トキソプラズマ 第一節
「殺せ」
言葉を発した男は、その身を激しく損壊しており、命を落としていてもおかしくない姿をしていた。右腕は肘から先が消え、左足は不自然な方向に折れ曲がり、腹部には巨大な空洞ができていた。
壊れた傀儡人形のような、悲惨な姿、血は多量に流れ、骨はむき出し。しかし通常の人間には、決してないものが、傷口から姿を現していた。電気による火花が散り、まるで血管のように、電線が生え、そして金属の骨格も露わになっていた。
「良い様ね、アラドカルガ」
その男の前には、屈強な肉体を持った男性が複数、そしてその真ん中を陣取るのは、その男たちの中にいるには、まったく似つかわしくない、華奢な女性。
「じゃあ、お望み通り」
彼女は右腕を高々と天に掲げ
「死ね」
死刑宣告と共に、親指を地獄に向ける。
「ここで映像が途切れる。アラドカルガ、ハムドゥの死亡日時とも一致しているな」
その凄惨な映像を見守っていたのは、エアラルフとミカエラ。
「ハムドゥを倒せるなんてね。まさかこれほどとは」
「ああ、完全に想定外だ」
二人はひどく、深刻な顔で、映像が途切れ、真っ暗になった画面を見つめ続けていた。
「メレトネテル、オルフェア・シケリアノス、通称『トキソプラズマ』。ねえ何をもってこんな名前つけたの?」
「さぁね。しかし彼女の力は侮れない、それはよくわかった。アラドカルガでさえ、彼女を制止はできないと」
本来、アラドカルガは情報の収集と統制こそが、最重要の任務である。しかしそれゆえに、自衛できる程度の戦力が必要となり、最も戦闘力の低く、情報統制に特化したソロモン式のアラドカルガでも、その腕力は生身の人間をはるかに上回る。そしてハムドゥは、情報統制特化ではなく、その中でも戦闘能力特化のサムソン式。戦車を木端微塵にする大砲の一撃を受けても、機能停止することのない堅牢な身体を、いかにしてあれほど破壊したのか。
「予想外、だった。彼女の力が、アラドカルガに及ぶほど進化していたとは」
「仕方ないよ。実際通用しなかったんでしょ?前に会ったときは」
オルフェア・シケリアノスが、そのような強力なアラドカルガを倒せたのは、彼女のメレトネテルとしての特殊能力のおかげである。
声を発し、命令を下すだけで、他人を意のままに操る能力。
その原理は明らかになっていなかったが、前回アラドカルガが、彼女と接触した際には、彼女がどれほど叫んでも、アラドカルガを操ることはできなかった。
しかし今回、彼女の力は進化し、アラドカルガさえ操れるようになっていた。
いや、それだけではない。彼女はその力を悪用し、兵団を作り上げた。屈強な男、百人以上で構成された兵隊蟻たちは、彼女の忠実なる僕である。
数日前、オルフェアは、アラドカルガに宣戦布告をした。
要求は、メレトネテルに関する情報の開示と謝罪。
当然、拒否した。そして彼女を制圧すべく、ハムドゥを送り込んだ。
そして負けた。
侮りか、驕りか、いずれにせよ、我々は一転、窮地に立たされた。これから我々のとれる策は限られている。
「よぉエアラルフ。例のメレトネテルの話か?」
「ああ、ハムドゥがやられた」
「まじか」
現れた巨漢、アラドカルガ随一の戦闘能力を誇るモートレントもまた、ハムドゥの敗北に驚嘆を隠せなかった。
「じゃあ、やっぱり俺が行くべきかね?」
「いや、アラドカルガも彼女の力の対象である以上、先に対策を練るべきだろう」
「うーん。耳を塞げばいいだけじゃないか?」
一瞬、三人のいる空間が沈黙に包まれる。モートレントは「バカなこと言ってしまったか」と自身の発言を反省していたが、互いに黙ったまま向き合うエアラルフとミカエラは、一斉にモートレントの方に見やり、
「それだ」
と、同時に声をあげた。
「さぁ、私の世界を取り戻そう」
くるりと、舞い踊る可憐にして、妖艶な女性。まるで舞台の中央で華と舞うスターのようである。しかし観客は皆、感情と思考を奪われた傀儡たち。その舞に歓声を上げるものはおらず、その独唱に拍手を送るものもいない。
「誰も私を救わず、誰も私を愛さなかった。私は孤独で、私は影で、私は闇だった」
