第四章 ~過剰少女はかく語る~
「――ねぇ、知美?」
「何?」
「あたしは着せ替え人形じゃないよ?」
「まあ良いじゃない。じゃ、次はこれね」
そう言って、知美が渡して来たのは、囚人服と手錠。
もう何度目になるか分からないため息をつき、あたしはいそいそと着替えた。
お茶会を終えたあたし達は、知美の自室にいる。
いや、正確には連行された、という方が正しい。
お茶会が終わった後、沙耶さんと鶴来さんは、あたしが改心する気になった事を祝うための準備をしている。個人的にはその手伝いをしたかったのだけど、
『これはメイドの仕事です。一実様はお嬢様とゆっくりしていてください』
と、沙耶さんに言われてしまった。
それでも手伝おうとしたけど、頼み込もうとした際、知美に手を引かれ、ずるずると知美の部屋まで連行されてしまった次第だ。
で、あたしは知美の着せ替え人形として、色んな服を着せられている。本人は『衣装合わせよ』と言っているけど、あれは絶対に楽しんでいる。だって、自分オンリーの満面な笑顔。しかも、注意しないと涎が滝の様に流れるやつだ。というか、流れている。本人は気付いていない様子。指摘するべきか悩む。注意してあげるべきなのだろうけど、こういう興奮し切った相手にそういう無粋な突っ込みをすると、何をされるか分からない。しかし、注意しないととてもお嬢様らしからぬ、欲望全開な顔をしている知美を延々と見続ける事になる。
しかしながら、あたしは後者を選んだ。その理由は単純明快。平気で親友に拘束プレイをして来る人が、非常に良い気分になっているところへ、そんな無粋な突っ込みをすれば、何をされるか想像するのも怖いからだ。
それを味わうくらいなら、大人しく着せ替え人形にされる方をあたしは選ぶ。
「――うん。可愛い女の子に手錠はやっぱり似合うわね」
満足そうで何よりだが、親友として突っ込むところは突っ込もう。
「……知美、発想が危ないよ?」
「平気。一実にしか強要しないから」
「あたしの意思は全力全開で無視?」
「嫌なの?」
そう言った知美は、とても悲しそうな顔をしていた。
何と言うか、ズルイ。
あれが百パーセント演技なのは分かっているけど、それでもあの顔はズルイ。あんな捨てられた子犬か子猫の様な顔をされては断れない。少なくとも、あたしはそんな顔でお願いされて『いいえ』と言える人間ではない。
「……嫌じゃないけど」
「――そう。それなら良かったわ。――というわけで、次はこれね」
すっきりした顔で言いながら、次に渡されたのは修道服。
切り替えの早さにもそうだが、チョイスにあたしは心底呆れた。
「……知美、囚人服から修道服のチョイスは如何な物かと?」
「平気よ。一実は特定の宗派に所属しているわけではないし、悔い改めた修道女、という響きって何だか萌えるじゃない?」
「萌えって、本来は植物に対して使う言葉だよ?」
「あら? 植物ルックがお好み? 一実って結構過激なのね」
見事に曲解して、知美は箪笥を探り、葉っぱビキニを取り出した。
「……何であるの?」
「揃えたからに決まっているじゃない」
「そうじゃなくて、何でそういうマニアックな物があるのかな、と」
「一実は何でも似合うからね」
理由になっていない、と突っ込んだらきっと負けなのだろう。
「――あたし、彼氏が彼女の買い物にうんざりする理由が分かったよ」
多分、洋服屋で着せ替え人形にされる彼氏なら、あたしの今の気持ちには全力で共感してもらえると思う。着せては次、着せては次の繰り返しは、精神的にかなり来る物がある。あたしの被害妄想じゃなければの話だけど。
「そういう男は、総じて懐が狭くて浅いわね、絶対」
「全力全開で楽しんでいる側の主張だね」
「愛で乗り切れるでしょう?」
「相手を配慮する、という考えは?」
