5ショートストーリーズ2 その5【雨】
雨が降り続いていた。ぼろアパートに住む男は、ついこんな事をつぶやいた…
雨が降り続いていた。
古い木造アパート、四畳半、ひと間。
二階の窓越しに外を見ながら、男がつぶやいている。
「あ~あ、雨ばっか降りやがる。金は無いし、外に遊びに行く事も
出来ひん。いっそのこと…」
その時、高らかにファンファーレが鳴り響いた。
「なんやなんや? 」
男はあたりを見廻したが、変ったところは何もない。
「今のは何やったんや? 隣の部屋の学生か? このボロアパート、
壁も薄いから音漏れも盛大やわ」
【ケース1】
男は欠伸を噛み殺しながら続けた。
「あ~あ、いっそのこと、雨の替わりに銭子でも降って
けえへんかなぁ」
その途端、硬貨の雨が降ってきた!
ぼろアパートのスレート屋根を突き破り、四畳半の窓ガラスも粉
々に破壊し、男の体にも無数の小銭が弾丸のように…それをちゃぶ
台でよけながら男は叫んだ。
「しもた! 札束が、にしときゃよかった!」
【ケース2】
またファンファーレが高らかになり響く。
今度は金属音の代わりに、文庫本を落とした時のような音が響き
渡る。 ひと束百万円の札束が、降ってきたのだ。
男は札束の雨が体に当たるのも厭わず、夢中で札束を拾い集める。
「これでわいは大金持ちや。なんだって買えるでぇ!」
その日から日本では、貨幣経済そのものが破綻した。
【ケース3】
男は半分崩れかかったアパートの前に立ち、空を見上げ、つぶや
いた。
「あ~あ、もっと経済学を勉強しときゃよかったわ。金はあてには
ならへん。よし、食い物と女。これが降ってこいよぉ、高級ステー
キと美女! 」
ファンファーレが鳴り響いた。
次の瞬間、絶え間なき衝撃音と共に、町中が血と肉片で真っ赤に
染まった。それはまさに地獄絵図だった。
高度六百メートルから落下した牛と美女たちは、地上に甚大なる
被害をもたらしたのだ。
【そしてオチへ】
雨が降っていた。男はボロアパートの二階の部屋で目覚めた。
「ああ、雨音を子守歌代わりにうたたねしてもうた。まだ雨は降り
続いとんのか」
男は二階の窓越しに外を見て、言った。
「やっぱり空から降るのは、雨が一番似おてるかもな。降るのは雨
でええで」
ファンファーレが響き渡った。
空から無数の飴が降ってきた。男が関西人であったのは言うまで
もない。
東京式アクセント→ 雨: 高低 (頭高アクセント) 飴: 低高 (平板アクセント)
京阪式アクセント→雨: 低高 (平板アクセント) 飴: 低高 (平板アクセント)
らしいですよ。