悪がこの世に蔓延る限り!みんなが助けを求める限り!彼は必ずやってくる!その名も――
思いつきと勢いだけで書きました。
書いてて楽しかったです。(笑)
みなさんも楽しんでくれたら幸いです。
「ガンバリオーン!」
「そこまでだ!」
子供達の声を受け、どこからともなく奴がやってくる。
声のする方へ向くと、奴はいた。
ライオンの意匠が施された赤いフルフェイスのヘルメットに、これまた赤いプロテクター。腰にはライオンを正面から描いたようなベルトをしている。
「出たな、ガンバリオン!我輩の野望を邪魔する者め!」
我輩の野望とは即ち世界征服。
その足がかりとして子供達を恐怖のどん底に陥れる必要があるのだが、いつも奴に邪魔をされる。
「恐怖王、アフレイザー!
この俺が来たからにはもうお前の好きにはさせないぞ!」
彼の言葉と共に子供達がわっ、と歓声を上げる。
今まで子供達の中に巣食っていた恐怖や絶望などの負の感情は、きれいさっぱりなくなっていた。
ぐぬぬ、毎度毎度忌々しい奴め!
純粋な心を持つ者が恐怖や絶望に彩られた時、放出される負のエネルギーがある。
その名も『オビエナジー』。
それを我輩の体に取り込むことで強大な力を得ることができるのだ。
このオビエナジーを十分に溜め込むことができれば、世界征服は叶ったも同然…となるはずなのだが、いつもいつもガンバリオンに邪魔をされて計画は遅々として進まない。
「ぬかせ!今度こそ貴様を葬って、この世界を支配してやるのだ!」
今までは奴のせいで撤退を余儀なくされたが、フフフ…今度の我輩は一味違うぞ!
「ゆけ!ウィアーダー達よ!」
命令を受け、我輩の忠実なる僕達がガンバリオンと相対する。
5対1という圧倒的不利な状況に腰を低く落として身構えるガンバリオン。
「フフフ、どうしたガンバリオン?緊張しているのが手に取るように分かるぞ?
さすがに貴様でもこの人数差には手も足も出んか?フーハッハッハッハ!」
「くっ、アフレイザーめ!まさかこれほどまでのウィアーダーを出してくるなんて…」
ウィアーダーとは我輩が生み出した人造人間である。
我輩と同じようにオビエナジーを取り込むことができ、我輩程とまではいかないにしろ超人的な力を持った者達だ。
1人1人ではガンバリオンに及ばずとも、5人ではどうだ?
フーハッハッハッハ!ヘルメットで顔が見えないが、苦渋の表情で満ち満ちていることだろうな。
お前を倒したらそのヘルメットを剥いで絶望に満ちた顔を拝んでやろう。フーハッハッハッハ!
「大変!ガンバリオンがピンチよ!
みんなーっ!ガンバリオンを応援してあげてーっ!みんなの声がガンバリオンの力になるのよ!」
突如として黒髪の美女が現れ子供達に呼びかけた。
彼女は羽墺・エンリア・シテルミラージュ。ガンバリオンのパートナーで――
「みんなーっ!応援の言葉はわかるかなーっ!いくよーっ!
勇気旺盛!ガンバリオン!」
――子供達の勇気を促す役割を担っている。
「ゆうきおうせい!ガンバリオン!ゆうきおうせい!ガンバリオン!」
彼女の声に続き子供達が復唱する。
その声が大きくなるにつれガンバリオンの中から何かが膨れ上がっていき――
「ウオオオオオオオオオオッ!!!」
体の中で膨れ上がった何かを開放するように、ガンバリオンが雄たけびを上げる。
するとどうだろう、上空から彼に向かって光が差し込むではないか。
オビエナジーとは対極にあるエネルギー、『ガンバレナジー』。
何の因果か、奴は我輩と同じようにそのエネルギーを取り込んで力を増幅させることができるのだ。
「いくぞっ!」
勇ましい掛け声と共に自分からウィアーダー達の中に飛び込んだ。
ガンバレナジーを取り込んだ奴では5人がかりでも抑えることすらできず、1人、また1人と次々にやられていく。
ぐぬぬ、敵ながら天晴れなものよ…!
