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人造のアーダム  作者: 猫一世
トキソプラズマ
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トキソプラズマ 第三節

「ここは」

 目を覚ます、という感覚ではない。これは強制的にスイッチを押され、意識を再起動させたといった感じだ。周りには研究者と思わしき白衣の人間たち。私の体からは無数の夥しいコードやプラグが伸びていた。

「意識覚醒完了しました。リューベック、貴方の持つ最後の記憶はなんですか?」

 白衣の男の指示通り、記憶を振り返る。

「最後に見たのは閃光、あれは爆弾か。目の前には二人の人間。モートレントと……オルフェア?」

 記憶に残っている最後の光景は、暴力的で、破壊的な、それでいてどこか美しい光の奔流であった。

 研究者は特に言葉を返さず、タブレットにメモを取っている。

「それよりどうなったんだ。オルフェアは死んだのか?」

「いえ、確信はないわ」

 私の問いかけに答えたのは、研究者ではなく聞き覚えのある女性の声。

「ミカエラ、それは本当か?オルフェアはあの爆風の中でも生き残ったのか?」

 彼女の陰鬱な表情が私の質問に対する何よりの答えだった。あれだけの犠牲者を出して、目標を達成できなかったのだから、無理はない。

「話してくれ。作戦の顛末を」




 ミカエラの語る作戦と、誤算。いや正確に言えばこれは私の誤算と言い換えてもいい。元はと言えば、私の早計な行動によって招かれたことだ。しかし

「なぁ、オルフェアが改造人間ってのは本当なのか?」

 私はどうにもモートレントとオルフェアの戦いに関する記憶がはっきりしない。恐らくは彼女の支配下にある間、記録装置が働いていなかったのであろう。私の持っている記憶は、オルフェアに接触して、操られ、そしてアラドカルガが取るであろう作戦を、私に尋問しているあたりまでである。戦いを終わらせた、あの強烈な閃光については、おそらく私の身体の緊急装置が働いた結果記録されていたのだろう。

「私にもわからないんだ。あれほどの高い性能を持った改造人間は見たことがない。私がイルルヤンカシュにいた時でさえ、せいぜい五百キロを持ち上げるくらいの筋力が精一杯だったはずだ。しかしそれすら長年の研鑽の結果だ。しかしオルフェアの力はそれを遥かに超えていた。モートレントには並ばないだろうが、あれは平均的なサムソン型のアラドカルガを上回っていた」

 聞けば聞くほど不可解だ。あり得ないことだが、もしやメレトネテルとしての能力を彼女は複数持っているのか。だが前例がないからこそのメレトネテルだ。ただ人間を操るだけでなく、高い身体能力も彼女の異能なのかもしれない。

「なぁ、少し疑問があるんだが、まだ我々はオルフェアの術中って可能性ないか?」

「あり得る話ね。というか確実にそうだと思う。能天気な高位階(チャプター)の爺さんは、作戦が成功したと思い込んでるけど。けど仮にまだ彼女が生きているとして、何を企んでいるの?」

 確かに、ミカエラの言う通りだ。もし本当にここまでオルフェアの作戦通りならば、彼女はモートレントを操ることも、私を操ることさえも本来の目的ではなかったことになる。だが彼女の真意は早急に探らなければいけない。最後に爆弾が落とされることまで作戦に織り込んでいたなら、なぜそれを避けようとしなかった?もしそれさえ対抗策を用意していれば、今頃彼女の戦力は消えていなかった。いや消えるどころか、私とモートレントという強力な増援を得ていたはずなのだ。

「彼女の行動からではなく、今残ったことから彼女の目的を察することはできないかしら」

「というと?」

 ミカエラの提案、これが思わぬ成果を生んだ。

「例えば、彼女の私兵を全て失ってまで、ではなく、彼らを()()()()そのものが計画の一部なのだとしたら?」

 その一言で、私とミカエラはほぼ同時に、オルフェアの次の一手を悟った。




「確かに、すでに多くのネット掲示板や、SNSで『アラドカルガは大量虐殺者』というタイトルで、死者のリストが出回っている。可能な限り見つけ次第消しているが、対応が遅すぎた」

 エアラルフに、私たち二人が気づいたオルフェアの戦略について話すと、やはりその通りに事は進んでいた。

「しかし、なぜ気づくのが遅れたんだ?いくら今有事だとはいえ、これほど大々的に情報を広布していたら、情報統制課が見逃すわけ無いと思うんだが」

「本当にこれは僕の失態だ。統制課の力をオルフェア探索に向けるよう指示していたんだ。まさに裏を突かれたって感じさ。これを見てくれ」

 エアラルフはモニターの一つに映像を投影する。そこに写されたのは、我々が今いる場所、つまりアラドカルガ本部の正門であった。正門には群衆が大声を上げて集まっていた。

ADAM(アーダム)?」

「ああ、だが彼らがこうして我々にデモを行うのはいつものことだから、完全に意識の外だったんだよ。思い返せば、いつも以上に彼らの行動が激しいのは、彼女があの情報を裏で流しているからだった」

