第5話 入学式と鬼ごっこ
「姫様、起きるお時間ですよ?」
「あと、2時間~」
あの悲劇から立ち直り、1年の月日が立った。私は15歳になり、今は第二王子との繋がりを利用して彼の妹君の専属メイドとして王宮で働いているが、姫様と私は同い年で今年から魔法学園に通うことになっている。そして、今日は入学式当日である。
そんなある種の記念日にも例に漏れず姫様はお寝坊さんだ。
姫様は第二王子レオル(以後レオル)や他の王族と同様の太陽を彷彿させるような煌めく金糸の髪に雪の如く白い肌と美形ばかりのエルフ並に整った華の顔《かんばせ》を持ち、プロポーションも同年代では追随を許さぬレベルである。
そして、チャームポイントは脳天から生える太めのアホ毛だ。
薄ら目を開き、私を見る大変愛らしい姫様に、私も最上級の笑顔を向けて一言、
「ぶっこ抜きますよ♪」
「ひぃっ、ごめんなさい!!」
跳ね起きる姫様の頭をじっくりと撫でながら、びくびくと小刻みに可愛く震える自分の主に性別を超えた何かを感じる今日この頃、しかし残念なことに大事な入学式に遅れる等という失態を犯すわけにもいかない。スキル高速の着せ替えLv,Maxを駆使し姫様を学園の制服に着替えさせ、私自身が現地に赴き厳選してきた茶葉で紅茶を入れる。
姫様の脳は私の紅茶を飲んで漸く本格的な活動を開始するので、面倒なことこの上ないが、手間を惜しむのは優秀なメイドとは言えない。私は自身の仕事に妥協しないのだ。姫様は、朝あまりお食事を多く摂らない方なので、軽い目に作った野菜を具の主体とするサンドイッチを手早く作り、姫様がお食事中の間に自分の準備を整える。尤も、制服は着ずにメイド服で通す。なので、必要な準備物は筆記用具くらいだ。サンドイッチを食べる姫様が妹のように思えて仕方がない。食べる様は小動物が木の実を少しずつ齧って行くようで、非常に微笑ましさを感じる。例えるなら子リス。
ちなみに学園の制服はローブなのでローブの下は何かを着ようが自由であり、武器の携帯も合法的に認知されている危険地帯なためかローブ自体にそれなりの防刃と防魔の機能が付加され、また魔法学園と銘打っているが、実体は魔法以外にも剣術に重点を置く剣術科など複数の学科が存在している。姫様は遺憾ながら身体能力に難がある故に魔法科専攻となるが、本人は剣術に並々ならぬご興味がお有りの様だ。
従者の私は姫様に付き従い、魔法科を専攻することになるのだが正直なところ、私は空間魔法と付加魔法以外の属性だとギリギリ中級レベルの魔法を行使可能か不可能かの瀬戸際と言える。
今から弱音を吐いていては、何も始まらないので、姫様の父である現帝王という名の親馬鹿野郎に挨拶をしに行き、
「お父様、お早う御座います」
満面の笑みで挨拶をする姫様を余所に私は軽い会釈に留める。この場合、帝王より位が低い者の従者が帝王相手に挨拶するのは不敬に当たるのだ。
現帝王ゲルズ・ディエス・エルカルト。身体の線は細いが鋼の様な筋肉を幾重にも重ねたような肉体を持ち、その身が振るう大剣は一振りで地割れを起こせ、巻き起こる衝撃波は敵を薙ぎ払う、そんな感じに有名で周辺諸国に戦鬼と恐れられる一騎当千の実力もさることながら、政治的手腕も非常に上手い。ここ数年で国内に巣食っていた悪徳貴族・・いわゆる膿を一気に除去し、下級貴族を重要職につけるなど思い切ったことをできる決断力を兼ね備え、打ち出す政策は貴族と民の両方に益をもたらすものだ。
歴代でも屈指の賢君と名高い。また、魔王復活の噂が流れてから精力的に情報を集めている。軍備の強化も並行して進め、ドラゴンの鱗などの優秀な武具の材料となるドロップは効果で買い取り良質な武具を兵士に供給している。私も随分と稼がせてもらった。
そんな帝王だが娘には甘い。王子達には厳しいが姫様には激甘である。
今日も今日とて姫様に挨拶され大変ご満悦なご様子だ。
「私、学園で頑張ってくるからね」
