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第三章 ~日陰にて隠者達は躍る

 引き戸を開けると、集まってもらった者達は対談を止め、私に注目した。

 視線を浴びつつ、私は上座へと座り、一同を見渡す。

 参列者は、七つある分家の当主達だ。いずれも私より強者であり、幾つもの視線を潜り抜け、その都度帰還して来た猛者である。

 目を伏せ、一度深呼吸してから、私は緊張感漂う大気を振わせる。

「――皆様、今日はお集まり頂き、恐悦至極にございます。さて、大凡の察しがついている人もいるかと存じ上げますが、今回この様な場を設けたのは、私が天道邸へ赴き、そこで得た情報の公開、それを聞いた上で今後の方針を仰ぎたく思った次第でございます。若輩者の身勝手をお許しください」

 告げた瞬間、集会場はどよめいた。感嘆する者、歓喜する者、呆れる者と各々で反応は違う。されど、ここに集まった者の思いは、ある一人を除いて同じだ。

「皆様、お静かにお願いします」

 一声を投じ、私はどよめく集会場に静寂させる。

 完全に静まった事を確認してから、私はまず前置きを口にした。

「本題に入る前に前置きを。これから私が話す事は、何ら嘘偽り無い事を我が命にて保障します。その上で、皆様の意見をお聞かせ頂きたく思います」

 私の言葉に、一同は首肯した。

 そして、私は天道知美の話を皆に伝えた。自分の言葉にはしたが、脚色はしない。ただし、私が姪の一実のクローンと接触したかどうか、という部分は伏せた。その部分を伏せなければ、私の地位が危ぶまれる。目的を成就させるまで、この地位は後にどれだけ罵倒され様とも留まっておきたい。

「――報告はこれで以上です」

 私はそう言って、沈黙し、誰かが口を開くのを待った。

 その間、どう転がっても私の目的が成就出来る様に脳内で問答を想定し、それを幾度も、幾度も思い描き、一つずつ付け入る隙の無い様に構築していく。

「――模倣品、か」

 誰かの呟きで、私は思考を中断した。

 一人の呟きを機に、集まった老若男女は口々に言い始めた。

「にわかに信じ難いですね」

「だが、一期の娘と魔女の娘なら商品価値は確かにあろう」

「そうね。それにそういう理由なら、天道家は何としても一斉様の死を公表するわけにはいかなかった、というのも納得が行くわ」

「全くだ。それに現実問題、確かに『白き少女達』なる同じ外見特徴を持つ少女達は実在し、いずれも悪行非道を行っている」

「しかも、その中には子飼いにされている者もいると聞きます。それにより裏の界隈の優劣は、件の少女達をどれだけ確保しているかによって決まります」

「不幸中の幸いは、表立って投入出来ない事ですね。もっとも、そのせいで裏の界隈では数多の人物が廃業している様ですけど」

「しかし、気持ちも分かる。まだ若く、その癖腕は一流。しかも愛玩動物の様に従順で、大抵の事に卒が無い。仮にこなせずとも、切り捨てればそれで済む話。何処の酔狂が行ったのかは知らんが、真に酔狂なのは量産出来るなら、と容易く切り捨てられる人間なのかもしれんな」

「いや、本当に恐ろしいのは、やはり一実ですよ。何処まで言ったところで、模倣品は所詮模倣品。現実問題、今回の襲撃も報告によれば手も足も出なかった、と聞いています。我々の様な超一流で無いにしろ、今回向かわせたのは、いずれも一流。しかも慢心も油断も無かった」

「そんな一実が私達に牙を向く……楽しくならない事だけでは確かね」

「しかし、そういう事態になりますかね?」

「私もそう思う。奴は一期の娘だ。四年前ならいざ知らず、これだけの事をしても、攻勢に転じないところからして、大丈夫ではないか?」

「楽観視は止めましょう。確かに四年、されど四年よ。確かに攻勢に転じていないけど、それはイコール一斉様への殺意が無くなっているわけではないわ」

「そうですね。それに四年前の時点で、一実は一斉様を後退させるほどに完成されていました。その腕はこちらや『白き少女達』に苦汁を舐めさせられた者達の襲撃により、四年前よりも研磨されているでしょう」

