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コーヒーパーラー『ライフ』

コーヒーパーラー『ライフ』

作者: あんたのわたし

『大掃除』『背後の爆発に振り返る』という要素を盛り込んで話を作りました。

 ここは、室町アヴェニューにある少しさびれたコーヒーパーラー、『ライフ』である。


 大晦日の昼下がり、少しくたびれたマスターを前に、カウンターには、髪を染め、特徴的なヘアスタイルにした一人の客がを突っ伏している。年末の大掃除業務で、あちこちのビルを回り疲れ果てているのである。


 この客は、名前を大沢毅つよしという。平安クリーンスタッフというロゴが入った作業着上とそろいの作業ズボンを着ている。


 ところで、平安クリーンスタッフというのは、ビル清掃業者である。平安クリーンスタッフは、コーヒーパーラー『ライフ』からこの道路を隔てて筋向かいの位置にある。


 毅は、頑強な体躯の男である。年は、そろそろ若者とは呼べなくなるくらいの年である。平安クリーンスタッフの仲間からは、バンドマンのつよしと覚えられている。正確には毅は、パンクロッカーであるが、バンドマンと呼ばれて、十分に満足している。


『面倒を見てやってほしい』そういう風に、先代社長であり、現社長の実の親である、会長が頼まれて、毅はこの会社で世話になっているのだ。性格はというと、毅はどこまでも熱くどこまでもマイペースな男である。それは、この手の夢を追う若者にありがちの性格である。


「社長さんよ! 社員は、これだけ頑張っているんだからさ。もっと、ボーナスくれよ。俺に社長やらせてみろよ。こんなしけたボーナスで社員を泣かせるようなことはしないぜ」


 毅は、カウンターに突っ伏したまま、寝言を言った。




 それを見て、マスターがほほえんだ。


 そして、マスターは、平安クリーンスタッフの社長、塚本瑛太の謹厳実直な顔を思い浮かべた。


 平安クリーンスタッフの社長、塚本瑛太は、始終むっつり、黙りの男である。


 名前が、有名俳優と同じなので、社員は『瑛太』と呼び捨てにしている。しかし、塚本瑛太は、芸能人とは似ても似つかない存在である。


 背は、小柄で、甲高い声が特徴である。彼は、普段は黙々と仕事をするタイプで、自分から動いてみせるタイプである。そして、髪はボサボサで作業服のツナギを始終着ている。長靴も、あてがわれたゴム長靴である。


 現場に現れるときには、すでにツナギを着ている。だから、従業員は、彼の私服姿を見たことがあるものは、あまりいない。


 会社の正式の場では、洗練されない服で現れることもあるというが。


 瑛太が、遊びに連れて行ってやるというので、喜ぶものはいない。すくなくとも、社員の中にはいない。一緒に行ってもあまり良いことはないのである。意味もなく、脈絡もない回り方で、デパートの売り場を回るのにつきあわされ、吉野家の牛丼を奢ってもらえるくらいである。


 そういうことで、瑛太はずいぶんと金を貯め込んでいると、うわさが立っている。こういううわさが立つのは、瑛太は、社員からの人望はあまりないからだ。


 瑛太は、家業を自分から進んで継いでいた。彼は、自分の仕事をある意味愛していた。仕事の得意先には、ほんとうに熱心に頭を下げた、そして、それがいやというような様子は、微塵も見られなかった。そんな時の瑛太は、この世の中で一番アホに見えるという。


 この社長、塚本瑛太の低姿勢というのは、社員やアルバイトに対して発揮された。


 ということで、会社の内外、どちらの立場の人間にとっても、社長、瑛太に英雄的、熱血漢的資質はなかなか見いだせなかった。



 しかしながら、会社には、指導的な役割をになう人物が必要なわけで、それが社長でなかったら、代わりにその役割をになう人物が登場することになる。



 たとえば、そんなことでは、見てはいられないので、「そんなことでは、この仕事上手くやっていけませんよ」


 回りのアルバイトのおばさんが口を出す。なかでも、古参の女子事務員、若松春子先代の代からこの会社に勤めているので、まったく、瑛太に対して遠慮がない。それくらいしないと、瑛太は埒があかない、先代社長の考えでもあった。