「無理しないように頑張るんだぞ~」
うむ、気持ち悪い。あの帝王がにこやかな笑顔でこのセリフを吐くとは。
しかし、打って変わって私を視界に収めた瞬間に人が変わり、まるで娘と一日中いられるなんて小娘のくせに生意気だと言っているかのように私を睨みつける。私を雇ったのは、レオルで従者にすると決定したのは、何を隠そう姫様であるからして、文句は姫様に行ってもらわねば困る。いわば、逆恨みされている感じなのだ。尤も、そんな視線など痛くも痒くもない。メイドのスルースキル及び忍耐力を舐めてないでもらいたい。
「貴様はちゃんと守れよ」
「メイドに護衛を任せる陛下の考えがまず理解し難いですが、他でもない姫様のためなので、給金分はしっかりと働かせて頂きます」
ちなみに日給は50,000ダラス。Aランクの冒険者を雇うなら5倍は払ってほしいのだが、
私及び友人の情報屋が徹底して身元の隠蔽をしたので、現在の私はCランクの女冒険者ラアシェである。レオルは当然、本名を知っているが私の詳細な情報は知らない。
鑑定系統のスキルはお得意の空間魔法で様々な細工を施して無効化してる。故に情報屋の友人も知らないはずだ。まあ、名前は本名を知られても困らないが、ともかく自身と姫様の荷物を提げ、行き違うメイドや兵士に逐一挨拶をしながら、城門を通過して王都の南端部にあるエルカルト魔法学園に向かう。いわゆる初登校なわけだが、感慨が湧くこともない。ここ3年ほどで見飽きるくらい通った大通りや裏路地にある穴場の武器屋、目新しい物なんてありはしない。
魔法学園の中に入ったこともある。確か下着泥棒を捕縛する依頼の時だったはずだ。
尤も、姫様は私と対象的に城下の風景が新鮮な様で目をキラキラさせている。
この小動物チックな主は本当に可愛い、もう国宝だと思う。ちなみに姫様がローブの下に纏っている服は実のところ文句無しに国宝級の装備品である白魔女の衣服だ。白魔女のとんがり帽子、白魔女のドレス、白魔女のランジェリー、白魔女のハイソックスなどで構成される白魔女シリーズという呼称が一般的で現在、これを作成可能な人物は大陸中でも両手の指で数えられる程度の人数しか居ない。姫様が着用中の白魔女シリーズは全品私がオーダーメイドで縫い上げたものである。材質はSランクの天狼の体毛を1本1本丁寧に処理して紡いだ糸。その材質だけで強力な防御力と防水防刃防魔防熱とかなりの高性能であり、完璧に作られた白魔女シリーズには自動的に治癒魔法の効果上昇と防御障壁自動展開、周辺の空間に対する浄化機能が付加される。さらに私の得意とするもう1つの魔法である付加魔法で体温調節と魔力回復速度上昇、所有者認識の効果を付加した。このシリーズ全品で100,000,000ダラスは下らない。何故なら先に上げた効果は装備の1つ1つにあり、その効果が相乗するのだから実際には超高性能と言っても差し支えないものとなっていた。本人には自分が身に着けてる服がそんなに高価だと伝えてない。万が一、盗難にあっても所有者認識の効果で自動的に手元へ戻ってくる。所有者認識の効果に限っては私が空間魔法と付加魔法が得意だからできる芸当だ。
あちこちに目移りしながら前を歩く主に少し苦笑いしながら、友人の情報屋の部下がちらほらと観察してくるのに辟易していた。あんまり顔出してないから、拗ねたかなと友人の状態を想像して見るが、思い浮かばなかった。そういえば、友人も同じ年だった気がする。
それは完璧なフラグであったとだけ記して置く。
「シェアラ!!」
私と姫様が魔法学園の正門を潜った瞬間に掛けられた言葉だ。
思わず頭を抱える私に無邪気な姫様は「シェアラって誰でしょう」と言って、口元に手を当て小首を傾げる。うむ、可愛い。けど、それは問題ではない。
キュッと腰に捻りを加えつつ体勢を低く落とし、電光石火の勢いで友人ミリエの鳩尾に拳を抉り込ませた。着弾時にグリッとするのが威力増大のポイントだ。
