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仕方がないね

ようやく、やっとだね

作者:

“お付き合い”というものを佐山さんと始めて、その事実にも慣れた。相変わらず週に1回のお迎えは続いていて、私もクラスメートに否定することはなくなった。

だって本当に“彼氏”だし。

私は高校3年生で、受験生。目下の志望校は、地元の公立大学だ。佐山さんと離れたくない、とかそんな可愛らしい理由ではない。断じて違う。第2志望は東京の大学だし。

第1志望を伝えたとき、佐山さんはほっとした顔を見せた。(他の人に言わせると全然表情が読めないみたいだけど。私は何となくわかるようになった。)第2志望は不機嫌になってしまった。佐山さんの機嫌を直すのは割と簡単だけど、ちょっと恥ずかしい。

佐山さんはというと、専門の2年生で、バイト先から卒業後もウチにきて欲しいと言われているらしい。あの無口、無表情、強面という接客に明らかに向いてない性質のくせに。世の中にはいろんなタイプの美容師がいるのだなぁと思う。





「ーーー馬鹿ですか」

私は玉ねぎを切りながら呟いた。今日はトマトリゾットにする。スプーンで食べられるもののほうが、佐山さんにはいいだろう。

バイト先のチーフである夏芽さんから聞いた話だと、お客さんを庇って利き手をざっくりとはさみで切ってしまったとのこと。

『バイトはしばらく休んでもらって構わないけど、佐山くん、独り暮らしでしょう?響ちゃん、無理しないか見張っておいて。』

しばらく煮込む段階まできたので、弱火にしてソファーでくつろいでいる佐山さんに近寄る。



包帯が痛々しい。



私は顔を歪ませた。お客さんに怪我がなくてよかったけど、佐山さんにももちろん、怪我なんてして欲しくなかった。

「……説明してください」

細かいことを、何も知らない。その状況とか、それからどうなったのかとか……完治にどれくらいかかるのかとか。何でもいいから、教えて欲しかった。年下だからといって侮られていることはないと知っているけれど、甘やかされているのもわかっていた。

それが佐山さんの性分だということも。


自分では、そんなに頼りないつもりはないのだけど。


佐山さんは数秒、視線をふらつかせて、




「ーーー切った」

とだけ告げた。


アホか!そんなこと知ってるってば!見ればわかるっての!


「今はしょりましたよね?!大幅に!」

「……」

今度はだんまり?!ちくしょう。

私はぱっと台所へ戻り、ぐつぐつと煮立っている鍋の火を消した。


本当に、何にも言ってくれない人だ。


ズルイ。どんどん私は佐山さんで侵食されていくのに。




「ーーー響」


声に反応して振り向くと、佐山さんはさっきと同じ格好で私を見ていた。



本当に、本当に、ズルイ人。




私はかすかに広げられた佐山さんの腕の中へ、怪我をした手に注意しながら体を寄せた。柔らかい力でふわりと頭を撫でられる。

「心配、してるんですから」

「ん」

「お客さんも大事だけど」

「ん」

「佐山さんのほうが……大事ですから。ーーー私にとっては」

「ん」

私を器用にくるりとひっくり返して、膝の間に座らされる。お腹には佐山さんの腕がまわって、きゅっとくっつく。

顔を肩に乗せられ、佐山さんの髪の毛が私の頬をくすぐる。




あ、ワックスの匂い。




この匂いが当たり前になって、どれくらい経つんだろう。付き合い立ての頃は、距離を縮めるのに精一杯で、安心なんてなかった。あったのは、ぎゅっと締め付けられるような、胸の痛みだけだった。

佐山さんの高校卒業と同時に、佐山さんのお母さんは単身赴任中のお父さんのところに行ってしまったと、付き合い始めてから聞いた。(たぶん聞かなかったら今でも知らなかった気がする。)

そのせいで佐山さんが専門とバイトと家事とで忙しいことも知らなかった。



その合間をぬって、私の傍にいてくれたことも。



佐山さんは自分の自己満足だと言うけれど、あれだけの期間、知らずに甘やかされ続けてきたのは、きっとこの先も私を悔やませる。


「……ごはん、食べましょうか」

「ん」

離れがたいというように、最後にきゅっと力を込められて、うなじあたりに息がかかる。

「……っ」




もう、本当に。




ーーー仕方のない人。





柔らかく、温かく、そして甘い熱。唇の触れる感覚にも、慣れてきた。そんなこと、決して口に出せないけど。

軽く背中を押されて、私は台所へと戻る。ふたを開けて、ふわりと漂う湯気を吸い込んで、お皿に盛っていく。

ふたり分。

これが週1回のお迎えよりも頻繁になるのは、きっとすぐのことだろう。



「さ、いただきましょう」

「……響」

「はい?」

名前を呼ばれ、ちょっと不機嫌な佐山さんのほうを見て、悟る。ねだられてます、ね。

「えっと」

「……」

「その」

「……」





「……総介、さん」

「ん」

あぁあぁあぁ、もう、恥ずかしいったらない。この、ときどきねだられる名前呼びに慣れるのは、もう少し先のよう。



でも、満足気に微笑んでくれる隣にいられる幸せを、一緒に噛み締められる日々を、重ねていければな、なんて思うのだ。




美容師さんの仕事やらなり方はよく知らないので……すみません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] このシリーズを3つ続けて読まさせて頂きました。 とにかく、甘々で幸せでした。 時には深く息をついて余韻を味わってしまう程には甘々で、凄く良かったです! 登場人物全員(特に響ちゃん、佐山さ…
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