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人造のアーダム  作者: 猫一世
ウェルウィッチア
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ウェルウィッチア 第二節

 私の話をしよう。

 もう百年以上前の記憶だが、鮮明に思い出せる。これは私の不老の能力とも関係のあることらしく、どうやら私は人一倍記憶力が良いそうだ。

 私が思い出せる記憶は、おおよそ乳飲み子だった頃、まだ私が異常だと世間に理解される以前のことだ。言葉は理解できていなかったが、両親が私という存在に歓喜し、期待を寄せていたことだけは覚えている。

 母が子を孕めないことを除けば、あらゆるものが充実した裕福な家庭だった。家事を全てこなす女中を何人も雇っていたにも関わらず、私の母は仕事に追われながらも、その合間を縫って、私の面倒を見ていた。父も慣れない手つきで私の世話をしていた。

 過保護と、場合によっては思われるかもしれないが、父と母は親の務めを全うするのは当然だと考えていた。そもそも母は、雇った女中からも「お休みください」と声をかけられるほど、元より家事掃除をこなしていた。広い屋敷のため、その全てを一人でしていたわけではないが、父や自身の部屋の掃除は母がこなしており、料理も両親ともに休日の時には決まって、女中と共に料理を作っていたそうだ。決して横暴ではなく心の優しい二人は、女中からも印象が良く、それゆえに我が家は私が生まれる以前から、既に家族のような状態だった。

 父も母も私のことはよく理解していた。赤子の私にできた自己表現なんて、せいぜい泣きわめく程度。だというのに両親はその鳴き声の機微を感じ取り、私が真に欲するものを完璧に理解していた。これも親だからこそか、女中たちはその差異をわずかながらに理解はできていたが、しばしば私が泣き止まずに困憊していたことも覚えている。

 だからこそ、私の異様に最初に気づいたのは母であった。私が一歳を迎えようか、という頃に、私が何一つ成長していないことを感じ取った。早ければ、立って歩いている子もいようかという年だが、その姿に何の変化もないことはさぞかし奇妙だったことだろう。

 普通の子どもであれば、何か病を患っているのではないか、他の子とは何か特殊な事情を抱えているのではないか、と心配するだろう。

 しかし成長も容姿も才能も、全てが設計された人間となればどうだろうか?

 勿論、我が両親はその疑問を施設の人間へと問いただし、そして検査まで行わせた。

 結果は、『全て、正常。設計通りの成長を遂げている』

 これに両親は安堵してしまった。

 デザインドという特異性ゆえ?

 子どもを成したことのない親ゆえ?

 真相など、もう今になってはわからない。

 そして一年、二年と、時間は過ぎた。未だ立ち上がることも、食物をかみ砕く力も身についてはいなかった。だが不思議なことに、口は動き、物を考え、話すことはできた。想像するだけでも気色の悪い光景だ。まだ一歳にも見えぬ乳飲み子が、三歳のごとく喋っている。我ながら、恐ろしい様だと思う。

 しかし両親はおろか、屋敷の女中さえも、その様を『成長』だと思った。思い込んでしまった。

 身体の成長など、個人差があるものだ。

 我が子は、他の子と同じように話しているではないか。

 その異様に気づくものはこの段階ではいなかった。最初に女中が「これはおかしい」と気づくことができたのは、私が五歳を迎えた時だった。私が腕を用いて自ら移動できるようになったのを、我が両親は歓喜し涙すら流した。古参の女中たちも、まるで自分のことのように喜んでいたことを覚えている。だが初めて肉体の成長を示す行動をとったことが、逆に一部の人間に違和感を覚えさせることになってしまった。

 もう幼稚園に通い、自らの足で走り回ることさえも可能な年齢である。そんな今まで気づけなかった当たり前を思い出してしまった。

 だがその女中も結局、その異常を両親に伝えることはできなかった。恩を仇で返す、などと思ってしまったからか。彼女はそんな葛藤を胸に抱きながら、一介の女中として振舞おうとした。

 転機は私が七つの時に訪れた。最初にその異常への疑問を口に出したのは、他でもない私自身だった。

「どうして、私は学校に行けないの?」

 この疑問を言い放ったのは、別にそれほど重要な意味があったわけではない。単にテレビに映る同年代の子どもたちが、私とは全く異なる日常を送っていたからだ。だがこの一言は、間違いなくその場にいた全ての者たちを正気に戻した。いや既に気付いていた人もいよう。

 再び施設へと訪れ、実情を話す両親たち。勿論そんなこと在り得ないと否定された。だが事実を目にし、研究者たちもさぞ困惑したことだろう。目の前に奇怪な生き物が現れたからではない。完璧だと思っていた自分たちのシステムに欠陥がある可能性が出てきたからだ。

 何度も何度も、繰り返し調査された。しかし何度やっても出てきた数値は「正常」。"非現実"が機械によって"現実"と認定される。この結果を素直に受け止められるものは誰一人としていなかった。

「バケモノ」

 そんな言葉を口にした研究者もいた。きっとそんな心無い言葉を口にする両親も、世の中にはいるのだろう。だが両親は、この事実を受け入れ、そのまま育ててくれた。

本当に、良い親だった。

―――いずれにせよ、学校には通えない。この子が傷つくだけだ。

―――私たちで育てましょう。女中の皆もきっと協力してくれる。

それから母は仕事をやめ、私に勉強を教えてくれた。父は仕事をこなしながらも、休日には私と遊んでくれた。女中たちも、気のいい姉のように私と話をしてくれた。

 愛に満ちていた。私が決して孤独を感じぬほどに。

 笑顔に満ちていた。私が決して悲しまぬように。

 私が私でいられたのも、この家族のおかげだった。

 機関の人間が我が家を頻繁に訪れては、私の検査していた。またこのことは世間に漏れぬように戒厳令も敷いていた。自分たちの失敗が表ざたにならぬように、とのことであったろうが、我が両親も私が静かに暮らせるなら、とその状況に賛成していた。

 とにかく、この頃の私は幸せだった。

「この幸福が、一生続けばいいのに」

 そんなことを思うほどに。


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