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人造のアーダム  作者: 猫一世
トキソプラズマ
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トキソプラズマ 第四節

 私は、子供のころから王だった。

 戯言ではない。幼い子供の過激な妄想でもない。

 それは真実であり、私の前には誰もがひれ伏した。

 私の両親ですら、私の持つ力を知らなかった。最初はなぜ彼らが私の言葉に従うのかわからなかった。世間を知らなかった私にはそれが常識であると勘違いしていた。私の持つ力の特異性を理解できたのは、私が地元の学校に通い始めた時だった。

「先生、私、運動したくない」

 学校の体育の授業、馬鹿みたいに運動場を走り回るより、私は本を読んでいたかった。数度経験してわかったことだ。この授業は子供の身体的健康を守る目的と言いながら、ただ子供に大人たちのいう「子供らしさ」を押し付けるだけに過ぎないと。だからそんな無駄を繰り返すくらいなら、私は知恵の蒐集に努める方が、遥かに有意義に感じたのだ。

「ええ、オルフェア。貴方がそう言うなら」

 先生は両親のように、私の言葉を素直に受け取ってくれた。しかし周りの友人や生徒たちは、

「えー!オルフェアちゃんだけなんで!」

 と非難の声が上がったのだ。

 ここで気づいた。先生が素直に従っているのは、私の言葉だけ。他の皆の言葉には、一切聞く耳を持たなかった。




 私も馬鹿じゃなかった。この力は誰も持っていない私だけの特技。ゆえに、誰にもこの力を知られないように、濫用をやめた。この時に私は既に宿望を抱きつつあったのだ。

 理由は単純だ。子供ながらに理解していたことだ。

 この世界はあまりに、無駄が多すぎる。

 愚かな資本家が、将来有能な若い人間たちを蕩尽し、

 愚かな政治家が、既得権益に染まった政治で時間と金を徒消し、

 愚かな国家が、仮想敵国との戦争に備え、その全てを空費する。

 それもこれも人が愚かだからだ。

 自由に暮らすのは何も問題はない。資本を積み重ねるのもいいだろう。

 だが人間にとって、金も自由も、自分はあるだけ欲しいが、他人にはわずかたりとも与えたくないものだ。誰もがそれらを牛耳りたくて仕方ない。だから世界には無駄が生まれる。

 その画蛇添足の集積の先は、発展無き袋小路だ。

 だがこれを誰も理解していない。誰かにこれを伝えても、返ってくるのは「小童の世迷言」「フューチャリストの預言」と小馬鹿にされるだけであった。

 

 だから私が全てを管理する。

 無論、私も愚かな人間の一人にすぎない。そのため私は、ありとあらゆる手段を使い、ありとあらゆる学問を身に着けた。哲学者、歴史家、数学者、天文学者、社会学者、医者、弁護士、政治家、ありとあらゆる賢い大人たちに、私にその知恵を授けるように命令を下した。

 誰一人、私を子供だからと門前払いできない。こうしている間に気づいたのは、知恵ですら、やはり自由や金と同じであったということだ。




 そんな生活を続けていると、私には表の社会では知ることのできない真理があることにも薄々気色取っていた。アラドカルガ、ドゥアザルル、デザインド、この三つには、どれだけ知恵の収集を続けても明るみに出ないブラックボックスがあった。

 どうにかしてこの禁忌に近づきたかった。そんな時だった。

「オルフェア・シケリアノス。君には特殊な力がある」

 イルルヤンカシュを名乗る男は、私にそう言って近づいてきた。

「なぜ知っている?」

「我々には君たちメレトネテルの場所を知ることができる力を持ったメレトネテルを所有している。だからこの近辺にメレトネテルがいることを知り、デザインドの情報から君の存在を割り出した」

 私の質問に、何一つ包み隠さず答えてはくれたが、私は彼の言っていることがほとんど理解できなかった。メレトネテルとはなんだ?私もそうなのか?場所を知ることができる力?