「さあ、残るはお前だけだぞ!アフレイザー!」
最後の1人を投げ飛ばし、再び対峙する我輩とガンバリオン。
奴の堂々たる姿に子供達の声援も大きくなるばかり。
それはつまり、奴にガンバレナジーが注ぎ続けられていることを意味していた。
「おのれ、こうなったら最後の手段だ!
ウィアーダーよ、子供をひっ捕らえよ!」
こんなこともあろうかと、1体だけ残しておいたウィアーダーに命令を下して子供を1人連れて来させる。
勿論、人質にする為もあるが同時にオビエナジーも回収することができる天才的な方法だ。
ウィアーダーが子供達に近づく。自分達に危険が迫ってきたと理解して表情が引きつる。中には泣き出す子供まで出てきた。泣き声を聞いて余計に恐怖心を掻き立てられる子供達。
おおっと、ガンバリオンが助けに入ろうとするがそうはさせない。奴の前に立ちふさがって妨害する。
あっという間に恐怖は全員に伝播し、再び大量のオビエナジーが生み出された。
ククク、いいぞ。力が溢れてくる!
そしてウィアーダーも1人の男の子を連れこちらへと戻ってきた。
子供達の中でも一際純粋そうな男の子は、気丈にも涙を堪えているが心に宿った恐怖心は拭えていない。質のいいオビエナジーが我輩の中に入っていくのが分かるぞ。クーッハッハッハッハ!
「くっ!卑怯だぞ、アフレイザー!その子を離せ!」
「クーッハッハッハッハ!我輩にとって卑怯とは褒め言葉よ!
感じる…感じるぞ!子供達が生み出すオビエナジーが我輩の力になっているのを!
この力でまずは貴様を葬り去ってくれようか!クーッハッハッハッハ!」
人質を取られて手を出せないガンバリオンをいいことに、オビエナジーで作ったエネルギー弾を奴目掛けて発射する。
「ぐわあああああっ!」
ガンバレナジーを力の源とするガンバリオンにとってオビエナジーは猛毒のようなものだ。それを立て続けにくらったガンバリオンは遂に膝をついた。
「クーッハッハッハッハ!恐怖に支配されたこの場ではガンバレナジーが生み出されるはずもなく、逆にオビエナジーは溢れる一方!勝負あったようだな、ガンバリオン!」
「くっ…!
………キミ!今度はキミが勇気を見せる番だ!
大丈夫。キミには、いや、俺達には魔法の言葉がある!魔法の言葉でアフレイザーの恐怖に打ち勝つんだ!
さあ!勇気旺盛!ガンバリオン!」
「ゆ、ゆう……おう……い…が……おん………」
「もっと大きな声で叫ぶんだ!
勇気旺盛!ガンバリオン!」
「みんなーっ!みんなも応援してあげてーっ!
勇気旺盛!ガンバリオン!」
「ゆうきおうせい!ガンバリオン!ゆうきおうせい!ガンバリオン!」
ガンバリオンが、エンリアが、そして子供達が。
恐怖と戦っている男の子を支えようと、ほんの少しでもいいから勇気よ届けと声の限りを尽くす。
「ゆう…き、おう…せい、がんばりおん………」
「いいぞ!もっと大きな声を出すんだ!そうすれば恐怖にだって打ち勝てる!
勇気旺盛!ガンバリオン!」
「無駄だ無駄だ!恐怖に打ち勝つことなんてできるわけがない!
