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シリウスside-前

遅くなってすみません。

しかも長くなったので二話に分けさせて頂きました。

「シリウス・ラングレーはジュリア・セントレンを愛することを誓いますか」


これで私も王家主催の催し物に出席する事ができる。


「はい、誓います」


どんなに金があっても踏み込めない領域がある。こればっかりはいくら努力して這い上がろうとも手に入れる事ができない。

今さら爵位などなくても私には充分な財力も社会的地位もあるのだが、この貴族社会であるカミール王国ではある程度の成功を収めるにはそれだけでは足りないのだ。

不規則な潮の流れのせいで永く閉ざされていたこの国を私が海を越えた世界への道を作ってやったというのに長年続いた封建的な貴族制度はなかなか消えないようだ。いくら諸外国との交易に貢献している私といえど下級貴族の夜会等は招待される事はあってもそれ以上の貴族からは相手にされないのが現状であった。

貴族といえど所詮は生まれた家がそうであっただけのボンクラ共など無視しても良いのだが、これから我がラングレー商会では他国で発掘される鉱物や他にも絹などの織物も扱っていく予定があるのだ。そうなるとやはり商売相手は上級貴族、更に言えば王族の者が主になってくる。

王家主催の夜会に招待されるようになれば奴等との商売が断然やり易くなる。


「ジュリア・セントレンはシリウス・ラングレーを愛することを誓いますか」


そこでこの伯爵令嬢を娶る事ができたのは重畳だったと言える。結婚したからと言って私が爵位を持つ訳ではないが妻が元伯爵令嬢なら上級貴族からの招待状も難なく手に入れる事ができる。そして子供が産まれればその子は紛れもなく貴族の血を引く子供だ。


「はい、誓います」


他にも私に秋波を送ってくる令嬢は何人かいたが、やはり金はあっても平民である私と我が娘を結婚させるのは嫌なようでその先へと話が進むことはなかった。それに私としても鼻持ちならない貴族の令嬢などと結婚するのは遠慮したい。世界中を旅していた時は散々女遊びをしてきた私だが、理由はどうあれ一度結婚したからにはその女性だけを愛そうと決めている。だから勝手な言い草だと思うが、できることなら一生を共にするなら心癒される女性が良いと思っていた所で見つけたのがこのジュリア・セントレンという伯爵令嬢である。

彼女の生家であるセントレン伯爵家は父であるボンクラ伯爵とその夫人によって没落の危機にあるという。その噂を聞きつけた私はすぐさま人を使って調べさせた所、妹の方はまだ学校の寄宿舎に入っているが嫁き遅れの姉が一人いるという。しかもその姉の方は平凡な容姿ながら大変慎ましい性格で困窮した家の財政の為自ら市場へ買い出しにも出るような娘だと聞いた。

実際会ってみたら派手な美しさはないが野原に咲く可憐な小花のようで、顔を赤らめながら恥ずかしそうにチラチラと私を見るつぶらな瞳などまるで海上で見たイルカの瞳を思い出して好感が持てたものだ。

彼女なら私の仕事の邪魔をする事なく穏やかな結婚生活を送る事ができるだろうと考えた私はその場で伯爵と多額の援助を条件にジュリアとの婚約を取り付けて、三ヶ月後の今日結婚式を執り行う次第となったのである。


初対面から挙式まで慌ただしかった為お互いほとんど顔を合わす事がなかったが、新婚生活は予想以上に充実した日々となった。


ジュリアは過ぎると言うぐらい謙虚な女性であった。

金は余るほどあるのだからドレスでも首飾りでもなんでも好きなだけ新調すれば良いと言ってるのに彼女はラングレー商会の会頭夫人として必要最低限のラインの物しか身につける事はない。

結婚式の翌日から仕事漬けの夫に文句を言うわけでもなく、だからと言って夫の不在中に好き勝手に外へ遊び歩く事もない。

仕事から帰るといつも笑顔で出迎えてくれるジュリアに私はその日の疲れが癒される毎日だった。

だからだろうな、仕事が早く終われば必ず早く帰宅してジュリアと共に夕食を取るようになった。

私のくだらない話も楽しそうに聞いてくれるジュリアが待っていると思うと仕事以外で外食する気にもならないのだ。


そんな控えめで貞淑な妻がベッドの上では顔を赤くしながらも一生懸命私の愛撫に応えようと体をくねらす姿など健気でどうしようもなく愛おしい気持ちが込み上げてくる。

初めは貴族の血を繋ぐ子供を作る為に彼女の寝室へ訪れていたのだが、すぐにその目的は別の物となっていた。

何の知識もないジュリアに一から教えて自分好みに育てていくのは男としてこれ以上ない充足感を与えてくれる。

本当は毎日でも彼女の痴態を愛でたいとこだがジュリアの体力の問題でそれも叶わず、私は自分の欲望の為にもジュリアにもっと食べさせて体力をつけさせようなどと勝手に画策している事など彼女は知るまい。