「だったら、はっきり言えば良いのよ。そろそろ帰らないかとか、そろそろ次に行こうぜとか。よって、優柔不断な相手が悪いわ」
何かもう、何を言ってもダメな気がして来ましたよ、あたし。
同時に、あたしはそんな知美を見て、ある事を固く決意した。
「あたし、彼氏出来たら買い物は短くするって今決めた」
と、その時、上機嫌で衣服を選んでいた知美の動きが止まった。次に着せるつもりだったのか、くのいちが着ていそうな忍び装束が床に落ちた。
「――一実、今何て言ったの?」
そう言った知美は、尋常じゃないくらい殺気立っていた。
「ど、どうしたの、知美?」
「……私、何か変かしら?」
絶対に変だ、とは口が避けても言えない。だって、目が笑ってないし、紡がれる言葉は極めて無機質。人って、ここまで無感情で言葉を発せられるんだね。
「そんな事より、さっき何て言ったの? もう一回言ってくれないかしら?」
「え? えーっと、彼氏が出来たら――」
「ダメよ」
とてつもなく鋭い否定だった。触れられたのなら確実に肌が裂けただろう。
「ダメ、と言ったのよ。聞こえなかった?」
「……えーっと、何で?」
「何でって、一実は姓こそ違うけど、形式的には天道家の人間なのよ? そういう家柄の子供が、何処の馬の骨とも分からない人と交際出来るわけ無いでしょ? ちなみに私が彼氏を作っていないのもそういう理由よ」
「何処の馬の骨って……、じゃあ調べれば済む話では?」
「クリアしなければいけない関門はそれだけじゃないわ。その人が天道家に不利益をもたらさないか、その人が天道家を悪い方向へ導かないか、その人が天道家を悪用し様しないか――そういった厳正なる関門をクリアして、初めて私達は交際する事が許されるのよ。で――ここからは心の問題。そんな相手と付き合いたい異性はいると思う?」
「うーん……」
あたしは男性になりきって考えてみた。
色々とシミュレートして見て、あたしは一つの結論を導き出した。
「愛が勝れば何とかなると思うよ?」
「そうかしら? 私達の場合、立場上普通の恋愛なんて許されないし、結婚を想定するとさっき挙げた関門を相手には突破してもらわなければならない。それは相手を心身共に非常に疲れさせる事よ。私だったら、好きな人に初めから疲れる事をさせたくないわ」
「だから、知美は誰とも付き合わないの?」
知美は何時勧誘されてもおかしくないほど美人さんだけど、よくよく考えてみれば、特定の誰かと付き合っていた、という話をまるで聞かない。同時に、お高く留まっている、という話も聞かない。それは、そういう事情があるからか。
「ええ。そんな疲れる恋愛なんてしたくないからね」
「なるほど。……それにしてもあの全知さんがねー。あたし、全知さんの事だからその辺もすんなり許してくれるのかと思ってたよ」
「恋愛止まりなら良いけど、結婚となると話が違って来るのだと思うわ。――とまあ、そういうわけで、一実も恋愛するならそれなりに覚悟する事ね」
「分かった。じゃあ、あたしは恋愛しないって今決めた」
「本当に相手優先ね」
「あたしだって、疲れる事が分かっている恋愛はしたくないもん」
「辛いものね」
「うん。でもさ、何でそういう事教えてくれなかったの?」
「一実なら分かっているかな、と思って」
「あたし、読心術は流石に使えないよ?」
「知っているわ。でも、どうして教えておいて欲しかったの?」
「ん? いやさ、そういう建前があるなら、プロポーズを断り易かったなって」
「……された事あるの?」
「それなりに。皆物好きだよね?」
「一実は魅力的よ。自信を持ちなさい」
「そうかな? ありがと」
「どういたしまして。で――誰なの? 差し支えなければ教えてくれない?」
「ダメダメ。こればっかりは知美でも教えてあげないよ」
「ケチね」
