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人造のアーダム  作者: 猫一世
カスアリウス
14/47

カスアリウス 第三節

 私がこの国へと到着した翌日。


 あれだけ大見得を切っておいて、こんなこと言うのもアレだが、

 結局、私、リューベックは、エミー・ブラックを見つけられなかった。

 いや、間違いなくこの周辺は全て確認した。時間もリトルポンドの殺害推定時刻まで遡り、そこから可能な限りの捜索も行った。

 鼠一匹見逃さないはずだった。つまりこれだけやって見つからなかったということは、そもそもこの街にはすでに彼女はいないということでもある。となると街の外、他の街へ既に潜伏しているということだが

「いやいや、流石にこれ以上捜索範囲を増やすのは無理がある……」

と、すでに半ば諦め気味であった。

 アラドカルガの本部には既に連絡は行った。不幸中の幸いなことに、この地域はアラドカルガの会所(ロッジ)が近くにあったこともあり、本部との連携もかなり取りやすかった。

 エアラルフ曰く、今回の件にはもう一人アラドカルガを派遣することに決まったとのこと。高位階(チャプター)の爺さんたちは、最近続いているアラドカルガの失態を非常に重大に捉えており、以前なら決してあり得なかったであろう、一人のメレトネテルに二人のアラドカルガという非常事態を取ることに躊躇いがなかった。

 その結果、優先度の低い任務を行っており、かつ近場で勤務していたものが派遣されることになったが……


 一時間後。

 駅前で、衆目の注意を惹き続ける、身長二メートルを超えた大男が立っている。あまり目立ちたくはなかったが、この男、モートレントを一人にさせると、恐らく待ち合わせの時間を遥かにオーバーして遅刻する、なんてことも考えられたため、こうして直接わざわざ迎えに来たわけだが、

(正直失敗だったな)

 と早々に後悔するほど、この男は既に色んな意味で派手に目立っていた。この街は都会の中心というわけではないが、かといって辺境というほどではなく、そこそこの人口を誇る。また駅前はレストランや、飲み屋、その他にも様々な商店が立ち並ぶ道にあり、その道はすぐ先に大学が存在するなど、かなり人が多い。

 つまり、珍奇な人物、例えば筋骨隆々の、まるで丸太のような腕や足を持つ逆三角形の男なんて現れてしまうと、かなり多くの人々の注目の的になってしまう。いや、現になっている。

 我々アラドカルガはその機械の肉体を得る際、大別して三種類の機体から選択することができる。一つ目はベルテシャツァル式と呼ばれる、標準的な機体。尖った性能こそない機体だが、演算能力と筋力がそれぞれ平均的なもの。私もこれに属する。そして第二に演算機能に特化したソロモン式。こちらはスーパーコンピューターにさえ匹敵する機能を持つ一方で、身体能力などがそれほど高くない。そして第三の機体、サムソン式、こちらは演算能力こそ高くないが、特徴として非常に高い身体能力を誇る。そしてこの機体のもう一つの特徴として、非常に巨大である点が挙げられる。中には見た目は普通の成人男性といった風貌のものもいるのだが、その性質上、付け足せば付け足しただけ戦闘力が上がるだけに、かなりの改造を施すものもいる。そして目の前のモートレントこそ、その代表格である。

 とにかく巨大で、とにかく暑苦しいその見た目は、この素朴な街にはあまりに不似合いすぎた。もはやモートレントだけが異世界の住人のようにさえ思えるほどだ。そしてそんな彼とは反対に、しっかりこの街に溶け込もうと努力をしている私は、はっきり言って彼と私が知己の関係にあることを、街の人々に発覚することを恐れていた。しかしそんな私の恐怖など知ったことかと

「おー!!リューベックー!!元気してたかー!!」

と、隣町にまで響き渡ろうかという、喧しい大声で私の名を呼ぶモートレント。一層衆目の関心は彼へと寄せられるばかりか、先ほどまで見ないように努めていた危機管理能力の高い人々でさえも、彼の方を向き直らざるを得なかった。そして彼の声がしばらく街を木霊した後、モートレントへと寄せられていた視線は、彼の指さす先にいる私へと、一気に転じてしまう。

