第6話:鉄壁の黒竜宮、目覚めればそこは神話の寝室
深い眠りの中から私を引き戻したのは、嗅いだこともないような、芳醇な花の香りと柔らかな陽光だった。
ゆっくりと瞼を持ち上げると、そこには見知らぬ天井があった。
白磁のような滑らかな石材に、金糸で緻密な細工が施された天蓋。横たわっているベッドは、まるで雲の上に浮いているかのように深く、私の体を優しく包み込んでいる。
(……ここは、どこ?)
呆然としながら上体を起こそうとすると、シルクのシーツがさらさらと肌を滑り落ちた。
驚いて自分の体を見れば、泥に汚れたあの破れたドレスはどこにもなく、代わりに、透けるほど薄く柔らかな、最高級の寝衣を纏わされていた。
「――お目覚めか。我が月よ」
部屋の隅、影の中から低く、心地よい声が響いた。
窓際に置かれた豪奢な長椅子に腰を下ろしていたのは、ギルバート様だった。
彼は漆黒の軍服を少しだけ緩め、手にしたクリスタルのグラスを揺らしながら、私を熱っぽく見つめている。
「……陛下。私は、どうして……」
「馬車の中で眠りこけたお前を、そのまま運び込んだ。ここは私の居城、黒竜宮の最上階……私の寝室だ」
さらりと告げられた言葉に、私の顔は一気に火照った。
皇帝陛下の、寝室。
本来ならば、一国の王女ですら足を踏み入れることを許されない、この帝国の聖域。
「案ずるな。お前を愛でる前に、まずはその痛々しい体を癒すのが先だ」
彼が指を鳴らすと、控えていた十数人の侍女たちが、音もなく部屋に入ってきた。
彼女たちは私を見るなり、感嘆の吐息を漏らし、一斉に深く頭を下げた。
「エルシア様。お体の具合はいかがでしょうか。陛下の命により、貴女様を世界で最も美しく磨き上げる準備が整っております」
それからの時間は、私にとって魔法のようだった。
薔薇の花弁を浮かべた白金の湯船に浸かり、香油で髪を洗われ、熟練の職人たちが私の肌を真珠のように磨き上げていく。
「信じられませんわ……。これほどまでに美しい髪と肌を、放置していたなんて。あの王国の者たちは、目が腐っていたに違いありません」
筆頭侍女のルネが、呆れたように、けれど恍惚とした表情で私の銀髪を梳く。
鏡の中に映った私は、もうあの「泥に沈んだ令嬢」ではなかった。
磨き抜かれた銀糸の髪は月の光を放ち、栄養を蓄えた肌は雪のように白い。そして何より、私の瞳――。
かつて「不気味な灰色」と蔑まれた瞳が、今は深い銀河のような輝きを帯び、見たこともない魔力の光を宿していた。
その時、背後にギルバート様の気配がした。
侍女たちが一斉に退がり、彼が私の背後に立つ。
彼は鏡越しに私と視線を合わせ、その大きな手で私の肩を抱いた。
「どうだ、エルシア。これがお前の、本当の姿だ。……誰にも触れさせず、私だけが愛でるにふさわしい、帝国の至宝だ」
彼の熱い視線が、鏡の中の私を侵食していく。
私は初めて、自分の「美しさ」という名の武器を、そしてそれを独占しようとする男の「狂気」を、肌で感じていた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
ようやく、エルシアの「真の美貌」がそのベールを脱ぎ始めましたわね。泥を落とした彼女の輝きに、ギルバート様だけでなく、読者の皆様も目を奪われてしまったのではないでしょうか?
「無能」と蔑まれていた彼女が、実は「宝石」であったこと。
これこそが、逆転劇の醍醐味ですわ。
少しでも「エルシアが美しくなって良かった!」「ギルバート様の独占欲がたまらない!」と感じていただけましたら、
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貴方の星一つが、エルシアをさらに輝かせる魔法のドレスに変わりますの。
これからもどうぞよろしくお願いします!
それでは、次回の更新もお楽しみに。