「いやいや、当然でしょ?」
「まあ良いわ。教えてくれないなら調べ上げるだけだからね」
「……本気?」
そう聞けば、知美は可笑しそうに笑った。
「バカね。冗談に決まっているでしょ?」
「その割には偉く本気っぽく聞こえたよ?」
「当然じゃない。何年一実を欺いて来たと思っているのよ?」
あたしは合点した。知美の演技力はそこで磨かれていたのか。
納得するあたしに、知美は忍び装束を放って来た。
「一実、次はそれを着てね」
「……まだやるの?」
と言いつつ、あたしはいそいそと忍び装束に着替える。
「準備が終わらないみたいだからね」
「はあー、何か罪悪感」
未だに連絡が来ないという事は、沙耶さんと鶴来さんが祝宴の準備をしているのだろう。それなのに、あたし達は遊び呆けている。特別祝う事でも無いだけに、個人的にはどうしても罪悪感が顔を出して来る。
「慣れなさい。私も慣れたんだから」
知美が、次の衣装を選びながら言った。
「そうだったの?」
「ええ。私って何でも自分でしたがりだから」
「お嬢様も楽じゃないね」
「ええ。華やかだけじゃないのよ」
知美は、可笑しそうに笑いながら言った。
「と、そうだ。私からも一つだけ良い?」
それから、ふと思い出した様にそう言った。
「服ならもう幾らでも着てあげるよ?」
「はずれ。結構真面目な話よ」
そう言ったので、あたしは思考のギアを真面目な物へと切り替える。
「そっか。良いよ。答えられる事には答える」
「ありがと」
知美は服を選ぶのを止め、開けたままの箪笥に腰をかけ、咳払いした。
「ぶしつけだけど、聞かせて。一実、私と防人仁美の話を聞いて――防人一斉が亡くなっている事、貴女のクローンがいる事を知って、どう思った?」
「クローンがいる事には驚いたけど、お爺ちゃんに関しては死を悼んであげようかな、と思ったくらいだよ?」
「お、お爺ちゃん?」
ぎょっとする知美。口をパクパクして、金魚か鯉みたいだ。
「えっ……ちょっと、どういう事? 一実、正気?」
「正気って、お爺ちゃんをお爺ちゃんと呼んで何か問題でも?」
「大有りよ! あの人が貴女にした事を忘れたの!?」
知美が叫ぶのは、当然の事だ。
でも、その事に関してもあたしの中では決着がついている。
だから、あたしがやる事は静かに祖父の死を悼むくらいなのだ。
「忘れてはいないけど、まあ色々あってね」
「色々って何よ?」
驚く知美が、あたしにとっては意外だった。
「あれ? 知美、お爺ちゃんから聞いてないの?」
「聞いて――」
言いかけて、知美はハッとし、口に右手を当てた。
それから、ため息交じりに言った。
「――なるほどね。そういう事なら一応納得出来るわ」
でも、と知美は言葉を区切り、あたしを鋭い視線で見据えてくる。
「あそこまで言われて、良く平気で要られるわね?」
あたしは肩を竦めた。
「むしろあそこまで言われたからかな。それにまあ、あたしはそれを確かめるために天道家の包囲網を突破して会いに行ったわけだからね」
「呆れた。あれを突破したの?」
「あたしにかかれば、ざっとそんな物だよ」
「全く……。あれ、一流の潜入工作員を招いて作ったのよ?」
「分かってるけど、あたしだよ?」
「まあ一実だものね……」
知美は、呆れ切ったため息をついた。
それから、一転、真面目な顔になる。
「で――何を確かめに言ったの?」
「パパと同じ瞳をしていた事だよ」
知美はきょとんとした。
「それは当然でしょう? 親子なのだから」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「ふふっ、冗談よ。宿していた物がって事よね?」
「そ。あの時は目を疑ったよ。あんな事言った人がどうしてって」
「あの時って、葬儀の場よね?」
「具体的にはその帰り際だね」
