語られなかったもう一つ物語──童話のプリンセス達の隠された物語──
赤ずきん令嬢は狼騎士の溺愛に気づかない ── 婚約破棄は運命のはじまり
童話インスピレーション第三弾。
よろしくお願いします。
赤い薔薇。真っ赤なりんご。綺麗な夕日。
赤いドレス、揺れるルビー、赤い靴。
昔から赤い物が大好きだった。だって赤い物って強くなれる気がしない?流れる血は赤いのよ?赤は人を強くする。
私の勝負ドレスはふわふわの赤いドレス。グラデーションになっていて、バラの造花がついてるの。
お母様が考えてくれた世界で一つだけのドレス。
皆は私のことを【赤ずきんちゃん】と呼ぶわ。
いい名前でしょ?狼なんてやって来てもこっちが食べてやるわ。おばあさまが狼に食べられるところなんて思えないけど、一応ね。
「ロゼリアお嬢様、シアン様のお迎えがいらっしゃいました。」
「今行く!」
今日は婚約者であるシアン様とのお出かけの日。街に観劇を観に行くの。シアン様は私の理想のような人。
クールな青い瞳は、私の大好きな赤と対照的で相性バッチリ。いつもコバルトブルーの上着を着ていて、とってもかっこいい。
「お待たせしました!…あれ?」
「すみません、ロゼリア様。本日、シアン様は急用ができてしまいまして。代わりに私が代理で参りました。どうぞ馬車にお乗りください。」
「いいわ、今日はもう帰って。」
「いえ、そんな訳には行きません。ロゼリア様を観劇にお連れするよう命じられております。
この観劇はロゼリア様が楽しみにしていたものですから、シアン様も張り切ってボックス席を用意されたんですよ?」
…嘘ばっかり。座席を取ったのなんて従者でしょう?
最近、シアン様になかなか会うことが出来ない。
なんでも仕事が立て込んでいるみたいで、時間が取れないみたい。婚約者として、仕方がないとは思っているけれど、やっぱり寂しい。
「…分かったわ。ダウリスが叱られたら可哀想だもの。行ってあげるわ。」
「ありがとうございます。」
ニコリ、と微笑む黒曜石のような瞳が、月の光に照らされてきらりと光る。あなたに微笑まれても嬉しくないわ。私が見たいのは、サファイアのような瞳なの。そこに映るルビーなのよ?
「出せ。」
御者に向かってダリウスが命じる。命じるダリウスの声は、低い。元々低い声だけど、それだと誤解されてしまう。
「怖い声出しちゃって。優しくしないとダメよ?」
「余計なお世話。そっちだっていつもシアン様の前では猫かぶってるくせに。言いつけるぞ、シアン様に。」
ダリウスは、私の幼馴染だ。そして、婚約者でもあるシアン様の騎士でもある。
ダリウス自身は伯爵家の次男。次男は家を継げないため、誰かに仕える必要がある。シアン様の騎士に決まった時は驚いたけれど、ダリウスが希望したと聞いて納得した。
学園でもダリウスの成績は優秀だったから、第二王子であるシアン様の騎士になることは不自然ではなかった。てっきり、騎士団に入ると思っていたんだけれど。
「観劇なんてくだらねー。」
「まぁ、ダリウスと観るのは正直微妙ね。そうね…せっかく綺麗な満月だし。行きたいところがあるから、付き合ってよ?」
悪戯っぽく笑って覗き込むと、片方だけ眉をあげたダリウスと視線が絡んだ。何を企んでいる?という顔をしている。
「ふふ。この間、お友達から聞いたのよ。王都の近くにある湖に映る満月を見ると、願い事が叶うらしいわよ。ロマンチックよね。
騎士様も一緒だから、夜だけど大丈夫でしょ?ね?騎士様?」
「はぁ……どうせ言ったって聞かねーんだろ。」
「分かっててよく聞くわね?」
「いい性格してるぜ。」
諦めたように嘆息したダリウスは、扉を少しだけ開け、御者に向かって指示を出した。
席に座り直したダリウスに「ありがとう」とお礼を言うと、「たまには素直じゃん」と返ってくる。失礼なやつ。
⸻⸻
「綺麗じゃない!凄いわ、こんな場所があったなんて、今まで知らなくて損していた気分!」
ゆらゆら揺れる水面に映った満月は、普段よりも光り輝いて見えてとても幻想的だ。湖の辺りに咲いた花は、月光をうけてほんのり光って見える。月光花だろうか?実物は初めて見た。
「ほら、早く願い事しろよ。遅くなる前に帰るぞ。夜は冷える」
「そんなこと言っちゃって。せっかくだからダリウスも願い事したら?叶うかもよ?」
願い事…何にしようかしら?隣のダリウスをチラリと見ると、目を瞑り、何かを願っている。
夜の闇に浮かび上がったダリウスの顔は、いつも浮かべている意地悪な笑みとは違い、真剣な顔をしていて、違う人に見えた。
「なんだよ?終わったのか?願い事」
「あ、まだ。考えてる途中。」
「考えてきてねーのかよ?来たがった癖に」
パチリ、と開いた切れ長の目が、少し丸くなった気がした。だれど、瞬きしたらまたいつもの馬鹿にしたような目に戻っていた。気のせいだったのかしら?