 どうやら、私の思考は無駄な徒労だった様だ。

 この分では、私が何もしなくとも、私が望む結果となりそうだ。

 しかし、念には念を押しておくとしよう。

「――方針は決まった様な物ですね」

 私が一声投じると、一同は隣の者と顔を見合わせ、いずれも首肯した。

「では、決まりですね」

 私は一拍おいて、方針を宣言する。

「――今宵、防人一実を破ります」


 防人仁美が準備をするために引いた後、七人の当主はその場に残っていた。

「――どうやら、仁美さんは僕達を全く疑っていないようだな」

 日輪家当主が静寂を破った。その口元には苦笑が浮かんでいる。

 月下家当主が答えた。

「――当然だ。仁美は初めからこちらにいたわけではなく、それに怒りを晴らす事が出来ると油断が生まれているからな」

「問題は、仁美が一実に届いているかどうか、だろう?」

 火燐家当主が、憂いを帯びて呟く。

「流石に平気でしょう。私達が事を終えるくらいまでくらいは」

 その呟きに、水連家当主が嘲笑交じりで反応した。

「楽観視は良くありません」

 それを木阿弥家当主がいさめ、

「そうです。だからこそ、少しでも確実性を高める必要があります」

 それを金柑家当主が補強し、

「だからこそ、火燐は疑問視しているのだろう?」

 さらに土砂家が自他共に言い聞かせる様に言った。

 途端、いや、自然と言うべきか。沈黙が集会場へと訪れる。

 室内の空気は、先ほどよりもより張り詰めた物へと研ぎ澄まされていく。

 そこにあるのは、皆の胸中にあるのは悲壮なる正義。

 破邪であるが故の生きた楔。

「――降りる者は降りろ。これはそれだけの事だからな」

 静寂を破ったのは、日輪家当主の最後通牒。

 その言葉に、皆は一度目を伏せ、それから首肯した。

 それを見て、日輪家当主は静かに宣言した。

「その覚悟に感謝する」

 その言葉に、皆はもう一度首肯した。


 俺のプライベート用にしている携帯が鳴った。

 誰からだ、とディスプレイを見て、俺は首を傾げた。

 この番号を知っている者は、身内と信用出来る奴くらいしか知らない。それにも関わらず、表示されている番号に見覚えは無かった。

 間違い電話かもしれなかったので、ひとまず無視し、俺は事務処理に戻る。七回コールが鳴ったところで、向こうから切られた。

 勘は当たったのか、俺は携帯を意識の外から外した。

 それから一分ほどして、またプライベート用の携帯が着信を告げてくる。ディスプレイを確認すれば、先ほどと同じ番号だった。

 俺はまた無視を決め込み、仕事に集中した。最初こそ耳障りだったが、すぐに着信は気にならなくなる。そうして、また七回鳴って、電話は切れた。

 やはり間違い電話だったのだろう、そう思った矢先、今度は全く感覚を置かずに携帯が着信を告げた。

 番号は、三度同じだった。

 三度目の正直にあやかり、俺は通話ボタンを押し、開口一番にこう言った。

「お前は何処の誰だ?」

『私だ、と言えば分かるか?』

 聞こえてきた声に、俺は久方振りにかなり驚いた。

 電話の相手は、古い友人だった。俺の記憶が正しければ、三度電話をかけて来たのは、何でも屋『ホープメイカー』の店主であるダアト=セラフィーだ。

 しかし、間違っていたら失礼なので、俺は一応確認を取った。

「ダアトか?」

『忘却されていない様で一安心だ』

 この物言いは、記憶に残るダアトそのものだった。

 懐かしさのあまり、俺は事務処理を中断し、電話に集中する。

「久しいな。元気でやっているか?」

『変わらないな。そちらは結構派手にやっているな。活躍は聞いている』

「そういうお前は? 未だに何でも屋か?」

『無論だ。辞める気は無いからな』

「相変わらず歪み無いな」

『そういうお前もな。世界の支配者にでもなるつもりか?』

「人聞きが悪いぜ? 俺は少しでも住み易くなる様にしているだけだぜ?」

『その傲慢さも相変わらずだな』

「愛が重いと言ってくれ」

『そうやって要求する辺りが甚だ傲慢だ』

「何でも良いだろ? 俺はこう見えて善意に満ち溢れているぜ?」

『知っているか? 善意の押し売りは、悪意と何ら大差無い事を』

「知っているが、悪意より救いがあるだろう? 思惑はどうあれ、良い方向に進んで行く様に取り組んでいるんだからよ」

