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人造のアーダム  作者: 猫一世
コルウス・コラックス
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コルウス・コラックス 第一節

「ねえねえ、ウェンディ、最近、恋人とはどうなの?」

「えー、別に変わったことはないよぉ」

 私と、友人のヴェラは高校の中庭ベンチで食事をとっていた。

「でも結構長いんでしょ?進学先とかどうするの?一緒の大学に通ったりとか?」

「しないしない。進路が全然違うもの」

 なんでもない、他愛のない話。私の恋人について根掘り葉掘り、興味津々に尋ねてくるヴェラ。そしてそれに適当に相槌を打ち続ける私。

 しかしそんないつもの友人との会話に、やはりいつもの闖入者が現れた。

「やあ、ウェンディ」

「げ」

 目の前に突如立ちはだかった男はローク。美少年の権化とさえ称される肉体を持ちながら、悪辣な邪神の如き心を抱く男。そしていつもいつも私に言い寄ってくるウザい奴だ。

「いや、今日こそ君と晩御飯に行きたくてね。どうだい?」

「お生憎さま。私には恋人がいますので、結構です。御存じでしょ」

 この美しいだけの見た目に数多くの女性が虜になり、弄ばれ、今やこの学校では彼に近寄ろうとするものはいない。しかし未だに学外では女の噂が絶えないという好色漢。

 いつもは二言三言交わせば諦めて帰ってくれるのだが、今回は意外としぶとかった。

「なあ、本当に”その恋人”で君は満足しているのか?」

 その一言の裏にある、彼の思考は理解できた。

「なんで、アンタがそれを知ってんの?」

 彼は何かを口にしたわけではないが、自然と口調が荒くなる。

 にたりと彼の口角がつり上がる。

 ああ、やめろ。その言葉は口に出さなくていい。

 口に出されれば、私はきっと

「教えてくれよ。夜はどうしてるんだ?」

 彼を睨みつけ頬に拳を放とうと振りかぶる。しかし私の拳が飛ぶよりも先に、隣のヴェラが、彼の頬に平手打ちを見舞った。

「アンタ、何様よ」

 ギラリと、ロークを睥睨するヴェラ。

「嫉妬か。醜いな」

 彼はヴェラに対して嘲笑で返した。存在するだけで癇に障るが、しかしヴェラの行動で、私は少し落ち着いて状況を判断できた。

 そうだ、私には私の武器がある。

 それを使って、こいつを追い払えばいい。

「醜いのはアンタよ。ローク」

「ほお、君も僕に楯突くのか」

 全く、この余裕ぶった顔を今すぐ苦悶で歪めさせてやりたい。だが我慢だ。直情的な行為や言動はかえって彼を焚きつけるだけだ。

「なら教えて、ローク。アンタ、一昨日『妊娠したこと』を相談してきた女性、どうしたの?」

「は、はぁ?」

 ロークはその私の突拍子もない質問に、一瞬息をのんだが、すぐさま平静を装った。

「知ってるのよ、私。アンタが自分の快楽の為だけに、女性に子どもを孕ませといて、平気で見捨てる男だって」

「なっ、何を根拠に」

 わざと周りにも聞こえるくらいの、大げさな音量で彼の秘密を暴露する。

「根拠?根拠が欲しいのね?良いわ、じゃあアンタが女の子をおとせなかった時に薬をアルコールに混ぜたりしてることや、こっそりその『情事』の時の動画を売り払ってることとか根拠にならないかしら?」

 私の声に、辺りがざわつく。思わぬ反撃にロークはあたふたと慌て始めた。

「で、でたらめだ!そんなの、作り話だ!」

「アンタがデートドラッグを仕入れて、ビデオを売ってる相手、ヨツン商会って言うんだ。もしかして、調べたら出てくるのかな?アレクサンドラ、エルヴィラ、ゲルダ、エレオノーラ達に使われた薬と、映像が」

 今度は彼の耳元で、彼にしか聞こえない、そして彼しか知り得ない情報を口ずさむ。

 その後、彼の表情はみるみる青ざめ、覚えてろ、と紋切り型の捨て台詞を言い放って、その場から立ち去った。

「ウェンディ、彼に何言ったの?」

「秘密」




「えーっと。ウィンケルホーンのお宅はこの辺りだったかねぇ」

 最近は穏やかな任務が続いていて、ほとんどがメレトネテルの定期健診で気楽である。と言いつつ、なんだかんだ変な事件に巻き込まれている印象も強いが。

 今回のメレトネテル、ウェンディ・ウィンケルホーンの能力は、『読心』。人の考えていることだけでなく、記憶なども読み取れるというものだ。そのため彼女の前で隠し事は出来ず、また彼女も他人の隠し事に無関心でいることができない。