「どうしてあの場で聞かなかったの?」
あたしは苦笑した。
「それは無理。あの時、あたしは自分の中にある先入観と格闘してたから」
「あの人が、一期さんと同じ物を宿していたから?」
あたしは首肯し、あの瞳を思い浮かべた。
パパと同じ物――それは自責の念。あたしに謂れ無き苦労を背負わせてしまった、というどうにもならない罪悪感。あたしさえ生まれなければ無かった物。
それをお爺ちゃん――防人一斉も宿していた。パパと同じ瞳だったから、あたしが見間違えるはずがなく、だからこそどうしようもなく疑問に思った。
そして、あたしは知った。お爺ちゃんも罪悪感を背負っていた事を。
だから、あたしはお爺ちゃんの死を静かに悼む事が出来る様になった。
「……全く、何処までもお人好しなんだから」
「それはちょっと早いね。あたし、これでもまだお爺ちゃん事許してないし」
それはそれ、これはこれ。悼む事は出来るくらいの器量はあるが、パパとママの葬儀の場で、お爺ちゃんが吐いた暴言は、絶対に許せない。ああ言いたくなるのは分かるけど、あたしはパパとママの子として、あれを許すわけにはいかない。
「一実、前言撤回」
と、不意に知美がそう言った。
あたしはきょとんとしながら尋ねる。
「お人好しじゃない事が分かったから?」
「違うわ。一つだけ聞かせての方よ」
「結構戻るね」
「ついさっき聞きたい事が出来たのよ」
「律儀な事で。で――何?」
「一実のお母さん――真実さんの事よ。事情を把握するためにお父様が調べたらしいのだけど、真実さんに関しては、何も分からなかった事が分かったくらいなのよ。だから、これを機に聞いておこうと思って。あ、話し難いなら良いから」
「別にそういうのは無いよ。話さなかったのは、聞かれなかったからだし」
「聞いたら教えてくれたの?」
あたしが首肯すると、知美は失態を悔やむ様に俯き、右手で顔を覆った。
「そんな事ならもっと早く聞いておけば良かったわ……」
「ま、ドンマイ」
「……それで? 真実さんってどんな人なの?」
ママに関しては、この一言で片付けられる。
「魔女だよ」
「魔女って、正真正銘の魔女、という意味よね?」
「そうそう。でも、白雪姫を妬んだり、誕生会に呼ばれなかったからって呪いをかけようとしたりする方の魔女じゃなくて、バトル物に出て来そうな方ね」
「一実みたいな感じかしら?」
「まあそんな感じだね」
「なるほど。……防人一斉が婚姻を認めなかったのは、そういう理由あのね」
「それは何より。まあ当然だよね。魔女と言えば、邪なイメージを持つ存在の代表格。そんな存在を破邪が好きになれるわけが無いって話だもん」
「そうね。――ん? ちょっと待って。それなら、一期さんはどうなの?」
「あ、それ? それはパパがママを魔女として見ていなかったからだよ」
「なら、どういう風に見ていたの?」
「好きな人」
あたしがそう言うと、知美はきょとんとして、呆れた様子でため息をついた。
「……単純明快で愛は強しね」
「だね。で――話を戻すけど、パパ以外はそんな単純に考えてくれなかった。パパは周囲を説得しようとしたけど、何もかもが悪い方向に向かっていたのか、パパがそういう風に振る舞う度に、お爺ちゃんや他の破邪のママへの評価は悪くなるばかりで、最終的にはパパとママの暗殺が決定されたの」
「物騒ね」
「でも、破邪――『防人』としては当然の発想だよ。破邪が邪を破るのは、人の世の平穏を守るため。それなのに邪でこそ無いかも知れないけど、危険である魔女を放置するわけにはいかない。また、それを庇い立てる破邪も然り。人道的にはどうかと思うけど、論理的にその決定は正しいからね」
「苦汁の決断と言ったところね。でも、それだけだと理由が弱い気がするわ」