ガンバリオン、貴様がやっていることは無駄な足掻きだと知れ!」
男の子もそれに応えようと必死で恐怖に打ち勝とうと声を上げる。
だが、あと少し足りない。恐怖に打ち勝つなんて、そう簡単にできることじゃない。
それでも男の子は諦めない。声を上げることで恐怖に打ち勝てるのなら、ガンバリオンを助けることができるのなら。
そんなひたむきさ、健気さに心を打たれた俺は――
「――頑張れ」
男の子の頭を優しく撫でながら聞こえるか聞こえないか位の声量で応援してしまった。
今の俺は恐怖王アフレイザーだ。アフレイザーはそんなこと絶対にするはずないし、下手したらショーが台無しになってしまうかもしれない行為だ。
だがあんな姿を見せられたら応援するなと言う方が無理だ。
「ゆうきおうせい!ガンバリオン!」
それがきっかけとなったのかは分からないが、男の子は大きな声を上げることができたようだ。
これでこの子は恐怖に打ち勝った。
「ぐおおおおおおお!これはガンバレナジー!?」
ガンバリオンにとってオビエナジーが毒であるように、アフレイザーもガンバレナジーは毒に等しい存在となる。という設定だ。
恐怖に打ち勝った男の子からガンバレナジーがあふれ出し、至近距離にいたアフレイザーは堪らず男の子を開放した。というシナリオだ。つまり予定調和だ。
「やったな、凄いじゃないか!キミのお陰でアフレイザーを追い詰めることができたぞ!」
ガンバリオンがぐっ、と男の子に向かってサムズアップする。
エンリアに誘導されて客席に戻った男の子は、ほっとしながらもどこか誇らしげな表情だ。
「ありえん!恐怖に打ち勝つなど、できはしまい!」
「人はな、恐怖を抱くかも知れない。だけど決して恐怖に打ち勝てないわけじゃないんだ!
人を甘く見すぎたようだな、アフレイザー!」
「ぐぬぬ、いつもいつも余計な真似を…!
こうなったら今まで溜めていたオビエナジーで貴様を捻り潰してくれるわ!」
クライマックス。ガンバリオンとアフレイザーの一騎打ちが始まる。
世界の命運を賭けた戦い(という設定)に、ちびっこたちのテンションもヒートアップしていた。
戦況は五分と五分。どちらが勝ってもおかしくはない。
という設定なのだが、ガンバリオンの攻撃が痛いのなんのって、ほんと泣きそうだった。
一応寸止めはしてくれてるみたいだし、アフレイザーの衣装にもプロテクターがついてるんだけど痛いものは痛い。
練習の時はそうでもなかったのに、こいつテンション上がって手加減を忘れてるな。
一通り殺陣を見せてそろそろアレが来る。
やだなー…
「これで止めだ!獅子蹴撃!」
「ぐわああああああ!」
ガンバリオンの必殺技であるハイキックがアフレイザーの頭に炸裂した。
ガチの蹴りを食らって飛びそうになる意識を根性で持ちこたえ、蹴りの衝撃を和らげるように、尚且つ派手に見えるように盛大に飛んだ。もう慣れた。
「お、おのれガンバリオン!これで勝ったと思うなよ。
次は必ず貴様を倒し、世界を恐怖で支配してみせる…!」
フラフラとなりながらも最後の台詞を吐き、舞台袖へ退散する。
一先ず俺の役目はこれで終わりだ。用意されていた簡易ベッドにボスンと体を投げ打つ。
ヒーローショーの度にこれなもんで誰かがいつの間にか用意してくれたみたいだ。
「あああっ!ごめんなさい、先輩!私またやっちゃいましたよね!?」
ガンバリオンと同じ衣装を着た女の子が、俺の姿を見るなり謝ってきた。
幼さが残る顔立ちにショートカットの髪型が活発そうな印象を受けるこの子…いや、こいつこそがガンバリオンの中の人である課崎りおんだ。
当初は藤岡博。(芸名)という人がガンバリオンをしていたんだが、必殺技の練習中に腰を痛め二代目ガンバリオンとして活躍している。
身長は152cm(プロフィールより)とヒーローには向かない体格なのだが実はこいつ、空手道を始め、剣道、柔道、合気道と大方の武道の有段者なのでこういうアクションにはもってこいの逸材なのだ。
舞台の上からだと身長なんて分からないもんだしな。
そんなガチな奴の割とガチな攻撃を受けている俺といえば、武道の心得も知らないフツーのおっさんだ。
少なくとも、本番でテンション上がって加減を忘れるようなプロを相手にしていいような人物じゃない。
「謝る必要なんてないわよ、りおん。私達のヒーローショーの売りの1つは、迫力のあるアクションなんだから。寧ろもっと本気で打ちのめせばいいのよ」
「おい、ろくでもないことを言うな。本当に身が持たん」
「あら、アフレイザーのやられっぷりがリアル過ぎて凄いと評判なのは本当よ?