 社長、瑛太が、コーヒーパーラー『ライフ』でホンワカとした気持ちでたまに息抜きしていてたりすると、社長夫人の強権が発動され、大柄の高見沢治美が社長を迎えに来て、有無を言わさずに瑛太を連れ去って行った。


 社長夫人や、古参の女子事務員、若松春子も、仕事さえ社員がこなせば、社員に対して、自由を認めていた。だから;


 たとえば、たまに、平安クリーンスタッフから、それは、高見沢治美がセリフを繰り返し練習しているのが聞こえることがある。それは、悲鳴であったり、言い争いの声であったり、勝利の宣言だったりする。高見沢治美の声は、通りを越えてコーヒーパーラー『ライフ』にまで、届くことがある。時折、マスターも高見沢治美の演技で、物騒な気持ちにもなる。


 というのも、次のような台詞だったりするからだ。



 女を怪しげなビルに連れ込む中年男


 女「社長さんゆるして、ほんと、こんどだけは」


 だんだんと、色っぽさが出てくる。


 社長「ゆるさんぞ。こんなチャンス二度とないからな!」

(もちろん、社長の役も一人二役で高見沢が演じている)



 占い師「不気味な風が吹いてきた。

 真冬なのに、妙に生暖かく、生くさい。

 これは、血のにおいですね」



 ところで、コーヒーパーラー『ライフ』のマスターはここまで、いろいろと平安クリーンスタッフの社員の考えているうちに、大事な人物を一人だけ抜かしていたことに気づいた。しかも、マスターはその男からの電話を朝からずーっと待っていたのだった。その男は、堀米安二郎という男で、社長は『堀米さん』とよび、マスターと先代社長は『ヤス』と呼んでいた。


 ところで、バンドマン毅は、堀米ヤスのことが苦手であった。つまり、バンドマン毅が密かに恐れているというか、一目置いているようすだ。堀米ヤスは、年はいっているが筋骨隆々の男である。堀米ヤスは、会社には滅多に現れない。しかし、堀米ヤスには、きちんとした給料が払われているらしい。堀米ヤスは、この会社と、因縁というか訳ありの関係という話だ。また、堀米ヤスは、重い病気を抱えているという話もある。


堀米ヤスさん、勘弁してくれよ」と、バンドマン毅が寝言を言った。


 コーヒーパーラー『ライフ』のマスターは、堀米ヤスのことを考えていたドンピシャリのタイミングだったので、その偶然に、思わず口元が少し緩んだ。


 ゆっくりとバンドマン毅の頭が動き出した。そして、きょとんとしていた。手を後頭部あたりにあてがい、そこらあたりが痛い。そんなそぶりをして見せた。

 バンドマンは、薄目を開けた。


 バンドマン毅の前には、マスターがいた、このマスターに、バンドマン毅は、反応した。


 バンドマン毅はの目は大きく見開いた。


「オオオッ!」


「えっ?」

 バンドマン毅の大声に、マスターは思わず身構えた。


「地獄に落ちたかと思ったぜ」


 バンドマン毅は目が覚めると、すぐに、憎まれ口全開である。


「マスターの先祖は死神か?」


「……」


「よく見れば、いつもの殺風景な、小汚い喫茶店か」


「……」


「この店、暗いなあ。こんなに寂れてしまうのなんでかなぁ。なじみの客には、ツケで提供している。しかも、一杯二百円である。しかし、そういう努力にかかわらず、繁盛はしない。美人のねぇちゃんおかんから、こんなしみったれた商売しなくてはならなくなると、陰口たたくものもいる」


 バンドマン毅は、続けた。


「それでも、このみせがもてとるのは、マスターの耳が少し遠くていろんなことを安心して話せる。マスターの口が固くて、いろんなことを安心して話せる。ほんとは、聞こえてるかもしれんが、きこえんふりが上手なだけかもしれん。とにかく、大事な話を、安心して話せる環境ちゅうもんがここにはある。だから、俺たちは、この店にしがみついているが、いつ俺たちに裏切られるかもしれないよ。……。違う、いやちがう! 俺が言いたかったことはそんなことではなかった」



 バンドマン毅の「言いたいことはそんなことではなかった」という言葉に、マスターはどきりとした。


 マスターには、バンドマン毅がなにを言いたいのか、注意して聞いた。というのも、マスターには、ちょっと、後ろめたいことがあったからである。ちょっとしたことだが、マスターは、気が気ではなかった。