「ちょっと待って!すぐ考える。」
シアン様のことを願おうかと思ったけれど、なんだか月に願うのは違う気がする。シアン様のことは自分で叶えるの。それが恋ってものでしょ?
気だるげに待っているダリウスを見て、願い事を決めた。せっかく連れて来てくれたのだ。たぶん、ダリウスは私が観劇に行きたくなかったことを悟って、連れて来てくれたのだろう。シアン様に怒られるのはダリウスなのに。なんだかんだと優しいのだ。この、不器用な騎士は。
「ダリウスの願いが叶いますように。」
心の中でそっと願う。私の願いは自分で叶える。だから、真剣に祈っていたダリウスの願いを叶えてちょうだい、と湖に映るお月様にお願いする。
優しい彼が、幸せになりますように。
⸻⸻
「すまない、ロゼリア。私は運命の人と出会ってしまったんだ。」
王城に久しぶりに呼ばれて、お気に入りの赤いドレスを身につけ、ルンルンで向かった部屋には、大好きなシアン様がいた。
なぜかその腕には、最近噂の隣国の王女様が、ピッタリと巻き付いているのだけれど。
「……はい?」
意味が分からない。分かりたくもない。
そもそもその隣国の王女様は、親交を深めるために留学で来たんじゃなかったのですか?
「聞こえなかったか?
私は、こちらのルシアと結婚することにしたんだ。悪いが、君との婚約はなかった事にしてもらいたい。」
「それは…国王様とお父様はご存知で?」
「まだ話してはいないが、君に了承を貰ったら話すつもりだ。君が了承してもらえないと話を進めるのは難しいからな」
…そんなことはないだろうけど、大方その手に巻きついている女の入れ知恵だろう。
可憐な顔してシアン様を見上げながら、私には嘲笑の顔を向けている。器用な女。
それにしても、シアン様も見る目がないわ。そんな毒々しい赤を選ぶ女の方を選ぶなんて。
王女が着ているのは、黒を混ぜたような赤のドレス。毒のような貴女にはお似合いね。私はいやよ、そんな汚された赤。
「分かりました。」
「君ならそう言ってくれると思ったよ。ありがとう!
あ、ダリウス。送ってあげて?君、ロゼリアと幼馴染だったろ?」
貴方にロゼリアなんて呼ばれたくもない。
婚約破棄した癖に、馴れ馴れしく名前で呼ばないでほしい。なんて、言ってあげない。私が貴方に忠告する必要なんて、もうないわ。
⸻⸻
「災難だったな。」
無言で後ろを歩いていたダリウスが、ポツリと呟く。
災難…そうね、災難だわ。あんな奴に私の貴重な幼少期からの日々を無駄にしたなんて。どうしてくれるのよ。
「呆気ないわね」
口から転がり出た言葉は、やっぱり可愛くない。こういうところがダメだったのかも。
そのまま帰る気にもなれなくて、庭園に出る。庭園には、綺麗な薔薇が咲いていて、いつも来るのが楽しみだった。
「やっぱり、ここは綺麗ね。もう来ることが出来ないのは残念だわ」
「ここの薔薇は、王妃様のお気に入りだからな。」
「そうね。王妃様はセンスがいいもの。」
「ロゼリア、薔薇のように己を磨きなさい。美しいだけでも、綺麗なだけでも駄目よ。女の子はいつでも、棘を持たなくっちゃ。」そう優しく微笑んでくれた王妃様を思い出す。もう、王妃様にも会えない。それは、悲しいことだった。
「何が、駄目だったのかしら。」
私の問いに、ダリウスは答えない。噴水の水音だけが庭園には響いて、そんな音まで綺麗で、本当に嫌になる。
「結構、頑張ったのよ。これでも。」
学園での成績も、王子をサポートするための勉強も、外国語も。国内の地理、貴族、特産。全て頭に入れて来た。──それでも、彼の隣には立てなかったのだ。選んで、もらえなかった。
「知ってるよ。お前は、頑張ってた。」
そう答える声に、ポロポロと涙が頬に伝った。拭うでも、慰めるわけでもなく、ダリウスはただ隣にいた。私が泣き止むまで、ただ一緒にいてくれた。
⸻⸻
「ロゼリアお嬢様、当主様が執務室でお待ちです。」
お父様に呼ばれて、執務室に向かう。きっと、婚約破棄の話を聞いたのだろう。足取りは重い。勝手に了承したことを怒られるのだろうか。それとも報告しなかったことを?どちらにせよ、悪い話だろう。
お父様は大好きだし、優しいけれど、厳しいときには厳しいのだ。きっと怒られる。
「ああ、来たね。こちらに来なさい。」
お父様の隣には珍しくお母様も控えている。婚約の話だからだろうか。いつも優しく微笑んでいる顔が引き攣っている。淑女マナーに煩いお母様が珍しい。表情に出てしまっている。
「…婚約破棄の件ですか?」
先手必勝。先に言ってしまえば、叱られ度合いも下がるかもしれない。そんなことは無いのだけれど。気持ちの問題だ。
「そうだ。ロゼリアには悪いことをした。あんなに馬鹿な王子だとは思わなかった。」
「…はい?」
怒られる…訳ではない?ですと?