「よーよー、相も変わらず暗澹とした顔してんなー。そんなんじゃ女の子は寄り付いてこないぞー?あ、お前には将来を約束した女の子がいたんだったな!ガッハッハー!」

 いやもう、本当勘弁してほしい。


 それから数分後、図書館が近くに位置する、広い公園へと向かった。その道中でも彼の巨体と、その大声が何度も通りかかる人々の、あまり快くはない視線を投げかかれ続けた。しかし公園の中は殆ど無人になっており、この大男と話すには恐らく絶好の場所であった。


 モートレントと話すこと一時間弱、今の事件の状況、掴んでいる情報、今後の方針などについての情報を提供する。その間の彼は、先ほどまでの呑気で浮薄な表情は見る影もなく、眼光に至ってはまさに戦士のそれへと一変していた。彼は決して無能な男ではない。私個人の感情を抜きで言うなら、これほど頼もしい援軍はない。モートレントはエアラルフに匹敵するほどの古参のアラドカルガであるだけでなく、彼の実績もまた、先代のリューベック亡き今、比類なき輝きを放つものであった。かつてエアラルフ、モートレント、先代リューベックの三人は、『アラドカルガの三柱』と総称され、その能力を高く評価されていた。また彼らは古くからの付き合いであり、その連携も凄まじく、どのような任務もこなすことから、彼ら三人を総動員することが、アラドカルガの最終手段にして、最高の戦術でもあった。

 だがそれはそれ、これはこれだ。彼に対する高い評価を知っていようと、彼のことはやはり、個人的にはかなり苦手であった。

「ふむ、なるほど。大体つかんだ。今後の任務を考えれば、俺もブラック家に挨拶した方がよさそうかね?」

「いや、その必要はない。彼らからはこれ以上得られる情報は無さそうだし、それにそもそも全員揃って会うのも難しそうだし」

 なんでだ?と短く切りそろえた白髪の頭を掻きながら、こちらに無言で疑問を呈してくるモートレント。

「旦那さんはご自身の大学の伝手を頼って、方々にかけ合わせてるし、ご婦人も今は少し立ち直ったみたいで、今朝から警察と協力しているからね。今ブラック邸に行っても、恐らく会えるのはエミーの弟と、とても頼りがいのある執事だけだよ」

「そうか、それなら俺は仕事にさっさと取り掛かるかね」

 腰を上げ、早速任務に取り掛かろうとするモートレント。特に指示などを出したわけではないが、私は彼の仕事に関する実績と態度は信頼しているため、行動は彼に任せることにした。公園から立ち去ろうと、出口へと向かう彼であったが、途中で足を止め、こちらを向き直る。

「あ、そうそう。この一件終わったら酒でも飲もうや」

「ああ、構わないよ」

 彼の誘いは、基本的には断ってきたが、今回ばかりは恩義があるので、快諾する。彼はそれを聞くなり、再び歩みを進める。

「よし、今日こそお前がミカエラとあの子、どちらが本命なのか聞きだしてやるからなー!」

 ああ、断ればよかった。




 時を同じくして、アラドカルガの二人がいる場所から北におおよそ二百キロ離れた地域、そこは事件の起きた街よりも幾分か静かで閑散とした場所であった。

 その街の「Mr.チップス」という名前の小さなレストランに彼女はいた。


「あー、とりあえずガーリックマッシュルームと、キエフのカルツォーネを。それとチキングリルのラージサイズ……あいやメガミックスってやつお願いします」

 私の注文に目を見開いている店員。

「あのーメガミックスはドネルケバブと、シシカバブ、コフタケバブ、チキンのドネルとチキンケバブ、ポテトが二人前、ピタパンが二人前、ドリンク二つ、それとサラダが付いたセットになっておりますが……」

「うん、それで大丈夫だよ。あ、十ポンドでポテト食べ放題?マジで?じゃあそれもお願い」

 店員の顔は、驚愕を通り越して、もはや青ざめたそれへと変わっていた。勿論私は誰かと一緒にこのお店へと入ったわけではない。全て一人で食べる量だ。私は昨日の午前二時ごろにリトルポンドを殺害してから、故郷の街から逃走した。最初は自首しようとも思った。相手は確かに極悪人、だが私も罪を犯した以上は悪党だ。しかしその時不意に、「いい子だね」と囁きかける私の母の声を思い出してしまった。平たく言えば、魔が差したのだ。私はリトルポンドの殺害に当たって凶器は使用していない。現場には証拠はほとんど残っていないはずだ。仮に私が犯人だとわかる何かが残っていたとして、これを私一人が行ったと考えるのは、私の能力を知る家族と、アラドカルガだけだ。追及はそれほど来ないはず。

