第7話:鏡の中の奇跡、灰色の瞳が銀河に染まる時
「……信じられない。これが、私……?」
鏡の中に佇む少女を見て、私は自分の指先を震わせた。
侍女たちの手によって磨き上げられ、最高級のシルクを纏った姿。
かつての泥にまみれた「無能令嬢」の面影はどこにもない。
月光を溶かしたような銀髪は背中を流れ、微かな光を放っている。そして何より、灰色の曇り空のようだと嫌っていた私の瞳。
今、そこには星々が爆ぜるような、深遠な銀河が渦巻いていた。
「これこそが真の姿だ、エルシア。お前の瞳は、世界から魔力を奪い、無に帰すだけではない」
背後から、ギルバート様が私の肩に大きな手を置いた。
彼の指が、私の右目の縁をなぞる。その熱量に、肌が粟立つ。
「――再構成するのだ。お前の望むがままに、この世界の理を」
彼が部屋の隅にある、枯れかけた観賞用の花を指差した。
帝国の乾燥した空気と、僅かな瘴気に当てられて、茶色く萎れたその花。
私は、吸い寄せられるようにその花へ歩み寄り、そっと指を触れた。
(……生きて。もう一度、美しく咲いて)
心の底から、ただそれだけを願った瞬間だった。
私の視界が、真っ白な光に染まった。
瞳の奥から、熱い奔流が溢れ出し、指先を通じて枯れた花へと流れ込んでいく。
パキパキ、と音が聞こえるほどの速度で、茎が瑞々しさを取り戻していく。
茶色の花弁は、一瞬にして鮮やかな深紅へと染まり、部屋中にむせ返るような芳醇な香りを振りまきながら、大輪の花を咲かせた。
「……あ……」
驚きに目を見開く私の耳に、部屋中にいた侍女たちの、悲鳴にも似た歓喜の声が届いた。
「奇跡だわ……! 枯死した植物を、一瞬で蘇らせるなんて!」
「聖女様……。本物の、神の御使い様だわ!」
跪き、祈りを捧げ始める侍女たち。
私は戸惑い、ギルバート様を振り返った。
彼は驚いてなどいなかった。ただ、誇らしげに、そして獲物を見つめる獣のような暗い悦びを瞳に宿して、私を見つめていた。
「見たか。これがお前の価値だ。……そして、この力こそが、私が渇望していたもの」
彼は私を強く引き寄せ、耳元で低く囁いた。
「私の帝国には、長年、原因不明の『魔力の枯渇』という呪いが蔓延っている。それをお前の瞳で、お前の祈りで、書き換えてほしい。……断る権利などないぞ。私は、お前を救った対価として、お前のすべてを求めているのだからな」
支配と、救済。
彼の言葉は残酷なのに、不思議と私の心には、必要とされることへの深い充足感が広がっていった。
その頃。
私を捨てたあの王国では――。
宮廷魔導師たちが、真っ青な顔でジュリアン王子の前に平伏していた。
「報告いたします! 守護の聖碑が……完全に沈黙いたしました! 王都を覆う結界が消失し、魔獣の群れが国境に迫っております!」
「なんだと……!? 聖女は何をしている! 早く再起動させろ!」
「……無理です、殿下。イザベラ様がどれほど魔力を注いでも、聖碑は拒絶するように光を失うばかりで……」
王子が椅子を蹴り上げ、怒号を響かせる。
彼らはまだ気づいていない。
彼らが「無能」と呼び、泥の中に放り出した少女こそが、この国の心臓そのものだったということに。