「聡いね。その通り、確かに単純に『魔女』というだけだったら、お爺ちゃんや他の破邪も目くじらを立てる事は無かった。実際問題、お爺ちゃんがそう言っていたから、この辺は動かない」
「となると、真実さんは凄腕の魔女だった?」
「ご明察。お爺ちゃん曰く、本気を出すと世界に戦争吹っかけても片手間で勝てる程度らしいよ。で、そんな人が敵に回るかもしれない――そんな事になったら大変だよね? それが例え、可能性の話だったとしても」
「そこに一期さんか……確かに最凶ね。敵になったら始末に終えないわ」
「でしょ? だから、お爺ちゃん達は先手必勝を選んだ」
「……悲しい話ね」
「でも、最悪の事態は天道家の介入で避けられた」
今、あたしがこうして知美と話していられるのは、かつて結ばれるために家を出たパパとママ対お爺ちゃん率いる破邪連合の戦いに、全知さんが双方の抑止力となるべく介入してくれたおかげだ。その意味でも、あたしは天道家に恩がある。何せ、あたしは生まれていなかったからかもしれないから。
「あまり恩義に感じなくて良いわよ? お父様の事だから、どうせ何か思惑ありき決まっているもの。我が父ながら、慈善で動いた試しが無いし」
辛辣だが事実だろう言葉に、あたしは可笑しくて笑った。
「あはは、全く以ってその通りかもしれないね」
「『かも』じゃなくて確実にそうよ」
だけど、と知美は一度区切った。
「それでも恩義に感じてくれるなら、いい加減、パパって呼んであげて」
「えー……」
「露骨に嫌そうな顔しないの。嫌がっても社会的にはそうなのよ?」
「いやでもさ、全知さんってば、それを強要してくるんだよ?」
「一実にも父親として見て欲しいのよ」
知美は、クスクスと笑いながら言った。
あたしは、ジト目を知美に向ける。
「他人事だと思って……」
「一実の問題だからね」
事実を指摘され、あたしはばつが悪くなって頭を掻いた。
「まあ努力してみる」
「その意気よ」
知美がそう言った時、扉がノックされた。
ついで、沙耶さんの声が聞こえてくる。
「お嬢様、一実様、祝宴の準備が整いました」
「分かったわ。一実を着替えさせて行くから先に行っていて」
「分かりました。折角の料理が冷めてしまうのでなるべくお早めに」
そう言って、扉の外から足音聞こえ、それは少しずつ遠ざかって行く。
「一実、何が良い?」
「制服が良い。――分かってるとは思うけど、大樹学園のやつだからね」
そう指摘すると、露骨な舌打ちが聞こえてきた。その手にはセーラー服。それも水兵さんが着るタイプの方だ。
「……セーラー服なら現代風のは無いの? せめてそっちにして」
「もちろん、取り揃えているわ」
簡潔に言い、知美はセーラー服一式と紺色のカーディガンを放ってくる。あたしは忍び装束を脱ぎ、素早くセーラー服を着た。室内だったから、カーディガンは要らなかったので、腰に縛っておく。
「――なるほど。そういう着こなしもあったわね」
しみじみと呟く知美。
それを無視し、あたしは知美の部屋から出た。
その時、あたしの直感が殺気を感じ取った。
きっと、思い立ったが吉日、という事なのだろう。
あたしは、堪らずため息をついた。
文句を言っても仕方ないが、もう少し空気を呼んで欲しいところだ。
まあもっとも、古今東西、襲撃者というのは得てしてそういうものだろう。だからこそ、襲撃者、なんて呼ばれているんだろうし。
「全く、何処までも無粋な連中ね」
背後から、知美のため息交じりの声があたしの耳をついた。
「一実、数はどのくらい?」
「団体さんだね。ざっと見積もっても百は固いよ。おまけにその中に群を抜いて大きな気配がある。数は一、二、三――八人だから幹部が総出。全く、たかが少女一人殺すのに過激な事で。大人げないとはまさにこの事だよ」
「少なくとも百人、ね……。一人辺り二十五人相手にすれば終わる計算か」