 罪に問われれば、善良な私の家族にも追及が行く。家族に迷惑がかかるくらいなら、私は罪を隠して生きようと思った。しかし家に帰るわけにもいかない。遅かれ早かれ、アラドカルガから私への糾弾は間違いなく来るだろう。アラドカルガは私たちメレトネテルが公にならないようにするのも仕事。そうなれば私にこれ以上の暴走をさせぬよう、何らかの強硬策を実行しかねない。だから私は逃げた。警察からではなく、アラドカルガからだ。

 家族とはもう二度と会わない決意をした。私はもうエミー・ブラックではない。

 朝の四時、私は日が昇るまでにできるだけ遠くへと行こうと決断した。西と東はダメだ。どちらも夜でも賑わう街が多い。南もダメだ。この街は国内の南方に位置し、追手の関係を考えると、出来る限り遠くへと行くのが好ましい。だから私は北へ行くことを決断した。できるだけ都市部を避けるため、かなり迂回路をとったが、それでも二時間で直線距離にして百二十マイル離れることができた。合計距離なら三百マイル以上走ったかもしれない。というのも一旦南へと走り、そこから東海岸沿いを走って北部へと向かったからだ。平均時速にして百九十マイル。アラドカルガのデータでは最高時速を六十マイル程度と偽っているが、実際はそれよりも遥かに速く走れる。いや、私測ではあるが、毎月最高速が更新されており、そもそも三年前に計ったデータなど、全く当てにならないのだが。

 人間離れもいいとこだと思う。そもそもこんな早く走れる時点で人体のそれじゃない。全く設計ミス甚だしい。

 ただその手にしたスピードにも欠点があった。とにかく速く走れば走るほど、凄まじく空腹になる。いくら食べても満足感を得られないほどに。この街、スカン……なんとかって名前だったと思うけど、ここに到着したころに、一気に空腹感が押し寄せ、まるでガソリンが切れた車のように、突如として足が止まってしまった。食事をしようと思うが、困ったことに体が全く動かない。何と私は人通りの全く無さそうな町外れの教会の敷地内にある、手入れがなされず生命力の望むがまま、鬱蒼と成長した草木に囲まれた庭の中で、そのまま意識を手放してしまった。

 あとから思い返せば自殺行為に等しいことだった。仮にこのまま誰も通りかからなければ、餓死していたことだろう。だが幸運の女神は私に微笑んでくれたらしく、その次の正午ごろ、偶然通りかかった老夫婦に介抱され、コーヒーとサンドイッチを恵んでくれた。勿論それだけでは全く足りないが、流石にこれ以上は厚かましいと思い、二人に礼を言い、その後この店へと足を運んだわけだ。

 幸い金ならいくらかある(悪人どもから巻き上げた奴だけど)。目の前に並ぶはリーズナブルではあるが、どれも食欲をそそる御馳走ばかり。前菜のガーリックマッシュルームの香ばしいにおいが私の鼻孔越しに、食欲を刺激する。一口食べると、ガーリックと炒められたマッシュルームの心地よい歯ごたえと、強めの味付けが一層食欲を高める。次に出てきたポテトフライと共に、バクバク食べていると、今度はカルツォーネが出てきた。半分に切ると中からカリっと揚がったキエフと、それを覆うようにトマトソースと溶けたチーズがあふれてくる。一口大に切って、口に放り込む。パリッとしたカルツォーネ生地とキエフを咀嚼すると、心地の良いサクサクとした音が響き渡る。キエフから溢れ出すチキンの旨みとバジルの爽快感が互いに相乗効果をもたらし、そこにトマトとチーズがさらに追い打ちを掛け、口いっぱいに幸せが広がる。

 次の五種のケバブも大変美味しく平らげたが、それでも物足りなかった私はそこからさらにタラとハドックのソテーと、チーズ、トマト、豚肉に、レッドペッパーとチリソースで味付けされた、少々スパイシーなメキシカーナというピザを一枚平らげてしまった。