『だからこそ、お前は性質が悪い』

「安心しろよ。俺は俺を助けてくれる奴には寛容だからな」

『知っている。だからこそ、私はこうして電話している次第だ』

 意味深な言葉に、俺は眉根を寄せた。

「何の話だ?」

『自分が依頼した事も忘れたか?』

 言われて、俺はしばし黙考する。

 世話役を用意する事は終わっているし、忙殺されている俺に代わって娘を危険から回避するための盾を用意してもらった事も終わっている。

 しばらく考えても答えは出なかったので、俺は降参した。

「済まん。忘れた」

『そんな事だと思った。――報告がある』

「何の?」

『防人が動くぞ』

 その一言で、俺はダアトが何を言わんとしているか、大凡の見当がついた。同時に、頼んでいた事も思い出す。調べ物が得意だから、防人家に何らかの動きがあれば報告してもらえる様に頼んでおいた事を。

『それに関して、お前が助けた鶴から一つ頼まれた』

 俺はその事に少なからず驚いた。

「お前とあいつの間に繋がりがあったのか」

『今更の確認だな』

「初耳だから当たり前だろうが」

『聞いてくれれば答えたぞ?』

「全く……、少しは融通利かせてくれよ」

 俺がため息交じりに言うと、ダアトは苦笑した。

『そこはまからんよ。だが、知りたければ聞け』

 そんな事は言われずとも知っている。だからこそ、疑問に思う事がある。

「それなのに、どうしてお前は、あいつがお前に何かを頼んだ事を俺に教える? 俺はその事についてまだ聞いてすらいないぜ?」

『それは、鶴からのお願いが翁の出方に関係してくるからだ』

「――ふむ。じゃあ、単刀直入に聞く。あいつはお前に何を頼んだ?」

『戦力という名の保険だ。それも超一流の中の超一流』

 内心のみで俺は呻いた。

 俺の懐刀は、触れれば切れる様に鋭い。が、所詮は一本。複数同時の現象には、流石に対処し切れない。やってやれない事は無いだろうが、それは俺の要望から外れており、それを俺もあいつも良しとしない。

『良かったじゃないか。おかげで鶴は恩返し出来る』

「不安視しているのだから、起きない方が良いに決まっているだろうが」

『だが、恩を返せない、というのも中々に苦痛だぞ?』

「あいつには現在進行形で恩返しをされているぜ?」

『本人は足りないのだろう』

「……全く、あいつは何事も過剰過ぎるぜ」

『後悔は先に立たないから後悔と言う』

「あいつをこっちの都合で生かした事を言っているのか?」

『然り。現実問題、その事で不満不平を一度でも聞いた事があるか? まあもっとも、言える立場ではないか。お前が助けなければ、鶴は死んでいたし、そもそも生まれてくる事すらなかっただろうからな』

 ダアトが言っている事は本当だ。

 本当だからこそ、俺は言い訳をしない。

 そんな事をして、自己満足に浸る趣味は無い。

「……何事もバランスだな」

『全くだ。――まあそういうわけで、こちらでよろしくやるが、構わないか?』

「ああ。悪い様になら無い様に頼むわ」

『了解した。そちらも悪い様にならない様に頼む』

 その発言は気にかかったが、ダアトに任せれば悪い様にはならないだろう。何せ、依頼達成率九割を誇る何でも屋だ。俺は何でも自分でやらないと気が済まない性質だからあまり頼らないが、こういう時は心強い。

「了解だ。それじゃ、またいつか」

『ああ。またいつか』

 ダアトの声を聞き、俺は通話を終了させ、仕事に戻った。


 その日も俺はいつもの様に仕事をこなしていた。

 その最中、突然電話が鳴った。

『私だ、と言って分かるか?』

 電話の相手は、古巣の上司だった。

「久しいな。とっくに死んだと思っていたが」

『勝手に殺してくれるな』

「悪い。それにしても本当に懐かしいな」

『全くだ。そちらは? 元気でやっているか?』

「それなりだ。気楽で良い事を気に入っている」

『お前は働き者だったからな。これからも大いに翼を休めろ』

「人を渡り鳥みたいに言うな」

『似た様な物だろう。凄腕のエージェント』

 元上司が今の俺を知っていても別に驚きは無い。

 俺の古巣は簡潔に言えば何でも屋。相応の報酬を支払うなら、依頼人の頼みを遂行する。そんな事を生業としている奴だ。むしろ知っていて然るべきだろう。俺は肌に合わなくてやめたが、奴は今も続けている様だ。