身体をくの字に折り曲げ、崩れ落ちるミリエ。
「姫様、実は私の本名はラァシェではなくシェアラなのです。今まで黙っていたことをお詫びします」
「別に気にしないよ。でも、どうして今言うの?」
「学園にはシェアラで入学の届け出を提出しているので、遅かれ早かれ結局は知られてしまうでしょうから」
「私が殴られた理由は何なの?」
「ノリですね」
「ノリなんだ。切れがあって良かったよ」
「お褒めに預かり光栄です」
「ノリで致死級の一撃を腹部の一番弱い部分に叩きこまれた私の気持ちを誰か分かってほしいし、こんなの凄く理不尽なの!」
激昂する語尾に、なの及びのがつくミリエさんはご立腹の様だがこちらも可愛い。
ミリエさんは猫人族《ワーキャット》でチャームポイントは本場の猫耳と嬉しいとき無意識に揺れる尻尾。特に尻尾は神経が集中しており、敏感なため取り扱いには注意されたし、注意されたし・・・重要事項なので2回繰り返した。
波長がばっちり合致したのか自己紹介の後、姫様とミリエは初対面とは思えぬ仲良さを私に見せつけた。2人の可愛い女の子が戯れるなんて可愛すぎる光景だと思う。
別にそっちの趣味はないが、観賞する分に問題なくとても良い感じだ。
この学園の規模は無駄に広い王宮以上で使用面積は王都にある施設中随一。
演習場やコロシアム風の競技場(?)もあり、他にも充実した修学環境が整えてある。
特に教師陣はその大半がB+以上のギルドランクを保有する優秀者で、今は前線を退いているが実力は一片たりとも錆びついていない猛者集団だ。
しかも、殊更剣術科、製作科、弓科担当の教師は採集更新時のギルドランクS+と大陸でも屈指の実力者ばかりで異名を持っている。製作科の教師は鍛冶に特化し、つくり出される武具は剣1本とっても確実に10,000,000ダラス超えの上等な高級品で教師陣の中で年収は一番多いんじゃないかなと噂されている。私達が談笑しつつ目指しているのは入学式の会場である講堂で学園内の建築物のうちでも中々大きい部類に入る。
場所も分かり易く迷う事無く辿り着くのは至極容易いはずなのだが、如何せん姫様及びミリエは可愛いので、群がって来る輩も言わずもがな大量だ。話しかける勇気はない様だが、
周囲を囲まれ進行速度が随分とゆったりしたものになっている。時間には一応余裕を持って来たが、下手をすると入学式に遅刻した生徒なんて言う不名誉極まりない称号を賜ることになる。それは何が何でも避けたい。悪循環はそれだけでなく、少将自制心が薄れかけの者も出始めている。げに恐ろしきは2人の可愛さということか。
(注,シェアラは自分の容姿を棚上げしています)
事態が勃発したのは講堂が目前に迫って来た頃だ。相変わらず亀の様なのっそりした進行速度で講堂を目指し歩いていた私達だったが、ついに我慢の限界が訪れたらしく奇声を上げて、可愛い2人に襲撃を掛けようと生徒が周囲から一斉に接近してきた。
ご丁寧に拘束系の魔法を詠唱してる生徒までいる。可愛い者に害を成すとは嘆かわしい限りだ。指をパチンと響き鳴らす。生じた僅か過ぎる空気の振動、衝撃をスキル衝撃波で増幅に増幅を重ね、周囲に撒き散らした。須く2人には影響を出さぬ繊細な操作を敢行及び成功済みだ。そうでもないと今頃、2人は愚かな生徒同様に無様な姿を晒している。巻き起こる衝撃波に弾き飛ばされた生徒は皆一様に理解不能とばかりに自らが倒れ伏している現状に目を白黒させていた。その無様としか形容できない体勢の生徒を眺め、人知らず愉悦に浸る。同時に身体の奥底からエネルギーが噴き上がるが、精神力でもって抑制した。ゾクゾクと背筋を突き抜ける悦楽に打ち震える身体を必死に落ち着け、恍惚に染まり切った表情を引き締める。駄目だ、病の進みが速過ぎる。そう、私は1年間でとある不治の病を患っていた。その病を患った者を一般的にサディストと呼称する。性的な加虐嗜好、他者を虐げ悦楽に浸る人間に私はなっていた。原因は言うまでもなく、生来の気質と固有スキルサディストの所為だ。寧ろ後者が原因の8割である。Sの効果は自身が対象に与えたダメージに比例して一定時間の身体能力の上昇と持続的な悦楽及び快楽の享受だ。サディストの現在Lvは500で身体能力の上昇値はダメージ(攻撃による対象のHP,削減値)×50(比例定数)という感じになっている。ある意味、強力過ぎるスキルだが同時に享受する悦楽、快楽の強さも尋常ではない。強固に精神力と自分を保たなければ、どこにと定言はしないものの行きそうになる。
