朝
午前四時三十分。武は目を覚まし、妹の部屋へと向かった。
「起きろ、恵」
「うん」
恵は答え、二人揃ってダイニングに降りた。武は、恵にコップを四つテーブルに出すように指示した。自身は朝食を作る準備に取り掛かった。武が、振り返り恵を見やると、恵は父のコップを見つめていた。武は恵の心中を悟った。
【思えば、父はいつも仕事をしていた。僕とも恵とも遊んではくれなかった。そんなだったから、小さい頃は本当に父が嫌いだった】
十分後、二人の母が降りてきた。母は驚き、二人に言った。
「何故こんな早い時間に起きているの? 普段なら寝ているはずなのに」
「朝食を作っているんだよ。今朝はお父さんと朝食を食べる。ほら、お父さんって毎日朝早く出掛けちゃうから一緒に食べられないし、帰ってくるのも随分遅いから夕食も一緒に食べた事ないでしょ? だから、今朝は一緒に食べようと思って」
武の答えを聞いて、母は喜んだ。
「お父さん、きっと喜ぶわ。お父さん、六時に家を出る予定だから、そろそろ起きてくると思うよ。さぁ、朝食の準備をしましょう」
その頃、父は目覚め、武の部屋にと向かっていた。父はベッドに武がいないことに少し驚き、当初の予定通り武の机に手紙を置いて、彼を探すように一階へと降りていった。
父がダイニングに降りた時、家族全員がテーブルについていた。父は三人に言った。
「信じられん。どうしたんだ?」
「おはよう、お父さん」
武と恵が声を揃えて言った。
「武と恵があなたのために朝食を作ったのよ」
母が説明すると、父は声を上げて喜んだ。
「ありがとう、こんな素晴らしい朝は無いよ」
四人は朝食を食べながら、団欒の時を過ごした。初めての家族揃っての朝食に、全員が幸せを感じていた。同時に心の中の悲しみは徐々に大きくなっていった。
朝食を食べ終わった後、父は言った。
「あぁ、そろそろ時間だ。素晴らしい時間をありがとう、武、恵」
その声に母が答えた。
「じゃあ、お母さんと恵、お父さんを空港まで送ってくるから。武、ちゃんと学校に行くのよ」
武が三人を玄関先まで見送ると、父は言った。
「武、じゃあお父さん行くよ。お前の事、一時も忘れないからな」
「僕もだよ」
武が独り言のように呟き、父は車へと乗り込んだ。走り去って行く車を、ドアにもたれ掛かりながら、もう一度「僕もだよ」と呟いた。やがて、車が見えなくなった。
武が自分の部屋に戻ると、机の上に見知らぬ手紙が置いてあった。武は静かにそれを手に取り、読んだ。
《親愛なる武へ、私が空港に向かった後にこれを読んで欲しい。
長い間、君に会えないとことを思うととても辛い。いつも君達二人に負担を掛けてしまって本当にすまない。許してくれとはいわないが、どうか理解して欲しい。これから私は海外に行って、君達の為に必死に働く。そういえば、来月、お前は十五歳になるな。あとで、私の部屋に行ってみなさい。
父より》
武が父の部屋に向かうと、彼のずっと欲しかったロードバイクが部屋の隅にあった。武は目に涙をためながら喜び、ロードバイクに手を掛けた。
父の机には、家族写真が飾られていた。