「叱らないのですか?王族との縁談が破談になったのですよ?」
「破談も何も、ロゼリアに瑕疵がある訳ではない。国王も王妃もこの件に関しては第二王子に対して怒り心頭でね。そんなに結婚したいなら隣国に行けと、今朝の馬車で王女もろとも隣国に送り返したそうだ。」
「…はい?」
理解が追いつかない。私よりも王女の方が格が高いはず。なのになぜ、そうなるの…?
「ロゼリアは知らなかったか?あの王女は、王女と言っても隣国の国王の隠し子のような子でね。平民として育ったそうだ。あまりの振る舞いに隣国に置いておけなかったようで、ほとぼりが冷めるまでこちらに留学という程で来ていたのだが、まぁ、第二王子は知らなかったようだな。」
「伏せられていたとはいえ、第二王子なら簡単に手に入る情報だ。側近達も居たのに情けない。」とお父様の怒りは継続している。
「そういう訳で、ロゼリアには瑕疵がないよう国王が取り計らってくれた。まぁ当然だがな。
ロゼリアは遊ぶ暇もなかっただろう?第一王子からの縁談もあったのだが、次の縁談はロゼリア自身の希望を尊重しようと持ち帰って来たんだ。
暫くはゆっくり考えなさい。」
「今日はゆっくり寝なさい。考えるのは、明日以降でいい」そういう父と、「よく頑張ったわね。」一言だけ呟き、優しく頭を撫でてくれた母に頭を下げて部屋を辞す。
シアン様のことは好きだったが、恋愛として好きだったと言われると微妙だった。
どちらかというと、両親の期待を裏切ってしまったことと、自分の努力が無駄になった気がしたことのほうがショックだったので、きっと大して好きではなかったのだろう。
両親に認められ、気にすることはないと言ってもらえたことで、かなり肩の荷は降りた気がする。
今までよりも気楽なくらいだ。
「これはこれで、悪くないわね」
スキップでもしたい気分で、廊下を歩く。使用人の目もあるからしないけど。
⸻⸻
「それで?あんまり凹んでない訳だ?」
「なによ、無職。早く就職活動しなさいよ。」
「残念。俺はもう就職先は決まってんの。あとは内定待ち。」
「え?そうなの?どこ?」
「秘密。」
第二王子の側近が解散となり、無職となったダリウスが訪ねて来てくれた。一応、気落ちしているかもしれないと気にしてくれたらしい。なんだかんだでやっぱり優しい。
いつもは低い位置で結んでいる黒い髪を、珍しく高い位置に一つにまとめている。背中に垂れた毛先が跳ねていて、尻尾のようだ。
「ふーん。ま、いいじゃん。身軽になって。」
「そうね、何しようかしら。勉強ばっかりだったから、少しゆっくりしたいわ。」
「そ。いいんじゃない?」
「できれば、何かしたことない事をしてみたいわね。せっかく勉強してきたし、何か新しい物でも作ってみようかしら」
「そんな悠長なことしてたら、嫁に行き遅れるぞ」
「そのときは、ダリウスが貰って頂戴?」
ふふっと冗談で口にすると、零れ落ちそうなくらい見開いた目がこちらを見つめている。
「冗談よ、冗談」
「そんな事、冗談で言うなよ。
何?俺んとこ嫁に来ていいわけ?」
「今更面倒な男のところに嫁ぐくらいなら、ダリウスでいいわね。」
「じゃ、行き遅れる前に来れば?ま、お前の場合は俺が行くことになりそうだけど」
軽く言われた言葉の意味を噛み砕く。つまり、この男は何を言っているのだろう?