 彼女の力を聞いた者たちは、一様にこう思うらしい。

「彼女はきっと人の本心に触れるのを恐れて、他人との接触を断っているのではないか」と。

 私も彼女の検診の任を受けた際には同様のことを考えた。しかしミカエラによれば、彼女は「今も友達と仲良く学園生活を送っている」そうだ。驚くことに恋人もいるそうで、ウェンディは自身の力と上手く向き合っているらしい。

 目的地のウィンケルホーン邸に到着し、呼び鈴を鳴らす。

「あれ」

 返事は特になく、沈黙だけが返ってきた。留守なのだろうか。

「あ、もしかしてアラドカルガの人ですか?」

 背後から声をかけられ、振り返ると、十代後半の女性が立っていた。

「もしかして貴方が」

「そう、ウェンディよ。定期健診よね?ここじゃなんだし、中に入って」

 彼女に誘われるまま、ウィンケルホーン家にお邪魔する。

「あ、貴方、靴脱いでね」

「ん?ああ、そういえばこの国は靴を脱ぐんだったな」

 私の国でも勿論玄関で靴を脱ぐが、この文化は意外と珍しいので、思わず土足で上がり込もうとしてしまった。靴を脱ぎ、彼女が脱いだと思われる靴の隣に寄せる。

 その時、私はふと違和感を覚えた。靴が今彼女の脱いだ一足しかなかったのだ。ウィンケルホーン家は三人家族。仮に彼女以外の二人が外出中としても、一足しか靴が無いのは少しばかり不思議な光景であった。

 違和感はこれだけではない。家を進むにつれ、家具の全くない部屋や、ウェンディの物と思わしき、女物の服が脱ぎ散らかされていたり、台所には使用済みと思わしき食器類が、洗われずに置きっぱなしになっていた。

 リビングに到着し、ソファに座るよう促される。彼女は台所へと向かい、何やら飲み物を用意している。

「もし、少しいいかね?」

「ああ、両親ならいないよ。一週間前に出て行っちゃった」

 私が彼女に声をかけようとすると、まるで心でも読んだかのように、いや実際に心を読まれ、被せ気味に彼女は返答した。

「出て行った?」

「うん。私にね、心を読まれながら生活するのは、もう限界なんだって。あれ、アラドカルガにはまだそのこと言ってなかったっけ?あ、言ってないか。はい、コーヒー」

 彼女は私の前にアイスコーヒーを置き、対面のソファに座る。彼女の両親が家を出て行ったのは、驚きはしたが不思議なことではない。

「まあ、普通はこんな能力、知ってて一緒に暮らせないよね」

 まさにこれだ。頭の中でふっと横切っただけの言葉が、全て口から零れ落ちているかのような錯覚。私も初体験だが、これは思った以上に

「気味が悪い。ふふ、この反応も新鮮でいいわね」

 いやはや、全く、口に出していない言葉と会話しないでほしい。このままじゃ言葉を発する方法を忘れてしまいそうだ。

「ふふ、面白い。じゃあ、さっさと検診しましょ。これ以上会話続けたら、貴方までおかしくなっちゃいそう」




 その後、彼女の検診を一通り行い、全てのデータをアラドカルガ本部へと送る。

 検診の間も、私が次にしてほしいことを全て指示する前に行われるなど、彼女の力をありありと見せつけられた。まるでワザと、私に底気味悪い印象を植え付けようとするかのようであった。

「いいじゃない。中々自分の力を表に出す機会って無いんだし。こうでもしないと私がおかしくなっちゃうから。少しは我慢してね?お兄さん」

 身体検査を終えた後、彼女は服を着直しながら、私の心の声と再び会話していた。

「そういうことなら私も我慢しよう。精神衛生を保持するのも、アラドカルガの務めだしな」

「あら、ならそのお勤め、もう少し延長ってできたりするのかしら?」

 着替え終わり、こちらに向き直すと共に、彼女は私に珍奇な問いかけをしてきた。

「いや、検診はこれ以上することはないが。何か問題でも起きたのかね?両親のことか?」

「ざーんねん。両親のことじゃないよ。実はね、私さ、殺されそうなんだよね」

 一瞬、彼女の言葉に私は声を失った。殺される?知人が?

