おやじのおじや
僕が幼い頃、極稀に父が余ったご飯でおじやを作ってくれた。
だし汁に醤油を加え、溶き卵でとじただけのごくシンプルなものだった。
母の料理とは違い、あまりにも強引で粗雑で・・・
だけど、その味は母の料理に負けないくらい美味しくて・・・何より優しかった。
父がその腕を振るうのは決まって僕が母に叱られた時だった。
「ヤス・・・喰うか?」
僕の返答を待たずに台所に向かう父。
そして出来上がったおじやを鍋ごとテーブルに置く。
「食べ終わった食器は流しに持ってけよ?」
いつものお決まりのセリフを言いながら父はおもむろに食べ始めた。
僕は何故か救われた気持ちになって、そのおじやを頬張った。
父と一つの鍋で食べたあのおじや・・・
そして月日は経ち、僕が二十歳を迎えた年に父は他界した。
僕は今、39歳になる。
実家を離れ、見知らぬ土地で新しい家族を手に入れた。
そんな僕が昨夜、何気におじやを作ってみた。
きっかけは些細な事だった。
余ったご飯を冷凍しようにも冷凍庫がいっぱいだったのだ。
僕は台所に立つと鍋に水を張り、だしの素を入れ火にかけた。
煮立つ直前で火を止め、醤油を足す。
だしと醤油の匂いが懐かしさをかもし出した。
あまったご飯を無造作に入れ、中でほぐす。
味見をする。
記憶を頼りに醤油を足して味を調える。
もう一度火をかけ、煮立った頃を見計らって溶き卵を入れる。
そして・・・・出来上がり。
嫁と息子と娘に声をかける。
「おーい、おじや作ったんだけど・・・喰う?」
嫁と息子は即答。
「食べる!!」
娘は夜ということもあってか・・・
「うちはいい。」
ちょっと残念だったが仕方が無い。
三人で鍋から小分けして食べる。
二人の表情を気にしながら食べる。
「美味しい!!」
嫁だった。
「・・・・ありがと。」
照れくさい。
「うん、いける!!」
息子がおかわりをしながら言う。
「そっか、いけるか?」
「うん。これは美味しいよ。」
うれしいもんだ。
父は・・・うれしかったのかな?
それとも照れくさかったのかな?
僕に作ってくれたおじやを今夜は僕が作った。
僕が作ったおじやは家族の記憶に残るかな?
僕の作ったおじやは父のおじやのように優しいかな?
父さん・・・
僕は貴方の優しさを覚えています。
僕は貴方のような優しさを家族に与えてあげれているでしょうか?
いつか・・・
僕はそちらの世界に行くでしょう。
その時に酒を交わしながら語りましょう。
だけどもう少し待っててください。
僕はまだこっちでやらなきゃいけないことがあります。
僕が作ったおじやが貴方の作ったおじやに負けないくらい美味しくできるまで・・・
僕はこっちで頑張ります。
「ごちそうさま!!」
息子が満足そうに食器を片している。
「・・・お粗末様。」
僕は笑顔で答えた。
「また作ってね?」
嫁がうれしそうに問いかけてくる。
「・・・あぁ。」
些細だけど優しくて暖かな空気が流れている。
「よし、明日も頑張るぞ!!」
僕は目を白黒させる家族をよそに天井を見た。
そこにはあの日の父と僕が見えていた。
一つの鍋をつつきながら談笑する二人の姿。
鍋の中身は勿論「おやじのおじや」であった。