「何だ、やはり世間話だけでは無かったのか」

『いや、そっちはついでだ。私の本題はあくまでもお前の安否の確認だよ』

 まあそういう事にしておこう。

「それで?」

「てめぇ、何平然としてやがんだ、こら!」

 そう聞いた矢先、今夜俺の相手をしてくれる敵が喚いた。

 まあ普通怒るだろう。コンビニ強盗している最中にこんなふざけた男が入って来たら誰だって怒るだろう。もっともだからどうしたという話だが。

『うん? ひょっとして仕事中だったりしたか?』

「まあな」

『そうだったか。邪魔して悪かった』

「平気だ。そうだな……三分ほど待ってくれ」

 言うが早く、俺は行動に移し、俺へと銃口を向けている男へと前蹴りを放った。俺の蹴りは男の顎を捉える。蹴られた際に指が引き金を引き、弾痕が天井に刻まれ、電灯の一つが割れた。少し暗くなる中、俺は男にさらに蹴りを浴びせ、最後はホットドリンクが陳列されている棚へと突き飛ばした。

「お、お前、やりやがったな!」

 一人目を倒したところで別の男が自動拳銃――M1911を構えた。が、俺は既に動き、男の懐へと到達している。顔に二発、腹部に二発の拳を入れ、男を黙らせた。時間は……二分か。三分も要らなかったか。

 いや、これで三分だな。俺は放心している女性店員に話しかけた。

「警察へ連絡してもらえるか。この通り、携帯を使用中なのでな」

「は、はい……その、あ、ありがとうございました」

「礼には及ばん。俺の仕事だからな」

 女性店員への指示を済ませ、俺は自分の通話を再開する。

「待たせた。で、用件は?」

『一つ頼みたい事がある。引き受けてくれるか?』

「内容次第だな。昔馴染みでもまからない」

『そうか。頼みたいのはある人物の護衛だ』

「護衛、か……。お前に頼み、俺へと依頼するとは――」

 そう言った時、面倒な事が起きた。

 発生したのは水が流れる音。

 まさか――そう思った時、トイレから用を足した男が現れた。

『どうした?』

「動くな! こ、こいつがどうなっても良いのか!?」

 出て来た男は最寄りの女性を人質に取り、顔に銃を突き付ける。

『なるほど。そういう事か』

「ああ、そういう事だ」

 言いつつ、俺はその男へ向けてデザートイーグルの銃口を向ける。

「ひっ!」

「なっ……、じ、銃を捨てろ! この女がどうなっても良いのか!?」

 俺が構えるとは思っていなかったのだろう。女性は悲鳴を上げ、男はぎょっとしてそんな事を叫んだ。まあ普通はそうだろうな。俺は普通ではないが。

「撃ちたければ撃てば良い」

「えっ……」

「何……だと……」

「言っておくが俺は聖者でも警察でもない。それ故に俺がその女性を助けなければいけない、という理由は無い。……そういうわけだ、お嬢さん。不運だとは思うが、悪いのはそいつだ。恨まないでくれよ」

「は、薄情者! さっきの調子みたくやっつけちゃってよ!」

「可能な限りはそうするが、生憎と出来そうにない。再度言うが諦めてくれ」

「て、てめぇ、ふざけやがって!」

 男には良心があったのか、俺の言動に腹が立ったのか。男は女から狙いを外し、俺へと銃口を向けてくる。

 ありがとう。お前の良心に賭けて良かったよ。

 その瞬間、俺は引き金を引いた。マズルフラッシュと銃声の後、弾丸は男の右肩へと吸い込まれ、男の右肩を貫いた。撃たれた男はよろめき、クールドリンクを棚から零しながら滑る様に座り込んだ。