「そう、いやね。今日少し小競り合いがあってさ。そこで恨みを買っちゃったというか」

「一体何をしたんだ。もしかして力を使ったとか?」

「うーん力を使ったのは間違いないんだけど。あ、向こうにはバレてないから大丈夫。ただ、ちょ~っと嫌がらせをしちゃったというかさ」

 つまり心を読んで、悪戯を行ったのか。とはいえその程度で殺意に至るかのような怒りを抱かれるものだろうか?

「いやね、その知人ね、私のことが好きらしくて」

「恋人がいるとは言わなかったのか?」

「そもそも、その子、私に恋人がいることも知っていたの。それを承知の上で、私と付き合ってくれ、だって。で、それでその子の隠し事をバラしたら、頭の中は殺意でいっぱいでね」

 彼女は淡々と、本当に友人との何でもない日常を話すかのように、その非常事態を語っていた。私としてはそちらの方がよっぽど怖いのだが。

「あら、失礼な物言いね」

 口は災いの元とは言うが、この場合はなんと言えば良いのだろうか。

「で、君が狙われていることは重々理解した。しかしだ」

「それなら警察に頼んだらどうか?貴方、どうやって説明するつもりよ。人の心を読んだら、その人は私を殺そうとしましたー、って言わせるつもり?」

 確かによくよく考えれば、説明のしようがない。

「で、そのアンタを殺そうとする人っていうのは誰なんだ?」

「あーそのことなんだけどさ」

 どこか気まずそうに、彼女は突然黙り込む。

「企業秘密、ってことで?」

「は?」




 それから数度、彼女に犯人は誰なのか問いただしたが、返答は全て同じであった。

「わかった。もう犯人は聞かない。それで一つ気付いたんだが、君への殺意っていうのはどこまで信用できるんだ?」

 そもそも人を殺したいほどの怒りなんて、はっきりいって珍しいことではない。私には心を読んだりは出来ないが、そういった感情に駆られたことは幾度となくある。だがそれで実際に人を殺めてしまった、なんて一度もない。失恋した反動で生まれた怒りもまた、所詮一過性のもので、今はもう冷静になってるんじゃないのか?

「まあ、当然の疑問ね。じゃあ、そうね」

 すると彼女は机の上にあったメモ用紙に、何かを書き、その後その用紙を切り取って小さく折りたたんだ。

 それから彼女はずっとこちらを黙って見続けている。まるで私が何かをするのを待っているかのようだった。あまりジロリと見続けられるのも気まずいので、それを誤魔化すためにアイスコーヒーを一口飲む。その際に、少しばかり溶けて、一口大の大きさになった氷を口に含んで、がりがりとかみ砕いた。

 すると待ってましたとばかりに、彼女は手に持っていたメモ用紙を私に投げてきた。

「開けてみて」

 彼女の不敵な笑みに、一抹の不安を覚えつつ、恐る恐るそのメモ用紙を開くと、そこには箇条書きでこう書かれていた。


・貴方は私の視線に耐え切れず、アイスコーヒーをとる。

・コーヒーを取る手は右手。

・飲む時間はおよそ3秒。

・氷を口に含み、即座に音を立てて噛み砕く。

・投げられたメモ用紙は左手で掴む


「どう、驚いたでしょ?」

 そこに書かれていた内容は全て、彼女のメモ用紙を書いてから、今に至るまでの、私の行動を逐一書き記したものだった。

 そのメモは、私の行動をまるで未来予知でもしたように、事細かに書かれていた。そこには私が無意識下で行ったものさえも含まれており、もはや人間の思考を読み取っただけでは知り得ぬ情報であった。

「まさか未来予知ができるのか?」

「うん、まあそれに準じた何かね。とはいえ、目の前の人間限定で、全然安定しないけどね」

 彼女も自分で淹れてきたコーヒーを一口含んで、一息ついた。

 つまり、彼女は私が今こうしてコーヒーを飲む一連の所作を予知したように

「そう、知人が私を殺そうとするヴィジョンもはっきり見えちゃったわけ。見ようとして見れるものではないから、必ず未来が見えるわけではないんだけど、ほぼ間違いなくその未来は近いうちに実現しちゃうのよね」

 そういえば、かつてイルルヤンカシュが狙いをつけたメレトネテルに、未来予知が可能な力を持つ者がいたらしい。彼は不慮の事故で亡くなったため、その力の真相はわからないが、決してウェンディのような力はあり得ない話ではない。

「それがいつ起こるかはわからないんだけどね。ただどこで私が殺されるのかは、はっきり覚えてるよ」

「それは何処だ?」


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