「シェアラ、大丈夫なの?今のシェアラの顔、凄く赤いし、色っぽいの」
私の身長は167cm、ミリエは148cmくらいのミニマムボディーで可愛い。
その子が今のセリフを上目遣いで少し恥じらう様に顔を赤らめて言う。全くもって遺憾ながら加虐心が限度をぶっちぎりで刺激されたわけでして、メイド服の膝に掛かる部分が汚れるのも構わず膝をついて、湧き上がる衝動に耐えました。
心配の色を濃くした表情の2人を待たせるわけにはいかず、気力と精神力を著しく消費して衝動を治め、「何でもないです」一言伝え、邪魔者がいなくなった講堂への道を足早に歩んだ。入学式開始の数分前に到着し、用意された席に座る。殆どの生徒が前寄りの席に座り、入口付近は割と空席が多く、3人並んで席に着いた。
入学式は予定時間に予定通り開会し、開式の辞を生徒会役員が述べ、粛々と式は進行していく。しかし、生徒会長の美形男が出現した瞬間に入学生、在学生区別なく絶叫という名の黄色い悲鳴を喉奥より張り上げた。男子生徒が憎んで止まない種類の人物のはずなのに、男子の大半は負の感情を抱いていない様だ。人望故なのか実力故なのか、その両方か。
尤も、私は拘るつもりもない。正直、勝手にやってほしい。
「あの御仁、中々なの。職業3つ全部が4次職で平均Lv,500、しかも悪魔族なの」
ミリエが手放しに褒めるのは珍しいが、確かに感嘆すべきだ。さすが学園の生徒会長を任されているだけのことはある。さらに悪魔族とは、かなり珍しい。
世界には人間、獣人、エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、フェアリー、天使、悪魔、竜人、
魔族などの多種多様な種族がいて、特に獣人は種類が多い。ミリエは猫だが、犬や狼の獣人もいる。そんな種族の中で天使族や悪魔族はあまり表というか人間の国には出て来ない。まあ、本来はダークエルフも自国に籠っている種族なのだが境遇はそれぞれだ、大陸中一番多いのは言うまでもなく人間で他の種族は基本的に自分達の国を創り、そこで暮らす者が多いが、昨今は外に出る者も増えたらしい。生徒会長殿もそんな中の1人か別の理由なのか、結局のところ私には関係のない話だ。どうやら、この入学式はその一切を生徒会が取り仕切り、教員は干渉しない様だ。学園長の話くらいはあったが、些細なものだ。
「ところでミリエ、あの生徒会長は私ほどではないですが自身のステータスを偽っている様ですよ」
「分かるの?」
「まあ、あれが4次職3つのLv,500程度の存在ではないと雰囲気や立ち振る舞いでそこはかとなく推測できます。それこそ、剣術科の【剣聖】や弓科の【流星の射手】くらいの化物ですね。名前はなんでしたか?」
「ロレイ・ディーシェン・・人の名前はちゃんと聞くべきなの」
要注意人物だ。強い上に圧倒的なカリスマ性、如何にも腹黒超絶人外美形、それがロレイという生徒会長であると私は断言できる。あの甘い笑みは罠だ。
詰まる所、くれぐれも姫様とミリエを生徒会長及び生徒会に近付かせないよう注意しなくてはならない。ミリエは王都の裏情報を牛耳る情報屋集団の首領だ。荒事もなれてる。
