第14話:民衆の祈り、エルシアがもたらす『黄金の雨』
中央帝国の帝都ガレンベルク。
その中心にそびえ立つ「太陽の広場」には、数万の民衆がひしめき合っていた。
帝国の悩みは、深刻な魔力の枯渇と、それに伴う慢性的的な大地の乾燥だ。
ひび割れた石畳、埃っぽい風、そして何より、希望を失いかけていた人々の虚ろな瞳。
そこへ、ギルバート陛下が「新たな聖女を披露する」と宣言されたのだ。
「……陛下、本当に、私にできるのでしょうか」
広場を見下ろす大バルコニーの影で、私は震える指先を組んだ。
隣に立つギルバート様は、私の肩を力強く、けれどこの上なく優しく抱き寄せる。
「案ずるな、エルシア。お前はただ、この国を『愛しい』と願えばいい。……お前のその清らかな想いが、そのまま世界の理になるのだから」
彼の合図で、バルコニーの重厚なカーテンが開かれた。
溢れ出す陽光。
そして、私の姿が民衆の前に晒された瞬間――広場は、水を打ったような静寂に包まれた。
月の光を溶かしたような銀糸の髪が風になびき、ルネが仕立てた白銀のドレスが、一歩ごとに虹色の光を放つ。
民衆は、あまりの美しさに息を呑んだ。
それは、暴力的なまでの神々しさ。
「……ああ、なんという……」
「あれが、陛下が見つけ出されたという、伝説の……」
私はゆっくりと、広場に向けて両手を広げた。
かつて、王国の冷たい地下室で一人、ただ祈り続けていた時と同じように。
けれど今、私の隣には、私を世界で一番価値ある存在だと断言してくれる男がいる。
(……この国の人々を、救いたい。この乾いた心を、潤してあげたい)
その瞬間、私の瞳の奥で銀河が爆ぜた。
「虚無の瞳」が発動し、大気中に漂う淀んだ魔力を一瞬で「純粋な力」へと書き換えていく。
快晴の空から、不意に光の粒が降り注いだ。
それは雨ではなかった。
透き通るような黄金色の雫。
一滴一滴が濃厚な魔力を孕んだ、伝説の『黄金の雨』。
雫が地に触れた瞬間、ひび割れた大地から瑞々しい緑が芽吹き、瞬く間に美しい花々が広場を埋め尽くしていく。
人々の肌に触れた雫は、長年の疲労や病を癒し、彼らの瞳に輝きを取り戻させた。
「雨だ……! 魔力の雨だ!」
「大地が、大地が蘇るぞ! 万歳! ギルバート陛下万歳! エルシア聖女様万歳!!」
怒濤のような歓声が、地響きとなってバルコニーを揺らす。
数万の民が、まるで神を仰ぐように一斉にその場に跪き、私に向けて祈りを捧げ始めた。
私は、自分の力でもたらされた光景に涙をこぼした。
「無能」だと、あれほど蔑まれていた力が、ここではこんなにも多くの人を笑顔にする。
「見たか、エルシア。これがお前の真価だ。……そして、お前を讃えるこの全ての民が、お前の信徒となる」
ギルバート様は、跪く群衆の目の前で、私の腰を抱き寄せ、その唇に熱い口づけを落とした。
民衆からは更なる熱狂的な歓声が上がる。
彼は私の耳元で、独占欲を孕んだ低い声で囁いた。
「お前はもう、誰にも渡さない。この国すべてが、お前のために剣を振るうだろう。……お前を捨てたあの愚かな王国が、後悔に震えながら滅びゆくのを、この高みから共に見届けようではないか」
黄金の雨に打たれながら、私は確信した。
私はもう、二度と泥を啜ることはない。
私を愛し、崇めるこの世界こそが、私の居場所なのだと。




