第8話:皇帝の独占欲、跪く最強の男
奇跡の花が咲き誇る部屋で、私は自分の力の大きさに立ち尽くしていた。
侍女たちが「聖女様」と呼び、祈りを捧げるその光景が、あまりに現実離れしていて。
「……これほど、喜ばれることだったのですね。私は、ただ……」
「ただ、祈っていただけだと? あの国の無能どもに囲まれながらか」
ギルバート様が、私の肩を抱く腕に力を込めた。
彼の低い声には、私を虐げた者たちへの、剥き出しの殺意が混じっている。
「エルシア。お前のその清らかな力は、もはや私一人の独占欲では抑えきれぬほどに溢れ出している。……ならば、世界に見せつけてやろう。お前が何者であり、誰のものなのかを」
彼はそう言うと、傍らに控えていたルネに目配せをした。
彼女が恭しく差し出したのは、深い夜空のような紺青のベルベットが敷かれた、一足の靴。
それは、帝国の国宝級の魔石「星屑の涙」を砕いて散りばめた、ガラスよりも透明で、ダイヤモンドよりも硬く輝く特製のヒールだった。
「……あ、あの、陛下? これは……」
「お前の新しい一歩を飾るにふさわしい、帝国の至宝だ。……ルネ、下がれ。これは私がやる」
ギルバート様は侍女から靴を受け取ると、あろうことか、私の足元に片膝を突いた。
「へ、陛下!? おやめください、皇帝陛下が跪くなんて……!」
私は慌てて後退りしようとしたが、彼は大きな手で私の足首をそっと、けれど逃れられない強さで掴んだ。
熱い手のひら。
大陸を統べる最強の男の指先が、私の肌に触れる。
「動くな。……お前の足を汚す泥は、私がすべて拭った。これからは、私の用意した輝きだけを纏って歩め」
彼は恭しく、私の左足にその靴を履かせた。
冷たい魔石の感触と、彼の体温。
まるで、目に見えない鎖で繋がれたような、甘美な拘束感。
靴を履かせ終えた彼は、立ち上がることなく、そのまま私の足の甲に誓いの接吻を落とした。
「誓おう、エルシア。お前を二度と、誰の足元にも跪かせはしない。お前が歩む道には、私がすべての薔薇を敷き詰めよう。……お前が望むなら、この世界すべてをお前の足元に跪かせてもいい」
見上げる彼の瞳は、獲物を狙う獣のそれではなく、女神を崇める信者のそれだった。
孤独だった死神が、ようやく見つけた「唯一の神」にすべてを捧げる……。そのあまりに重く、深い愛に、私の胸は苦しいほどに締め付けられた。
「……私は、貴方様を信じても、よろしいのでしょうか」
「信じるな、エルシア。私に、溺れろ。……お前を捨てた者たちが、二度とお前の影にすら触れられぬ高みへと、私が連れて行ってやる」
彼が立ち上がり、私を強く抱き寄せた。
彼の心臓の鼓動が、私の背中に響く。
その頃、王国の迎賓館。
エルシアを失ったジュリアン王子は、荒れ狂っていた。
彼の目の前にあるのは、結界が解けたことで枯れ果てた、かつての「守護の聖域」の無惨な姿だった。
「なぜだ……! なぜ聖女が祈っているのに、大地が死んでいく!? あの無能がいなくなっただけで、なぜだ!!」
彼はまだ知らない。
自分が手放したものが「無能」ではなく、国の命運そのものであったことを。
そして、その少女が今、世界最強の男の腕の中で、自分たちを見下ろすための「翼」を手に入れたことを。