仕事に関してもジュリアと結婚してからというもの順調に業績を伸ばしている。

元々はその為の結婚だったのだが、新しい事業の売り上げが当初の予想以上だったのだ。


すっかりジュリアに骨抜きになっていた私は彼女は女神のような女性だと感じてはいたが、実際彼女は本当に幸運の女神だったようだ。

なぜなら彼女は独身時代の友人達をお茶会に招いては貴族女性の流行を他愛のない話から聞き出して、それとなく私に教えてくれるのだ。その情報は他国から輸入した宝石を加工して装飾品を作るのにどれだけ役立った事だろう。

また、その流れで様々な職人と雇用契約していたのだが彼らは昔ながらの職人気質で私のような若造の言うことなど聞く者などほとんどおらず注文一つ入れるのも大変骨が折れたものだが、ある時から突然彼等の態度が軟化したのだ。

不思議に思って執事のルイスに聞いてみたところ、なんとジュリアが彼等の奥方達の所に訪れては食事や刺繍の他に妻としての心構えまでも教えてもらいに行っているのだそうだ。奥方達も元伯爵令嬢だというのに高慢な所もない若い娘が控えめに教えを乞う姿にほだされたのか私の知らぬ所で頻繁に手紙等で親交を深めているようで、結果奥方達の口添えもあって職人達の私に対する態度も良い方に変わったという訳だ。


結婚して半年経った今ではもう、私生活でも仕事の上でも私にとってジュリアは手放す事などできない存在となっていた。



その日私は仕事終わりにジュリアの生家であるセントレン伯爵邸に立ち寄っていた。

私の愛する妻が数日前から体調を崩しており咳を鎮めるための果林の薬湯なる物を戴きにきたのだ。


ジュリアのいない伯爵邸など長居する必要もない場所だが、伯爵と夫人に加え初めて会ったジュリアの妹が執拗に歓待しようとしてくる。

屋敷では体調の悪いジュリアが待っているというのに、その娘の具合も聞かず次々と酒やら食事やらを出してくるコイツらにお前達はジュリアが心配ではないのかと何度怒鳴りつけてやろうかと思ったか知れなかったが、ただやはりどんなに腹立たしくともジュリアの肉親だと思えば苛立ちも多少は抑える事ができた。


夜も更けてきてもういい加減帰らせてくれと思った時、先程から必要以上に接触しようとしてくるリリアとか言う妹が二人で話したいから部屋に来ないかと誘ってきたのだ。この女は何を言ってるんだと信じられない思いで見返しただけなのに、それを了承だと取ったのかこの頭のおかしい女は私の手を掴んで無理矢理階段を登って行こうとする。そして最もあり得なかったのは、この娘の暴挙を咎める事なく座ったまま我々を見送る伯爵と夫人だ。


見た目と違って力の強いこの女に引っ張られ危うく部屋に連れ込まれそうになったが、その直前にまるで何かに導かれるように私は一つの部屋の前で立ち止まった。


「お姉様のお部屋に何かご用ですの?」


!! そうか、ここはジュリアの部屋だったのか。


「入っても良いだろうか」

「えっ?あ、あの!シリウス様…!」


聞いてはみたもののリリア嬢の返事を待たず私は勝手に扉を開け中に入った。

室内は誰も手を入れてないのか少々空気が淀んでいるようだったが、それでもあちらこちらにジュリアの匂いが残っているこの空間はささくれ立った私の心を穏やかにしてくれた。


「ねえシリウス様、こんな所よりわたくしのお部屋に参りましょうよ~」


後ろで何か言ってるようだが知った事ではない。むしろ下手に返事でもしたら都合の良いように取られるに決まっている。

私はジュリアの本棚を眺めながら、ここで彼女は乙女時代をどのように過ごしていたのだろうかと夢想しながら、もっと早く出会いたかったと今更どうにもならない事を悔やんでしまう。


その時私は悪いとは思いながらも見つけた1冊の日記を手に取り中を見てしまった。


「シリウス様?お姉様の日記など見てもつまらないですわよ。ほんとお姉様って昔から口うるさくって!きっとわたくしの方が可愛らしいから羨んでいるんですのよ、シリウス様もお姉様なんかとご結婚されて苦労なさっているのではなくて?シリウス様のような方にはお姉様みたいな地味な女性は似合いませんわ!今でも地味なドレスをお召しになってるのでしょう?全く!わたくしが羨ましいのならそのまま真似をすれば良いものを、昔からわたくしが好んで身に付ける物は絶対に選ばないんですのよ!まぁ、センスの違いですわね、わたくしなんて…………」


ああうるさい!私はそれどころではないんだ!


