なれはての魔法使い
拝啓、この手紙を読んでいるあなた。
忘れないように、消さないように、どうか綴らせてください。
わたしと先生のお話を。
その日、私はおばさまに命じられて森に来ていました。何かとって来いと言われたはずなんですけど、なんだったかな。とにかく、この時期にはないものと、あとで先生に教えてもらいました。
ぼんやりとしていた私は、ついつい花やら虫やらを追って、奥に奥にと迷い込んでしまいました。そうして私は出会ったのです。
村のはずれの森の奥、そこに暮らす魔法使いと。
その日はずいぶんと明るい日差しの日で、木漏れ日が優しく照らしていたのを覚えています。
「あ、コノハモドキ」
木の葉の蝶々が、ひらひらと踊るように、飛んでいきます。ついつい楽しくて鼻歌なんて歌ってしまいました。そうして誘われるように、迷い込むように、私はどんどんと先へ進んでいったのです。
優しい木漏れ日が、だんだんと暗がりにかわっていきました。到底お屋敷には引き返せないところにきて、一軒の小さなお家を見つけたんです。
鬱蒼とした木々にかこまれて、木で建てられたお家は佇んでいました。
「ごめんください。」
途方に暮れたわたしは、戸をたたきます。
くぐもった返事がして、戸が開きました。ローブを身につけた人が迎え入れてくれます。
そう、この人が先生です。この時の先生はとにかく綺麗だったのを覚えています。
「おや、こんなところに人の子が来るなんて珍しい。迷子かな。」
先生は温かい薬草茶をだしてくれました。人好きのする優しい声と、青い香りがホッとさせてくれました。お茶は思いの外熱くて、火傷したのを覚えています。
「はい、おばさまにお願いされて…、迷い込んでしまいました。」
当時のわたしは困り果てて先生に相談したんです。
火傷した舌が痛いのと、帰り道が分からずにめそめそしだしたわたしを、先生は優しく慰めてくれました。温かい手が頭を撫でて、わたしの手を握ってくれました。柔らかくて、すべすべして、わたしは泣きながらうっとりしたんです。
「かわいそうに」
先生にも帰り道はわからないそうで、なおさらメソメソするわたしに、困った先生は、わたしをお家におくことにしました。この日からわたしは先生のもとでお世話になることになったのです。
最初はメソメソしていたわたしですが、なれてくると先生の周りをうろちょろするようになりました。先生は草木と親しくて、いろんな植物のことを教えてくれました。わたしも先生の役に立ちたくて、いろんなことを聞いて、たくさんのことを覚えました。
しっていましたか?あんなに美味しいココの実は、そのままだと苦くてとても食べられないんですよ。お屋敷では甘く煮付けられてたから知りませんでした。
ユルの葉は傷によく効くこと、お腹がしんどい時はカリーユの根を煎じること、コノハモドキの鱗粉は悲しい時に使うこと、水はそのまま飲まないこと、夜に出歩かないこと、問いかけに答えてはいけないこと、歌を歌わないこと。
先生の歌はみんな大好きで、わたしも、植物も、見えない何かまでみんなうっとりして聴きました。不思議と先生が歌うと植物はよく育ち、実をつけるのです。それらは、わたしたちの食卓を豊かにしました。
先生はよく、空に問いかけるように、お願いするように歌いました。わたしも同じように歌おうとして、先生によく止められたものです。
先生はローブで体を隠していました。時々、撫でてくれる手は冷たくて、先生の体を心配したものです。
「夜に出歩いてはいけないよ。怪物になってしまうからね。」
寝るのをぐずるわたしに、先生は寄り添いながら教えました。
「でも、先生は夜にお外に出ます。」
先生はフードの奥で困ったように笑って撫でてくれました。手袋の奥に、ところどころ節ばって、冷たく、蔦の絡んだような感触がしました。まだ柔らかくて、温かい先生の胸元に顔を埋めると土と花の匂いがしました。先生が動くたびにキシキシと、音が鳴りました。
夜の窓を覗いてはいけません。外にいるものにバレてしまうからです。夜の問いかけに応えてはいけません。それは相手を受け入れることだからです。夜の戸を開けてはいけません。招き入れるからです。
わたしはその日、声が外からして、お出迎えしようと戸を開けました。開けてしまったんです。
だって、先生の声に似てたんです。初めて先生の言いつけを破ってしまいました。
帰ってきた先生はわんわん泣きました。歌を歌って、それでもわたしが元に戻らないことを知って、声が枯れるまで歌いました。ローブの奥の体が縮んでも、虫のような羽が生えても、蔦が体を包んでもやめませんでした。
「先生、やめてください。もう、大丈夫です。」
先生が大きな目から涙を流しながら、ごめんねといいました。たくさんの目にわたしがうつっています。
「約束破ってごめんなさい」
先生が泣くから、わたしは歌を歌ってあげました。わたしが歌うたびに、指先で星が散って、先生の体に反射しました。
わたしの指先が青く変わっていきます。
「もう、大丈夫です。わたしも先生と一緒です。」
小さな先生が、わたしの周りで歌います。わたしも一緒に歌いました。先生が虫になって歌えなくなるまで。わたしも歌い続けました。
こうしてわたしは魔法使いに成り果てたのです。