これはりおんがきちんと手を抜かなかったからだと思うのだけれど」
「まあ藤岡博。(芸名)さんとやってた時はここまで評価はされてなかったけどさ…」
のっけから血も涙もないようなことを言ってのけたのは羽墺恵理。
氷のような雰囲気を纏った黒髪の美女だ。あと胸がデカい。
「セクハラで訴えるわよ」
凍えるような視線は本当に人を殺せるんじゃないかと思う。
信じられないことに、こいつが羽墺・エンリア・シテルミラージュ、つまり応援のお姉さんをやっているのだ。ギャップがありすぎてもはや二重人格じゃないかと思うくらいだ。
普段の彼女を知っている俺達は『ステージに咲く氷の華』なんてこっそり呼んでたりする。
因みに羽墺と課崎は大学の先輩後輩の関係らしく、結構仲がいい。
「でも実際、先輩のやられっぷりはスゲーっすよ。フツー課崎ちゃんのケリ食らってあそこまでやれる人、いねーっすよ。やっぱ先輩、カッケーんすよ!」
イケメンボイスでチャラそうなことを言ってるのは尾垣玲太。イケメンである。
こいつはこの無駄なイケボを使ってガンバリオンの声を当てている。
甘いマスクと無駄なイケボでお母様方のハートをがっちり掴んでいる、ガンバリオンになくてはならない存在の1人だ。
「ありがとよ!あんま嬉しくないけどな!」
やられっぷりがスゲーとか言われて嬉しい奴なんているんだろうか?俺は嬉しくない。というか痛すぎて割りに合わない。
「はいはい、みなさん最後の出番が残っていますよ。
アフレイザー君も休憩できたでしょうし、あとちょっとですから頑張ってください」
ぱんぱんと手を打って話を切り上げさせたのは石巻紀夫。彼こそが俺達の所属する小さな劇団の座長だ。
そして彼が言った最後の出番とは、まあ言うなればカーテンコールだ。デパート屋上の特設ステージだから、カーテンなんてないんだけどな。
ガンバリオンとアフレイザーと羽墺・エンリア・シテルミラージュ。この3人が舞台から下りてちびっこ達と触れ合う機会を設ける。ヒーローショーだけじゃなくてそれ以外の劇でもやるってのがうちの劇団の方針なのだ。
「あのっ」
ナレーションも終わりに差し掛かりそろそろかなと待機していると、着替えを終えた課崎が声を掛けてきた。
ちびっこ達との触れ合いになればさすがに体の小ささがばれるため、尾垣と交代するようにしているのだ。
まあそれはさておき。
まだショーの興奮が冷めていないのか、頬をほんのりと赤く染めた課崎は続ける。
「あの男の子なんですけど、先輩が勇気付けてくれたんですよね。
あの子みたいに、どうしても勇気が出せない子がいたらいつもフォローしてくれてましたよね。ありがとうございます」
「うわ、気付いてたのか。
ショーをいいものにしたいってのもあるんだけど、どうしてもやっちゃうんだよなー
ちびっこ達はそれどころじゃないからばれてはないんだけど、やっぱアフレイザー失格だよな」
こっそりやってたことがばれるとなんか恥ずかしいな。
課崎はそうかもしれませんね、とはにかみながら、でも、とその先を口にする。
「そういうの、素敵だなって思います。本当に勇気を与えているのは私じゃなくて、先輩です。
恵理先輩だって、尾崎さんだって、本当にかっこいいって思ってるし、わ、私も…」
なかなか嬉しいことを言ってくれる。
いつまで経っても加減を忘れるこいつにいい加減イラっとしそうにもなったのだが、可愛い女子大生にそんなことを言われちゃ、溜飲を下げざるを得ないってもんだ。
我ながら単純なおっさんである。
