モートレントであれば十分耐えるが、君は無理だろう。室内に入るか、何かの物陰に……」

 エアラルフの言葉の途中で、エミーは風を巻き起こしながら、こちらに戻ってきた。

「さて、データは送った。指示通りに頼む」

『了解。アリア、準備はいいか?』

『ばっちり。頼んだよ、モートレント』

 あと一分もたたない間に破壊の風は、この本部の頂上を捉える距離に入る。

「カウントするぞ。三、二、一」

『行ってこぉい!!!』

 崩落した天井から、本部最上部を全員が眺める。

 超高速で放たれた砲弾の如きそれは、航空機に向け、一直線に飛んでいく。

 誰も、あれが人とは思うまい。

 太陽を打ち落とす矢、神を穿つ槍、天を貫く矛。

 神話の如き形容でしか、それはとても言い表せぬ。

 恐るべき神速の剣が、今、鋼鉄の怪鳥を切り裂く。

 同時に、愁嘆にも似た轟音が、あたり一帯に響き渡る。

 



「見つけた。SNSで『空から全身灰だらけの全裸の女が落ちてきた』って騒がれてる。エミー、向かいに行ってくれ」

「了解」

 アリアはどうやら無事のようだ。いや、全く無事とは言い難いか。

「ふ、ふふ。やることなすこと、全て失敗に終わったか。完敗だよアラドカルガ」

 両腕に加え、右足も機能不全に陥り、立ち上がることすらできないが、オルフェアはエアラルフによって体の機能全てを停止され、今や言葉を発することくらいしかできなくなっていた。

「一つ聞かせろ、オルフェア」

「なんなりと。リューベック殿」

「なぜ、体を改造した?」

 この期に及んで彼女は余裕の態度を続けていたが、この言葉でようやく、その表情から笑みが消えた。

「は、わかるだろ。私は全てを支配しないと気が済まないんだ」

「違うな。それでは道理が合わん」

 そう、操られていて、記憶も曖昧ではあるが、それでも私には彼女の性格や気質がよくわかる。

 彼女は真実を隠すことはあっても、自分自身について嘘をつくタイプではない。

 ならば、我々を「機械人形」と呼び嫌悪した彼女が、自身の肉体を改造するはずがない。

「その身体はアラドカルガを操ることはできるが、同時に『操られる』可能性だってある。支配したいと望むお前が、他者に支配される可能性など許容するわけがない」

「何が言いたい」

「お前、力が弱くなってきてたんだろ?」

 これは何らかの証拠に基づく仮説ではない。ただ彼女の人間性を鑑みて思いついた憶測にすぎない。

「は、はは。はははははは!そうか、それすらお見通しか。参った、これは参った」

 彼女の高笑いは、今までも幾度も聞いてきたが、今回のような笑声は初めてだった。

「まるで、世界を思うまま操ろうなどという思い上がりを、神が罰したかのようだったよ。最初は少し命令の効果期間が短くなって、次に効力が弱まっていったよ。最近じゃ、単純な命令ですら、数分程度しかもたなくなっていたよ」

「いくらでも方法はあっただろ。例え劣ろうとも、お前の力はなお強大だ。そしてそれ以上に、お前の持つ力はその知恵。お前の支配すべきは世界であって、目先の個人ではなかったはずだ。だがお前は失われつつある己が力に耐えかね、辿り着くべき理想と、叶えるべき宿願を見誤った。これがお前の敗因だよ、オルフェア」




 オルフェアをアラドカルガ特製の牢へと拘束したのち、私とミカエラは被害を確認して回っていた。モートレントは、崩落した本部の片付けをし、エアラルフはEMPによる施設の損傷を修復に追われている。

 一通り被害状況を確認し、ミカエラと空席になった大総監(インスペクター)の椅子に腰かけていた。

「結局、死者はここの三人だけだったな」

「ええ、貴方の計画通りね」

「……ばれていたか」

 さて、上手くやっていたつもりだったが、どこで気づかれてしまったか。

「『いくらでも方法はあった』か。そのとおりね。貴方はどうして、私たちに何も明かさず、作戦を立案し、ハムドゥと多くの罪なき人々を見殺しに、オルフェアと対峙したのか。エアラルフ、モートレント、それ以外にも貴方と同じくらい、いや、貴方以上に経験豊富なアラドカルガは沢山いる。なのに何故、誰一人として頼ろうとしなかったのか。ずっとそのことについて考えていた。けど、答えは意外と単純だった」

「そうさ。頼ろうとしなかったのではなく、頼れなかった」

 全てはある大望を達成するため、我が言行を虚飾で塗り固めたのだ。

「ただ罪なき人を見殺し、っていうのは少し語弊があるな。お前も知っての通り、他者を思うままに操作するあのインプラントは、使用されれば最後、植物人間同然になってしまう代物だ。だからこその最終手段だしな」

 そう言い切ると同時に、私の頬に強烈な衝撃が走った。先ほどまで机を挟んで反対側の座席に座ってたはずのミカエラは、私の目の前にいた。頬に響く痛みが、彼女の平手打ちであることは、遅れて理解することができた。

「今のは流石に許さないわよ」

「すまん」

 ミカエラの思いは、言わずとも理解できた。

「だが、それでもなおだ。私には譲れないものがある」

「『辿り着くべき理想』と、『叶えるべき宿願』ってやつ?」

 引用される私の言葉は、これ以上ないくらい私の考えを言い表すのに適したものであった。

「そうだな。今まさにその理想への新たな一歩を踏み出すんだ」

 私は立ち上がって、大総監(インスペクター)の三席のうち、中央の座席を引く。

 まるで、女王陛下に仕える従者のように。

 あるいは、聖者を謀る悪魔のように。

 彼女の瞳に私はどう映ったのだろうか。

 しかし、ミカエラは、全く迷う気配すら見せず、玉座に腰かけた。

「何よ、私と貴方は共犯。もう前に進み続けるしかないのよ」

 

 

 

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