まるでスポットライトのように、その廃屋の欠落した天井から差し込む月明かりが、彼女を照らしていた。反応なき観衆を前に、彼女はいまだ踊り狂い続ける。
「だから私は世界を変える。しかし、これは復讐ではない。激昂でもない。懲罰でも、正義でもない」
世界に対する悲嘆は続く。誰に届くわけでもない、いや、誰かに宛てた言葉でもない。
「この忌まわしき世界と決別するのではなく、犠牲にするわけでもない。救済も無辺の愛も、私には必要ない。ただ『変える』。私が孤独な世界ではなく、孤高の世界に」
強大で強靭なエゴ、そこから生じた彼女の願いは、ただ世界の頂点に立ちたいというもの。王になり、独裁者となる。その第一歩こそが、最大の障害たるアラドカルガの排除。
メレトネテルの存在を詳らかにし、その異能を世界の支配に利用する。
「それは、無理、だな」
沈黙を貫く観客席から、突如として投げ込まれた挑戦状。
その正体は、またも懲りずに現れたアラドカルガ。
「おい、おい。アラドカルガ、私はお前たち全員に宣戦布告したはずだが、なぜ一人だけで来たんだ?」
「さて、私一人で充分だということかもな」
そのアラドカルガの男は、まるで自身もこの劇の役者であるかのように、舞台に大胆不敵に飛び行った。
オルフェアも、笑みを浮かべてはいたが、孤高の女王の瞳は、自身が主役のこの舞台に、闖入者が表れたことを快く思っていなかった。
「ほう、では試そうか。『跪け』」
女帝の下命は下った。世界を従わせる超越者の指顧であったが、しかしその飛び入りの男は、その指図に全く従わなかった。
「なに、お前の力は欠点だらけだ。耳を塞ぐだけで防ぐことができる。お前は自分が王であると思い込んでいるのだろうが、その力がなければ所詮、梢で騒ぐだけの鶯だ」
オルフェアはこのアラドカルガの挑発に対して言葉を返さない。ただ、今は彼の台詞だからと、彼の手番だからと口を噤んでいるような。言い返しも、言葉に割り込もうともしない。
「前のアラドカルガは、君の能力に対し、少しばかり遅れをとったが、私はそんなヘマはしないさ」
彼自身の本来の性格なのか、それとも彼もまたこの舞台に相応しい立ち居振る舞いをしているだけか、大仰な身振り手振りで彼女に言葉のスティレットを突き付ける。それに対して、オルフェアはようやくその喉を震えさせた。歌うように、謳うように。
「ああ、なんて愚かな鉄人形。先のアラドカルガも私の力を侮って命を落とした。それと同じ過ちを繰り返す。やっぱり貴方たちは、人間の形をしているだけの、ただの傀儡にすぎない。ゆえにお前たちは、変化もできず、進化もできず、ここで沈むのだ」
オルフェアの瞳が月光に反射し、妖気を纏う。
アラドカルガの男はそれを見て、先ほどまでの余裕の表情を崩す。
あの目は見てはいけない。あの女とこれ以上話してはいけない
警鐘が脳に鳴り響き、即座にその場から退散しようとするが、
「もう遅い」
背後に引いた足は、まるで地面に突き刺さったと錯覚するかのように、僅かも動かない。おかしなことに、オルフェアは何も言葉は発していない。まるで、あの瞳が、この状況を作り上げたかのようだ。
「もう命令は下されてるんだ。『止まれ』。『動くな』。『言葉も発するな』。お前はこの舞台に必要ない。自分にも出番はあると思い込んだだけの愚かな観客。狂言回しですらなりえない。だが」
古く傷んだ木製の床を踏み鳴らしながら、アラドカルガへ近づくオルフェア。そして眼球すら動かせず、微動だにできない男の耳元で、甘く、脳を蕩かすように囁く。
「お前は使える。せいぜい私の駒になってもらうぞ。お前の主人は今日から私だ」
契約書も、軛があるわけでもない。だがもうこの男はオルフェアに逆らえない。
「そうだな、飼い犬の名前くらいは知っておこう。お前『名を名乗れ』」
「私は、リューベック」
アラドカルガは何の抵抗ものなく、自身の名を述べる。だがその返答に対し、オルフェアは不服そうに目を細めた。
「違う、お前の奴隷としての名前を聞きたいわけじゃない。本当の名前だ。貴様が置いてきた人間の証を私に教えろと言っている」