「メレトネテルとはなんだ。お前たちイルルヤンカシュとはなんだ」

 それから、その男から私は知り得る限りの情報を聞き出した。

 メレトネテルという存在、アラドカルガの秘密、イルルヤンカシュという組織について、部分的ではあるが理解できた。イルルヤンカシュはしばらく前に、メレトネテルを探すことができるメレトネテルを確保し、以降こうやって私たちを勧誘しに来るらしい。だがその力にも限界があり、だれがメレトネテルかまではわからないこと、そしてどういった力を持つかもわからないらしい。だから彼らは不用意にも私に近づいた。

 私はこれが世界征服の第一歩であることを強く確信した。

 イルルヤンカシュを操る。そしてアラドカルガ、最後にメレトネテルだ。

 私ほど超常の力を持つものが他にもいて、世界を裏から牛耳る組織があり、そしてそれに対抗する組織もまた存在する。困難に思えた王への道に、一筋の光明が差し込んだ。

 



 それから私は彼を通じてイルルヤンカシュを操ろうとした。とはいえ、彼らも身の堅い組織で、中々中枢にまで迫ることができなかった。私が操れたのはせいぜい末端。それ以上先に進むのは、困難であった。

 だから私は、標的を変えることにした。

 もう一つの秘密組織、アラドカルガ。

 アラドカルガは表向きの組織に近づくのは容易であったため、まずは会所(ロッジ)の職員を数人操り、その情報を抜き出した。だがやはり彼らの秘匿する情報に近づくことはできなかった。

 それから数日間、進歩のない作業を続けていたが、ある日、私の前にまた男が表れた。

「オルフェア・シケリアノス。君は、メレトネテルなのか?」

 文言こそ似ていたが、今度はイルルヤンカシュではなくアラドカルガの手の者であった。

「へぇ、なんでわかったの?」

「最近君の周りで不可解なことが起きている。突然の失踪、極端な資金の移動、集団的な記憶喪失。それらをつなぐ要因は君だった」

 アラドカルガもまた、私の質問に丁寧に答えてくれた。

「そう、なら、私の軍門に下りなさい。アラドカルガ」

 千載一遇のチャンスだった。アラドカルガの重要な職員が自分から迫ってきたのだ。彼を足掛かりに、今の停滞を打破できると思っていた。しかし

「何を言っている。それが私に何の意味がある」

 まさに私の人生における青天の霹靂であった。生まれながら、ありとあらゆる人間を従わせてきたが、この時初めて、私は私の力が及ばぬ存在と遭遇したのだ。

 

 その後、私は彼から全力で逃げた。身体能力も驚く程高く、私は町の人間を壁にしつつ、辛うじて逃げ切ることができた。

 屈辱。

 この経験を一言で表すなら、これに尽きる。

 イルルヤンカシュやアラドカルガの下位職員を操る中で、アラドカルガの上位職員たちが、その身体を機械の義体へと作り変えていることがわかった。確かに私は電話など、機械を通すと力を発揮できないため、直接私の言葉を鼓膜に響かせる必要がある。そのため感覚器なども含め、大部分を機械化している人間であれば、確かに私の力は及ばない。

 私が王になるために必要と思っていたアラドカルガは、しかし同時に最も強大な敵であった。

 このままでは、私は世界を傅かせるどころか、歴史に名を残すことさえできない。この力にも限界があり、さらにはアラドカルガはたったあれだけのやり取りで、私の力の正体を見破った。

 世界を変革する。その野望の火は風前の灯と化していた。

 だから、私は、まずは自分の変革を望んだ。

 私はあきらめなかった。力が通用せぬなら、進化させればいい。今までずっとそうしてきた。私がこの力を理解していなかった頃からずっと、私の人生は努力と学習の繰り返しであった。

 

 そして、臥薪嘗胆の思いで、必死に耐えたおかげか、思わぬ形で私に幸運が舞い降りてきた。

 イルルヤンカシュとアラドカルガ、その上位のメンバーをどちらも確保できたのだ。

 材料は揃った。

 私は新たな体と、新たな力を手にし、より高次な存在へと至ることができた。

 それは世界を覆す第一歩であった。

 