知美が算出し終えた時、沙耶さんと鶴来さんが駆けつけて来た。
二人の到着してすぐ、あたしは三人に言った。
「あのさ、九十二人近く任せて良い?」
「それは、幹部七人と防人仁美を相手にする、という事よね?」
答えたのは知美だった。
「そ。ダメかな?」
「一実の返答次第ね」
「どういう事?」
「一実も頼まれたのか、という話よ」
あたしは、それだけで知美が言おうとしている事を察した。
あたしは、自分に万一の事があったら仁美さんに伝えて欲しい事がある、とお爺ちゃんに頼まれている。それを引き受ける義理は無かったが、断る理由は無かった。知美が言葉からして、天道家も同じ事と頼まれているのだろう。
あたしは、お爺ちゃんの抜け目の無さに、心底呆れてため息をついた。
「お爺ちゃんってば……、面倒頼むのは身内だけにしてよ」
「それだけ仁美さんが大切なんでしょうよ」
「……あたしにもその配慮をほんの少し分けて欲しかったよ」
「あら、妬いているの?」
「多少ね。そうしてくれていたら、もうちょっと仲良くやれたかな、と」
「無理な話ね。向こうも必死だっただろうから」
「誰も彼も強情だね。もっと周りを頼れば良いのに」
「……その台詞を一実が言うの?」
「その台詞を一実様が言いますか?」
「その台詞を一実さんが言いますか?」
三人から突っ込まれてしまった。
「三人して酷いね」
「だって……ねぇ?」
そう言って、知美は沙耶さんを見て、
「ええ。一実様ですから……ねぇ?」
沙耶さんは鶴来さんを見て、
「本当どの口が言うのやらって感じですよね?」
鶴来さんは知美を見た。
向かい風を感じたので、あたしはため息一つつき、自室に向かった。別々に暮らしているけど、天道邸にはあたしの部屋が用意されている。あたしは広くて好かないが、天道邸の部屋の方が三倍は大きい。
「一実さん、お待ちを」
と、向かおうとしたところで、鶴来さんに呼び止められた。
「何か?」
「私が取って来ますから、一実さんはここでお待ちください」
自分で行けます――と答え様としたが、そんなの聞かずに、鶴来さんはあたしの部屋へと走って行ってしまった。
「沙耶」
「心得ています」
短いやり取りを交わし、知美に命じられた沙耶さんは、知美の部屋へ。
三分ほどして、右手にアタッシュケースを携えて、沙耶さんが戻って来た。知美の前で開くと、中には二挺の自動拳銃――ベレッタM92FS。知美は礼を言って、銃を取り出し、弾倉を確認。きちんと装填されている事を確認し、両手に装備した。
「ふと思ったんだけどさ、知美って何でそれを使ってるの?」
何と無く理由は分かるけど、聞いてみた。知美――というか、天道家ならその気になれば、他の銃も入手出来ただろうから。
「何でって、一実が愛用しているからに決まっているじゃない」
「あ、そう」
「ええ、そうよ」
「お待たせしました」
知美とそんなやり取りをしたところで、鶴来さんが帰って来た。
あたし達の下に到着するや、鶴来さんはアタッシュケースを開け、一挺のベレッタM92FSを取り出し、弾倉を開いて見せてくれた。あたしが首肯すると、ホルスターへと仕舞い、そこでようやく渡してくれた。
ついで、鶴来さんは日本刀を渡してくれたのだが、その刀にあたしは驚いた。
「鶴来さん、この刀で戦えと?」
「ご不満でしたか?」
「逆です。こんな名刀、あたしには分不相応です」
そう言って、あたしは渡された刀を突き返した。
「それって名刀なの?」
静観していた知美が、ぶっきら棒に聞いてくる。
「名刀ですよ、お嬢様」
刀を受け取りつつ、鶴来さんが説明に入った。