けれど、生徒会長は色々と汚しそうだ。しかも姫様はまさに純粋無垢の体現者故に生徒会長を筆頭とする生徒会の様な手合いには近付けさせてはいけない。その点は生徒会長を見る目は疑り深いものだからミリエも分かっているようだ。まあ、姫様は万が一にも生徒会長には惚れないので、そこは気を張る必要はないか。姫様は現宰相閣下の息子と相思相愛なのだ。とにかく、私もあれには近付かないでいようと決心した。入学式は着々と進行し、やがて終了。しかし、この後は新入生約250名歓迎行事がある。内容は生徒会及び選抜された在校生計30名と新入生全員による鬼ごっこだ。逃げ切った新入生には賞金10,000,000ダラスが人数に合わせて配当される。生き残り0の場合、賞金は来年に繰越らしい。この歓迎行事は10年ほど前から始まり、賞金の予算は毎年1,000,000ダラス下りるそうだ。この10年間は生き残り0でずっと繰り越してきた、つまりそういうことになる。ルールは単純で新入生の勝利条件は気絶せず、捕まらずに規定時間まで逃げ切るか在校生を制圧するかの2つだ。正確には制圧し続ける。端的に言えば気絶させればいいのだ。尤も、在校生に欠員が出れば人数分、新たに投入される。現在時刻は午前11時で鬼ごっこの開始は正午、終了は1時半だ。昼食にブラックラビットの肉に塩胡椒を少し振って炙ったものをレタスと一緒にパンへ挟んだ簡易サンドイッチを食べる。姫様は豪快に齧り付いていた。
ブラックラビットは食用の魔物と言っても過言ではない非常に美味な肉をドロップする。
1kg当たり5,000ダラスと中々高く取引されている。
鬼ごっこ開始時はとにかく学園の敷地内に居れば問題ないため、空間魔法で私と姫様とみミリエの気配を少し弄り、学園全体が見回せそうな学園で最も高い建築物であり学園の象徴でもある魔鐘塔の最上階で待機する。姫様もミリエも才能はあるが、どちらかと言うと特化型だ。姫様は四大属性(火、水、風、土)の中級魔法は危なげなく使え上級も幾つか使える優秀な魔法使いだが、才能の比重は治癒に大きく偏り、通常の魔法は使えるが効果が普通を下回るものになる。ミリエは情報収集など隠密行動や気配の把握、魔法は風属性特化だ。詰まる所、2人とも後方支援向きなわけで今回の様な鬼ごっこは少し分が悪い。
ミリエは近接戦闘もできるが、護身術程度でやはり後方支援に適性がある。
まあ、逃げ回るより籠城作戦の方が効率的なのだ。それに姫様はあまり体力がない。
魔鐘塔の内部は吹き抜けで塔の壁に添って螺旋階段が最上部まで続いている。
最上部からは学園全体が見回せた。最上部で待機すること数十分、魔鐘が響かせる音が正午を告げる。私が事前に耳を防御させなかったら耳がイカれる音量だった。
「姫様とミリエは昇ってきたり、登ってきたりする敵を妨害するか叩き落としてください。
安否は気遣う必要性は無いので、手加減無用です。あと、魔法攻撃の防御も可能ならお願いします。迎撃及び対象の意識刈り取りは私がしますので」
鳩尾に一撃入れる、それで十二分に意識を狩り取れるはずだ。魔力物質化で30個、拳大の球をつくり、対象を在校生に絞る。スキル身体強化で身体能力を底上げし、これまた強化系及び攻撃系のスキル闘気で腕から肩を重点的に強化する。そして、捻りをつけて球を投げ放つ。これで投擲も併用する人は正真正銘の鬼畜だが私はそれにはカテゴリーしない。年上は少しくらい敬うのだ。空気を切り裂く勢いの剛速球を先輩にぶつける後輩は、果たして先輩を敬っているのか非常に謎だが、私なりの敬い方と思ってほしい。
・・・その頃のとあるモブキャラ的な在校生side
次々と仲間がやられていく。突如飛来した視認不可能及び回避不可能な球体がどんどん被害者を増やしていく。あれ、絶対折れてるよな?当たる度に人間から聞こえてくる音では絶対ないボギンッとかバキンとか絶対折れてるよな?ピクピクと痙攣して泡を吹く友人達に俺は何もしてやれなかった。中級防御魔法を幾重にも張り巡らした防御網を容易に貫通する球体に俺達は圧倒されていたのだ。ついには俺以外、この場で立つ者はいなくなった。まるでお前の番だとでも言いたげに仲間を葬って来た(死んでませんよ)球体が周辺をゴロゴロと転がる。瞬間、魔鐘塔の最上部がきらりと光ったのと俺の腹部に球体がめり込んだのは同時だった。異常事態に駆け付けてきた生徒会役員に激しい嘔吐感と薄れて行く意識の中で最後の力を振り絞り、告げる。