 実は、今月の請求額を過剰に、出してしまっていたようなのである。それが、バンドマン毅の分だったかもしれない。マスターはそういう風に心配していた。


 そこで、マスターはおそるおそる自分から、バンドマン毅に切り出してみた。


「代金のことじゃねぇーよ! だいたい、ここの勘定は、一切合切が会社のツケだろうが! 俺は、金払っているなんて夢にも思ってないぜ」


 バンドマン毅のおつむには、何かが閃いた。


「そうだ、夢かよ」


 バンドマン毅は言うが、マスターは、ほほえを浮かべているだけである。マスターは、特別な反応はしない。心配事がなくなったマスターは、すでにいつもの沈着冷静さを取り戻していた。


「ずいぶんと寝ちゃっただろう」と、バンドマン毅は、自問するようにつぶやいた。


「俺が、夢の中で振り向くと、それは、でかい土管ドカンがあって、そこで、一万円札を拾ったんだよ。そのせいで、人に追いかけられることになってな。別に、俺は猫ばばしようとしたわけじゃないんだけどよ」


 バンドマン毅は、ポケットから一万円札を取り出した。


「これだ! これだ!! 俺が、夢の中でたたんだ一万円札」


「……」


「これは、まずいなぁ。あいつ、俺を追いかけにやってくるぞ。しかし、どうしてこんなことに?」


「そうだ、思い出したぞ! 後ろをふりむいたんや。そこには、土管ドカンがあったんや。そして、土管ドカンの中には、几帳面に折りたたんだ一万円札。俺を追ってきたのは、あの土管ドカンをねぐらにしていた男だ。やけに強くて、さすがの俺も全然歯が立たなかった」


 バンドマン毅は、自分が見た夢についてさらに語った。



 そこに、コーヒーパーラー『ライフ』の扉が開き、巨漢の高見沢治美が入ってきた。

「おまえ何のようだ?」


 バンドマン毅が高見沢治美に言った。


「私で、悪かった? 呼んでいるっていうから、来たのに! 忙しかったのに」


「なんのようやったかな?」


 バンドマン毅は、しばらくぽかんとしていた。


「忘れたの。年末の大掃除業務!」


「俺の現場も、大変だからなぁ。毎年、毎年、年末になると、いらつくわ、そう、思い出したよ。旅館『渓流館』のことだな。しかし、それがどうしたかは思い出せない」


「旅館『渓流館』で大掃除と来たら、あの開かずの間の話ですか? あそこの部屋は、一年に一度、年末に大掃除をするんですよね」


「そう、俺も何度かやったが、あそこの部屋を掃除していると、後ろかな何かの気配を感じるんだ。不気味でしょうがない。気配を感じるんだよ。そして、とても背後が気になる。振り向きたくなってしまうのさ。振り向くと……」


「ことしの大掃除の時にも、用事で、部屋を離れて、相方を一人にしたんですよ。少しの間なら大丈夫だと思ったんですけどね。用事を済ませて、その開かずの間に戻ってみると、相方は掃除をしているんですよ。それはいいとして、驚いたことに、相方の後ろには、見知らぬ影がたっていて、相方を見下ろすように観察しているんです。それから、その影は相方の後を追って、前から、後ろから、すぐまじかによってきていたんです。しかし、相方は、その影の存在に全く気づかない様子なんですよね」


「心配だなぁ。いつも、俺は、君たちのことを心配しているんだよ」


「うそ!」


「うそじゃないぞ、俺は、会社の潤滑油みたいな存在で、いつも、こうやってみんなのことを考えているんだ」


「毅さん、行っていることが意味不明。実際、あなたは反対のことをやっているってうわさだよ」


「うわさって何だよ」


「会社の人間を呼び出しては、会社に関する愚痴というか、悪口を言いふらしているそうじゃなの。感じ悪い」


「いや、俺はみんなにアドバイスできたらと、ただ、そんな思いでいるのさ。この会社は、長いから、いろんな現場回っているだろう。みんなの苦労はよくわかるんだ」


「年越しそばで喧嘩したって?」


「おまえたち、いったい何で……知っているんだ」


「年越しそばのエビ天でけちるんじゃないとか、言ってたそうね。養殖ものとか冷凍ものは体が受け付けないとも言ってたみたいね。毅さん、あなた私の愚痴を聞いて、そして、なにか会社の悪口を吹き込もうと私を呼んだのね」