つまりアラドカルガとしての名ではなく、かつて人間の頃、鉄の体になる前の名前を教えろということ。
「私は、天道智晶」
「チアキか。少し発音しづらいが、良い名前だな。リューベックなんて意味のない名前よりも遥かに良い」
月光が雲に隠れ、おのずと先ほどまで彼女を照らしていた照明が消える。
下ろす幕はなく、喝采を行う観客はいない。
静寂と暗闇に包まれ、その舞台は終局を告げた。
相も変わらず忙しないアラドカルガ本部、私は引き続き、オルフェアの事件を取り扱っている。彼女の居場所は把握しているのだが、どうやって戦うか、それがまだ煮詰まっていない。
オルフェア自身はさして問題ではない。彼女の力がアラドカルガに効くようになったからといって、我々の鼓膜は随意に音を遮断することができる。聴覚が聞こえなくても、会話は読唇術を行えば可能だし、周りに敵や罠が潜んでいたとしてもレーダーで探知できる。
だが問題は彼女が操る兵隊たちだ。噂では地元の警察や国際政府の軍隊、加えてアラドカルガの下位組織の職員や、イルルヤンカシュのメンバーなどさえ含まれているという。
イルルヤンカシュはともかく、それ以外の者たちは彼女の被害者であり、皆殺しというのは少し問題がある。以前までのアラドカルガであれば、手段は選ばなかっただろうが……
いや、私をアラドカルガの長に選んでくれた者たちがいて、彼らは私の思想を良しとしてくれたのだ。ならば私がその意思を曲げることは決して許されない。
だが、それで解決できなければ、やはりそれも上に立つものとして失格である。
作戦の立案には数多くのアラドカルガたちが協力してくれている。だがそのいずれも長所に対し短所がはっきりしすぎている。つまり犠牲にする者を前提にするものばかりなのである。
こういう場合、誰も想像だにしない奇想天外な考えを提供してくれるのは、彼だけなのだが……
「全く、こんな時になんでいないのよ、リューベック……!!」
心から零れ落ちるように、口から本音が漏れ出る。
悔しそうに歯ぎしりをしているところに、私の部屋の扉をノックする音が聞こえる。
「入れ」
「すまん、ミカエラ。緊急事態だ」
部屋に入ってきたのは戸口に屈まなければ入りきらない大男。
「どうした?」
「いや、それがな」
先ほどまでは急いでいる様子だったが、本題に対してはなぜか言いよどむモートレント。
「リューベックがな。オルフェアの手に落ちた」
モートレントの口からは、先ほど頼りにしようとしていた男の名が飛び出した。それも、彼がオルフェアに捕まったという。あまりの衝撃に頭が閃光に包まれる。一瞬白く飛んで行った私の意識だったが、一秒の時間も惜しいと、かぶりを振って思考を取り戻した。
「なんでそうなった?」
「わからん。油断しているところを捕まったか。アイツが最後に信号を残しているのは、奴の実家らしい」
リューベックの実家は、オルフェアのいる場所からは星の裏側と言ってもいいほど離れている。もし彼が最後の信号がそんな場所から出ているのであれば、彼は自身の実家からオルフェアのいる場所まで、わざわざ信号を切って、我々に跡を追わせないようにして移動し、捕まったということ。
「わかった、リューベックの家に飛ぶわ。絶対に彼は手がかりを残している」
一見して不可解な行動だが、だからこそ彼は必ずその行動に意味を作っている。おそらくは私たちがオルフェアを攻略するために役立つ情報であろう。
エアラルフとモートレントには、一時的にアラドカルガの指揮を任せ、私はリューベックの家へと駆け付けた。彼の部屋は私の最後の記憶では、散らかって、足の踏み場を探しながら歩かなければならないほどであったが、今の状態はその時とは比べ物にもならないほど整然としていた。その異様に対して一抹の不安を抱きつつ、彼の部屋をぐるりと回ると、ベッドの前のガラステーブルに、一枚のメモ用紙が置いてあった。
その用紙には「私が帰らなければ、オルフェアの力は聴覚に依存せず発揮できる」と短い文。どうやらリューベックは、何らかの手段でオルフェアの力の可能性に気づいていたようだ。だがこの文言はある意味で、私たちの作戦に対して暗雲をもたらした。