何という事だ……、私は自分の事しか考えていなかった。


ジュリアの日記に綴られている彼女のささやかな願いを知った私は自分の身勝手さを痛感して深く反省した。

そして私は聞くに絶えない悪口雑言を得意気に話し続けるリリア嬢を無視して部屋を出ると伯爵達への挨拶もそこそこさっさと馬車に乗りジュリアの待つ屋敷へと帰って行った。


すでにジュリアは眠っていたが、私は彼女の寝顔を見ながら今日見てしまった彼女の日記の内容を思い返していた。

そこには初対面してから結婚式までの私への想いが綴られており照れ臭くも嬉しい言葉が並べられていた。そしてその中で彼女が結婚式や結婚生活に少女のような憧れを抱いているのが窺えた。

だが実際はどうだ、私というヤツは金は腐るほどあるというのに早く貴族と縁戚になりたいが為にウェディングドレスを出来合いの物で済ませ簡単に式を挙げてしまった。新婚生活も私は仕事で忙しく、伯爵家から一人侍女を連れて来ているとは言ってもいきなり初めての屋敷と使用人の中で放っておかれた彼女はどんなに心細かっただろうか。なのに、私ばかり彼女の笑顔に癒されて満足しているのだから始末に終えない。


ジュリアの絹のような滑らかな頬に手を滑らせながら私はもう一度初めからやり直そうと決意した。


まずは結婚式のやり直しだ。

ジュリアの為だけの素晴らしいウェディングドレスを用意してやろう。彼女は自分の事を地味だ平凡だと思いこんでいるがとんでもない、もともと可愛らしかった彼女は私と結婚してから匂い立つような色気が滲み出る大人の女性になっていたのだ。そんなジュリアに似合うウェディングドレスだ、私が生地選びから全て手掛けてやろう。そうだドレスに合う装飾品もいるな、ジュリアのほっそりとした白い首筋を輝かせる首飾りを用意しよう。

勿論蜜月もやり直しだ、今から死ぬほど仕事をこなして彼女との二人っきりの時間を捻出してやる。

そうと決まれば早速取りかからねば。


早くジュリアの喜ぶ顔が見たい。


そうだ、当日まで秘密にしておこうか、サプライズの方が嬉しさも増すだろう。私も彼女の驚く顔が見たいしな。


待っててくれジュリア、一生忘れられない結婚式にしてみせるから。ジュリア、愛してるよ……そういえばこれも言ってなかったな、全く不甲斐ない夫で申し訳ない。当日にはこの言葉も贈るからな。


「おやすみジュリア、愛してるよ」


ジュリアを起こさないようにそっと触れるだけのキスを落とすと私は静かに彼女の部屋を退出した。

この時の私はまさかこの秘密の計画が彼女をあそこまで追い詰めるとも知らずに暢気にもジュリアの美しいウェディングドレス姿に思いを馳せていたのだ。


翌日から私の生活は一変した。

最高級品の生地選びから始まってドレスのデザインから縫製までこれまでに培った人脈から口が固く腕の良い者を選びその者達と相談して決めていった。それと同時進行で首飾りの製作にも取りかかったのだが、これは職人達と相談して私の手で製作する事にした。

ただでさえ仕事で忙しい私はそれらを夜中にこっそり行っていた為ジュリアと夜を共にする時間がなくなってしまった。

日中もジュリアとの蜜月を確保するために前倒しに膨大な量の仕事をこなさなければならず、皮肉にも彼女と顔を合わす機会が減ってしまった。


昼も夜も忙しく立ち回っていた私はジュリアの顔から笑顔が消えていってる事に気づきもせず、たまに顔を会わせるジュリアが拗ねるような眼差しを送ってくるのが身悶えするほど可愛くて、私はジュリアのそんな表情をもっと見たくて愚かにも敢えて目をそらしたりしていたのだ。


この時の自分を殴ってやりたい。

お前は一体何様のつもりだ、愛する妻を悲しませて何をやってるんだ。何をしてもジュリアは自分から離れていかないとでも思っているのか。


知らない内にジュリアとの間に溝ができているとは思いもよらず私は結婚式の準備を着々と進めていき、そして式の二日前に昔からの悪友であるダンガンがやって来た。


「普通のお嬢さんだったな」

「妹の方が美しいそうじゃねえか」

「お前早まったんじゃねえの」


知らぬ人間が聞けばジュリアに対して辛辣な言葉の数々を吐いてるように聞こえるが、付き合いの長い私はこの皮肉屋のダンガンがジュリアを気に入って私達の結婚を心から祝福しているのがわかる。ややこしい男だが人を見る目は確かなのだ、気に入らなければ上部だけの耳障りの良い美辞麗句と祝福の言葉を置いてすぐにでも帰って行ってしまうことだろう。


「俺とした事が下手をしたようだ、なにせ愛するジュリアとの結婚式をあんなドレスで満足するところだったんだからな!」

「へーへー、よっぽど素晴らしいウェディングドレスができたんだろーよ!」

「ああ、最高だ!今のジュリアの美しさを一番引き出す事のできるドレスだぞ!しかも――」


その後も二人で昔話に花を咲かせていると何故かあの頭のおかしな妹が乱入してきたが、それこそダンガンお得意の臭すぎる口説き文句と鮮やかな手並みであっという間に女を帰らせてしまった。

その後執事のルイスには何故連れてきたと文句を言えば、


「申し訳ありません、あんなのでも奥様の妹君ですし。それに無理に追い返すと忍びこんで来そうでしたので。恥ずかしながらダンガン様におまかせしようかと思いまして」


そう返されると私達も苦笑いするしかなかった。


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