 その時、遠くからサイレンが聞こえて来た。

 さて、電話に戻るとしよう。

「あ、貴方、どうして……?」

 と、人質にされていた女性が聞いて来た。

「貴女は幸運だっただけだ。俺がどうというわけじゃない」

 おざなりに答え、俺は踵を返しつつ、電話に戻った。

「で――ダアト、確か護衛の依頼だったか。それにしてもお前に依頼し、お前が俺を指名するとは……相手はとんだ特別待遇だな。何者だ?」

 ダアト=セラフィー。それが依頼遂行率九割八分を誇る何でも屋『ホープメイカー』の店主の名だ。久しぶりだったから思い出すまでに時間がかかった。

『名は防人一実。日本に住む女学生だ』

 学生の護衛とはまた妙な。しかも日本。あの国の治安は良い部類に入る。少なくとも学生が護衛を必要とする理由なんて想像も出来ない。

「そのカズミ=サキモリという人物は何者だ? 何故護衛を必要とする?」

『それは送ったメールに添付されている画像を見てもらえば分かる』

 そう言って、電話は切れた。ついで、メールが受信されてくる。

 それは画像が添付されただけのメールだった。携帯を操作し、画像を開く。

「なっ……」

 それを見て、俺は足を止め、驚きのあまり声を上げてしまった。

 画像は黒髪黒眼の東洋系少女のバストアップ画像だ。恐らくこの少女が『カズミ=サキモリ』なる人物なのだろう。年齢は判断し辛い。大人びていると言えば大人びているのだが、子供としてのあどけなさも残っている。それにしても暗い顔をする少女だ。一応笑っているのだが、演技である事が丸分かりである。何某かの暗い背景があるのだろうか。

 もっとも、俺が驚いたのは彼女の表情ではない。

「……まさかこの少女がオリジナルなのか?」

 俺は、この少女と瓜二つの少女と会った事があった。

 通称――『白き少女達』。

 卓越された戦闘技能にて、暗殺、要人警護、果ては戦争まで行う少女達。

 そんな少女達の素性ははっきりしておらず、それ故に様々な憶測が裏社会では飛び交っている。そういう事を目的とされて倫理的問題を無視して量産された子供。自らの手を汚したくない者が作り上げた殺戮人形、と様々だ。

 知りたくも無かった事だが、裏社会で知っているとそういう事も否応無しに耳に入ってくる。個人的には言語道断な話だが、だからと言ってそれを何とかしようと思う気概は特に無い。関われば、胸糞悪い思いをするのは必至。で、得られる者は自己満足の達成感のみ。割に合わない。触らぬ神に祟り無し、だ。