「それから……」バンドマン毅は、高見沢治美の言うことが聞こえていないかのようにつぶやいていた。


「それから、……」

 と、少しびびった様子でマスターは話を進めるように促した。


「それから、なんだっけ、考えていたことを忘れてしまった」

 と、バンドマン毅。


「だって、ネズミのことで頭がいっぱいだったからな」


 バンドマン毅は、話を続けた。


「今年は、寂しい年の瀬というわけだよ。俺の現場で、ヌシのような、巨大なネズミの死体が、見つかったのであるからね。しかもミイラ状態で……。それは、いかにも俺たちが手抜きの仕事をしていると、誤解を受けてしまいそうな出来事なんだよ。それで、僕は、君らに関わっていられないから、とにかく年末は忙しくてね。俺は、最後の仕上げが残っている。だから、そろそろ失礼するよ」


 なぜか、バンドマン毅は、ため息をついて見せた。


「こんな忙しさの中でも、気をつけてないと、ふと気づくと、誰かが僕の背を狙っているなんてことがよくあるものだ。たいていは、君らのような恩知らず連中だけどね。それが、今よくわかったというものさ。さようなら」



 毅は、しっぽを巻いてコーヒーパーラー『ライフ』から逃げ去るようにも見えた。



 *   *



 この日、コーヒーパーラー『ライフ』は、営業はとっくに終わったのに、明かりがともっていた。


 深夜、三人が、感慨深げにコーヒーを飲んでいる。社長、塚本瑛太と堀米ヤスが、会社で年越しソバを食った後、コーヒーパーラー『ライフ』を訪れていたのだ。


 三人で、重要なことについて、あるいは、重苦しい話題について話し込んでいたらしい。そして、一段落ついて、三人は一息入れることにした。コーヒーパーラー『ライフ』のマスターは、社長、塚本瑛太と堀米ヤスのためにコーヒーをれた。


 堀米ヤスが、重苦しい空気を変えようと、バンドマン毅に託された一万円札の話題を持ち出した。



「それは、毅君が置いていった一万円札ですね」


「毅が、これを持ち主に返してやってほしいと言って、置いていった」


「夢の中でホームレスから手に入れたものだと、信じているみたいでしたね。これは、返せるようなものでしょうか。それとも堀米ヤスさんは、毅の夢の中の人物に心当たりでもあるんですか」


 マスターは、堀米ヤスに聞いた。


「さあね。どおなんでしょうかね」堀米ヤスは、意味ありげにほほえんで見せた。


 マスターは、この話はそれ以上掘り下げず、社長、塚本瑛太に水を向けた。


「そうだ。忘れていた。ところで、年越しソバ。どうなりました。毅くんは、むくれていたでしょうね。年越しソバの天ぷらの話なんですが……」




「それが、そうでもないんですね。毅君は、養殖もの、冷凍物のエビ天でしたけど、二杯完食しました。その二杯には、さらに、さらに天かすを大盛りのせてありました。そうでないと、エビ天喰った気がしないらしいです……」


「ほっ」


 社長、瑛太は、そこまで言うと、何かの音を聞きつけたらしく、耳をそばだてた。


「おぉ」


 堀米もその音を聞き当てたらしい。


 マスターは、社長と堀米の予想を超えた動きに、不安になった。いつものカウンターの後ろではなく、テーブルにいたことが、彼の不安を煽ったようだ。そして、社長と堀米とが向けた視線の先にあるものを確かめようと、振り向いた。


 そこには、なにもない。窓にかかるカーテンが見えただけだった。マスターはおびえた表情を浮かべた。そして、マスターにもその音はかすかに聞こえた。


「ゴーン」


「振り向いたら、ドカンとやられる予感でもしたのかな、マスターは……」

 と、堀米は言った。


「振り返ればドカンではなく、ゴーンと除夜の鐘が鳴りましたとさ」


 社長もとぼけて見せた。





 了





はじめ、『店の名はライフ』にしようとおもいましたが、それは、やりすぎだろうと自粛しました。

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