 ADAM(アーダム)、Anti-Designed and Artificial Mankind、つまり人造人間への反対組織である。彼らは自分たちが名乗る通称通り、人間は神が作ったものであり、人が作ってはならない、と我々やドゥアザルルに反発する保守的な原理主義者である。エアラルフの言ったように、彼らは幾度となくアラドカルガの本部や支部で反対運動を行っているが、確かに本日はその数が比較的多い。間違いなくオルフェアの流した情報によって、千載一遇の好機と言わんばかりに攻撃をしに来たのだろう。よく見ればADAM(アーダム)以外にも、普段はデモ活動に積極的ではない、その他の保守系団体の姿も見える。

「でも重要なのはここからだよ、エアラルフ。彼女は別にアラドカルガの世間体を貶めることが目的じゃない」

「わかっている。彼女がこの事態を予期しているのなら、恐らく目的は、この騒ぎに乗じてアラドカルガ本部へと潜入することだ」

 エアラルフは全ての出入り口及び本部内のカメラ全てを使ってオルフェアを捜索している。既に侵入している可能性は低いが、彼女のポテンシャルは計り知れない。

「リューベック、我々は支部内の重要施設に向かいましょう。モートレントも既に武装して準備しているそうよ」

 モートレントは私より先に目を覚ましていたが、高位階(チャプター)の爺さんたちに査問を受けていた。本件の責任者であるミカエラとエアラルフは既に長時間に渡る査問という名の拷問を受けたが、彼らはそれだけでは腹の虫が収まらなかったのか、モートレントにも同様に考え付く限りの責め苦を負わせたという。

「リューベック、貴方はここでエアラルフとモニタールームを守って。私は高位階(チャプター)のお歴々を守りにいくわ」

「ああ、それは構わないが、モートレントを圧倒するような相手を、私一人で抑えられる自信はないがね」

 頼りない男、と言い残して、ミカエラは自身の持ち場へと赴いた。

「なぁそれよりエアラルフ、オルフェアが操っている会所(ロッジ)職員が既に入り込んでいる可能性はないか?アイツはアラドカルガ関係者もかなり大勢操っていたはずだが」

「いや、それはあり得ない。操られた人間には、操られている自覚はなくとも、その際の記憶的なエラーが間違いなく起きる。人間はコンピューターではないからね、忘れろ、と命令して、はいそうですかと忘れられるわけがない」

 なるほど、操られた前後の記憶を自主的に思い出せなくすることは可能だが、オルフェアの力では潜在的な記憶まで消し去ることができないわけか。普段からこのアラドカルガ本部では、職員たちが出入りするときに、精神鑑定を受け。その状態が正常かどうかを診断される。そうでなくても、最近はアルエリスの一件があったばかりだ。特に洗脳や精神操作には厳重な警戒を行っている。

 ならば、警戒すべきはやはりオルフェアのみということか。

『エアラルフ!リューベック!今まだモニタールームにいるわね!?』

 すると、突然ミカエラから通信がくる。焦燥感に苛まされたような、気が急いた声。

「ああ、何の用だ?」

 対照的に冷静にふるまうエアラルフ。

『今すぐ、大総監(インスペクター)の部屋をモニターに映して』

 言われた通り、その部屋の映像を投影するエアラルフ。そこに映っているのは、いつもの三人の老爺が険しい表情で、会議をしている光景。この映像から私は何も異常を見つけることはできなかったが、しかしエアラルフは違った。

「ミカエラ、君は今、その部屋にいるのかい?」

『ええ、私は映ってないのね?』

 このやり取りで私は事の重大さに気づいた。つまり今こうして我々が見ている景色は、人為的に加工された映像ということだ。

「ミカエラ、大総監(インスペクター)のお三方は」

『三人とも死んでる』

 



 その後、大総監(インスペクター)の部屋に私、ミカエラ、モートレント、エアラルフの四人が集まっていた。オルフェアは、もうすでに我々の支部内に入り込んでいた。しかも最深部ともいうべき高位階(チャプター)に。