 そんな少女達に、写真の中の少女は瓜二つだった。

 だから、オリジナルだ、と思った。

 それに伴い、カズミ=サキモリに護衛が必要なのも合点がいった。

『白き少女達』のオリジナルであるが故に、敵が多いのだろう。

 と、そこまで考えたところで、電話が鳴った。

『画像は見てくれたか?』

 俺は歩き出しながら尋ねた。

「この少女がオリジナルなのか?」

『そんな返答をして来るという事は、やはりそうだったのか。――やれやれ、当たって欲しくない推測など幾らでもして来たが、今日ほどそう思った事は無い』

「どういう事だ?」

『私は彼女達の素顔を知らない』

 そういう事か。ダアトの役割は仲介だからな、知らなくても無理は無い。

「ところで、この子は『防人』と関係があるのか?」

「彼女は『防人』と何らかの関係性があるのか?」

 そういう者達がいる。勇者になる資格を先天的に持っている者達だ。そういう者達は大勢いるが、その中でも行動を起こす者を俺達はそう呼んでいる。

『流石に聡いな。ならば、大凡の見当が付くな?』

「ああ」

『防人』はあくまでも可能性に過ぎないが、いずれもそれを成す才能を有している。要は力、或いは武器と一緒だ。故に悪用しようと考える輩がいたのだろう。

「――それはそれとして、何故護衛が必要なのだ?」

 彼女が強者であるのは、見なくとも分かる。だからこそ、疑問だった。

『ああ。不要だとも』

 言い切ったダアトは、だが、と一度区切ってから続けた。

『この世には万一がある。その万一が依頼人は恐いそうだ』

「……過保護だな」

『それは無理も無い事なのだ』

 そう言ったダアトの声は、憂いを帯びていた。

『何せ依頼人によれば、防人一実は自分が勝ち続ける事で負の連鎖を停滞させているからな。それが意味するとことは分かるだろう』

 俺は絶句した。

 確かにそうすれば殺されたから殺すという悪循環は彼女の場所で終わる。誰が相手だろうと、何が相手だろうと、自分が悪い事で無くとも。

 普通はそんなお人好しな事考えず、悪循環に加わるだろう。

 だが、彼女が持たされた力は、それを可能とするのだろう。

 それ故に、彼女は決めたのだろう。そんな悲しい事はここで止める、と。

 お人好しもここまで来ると戦慄を覚える。

「……そういう事情があるなら、護衛は逆に不味いと思うのだが?」

 彼女は進んでそういう事を行っている。それにダアトや俺がでしゃばることは彼女にとっては迷惑以外の何物でもない。

『偶然を装えば問題は無いし、何より一人は寂しく、辛いだろう?』

「……つまりは、しがないエージェントにヒーローの真似事をしろ、という事か。……何処の誰かは知らないが、依頼人は相当なロマンチストだな」

 あまりにも清々しくて反論する気も起きない。

 大方、依頼人からそういう感じの事を依頼されているのだろう。でなければ、こんな珍妙な依頼は絶対に二つと無い。少なくとも、今の情勢では確実に。

 だがしかし、悲しくも俺の答えは決まっている。

 これを聞く前なら断ったが、残念な事に俺は超絶なお人好しに興味が湧いた。

 だから、俺は話を進める。

「ダアト、引き受けても良いが、問題が一つある」

『聞こう。何かな?』

 返って来たのは、愉快そうな笑み交じりの肯定と質問。

 こちらが受ける事を分かっていた口振りだが、努めて無視して話を進める。

「護衛対象は何処にいる?」

『日本は栃木県の飛鳥市だ』

「飛鳥市だと?」

 その場所は、俺の友人が拠を構えている場所だ。

『どうした?』

「……何でも無い。それじゃ、またな」

 商談が住んだところで、俺は拠点に到着した。これ以上話していると、何を言われるか分からないので、相手の挨拶は聞かずに通話を終了する。

 出立の準備をしながら、俺は偶然の一致を考えた。

 これから起こる事と友人がいる場所の合致。

 普通なら偶然の一致で片付けるところだが、生憎とそこに拠を構えている奴が呆れるくらいぶっ飛んだ奴なので、邪推せずにはいられない。

 何にせよ、面倒に巻き込まれたのは確実だ。ダアトだけではなく、あいつにも関連性があり、『白き少女達』も絡んでいる。十中八九面倒な事になる。

 後悔先に立たず。護衛対象に興味を持ってしまった自分が悲しい。

「……まあ、仕方ないか」

 呟きと共に重い空気を吐き出し、準備を完了させ、俺は友人に電話をかけた。

 ワンコールが鳴り終わるより早く、声が聞こえて来る。

『久しいな、アンジュ』

「久しいな、全知」

 相手の名は天道全知。こんな軽いノリだが、これでも世界的に有名な天道グループの総帥である。一代にして財閥を築き上げ、富豪の仲間入りを果たした超人だ。もっとも俺からすれば何処にでもいそうな子煩悩親父だが。