「何?自分が言ったんじゃん。来ればいいじゃん、開けてますよ?お前のために、俺の婚約者の席」
「はい?」
「はい、決定。今返事したからな」
「公爵に婚約の挨拶してくるわ〜」と手をヒラヒラさせながら、お父様のところへ向かっていく。
その背中に「何言ってんのよ!!!!!」と怒声を浴びせるが、さっさと去っていった男の姿はもう見えない。
今から追いかければ間に合うが、追いかける気にもなれなかった。それもありか。と思った自分に気づいてしまったから。
それは、それで、ありかもしれない。
あの意地悪な奴と結婚するのも。
⸻⸻
「お前、結婚式のドレスまで赤にすることなくない?」
「いいじゃない。好きなんだから。」
「いいけどさ。」
「そう言う貴方はなんで黒なのよ?普通、結婚式なら白でしょ?」
「そんなの当たり前だろ。
──俺は、赤ずきんの狼なんだから」
耳元で囁かれた掠れた声にドキリとする。
幼い頃に交わした約束を思い出した。
「私は赤ずきんなのよ!」
「それじゃ、俺が狼になって攫いにいくわ」
「望むところよ!返り討ちにしてやるわ!」
そんな、幼い頃の口約束。
「…いつの話してるよ。」
「忘れていたのは、お前だけだよ」
額に熱い唇がふっと触れる。高い位置で括った黒い尻尾が頬に触れてくすぐったい。
私はいつの間にか、この狼に囚われていたみたいだ。それも悪くない。
──これは、赤ずきんを追い続けた狼と
狼に気づかずに歩き続けた赤ずきんのお話
⸻⸻
【後日談】
「彼は、ロゼリアのために第二王子の騎士になったらしいよ。」
そう父に聞いた。
ロゼリアが第二王子との結婚を決めたあと、ダリウスは父のもとに殴り込みの勢いでやって来たらしい。だが、王族との結婚を覆すことはできない。すると、彼は言ったらしい。
「それなら、僕は第二王子の騎士となって、ロゼリアを一生守ります」
そして、ダリウスは本当に第二王子の騎士を実力でもぎ取ったらしい。通常、伯爵家の次男ではなることはできないポジションに。しかも王太子の騎士の誘いを断って。
それを見ていたお父様は、その執念に恐ろしさを感じていたらしい。
そして、第二王子と王女が仲良くなるよう仕向けたのも、実はダリウスだったと聞いて仰天した。「あの程度で靡く奴なら、ロゼリアを渡すわけには行かないと思ってね。」とまさかの父も共犯で、それを聞いたロゼリアは天を仰いだ。
婚約破棄が決まったあとは、ダリウスは父の元へ再びやって来て、「ロゼリアの了承を取るから絶対に結婚させろ、婿入りする。」と宣言したらしい。お母様が両手を挙げて歓迎し、お父様は否定する隙さえなかったと嘆いていた。
そんなこんなで、ダリウスは私の旦那様になったのだ。
⸻⸻
「そういやさ、あの月の噂って本当だったんだな」
「月?なんのこと?」
「覚えてない?月、湖に見に行ったの」
「それは覚えているけど。何?なんか叶ったの?」
脈絡のない話に、キョトンとした顔で聞くと、はぁ…と馬鹿にしたようなため息が返ってくる。本当に失礼な男だ。ムッとした顔をすると、ん!と指をさされた。
「なによ?」
「お前」
「なに?お前って」
「願ったんだよ。
赤ずきんが俺の元に落ちて来ますようにって。」
「…そう。」
あの真剣な横顔が、そんな事を願っていただなんて思いもしなかった。
「お前はなに願ったんだよ?」
「教えるわけないでしょ。
でもまぁ、結果的に願いは叶ったのかもね。」
「なんだよそれ。」
「教えろよー。」という男には一生教えてあげない。
そうね。よぼよぼのおじいちゃんとおばあちゃんになって、また湖に満月を行った時には教えてあげようかしら。
──あなたの願いが叶いますように。
そう願ったのよって。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
現在は長編ファンタジー 【妖精に愛された亡国の王女、少年として軍に潜む 】も毎日連載中です。
亡国の王女が少年として身分を隠し、軍で生き抜く物語です。
姉弟の成長、仲間との絆、淡い恋心を描いた長編作品となっていますので、 ぜひお立ち寄りください。
改めまして、本当にありがとうございました。
ブックマークやいいねしていただけると励みになります!
応援よろしくお願いします。




