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綾香の花火  作者: すすむさん
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絆の力

 夕方になって、優輝が学校から帰ってきた。

 玄関から元気のありあまった声がする。

「ただいまー! 直弥、連れてきたー!」

 揺れる優輝のランドセルの後ろから、おずおずと直弥くんがついてくる。

 綾香の前までくると、彼ははにかみながら言った。

「お、おじゃまします……」


 今は暗いとはいえない。

 しかし以前はもっとハキハキした、喜怒哀楽のはっきりした子だった。

 胸のうちの愁嘆を悟られないよう、綾香は明るい笑顔で返す。

「お久しぶり、直弥くん。今日は腕によりをかけて作ったから、いっぱい食べていってね」

「ありがとう、おばさん」

 直弥くんは伏し目がちに答えた。

 そこへ優輝が身を乗りだしてきて言った。

「大変なんだよ、お母さん!」

「何かあったの?」

 綾香は平静を装ったが、自分の目が輝いているのを感じた。

「篠原先生が、病気になったから先生やめちゃったんだって!」

「そう……。大変ね、篠原先生も」


 綾香は身体全体に染み渡ってゆく、静かな勝利感を束の間味わった。


 あとでPTAと連絡をとって詳細を聞こう。

 直弥くんに目をやると、彼はやや固い表情で、素知らぬふりをしていた。

 本当の勝利を得るまでには、まだ時間がかかる。

 綾香は子供たちをテーブルにつかせて、タルトを切り分けた。

「はい直弥くん」

 綾香は直弥くんの前にタルトの載った皿を差し出すと、そのままの姿勢で続けた。

「ね、直弥くん。これ、ちょっとよく見て」

「え? なに?」

 直弥くんが身をかがめて皿に視線を落とすと、綾香の手のひらがパチンと音を立て、彼の目の前に青と黄色の花火が咲いた。

「わっ!」

「お母さん、見せちゃっていいの!?」

「いいのよ、直弥くんは優輝の親友でしょ? だから特別」

 そう、自分は直弥くんを特別扱いする。これからも。

 彼は綾香と優輝にとっての恩人なのだ。

 彼が望んだことではないにしろ、形を持たない醜悪な悪意に立ち向かい、打ち倒すことができる形を与えてくれたのは、彼だ。


「この花火を見ちゃったからには、優輝と直弥くんとおばさんは、もう仲間よ。この花火のことは三人だけの……」

「秘密」と続けようとして、綾香は言葉をのんだ。

 その言葉はたぶん、篠原によってすでに使われている。

 綾香は両方の手のひらから花火を出し続けながら、言い直した。

「この花火はね、わたしたち三人の……絆のあかしよ」

「おばさん、すごい! すごいよ!」

 直弥くんの顔に、子供らしい輝きが宿った。

「もう仲間なんだから、直弥くんも何か困ったことがあったら、おばさんに相談してね。おばさん強いし、頭も良いし、タルト作りも上手なんだから!」


 綾香がそう言うと、三人はそろって笑いあった。

 事はそう簡単にはいかないだろう。

 だが、綾香には自分の力の本質が分かりかけてきていた。


 この力は、自分と何かを、つなぐ力なのだと。


 それは、心と心をつなぐ力にもなり得る。


 傷が癒せないとしても、新しい記憶と信頼と、絆で塗りこめてしまおう。

 先は長いかもしれないが、兆しは明るい。

 少なくとも、今、この瞬間は笑顔であふれているのだから。

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