「敵は、魔鐘塔の最上部だ。みんなの、かたき・・を」
Side out
30分が経過した。脱落者は100名を超え、私の撃墜総数は20人だ。さすがに生徒会長の展開した防御魔法の保護下にある生徒会には球は届かず、選抜在校生の方を着実に減らしていく。しかし、厄介な事に一撃で仕留め損ねた在校生が生徒会役員に私達の居場所を告げ口したようで生徒会長が現在こっちを凝視している。今は球体を小石ぐらいに変えて一投で大量に投げるようにした。数発を他の在校生へ回して、大半を生徒会長の足止めに利用する。あれは、危険過ぎる。獲者を発見した時の狩人・・否、暗殺者の顔をしているのだ。絶対にあれを野に放してはいけない。幸い、魔鐘塔に接近する生徒もおらず、今は姫様とミリエにも攻撃に参加してもらっている。
今はまだいいが残り30分を切れば、やつはあの暗殺者は絶対に動き出す。
それまでに生徒会役員だけでも数を減らしておきたいのだ。
仕方ない、鬼畜仕様でいく。私は愛用の大鎌を槍(材質は大半が私の感情の凝縮体なので形状変化もお手のもの)にして、表面にどっぷりと魔力を付着させる。
「ミリエ、足場をつくってください」
風魔法で空気を凝縮させ、足場とする。私は疾風迅雷とダッシュを数瞬だけ発動し、前方方向へ加速し勢いを生み出す。その勢いを余すことなく槍に伝え、スキル投擲込みで投げ放った。気がきくミリエが槍に風魔法で螺旋回転をつけたのはご愛敬だ。
これはさすがの生徒会長も防ぎ切れず、槍は防御魔法内に侵入した。その瞬間に私は唯一では無いものの空間魔法以外で行使可能な上級威力の魔法を発動する。
「爆ぜよ、エクスプロージョン!!」
槍を中心に巻き起こる爆発で生徒会役員は吹き飛ばされる。それらに迷わず球を投げつけて意識を狩り取り、飛来する炎の槍の群を姫様とミリエの防御魔法が防ぐ。あれ自体は火属性の下級魔法に該当するファイアランスなのだが、姫様とミリエの展開した上級防御魔法を1発1発が揺るがす威力なのは生徒会長の企画外さを十分に表している。
物理的に、いや魔法的に上級が下級に押し負けそうになるのは異常だ。
魔力物質化で直径1mの球をつくり、スキル投擲込みの全力投球をした。
一応、一般には視認不可能な速度であるからして、避けられるならまだしも粉砕されるとは思いもよらず(しかも、頭突きで)、しっかり1秒間硬直してしまった。
非常識ここに極まれり、とはよく言ったものだと思う。
呆然とする姫様とミリアより速く我に返った私は2人を小脇に抱えて、スキルバックステップで急速な後退運動を可能にし、落下途中に魔鐘塔の壁を蹴り飛ばして、遁走する。
硬直した一瞬で大分、生徒会長に距離を詰められた。あれに至近距離で来られたら正直、相手にとって王手だ。私達にとっては詰みなる。
のっけから疾風迅雷及びダッシュを全力稼働でひた走る。もはやステータスとスキルの併用もあり音速の数倍で出ているはずなのに、何あれ怖い。
音速域に達して生じる衝撃波を全て相殺しながら、凄い笑顔で追走して来る超絶人外美形なんてどんなホラー!?魔力物質化で踏めば絶対転ぶ表面超つるつるの球体+踏めば確実に靴底を貫通し足裏を襲う撒菱《まきびし》をばら撒く。
生き残っていた生徒及び捕獲に徹する善良な在校生さん達にも被害が出るが、気にしていられる状況でもなかった。タイムリミットまで残り20分を切る。ひたすら走るが体力がきつい。大量のファイアボールで足止めを試みるも防ぐ必要もないとばかりに走るだけで生じる衝撃波に掻き消される。このままではジリ貧、勝負に出るしかなかった。