 我々はオルフェアの足跡を追うために、必死にこの部屋での手掛かりを探した。だが未だそれらしい痕跡は発見できていない。

「皆、少しいいか?」

 エアラルフは我々三人を呼び止めた。高い知恵を持つ彼が、何か解決の糸口を見つけたのかと、期待に満ちて彼の方を振り向くが、しかし彼の表情には鬼胎が浮かんでいた。

「オルフェアは一体どうやってこの本部に忍び込んだ?」

 エアラルフは我々に問いを投げかける。だが我々三人は、その言葉の意図をつかめなかった。

「なぁ、それを今こうして探してるんじゃないか?」

 ミカエラと私も抱いていたであろう疑問を正直にエアラルフにぶつけるモートレント。

「違う。僕が言いたいのは、オルフェアが何故この本部に侵入することが可能だったのかということだ」

 エアラルフの思考には未だついていけていなかったが、私とミカエラはひとまず懐疑を飲み込み、彼のブレインストーミングに付き合うことにした。

「それは例えば、守衛の者たちを操るとか」

「あり得ないわね。そもそも守衛の者たちに門を開ける権限はないもの」

 私とミカエラがまずは一つの可能性を潰す。

「じゃあ実はこの会所(ロッジ)の職員全員操られていて、検査員すら操られていたとか」

「流石に現実離れしてないか?それなら確かに侵入は可能だが、あまりに時間と手間がかかりすぎる」

 二つ目の可能性はモートレントと私で消した。

 それからいくつかの可能性を提示しては、ほぼノータイムで反論をし、オルフェアがこの支部へと侵入する方法を模索していった。

「……アラドカルガが彼女をここに誘い込んだ」

 ミカエラのこの言葉に、初めて反論が止まった。

「ではそのアラドカルガとは?」

 エアラルフはミカエラの提示した可能性をより掘り下げた。

 すると二人は一斉に私とモートレントへと視線を向けた。

「待て待て、確かに俺はオルフェアに接触しているが、いくらなんでもそんな詳細な指令を受ける時間はなかっただろ!」

「それにそもそも彼女の指令はそれほど長い時間持たないはずだ。私に尋問している間も、何度か定期的に同じ命令をしていた。『動くな』、『アラドカルガ本部との連絡を行うな』みたいな命令は二時間程度の間隔で何度も行われていた。恐らく彼女の命令が効力を持つのは長くて四時間程度だろう」

 モートレントと私はその可能性についても反論を行うが、しかしエアラルフとミカエラは納得していなかった。

「いや、その記憶自体、オルフェアに植え付けられただけかもしれない。実際は命令の効力はかなり長いのかも」

「そもそも、だ。僕の監視の目を掻い潜るにはアラドカルガの力がなければ不可能なんだ。それにくれぐれも忘れてはならない。相手は人知を超えた力を持ったメレトネテル。法則やその限界を我々が定めるべきではない」

 第一容疑者になった私は、何か反証を試みようとするが、どれもあまり説得力を持つものではなかった。

「いえ、一つ私たちは見落としていたわ」

 思わぬところからの援軍だった。何故ならその言葉を発したのは、私に対して疑惑を向ける原因を作ったミカエラであったからだ。

「エアラルフ、私も同様、彼女に操られている可能性があるわ」

「ミカエラ、そうすると君は彼女と触れる機会があったということかね?」

 あまり記憶の判然としない私が言うべきではないが、ミカエラがオルフェアと接触していた可能性は殆どゼロに近いのではないだろうか。

「いや、彼女がどれほど綿密に計画を行っていたかは皆知る通りだろう。なら、私、いや、殆ど全てのアラドカルガが操られていてもおかしくはない。だがエアラルフ、君が非常に広範囲を警戒していたとはいえ、君の眼を掻い潜るには、非常に高い性能を必要とするでしょうし、並みのアラドカルガ、それもソロモン型であってもそれは困難だ」

「だがそれなら僕も操られている可能性がないかね?」

 エアラルフの提示した可能性に対して、ミカエラは首を横に振った。

「ソロモン型は君も含めて外の任務に出ることは少ない。アルエリスはその中でも積極的に外部での任務をこなしていたけど、彼女も既に破壊されてしまっている。だからこそ私やリューベックのように、ベルテシャツァル型において最上位の性能を持つ者が最有力候補になる」

「なら、さっさと誰が操られているか、確認しようじゃないか」

 ミカエラとエアラルフの問答に割入る。

「私とミカエラ、そして念のためモートレント、この三人の記録を、エアラルフ、君が覗くんだ」

「なるほど、三人の中で、不自然な記憶の消去跡がある人間がいれば、その者がオルフェアの間者というわけか」

 無言で、その問いに頷く。残りの二人もその提案に同意し、エアラルフが三人の頭の中を文字通りのぞき込んだ。

 長い間続く沈黙、エアラルフもかなり苦戦しているのか、額には汗が滲んでいる。無理もない、そもそもエアラルフがどれほど性能が高くても、私やミカエラが消去した記憶の痕跡を探すのは途方もない重労働だ。海の中に垂らした一滴の淡水を見つけ出すようなもの。しかし私は、そんな難関でさえもエアラルフなら解決できると信じている。

 五分。短いようで途轍もなく長い時間が過ぎた。

「見つけた。わずか、本当にわずかな痕跡だった」

 疲れのあまり項垂れていた顔を上げ、視線を動かす。

 その視線は、モートレントを過ぎ、ミカエラを超え、そして

「操られているのは君だ。リューベック」

 私へと向けられた。


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