オルフェアがもしリューベックの言う通りの力に進化しているのであれば、それは実質接近が不可能であることを意味している。ドローンや、戦闘用のアンドロイドを送り込むことはできるが、その数はたかが知れるし、専門的な兵器、知識を有する人材が向こうには存在するため、それも全く機能しないであろう。彼女の兵隊と戦うにはアラドカルガが必要だが、オルフェアの前にアラドカルガを送るのは愚策中の愚策だが……
「いや違う……」
よく思案すると、オルフェアとアラドカルガの相性は悪くない。いや、悪くないどころかオルフェアにとってアラドカルガは天敵になりうる。
作戦は決まった。脳内の人工頭脳がそれをシミュレートしたのち、その成功を確信する。
そんな時だった。高位階からの通信が来る。
手のひらにホログラムを投影すると、立派な白髪と、それと境目が理解できないほどに豊かに蓄えられた白髭の老人が表れる。
「ミカエラ。トキソプラズマの件はどうなったのかね」
「はい、今作戦を立案中です」
その答えに、老いた男性は短くも、はっきりとわかるほど大きな声でため息をつく。
「全く、遅い。遅すぎる。三か月前、イルルヤンカシュに操られ、多くの機密を漏洩させたアラドカルガを忘れたのか?何のために貴様らにその力と知恵を与えたと思っている」
わざわざ今回の一件とは全く関係のない事件を引き合いに出して、私の失態を強い語調で主張する老爺。その操られたアラドカルガ、アルエリスはエアラルフに次ぐ性能を持ったソロモン型のアラドカルガであり、彼女を失ったのは確かに大きな損害ではあるが、このシルバーバックが、私に当たりが強いのは、私がこの若さでリーダーに成りあがったからということも原因だ。
「大丈夫です。もうオルフェアは捕えます。安心してください」
「安心しろだと?貴様、もし一人のメレトネテルに、二人のアラドカルガを失うことなどあっ……」
逃げるように、通信を切り、そのままエアラルフへ連絡をとる。
「エアラルフ?作戦立案。データ送るから、この作戦の準備しておいて」
通信が繋がるなり、いきなり要件を叩き込む。
「了解したが……、モートレントの権限を僕に渡す?どういうことだ?」
「オルフェアの力はおそらく鼓膜を通さなくても効くように進化している。だから最初からね……」
記憶を思い出せと、私の脳が指令を下す。
時間を遡る。ノイズ混じりに蘇る過去の映像は、ある屈強な肉体をした男との会話から始まる。
「ハムドゥ、君が私に要件なんて珍しいじゃないか」
モートレントには劣るものの、やはり丸太のように太い剛腕を持ったアラドカルガ、ハムドゥ。彼とは何度か会ったことはあるものの、それほど連携をとったことはなく、こうして直接話したこともない。
「ああ、いやな。オルフェア・シケリアノスって知ってるか?」
「うん?そりゃまぁ失踪中のメレトネテルなら知っていて当然というか。彼女がどうしたんだ?まさか見つかったのか?」
メレトネテルで失踪している者はそれほど多くない。しかもそのほとんどがイルルヤンカシュに攫われた者たちで、オルフェアのように、自分の意思でアラドカルガから身を隠す者には前例がない。
「ああ、見つかった。だが問題があるんだよ」
「問題?」
するとハムドゥは空間に資料と映像を投影する。その映像はオルフェアが多数の男たちに演説をしている様子を映していた。
「どうやらな、オルフェアがあの力を使って人を集めている。それもアラドカルガに敵対するため、だ」
「な、だとしたら私なんかじゃなく、ミカエラに……」
いや、その映像に映る男たちには、アラドカルガの下位職員たちが混ざっている。つまりハムドゥがこのことを公にせず、私にだけ話してきたのは、
「そうだ。おそらくだがアラドカルガ内にも多くのスパイが潜り込んでいる可能性が高い。誰が敵で、味方かわからない状況で、話を大きくするのは少しばかり問題だろう」
「しかし、とはいえあまり独断で動くのは。そもそも彼女の力はアラドカルガには及ばないだろう?」
その言葉に対して、ハムドゥは少しばかり都合が悪そうに口を噤む。