 青ざめる店員とは対照的に

「嬢ちゃん!中々の食べっぷりじゃねえか!ようしこれはサービスだ!たんと食いな!ハーッハッハ!」

 と恰幅の良い肌の焼けた店主は大喜びであり。さらにチーズがふんだんにあしらわれたビーフのハンバーガーとチキンナゲット、コールスローをサービスしてくれた。

 最後に炭酸飲料を一気飲みして、口の中にとどまっていた油っぽさを流し込む。まさに生き返った心地である。

 清算してみると、やはりかなりの値ではあったが、サービスの品などを考えると、破格の値だ。ありがたいことに、帰りがけにさらに炒めた豚肉と、スライスチーズ、トマトとレタスが挟まれたサンドイッチを三つほど、お土産にまた無料で頂いた。

 

 さて、今は十四時、恐らくまだこの辺りまで捜索網を広げてはいないだろうが、念のため、もう少し北上しよう。だがいくら人が少ない地域とはいえ、昼間に走るのは少し問題がある。アラドカルガの目はそこら中にある。目立つ行動は控えなければならない。だが万が一、どこかの監視カメラなどに写り込んでしまうと、そこから彼らが私の位置を特定することもあり得る。それでもなお逃げられる自信はあるが、念には念だ。私はできるかぎり徒歩で、それも一般的な速度で歩き始めようとした、その時だった。

「エミー・ブラック、だね」

 不意に後ろから声を掛けられ、振り返ろうとする。

「駄目だ、振り返るな。自然に、そのまま歩きなさい。アラドカルガに勘付かれるのは君も困るだろう」

 と、彼は私にそのまま振り返らず会話を続けるよう指示してきた。

「貴方、アラドカルガじゃないの?」

「ああ、勿論違うとも。私たちは彼等とは敵対関係にある」

「じゃああなたは私の何?」

 こちらからは様子は伺えない。わかるのはせいぜい、彼が私よりも少し背が低く、男性としてはやや小柄だということくらいだ。にもかかわらず、私は彼が、今とても邪悪な笑みを浮かべているように感じた。

「敵の敵は味方、というヤツだ。少なくとも今、私は君たちの味方だよ。もし、君が私に協力してくれるのなら、だけどね」

 キシシ、と声を抑えながら、歯の隙間から漏れ出るような笑い声だった。確信は持てないが、どこかこの男も、リトルポンドと同類である気がした。

「君たち?今は私一人だけど、他に誰のことを言っているのかしら」

「もちろん、君たちのことだよ。神に愛されし子らよ」

 はっきりと口に出したわけではないが、恐らくこいつはアラドカルガだけでなく、メレトネテルも知っているようだった。正直かなり気味が悪かった。今すぐにでも逃げたい。

「なんなのアンタ。私に何の用?宗教の勧誘なら間に合ってるよ。私はこう見えて敬虔なプロテスタントだから」

 私の言葉を聞くや、先ほどよりも更に不気味に笑う声。何が彼の笑いのツボに入ったのかわからないけど、より一層この男の奇怪さを助長させていた。

「いやぁ、我々は神の子を解き放つものさ。君たちは神の愛を一身に受けていながら、それを神の従者を名乗るものたちに抑えつけられている。それはなんと不幸なことだろう!アラドカルガは決して敬虔な神の信徒などではない。彼らは欲に目が眩んだ愚かな人間の守護者に過ぎない。そこには君たちは含まれていないのだよ」

 逃げるチャンスならいくらでもあった。しかしぬめりとした言葉と視線が、まるで鎖のように私の体と心を捕らえていた。

「残念だけど、余計なお世話さ。私は別に彼らと敵対したいわけじゃないからね。他をあたりな」

「ああ、断るのかい?いいよ、構わないよ。ヒヒッ。けどね、きっと君は私たちについてくることになる」

 男の足音が止まった。

「明日の正午、サーソーに来なさい。遅れるのも早すぎてもダメだよ」

 何を勝手なことを言っているんだ。本当に私が行くとでも思っているのか?