『お前今、物凄く失礼な事考えたな?』

「そう思うなら少しは直せ。お前の子煩悩さは今や世界中が知っている」

『はっ、親が子を愛して何かまずい事でもあるのか?』

「程度の問題、という事だ」

 話もそこそこに、俺は本題へと移る。

「ところで、何時だったか愛娘を見に来いとほざいていただろう?」

『お? ようやく見に来る気になってくれたか?』

「ああ。忙しくなりそうだからその前に、と思い立った次第だ。たった今」

『今かよ!? かなり急だな?』

「当然だろう? 俺はそういう事をしているのだから」

『違いないな。そういう事なら移動手段は任せろ。お前、今何処にいる?』

「パリだ」

『了解だが、出迎えは出来そうにないから、到着した後は自力で頑張ってくれ』

「相変わらず多忙そうだな」

『了解と受け取るぜ?』

「そのつもりで言った」

『そうかよ。それじゃ、良い休暇を』

 それでやり取りを終え、俺は空港へと向かった。


 夕暮れの空の下、真っ白な女の子が、転落防止の柵に腰かけ、街道を行き交う人を興味無さそうな視線で見下ろしながら、携帯を耳に当てている。

「現地に到着したよ」

『急に済まなかったな』

「気にしないで。で――アインはここで何をすれば良いの?」

『やる事はいつもやっている事だ。ただ、今回は相手が少々多く、そして強い。まずはその事を肝に銘じておいてくれ』

「もう、パパは心配性だなー。アインはパパの娘で、お姉様の妹なんだから」

『慢心していると痛い目を見るぞ?』

「平気。これは余裕ってやつだから」

 沈黙。

 ため息。

 それから『パパ』と呼ばれている男は、声を潜めて言った。

『さて、アイン。これから驚く事を話すが、決して驚いてはいけないぞ?』

「ひょっとして、お姉様に会えるとか?」

 アイン、と自らを呼ぶ女の子がそう言うと、はぁ、と重いため息が上がる。

 一方、言った張本人は、その反応にぎょっとした。

「え? 嘘、ホント? ホントにホント? 嘘だったらパパでも殺すよ?」

『物騒だな』

「良いから答えて。どうなの?」

 それでも、男は一拍置いた。

 女の子は、ジト目になり、非難する様に言う。

「――パパ、後十秒以内に言わないと、マイクに向かってパンチするね。じゃあ、カウントするよ。十、九――」

『そう急かすな。急いては事を仕損じるぞ?』

「八七六五四三二――」

『ま、待て! ほ、本当だ。だから、マイクにパンチは止めろ』

 男が慌てて止めると、女の子は意気揚々と立ち上がり、自分以外誰もいない事を良い事に 屋上でクルクルと踊り始めた。よほど嬉しかったのか、男の呼びかけにも答える気配は一向に無い。

『――アイン』

 七度目に掴んだところで、女の子はようやく男が何か言っている事に気付いた。

『嬉しいのは分かるが、目立つ行動は控えてくれ』

「分かっているけど、アインは嬉しさ爆発中なので難しいかな」

『では、ちょっと頭が冷える事を教えよう』

 そう言われて、女の子は一転、至極真面目な顔をした。

「何?」

『実は、アインの姉がこれからピンチになるんだ』

 そう言われ、女の子はこの世の終わりを知ってしまった様な顔をした。

「ど、どどど、どういう事!? な、何でそんな事に!?」

『アインの姉は敵が多く、その内の一つが本格的に動くからだ。だから、最も近場にいたアインを援護に向かわせた、というわけだ。理解したか?』

「おおー! 偶然を演出するんだね! パパってば憎い奴!」

 感動しながら言って、女の子は真面目な顔になる。

「でもさ、パパ、アイン、お姉様の場所知らないから助けに行けないよ?」

『おっとアイン、勘違いしちゃいけない。アインが助けるのは、アインの姉ではなく、その友人だ。私の見立てが正しいなら、アインの姉の敵は、今回の事で一つ減る事になる。それを邪魔してはいけない。分かるかい?』

「分かんない。全員殺しちゃえば済む話じゃん」

『仕方ないさ。アインの姉は底抜けに優しいからね』

「はあー、お姉様は本当に優しいなー。だって、殺しに来ている相手を負かすだけなんだよね? アインには真似出来そうに無いよ」

『それがアインの姉の凄いところさ』

「だねー。アインは何時になったら、お姉様と同じ景色を見られるのかなー」

『日々精進だ』

「まあそうだね。アイン、頑張るよ」

『その意気だ』

 楽しげに言った女の子に、男も楽しげに返し、真面目になってから続ける。

『で――アイン、分かってくれたかな?』

「うん。でもさ、何処にいるのか分からないのは変わらないよ?」

『心配は不要だ。近々そこは戦場と化す。そうなった時、騒ぎの中心へ行け。そこに行けば、アインの姉の友人はいる』

「結構アバウトだね」

『そのくらい出来るだろう?』

「まあね。何たってアインは、パパの娘で、お姉様の妹だもん!」

『そうだな。では、よろしく頼む』

「OK、OK。それじゃ、またね」

『ああ。またな』

 女の子は携帯を耳から離し、端まで歩いて、眼下を見下ろした。先ほどまでとは違い、見下ろす視線は好奇心全開の子供の様にキラキラと輝いていた。

「となると、ここはお姉様が住んでいる町なんだよね?」

 女の子は、視線を眼下から周囲へ移す。近代的な町並みが目に飛び込んで来る。

 しばらく観賞して、女の子は顎に手を当て、黙考した。

 さらにしばらくして、女の子は勢い良く顔を上げて叫んだ。

「――よし! 事が起こるまで観光しよう!」

 意気揚々と言い、女の子は夜が近づく町へと繰り出した。

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