「うーん。確証はないんだがな。なぜオルフェアは今になって行動を起こすんだ、って考えるとな。おそらくだが、彼女の力は進化し、すでにアラドカルガに通用している可能性が高いと思ってる。つまり彼女は待ってるんだ。アラドカルガが総力を挙げて自分を倒しにかかるのを」
「つまりこうして大々的に戦力を集めているのも、本当の目的はアラドカルガを取り込むための餌、だと」
こくりとうなずき、資料映像を消すハムドゥ。
「しかしだとしてどうするんだ?聴覚を遮断しながら戦うとかか?」
すると今度は彼は縦ではなく横に首を振る。
「いや、俺は一人で奴のアジトに行って、俺の予測が正しいかどうか確かめる」
「はぁ!?それじゃあハムドゥ、君は彼女の力を確かめるためだけに、わざわざそんな危険を冒すというのか!?」
「そうだ」
何の躊躇いもない返事と、まっすぐな瞳が、彼の意思の強さを物語っていた。
「何も考えなしなわけではない。高位階の爺さんたちは、今回の一件、まだそれほど重く見ていない。最悪の策とは常に臆病、とはよく言ったものだが、あの爺さんたちはその典型だな。まぁ、なんだ。多分俺が殺されることはないさ。奴の狙いがアラドカルガの戦力を手中に収めることであるなら、な」
確かに、このハムドゥの想定が正しければ、彼が殺されることはない。しかし彼がオルフェアの手駒になれば、我々は対立することになり、結局彼が傷つくことに変わりはない。
「もし、俺が捕まったら、この件をミカエラやエアラルフに伝えてくれ。そして、万が一に、俺が殺されたら、その時は君が彼女の本当の目的を探ってくれ。できれば俺の死がアラドカルガ本部に伝わらないようにしたいところだが、まぁ無理だろうな」
これが彼が私を呼び出した理由だった。
その後の出来事は知っているだろう。ハムドゥは殺され、私はオルフェア・シケリアノスの目的についてさらに考えた。
その時に気づいたのだ。ハムドゥの予測は間違っていない。つまりオルフェアの目的はやはりアラドカルガを手籠めにすることである。
つまり彼女はハムドゥを餌に使い、さらにアラドカルガを捕えようとしているのではないか。アラドカルガたちは、おそらくハムドゥの件で、彼女の力が「アラドカルガにも通用するようになっている」と理解し、聴覚遮断で戦いに挑むだろう。それもハムドゥを超える戦力を投入することは想像に難くない。
だから私、リューベックはハムドゥと同じことを行い、その身をもってオルフェアの力の真相を解き明かそうとした。今頃ミカエラは私の残したメモから、作戦を作り直し、オルフェアの力を回避する手段を必ず考案してくるだろう。
「チアキ?それが貴方の作戦だったわけね?」
「あ、ああ」
私は手錠も足枷を付けているわけでもないのに、椅子の上で身動き一つとれずにいて、そして自白剤を投与されているわけでもないのに、私の心の奥底に潜ませていた秘密を吐露してしまう。
「それでぇ?そのミカエラとやらが建てる作戦も何となく想像はつくのかしら?」
「ああ。何通りかは考えられるが、いずれも根本的には同じ手段になるだろう」
私は服を全て脱がされ、目の前のオルフェアもまた、同じくその肢体をあられもなく披露していた。
「ふふ、どこまでも愚かな鉄人形たち。自分の意思で踊っているつもりが、あなたの手足には、私が繰る糸が結ばれているとも知らずに。全ては私の思いのまま。誇りも、信頼も、その力も知恵も、全て私が奪ってあげるわ」
非常に巧妙に編み込まれた繊維のように木目細かで、それでいて羽毛を隙間なく詰め込んだ枕のように柔らかな彼女の肌が、私の上半身を抱きしめる。
「さぁ、最初の命令よ、チアキ。私と一緒に、アラドカルガを倒しましょ?」
「ああ、喜んで」
心の淵では私の友人たちへ危険を叫び続け、愛する人たちが彼女の術中に嵌らないよう、オルフェアの真の目的を伝える方法を何度も繰り返し思案し続けている。
だがそんな意思とは関係なく、そして何の抵抗もできずに、私はオルフェア・シケリアノスの手によって、同胞を皆捕えるための好餌へと変貌を遂げていた。