 流石に堪忍袋の緒が切れて、面と向かって言い返してやろうと振り返ろうとした、まさにその時、

「もし、弟君に、もう一度会いたいならね」

「えっ?」

 その言葉を最後に、後ろに着いてきていたはずの男は跡形もなく、姿を消していた。

「まさか……」

 私は家族に被害の及ばぬように、今生の別れを決断したはずだった。しかし、そんなものは無駄な足掻きだったのだ。世間知らずの小娘の思い上がりだった。

 私が選んだ道は、取り返しのつかない大きな誤りだった。



 時は少し遡る。

 

 モートレントと別れてから、私は少しだけ手法を変え、捜索を再開した。はっきり言って、この国全域が既に捜索範囲になっていてもおかしくないこの状況で、能動的に捜査を続けるのは困難を極める。そのため、今回は非常に受動的な操作方法に転じた。つまりキーワードで常に検索を続けるというやり方だ。例えばインターネット上であれば、「エミー・ブラック」「高速で走る人」などのキーワードで恒常的に検索を続ける。また電話の会話も、全てを傍受するのではなく、上記のようなキーワードを認識できる会話だけを精査する。この手法であれば、比較的長く、それでいて負担も軽く捜査を続けられる。

 つまりこちらからエミー・ブラックという獲物を捕らえに行くのではなく、まさに蜘蛛のように彼女が捕まりに来るのを待つのだ。

 と、捜査を続けること三十分、すると私の電脳に通知音が鳴り響く。

 かかった!と思ったが、残念ながら単なる連絡だった。少しだけ悄然としたが、電話の相手を見て驚いた。

「……?ジョアン・ブラックから?何か進展があったのか?」

 父親のダッドリーからではなく、母親のジョアンからかかってきたのは、少し予想外だった。何せ私は彼女とはまだ一度も対面しておらず、せいぜい連絡先をダッドリーを介して交換していただけだったからだ。視界に投影されたARのスクリーンを操作し、電話に応答する。

「もしもし、こちらアラ……」

「たっ!大変なの!!」

 とこちらが定型文を言い切る前に、言葉を割り込むジョアン。その様子はかなり慌てている様子で、少なくとも娘の消息を突き止め、喜んでいるようには感じなかった。

「落ち着いて、ご婦人。何があったか、お聞かせください」

「そ、それが……ああ、なんてことなの……」

 嗚咽交じりで、要領を得ない言葉を紡ぎ続ける。かなり深刻な状況が推測される状態だった。

「ジョアン、いいですか。今、家にいますね?すぐにそちらへ向かいます。安心してください」

 ジョアンの携帯端末のGPS機能を強制的に起動し、彼女の位置を強引に特定する。ここからなら数分とかからず到着するだろう。彼女の落ち着こうと、深呼吸する音が聞こえる。

「はぁ、はぁ……。フッ、フレディが……フレディが……ああ、そんな」

「フレディ?執事の?彼がどうしたんですか?家で何が……」

 彼女の歯がガチガチと音を立てている。震えているのか、いや、これは怯えている?

「彼が血まみれで……動かなくって……」

 その一言は、私に最悪の事態を想定させる。家で血まみれで倒れた執事のフレディ。彼はジョアンとダッドリーが外出中も家にいたはずだ。そう、エミーの弟と一緒に。

「息子さんは……?息子のアレン君はどうなっているんです?」

 思わずこちらも声を荒げてしまう。その声に再び平静を少し取り戻したのか、荒い呼吸のままではあるが、再び彼女は口を開いた。

「アレンは、アレンは見当たらないの……。呼んでも返事がないの……。ああ、神様、どうして、どうして。私の子どもたちは何も悪いことしていないのに……」

 それ以降、彼女はまた啜り泣いて、会話を続けることはできなかった。

 ジョアンに慰めの言葉を掛けつつ、ここから最寄りのアラドカルガの会所ロッジと、本部大会所グランドロッジのミカエラ、そしてモートレントにこの件についての連絡を送信する。

 警察に連絡しなかったのは、今回の一件が、もはや警察などに対処できるようなものではなくなったと判断したからだ。

 まだ推測の域を出ないが、恐らくブラック一家は、考えうる限り最悪の組織に目を付けられてしまった。

 マフィアなど、奴らに比べれば子供の遊びのようなもの。

 解放者、彼らはそう自称している。メレトネテルの存在を知り、そして彼らを私欲のために利用せんと欲す、我らアラドカルガの敵。

 その名を『イルルヤンカシュ』。

 力を与えられし神の子らを汚し、知恵を授けられし神の僕を滅ぼさんとす、神の絶対的な敵対者である。


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