「あ…えと、あの、ちがっ…ちがくてっ…!だから、その、えと…わ、私にとってのガンバリオンは先輩ってことなんですっ!」
わたわたと慌てて訂正した課崎はよく分からないことを言い残して韋駄天のごとくぴゅーっ、とどこかへ去ってしまった。
さすが格闘少女。足速いな。関係ないかもしれんが。
「鼻の下、伸びてるわよ」
課崎が去った後でぬっ、と姿を現したのは羽墺だ。
というか近い近い。至近距離まで近づかれると爆乳が微妙に当たってるし、足踏んでるし。
極寒の冷気を視線に混ぜ込みながら、忠告めいた言葉を口にする。
「変に勘違いして私の可愛い後輩を傷つけるような真似をしたら、私が許さないわよ」
「勘違いなんてするわけないだろ。自惚れないことが唯一の自慢だっての」
「はあ…もういいわ」
心底呆れたと言わんばかりにため息を吐く羽墺。
馬鹿にされてる気がするが、馬鹿にされてるんだろう。
「せめてもう少し周りを見られるようになってくれればいいんだけど」
「うん?それはどういう―」
「知らないわ」
ばっさりだ。ついでに睨まれた。
美人なんだけど目つき悪いから余計に怖いんだよなあ。
これ以上睨まれないようにそそくさと退散する。
年下の女の子に睨まれてビビるおっさん。情けねえ…
「私もあなたがしてることくらい、知ってたんだから…」
ぼそっと何かを言ってたようなんだが、聞き返すとまたあの視線に晒されそうだったので努めて無視する。
情けなかろうが怖いもんは怖いんだからしゃーない。
逃げるようにして、ガンバリオンに扮した尾垣達と再び舞台に立つ。羽墺も応援のお姉さんとして舞台に出てるから逃げられたわけじゃないんだけど、舞台に立つと別人になる。だから大丈夫なのだ。
ヒーローの登場を今か今かと待っていた子供達は、ガンバリオンが現れるなり悲鳴のような歓声を上げた。
俺達はそのまま舞台の下に下りた。
やはり、ガンバリオンはすごい人気だ。子供達は全員目をキラキラさせてガンバリオンの方へ駆け寄っている。お母様方も超盛り上がっている。
そして応援のお姉さん、羽墺・エンリア・シテルミラージュもこれまたなかなかの人気だ。羽墺の美貌とわがままボディにお父様方はもうメロメロだ。思春期に足を突っ込みかけた男の子達も遠巻きにチラチラと彼女を見ている。若いな。
最後に俺ことアフレイザーだが、俺の周りだけぽっかりと穴が空いたような空間が広がっている。
ガンバリオンのにっくき敵。卑怯な方法でガンバリオンを苦しめる悪の親玉が好きな奴なんているわけがない。だからこうなるのも分かるんだけどな。
でも毎回こんな調子だからホント辛い。なんてったって、心が痛い。ガンバリオンに物理的に痛めつけられた後で精神的に痛めつけられるの繰り返しだ。
もういやだ。アフレイザーなんて辞めたい。よし決めた。今度こそ座長に言うぞ。誰になんと言われようとも、絶対に辞めてやる。
そんな風に決意を胸に抱いていると、くいくいとアフレイザーのマントを引っ張る手があった。
感情が読めない顔でこちらを見つめている。ヒーローショーでは比較的珍しい女の子だった。
この子は武田詩織ちゃん。以前アフレイザーに捕まえられたことのある子だ。そして唯一俺の応援が気付かれてしまった子でもある。それ以降、ショー以外の劇でも毎回来てくれてちょっと仲良くなっていた。今回も来てくれたのか。
いつものように何を考えてるのかよく分からない無表情でしばらくこちらを見つめた後、言った。
「…ガンバリオンが負けるのはよくないけど、アフレイザーも負けないでね」
もうちょっと頑張ってみようかな。