 次の一手は決まった。

 まずはアラドカルガだ。

 奴らには私は幾度となく追い回されてわかったことがある。

 彼らは確かに手ごわい。しかし奴らはその強さにあまりに甘んじすぎる。

 ゆえに進境もなく、開展もない。

 だからこそ、奴らは私に敵わない。




 「やっぱりか」

 正直、それほど驚くことではなかった。オルフェアに最も長く接していたわけだから取り立てて意想外というわけでもない。だが驚嘆すべきは、オルフェアの力だ。私には彼女に操られて行動していたことなど、本当に全く覚えていない。操られているという自覚すらない。

 それも私が目を覚ましたのは、ほんの少し前のことだ。それではまるで、オルフェアが私の目を覚ます時間を正確に知っていて、それに合わせて行動を始めたかのようだ。しかもあのわずかな期間で、私は自覚なく、ミカエラとエアラルフの目を掻い潜ってオルフェアを大総監(インスペクター)の部屋まで誘導していたということになる。そんなことが可能なのだろうか?

「ねぇエアラルフ、疑うわけではないんだけど、リューベックが記憶を操られているのは、おかしくないんじゃないの?実際彼はモートレントとオルフェアの戦いを記録しないように命令されていたんでしょ?」

「確かにその通りだが、モートレント、ミカエラ、少なくとも君たちには記憶操作の跡がなかった。それにリューベックの記憶は、記録を拒否していた期間とは別に、明白に記憶を消去し、その後新たな捏造した記録で上書きした形跡があった」

 私の記憶操作の痕跡が、オルフェアに支配されていた証拠になるわけではない。しかしそれでもなお、私が最も疑わしいという事実は変わらないようだ。

「まぁ、それもリューベックの記憶を復元すれば、わかることじゃねぇか?」

 ここにきてモートレントの妙案。そう、どういった記憶が消されたかを復元すればいいだけの簡単な話だった。

「わかった。リューベック、メモリーの復元を行う。許可を」

「了解した。思う存分やってくれ」

 エアラルフが私の額に指をあて、私の記憶を掘り起こす作業を始めた。深海の落とし物を掬うような、夜空から星を探し出すような、無限の工程を必要する一方で、時計細工や外科手術のように精密にして緻密な作業を要求される。常に危険と隣り合わせのため慎重を期さなければならないが、しかしそれではこの作業は永遠に終わらない。アラドカルガとはいえ、一度書き換えた記憶を復元するのは、場合によっては私の脳に重大なエラーを起こしかねない。いや、失敗すれば確実に人格は欠損、リブートするしかない状況に陥る可能性が高い。

 普通のアラドカルガであれば、絶対に手を出さない難業、しかし我々の誰もがエアラルフが失敗するなどと思っていない。私も含め、皆が彼をアラドカルガ最高の頭脳と信じて疑わない。モートレントを人の形をした戦車と形容するなら、さしずめエアラルフは人の形をしたスーパーコンピューターといったところか。

 少しづつ、脳内の偽りの記憶が、真なるものへと入れ替わっていくのを感じる。全てを思い出すのにそれほど時間はかかるまい。オルフェアが私に命令したことがわかれば、それを辿って彼女のもとにたどり着くこともできるだろう。

 さあ、オルフェア、覚悟しろ。

 お前の尻尾を私が掴んで……


 なんだこれは。

 なんだこの記憶は。

 

 オルフェアとの会話、それが欠落していたとばかり思っていた。

 だが、だがこれは……


「リューベック、君は……?」

 エアラルフは私の記憶の復元に成功した。だが、彼の表情は成功を喜ぶそれではない。

「記憶は復元できた。できたが……、この記録は、君がオルフェアと遭遇する前のものじゃないか」

 ああ、全てを理解した。なるほど、これが狙いだったのか。

「三人とも、頼みたいことがある」

 私は未だに当惑している三人を見て、冷静に今後のこと、そして消えていた私の記憶について明かした。

 

 次の一手は決まった。

 オルフェアのあの力と知恵は確かに脅威だ。

 しかし私の復元された記憶から、彼女の思わぬ弱点が浮き彫りになったのだ。

 確かに彼女には、世界を支配するだけの才覚が十分備わっている。

 しかしゆえに彼女は他者を信用せず、協調することもできない。

 だからこそ、彼女は我らに敵わない。

 

 

 



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