「この刀は、刀工・虎徹が鍛え上げた一振りで、堅牢無比にして芸術品としても価値が非常に高く、その頑丈さが理由かどうかは分かりませんが、新撰組局長・近藤勇が使っていた刀です。余談になりますが、『虎徹を見たら贋作だと思え』と言われているほど贋作が出回っていますが、これは紛れも無く本物です。鑑定書もちゃんとあります」
「ふぅん……。で――そんな名刀がどうして我が家に?」
「何を言いますか。お嬢様の指示ですよ?」
「そうなの?」
鶴来さんにそう言われ、知美は黙考し始めた。
ただ待っているのも暇なので、あたしは索敵をして暇を潰す。敵の一団は、滞り無くこちらに近づいているみたいだ。
「――およ?」
索敵をしたら、それ以外に妙な気配を二つ探り当てた。
「どうしたの?」
「どうかしました?」
「どうかしたんですか?」
三人が聞いてくる。
「ちょっと待って」
あたしはそう言って、より注意深く索敵を行ってみた。あまり真剣にやると、向こうに気取られる可能性があるが、虎穴に入らなければ虎子は得られない。
「――うーん……、珍客が二人ほどいるね」
「珍客? どんな相手か分かる?」
「それより、知美の方は? 何か思い出した?」
「優先順位が違うでしょ?」
「個人的には知美の答えの方が上だよ?」
「一実、こういう時は全体を優先して」
知美は、ため息交じりに言った。
「言うから、ちゃんと教えてね?」
「時間があったらね」
なら、急ぐとしよう。
「一人はまだまだ遠いよ。この移動速度だと多分飛行機か何か。妙なのは、ここまで周囲に溶け込んでいるのに、どうしてか妙な感じがする事。ここまで出来る人が、こんな下手を打つはずが無いからね。少なくとも、あたしだったら、こんな下手は打たない。だから、これには何らかの理由があるのだと思う」
「体質的な何かか、能力にそういった制約があるのかもしれないわね」
「そうかも。そうじゃないと説明がつかない」
「なるほど。で――二人目は?」
「二人目は、あたしのクローンだよ。結構派手に飛び回っているけど、騒ぎを起こす気は無いみたい。こちらも目的は不明。ここにいる理由もね」
「一実、それは一人なのね?」
妙な言い回しだった。
「そ。でも、何で?」
「何処のバカがやっているのか知らないけど、一実のクローンは量産されていて、その子達は便宜上『白き少女達』と呼ばれているからよ」
「なるほど。しかしまあ『白き少女達』ねぇ……、やっぱり白いの?」
「飛び交っている情報をまとめると、髪から目、肌、衣服、さらには使用している得物まで全部白で統一しているそうよ。そこに意図があるのかは不明だけど」
「そっか。で――何か思い出せた?」
「虎徹を買ったのは覚えて無いわ」
「あ、そうなんだ」
「お嬢様、一実様に新撰組のコスプレをさせるために取り揃えたのです。私達しか観賞しないのだから、どうせならこだわろう、と。ちなみに、表向きの理由は、一期様のご子息である一実様に使ってもらうため、という目的です」
あたしのそんな心境を読んだのか、沙耶さんが説明してくれた。
すると、知美は合点したのか、手をポンと叩いた。
「あー、そう言えばそんな事もあったわね」
その反応に、あたしは叫ばずにはいられなかった。
「そんな事って! そりゃ無いよ、知美! 名刀に失礼だよ!」
「失礼じゃないわ。一実には相応だもの」
「パパならまだしも、あたしには分相応だよ!」
「私は十分だと思うわ。二人はどう?」
「私も問題無いと思います」
「以下同文でーす」
「実力的な問題ではなく、精神的な事を言っているの!」
「まあまあ。そんな事より、行くのでしょう?」
「……このっ」
悪態一つつき、あたしは玄関へと向かった。
「ちゃんと帰って来るのよ?」
「ご武運を」
「グッドラックです!」
知美は苦笑交じりに、沙耶さんは相変わらずの事務的に、鶴来さんは相変わらずメイドらしからぬ明るさで、あたしを激励してくれた。
あたしはサムズアップを返し、天道邸を後にした。