第13話:枯れ果てた王都、聖女の偽りが剥がれる時
アステリア王国の王都は、いまや腐臭と絶望に包まれていた。
かつてエルシアが守り続けていた「守護の聖碑」は、今や見る影もなくひび割れ、どす黒い煤のようなものに覆われている。
結界が消えた空からは、浄化されることのない淀んだ雨が降り注ぎ、街路の木々は枯れ、人々の顔からは生気が失われていた。
「……っ、どうした、イザベラ! 早く祈れ! 魔力を注げと言っているんだ!」
ジュリアン王子の怒声が、静まり返った聖域に響き渡った。
彼の目の前では、義妹のイザベラが、真っ青な顔をして聖碑に手をかざしている。
「やってますわ、殿下! でも、この石が……私の魔力を、ちっとも受け付けてくれないんですもの!」
イザベラの指先から放たれるのは、キラキラとした、けれど中身のない、ただの「光のつぶて」。
それは彼女が学院で「天才」と持て囃されていた、見栄えを良くするためだけの装飾魔法だった。
根源的な「浄化」や「創造」の力など、彼女は最初から持ち合わせていなかったのだ。
パキィィィィィィィンッ!
乾いた音が響き、聖碑の表面が大きく崩れ落ちた。
その瞬間、王都を辛うじて守っていた最後の魔力が霧散し、遠く国境の向こうから、魔獣たちの不吉な咆哮が風に乗って届いた。
「ひ、ひぃ……っ! 殿下、助けて! 死にたくありませんわ!」
イザベラがジュリアンの腕に縋り付く。
だが、今のジュリアンには、彼女を愛おしむ余裕など微塵もなかった。
彼は、聖碑の台座に刻まれた、小さな、けれど確かな「祈りの跡」を見つけたからだ。
そこには、長年、誰かが裸足で立ち続け、額を押し当てて祈り続けたことで摩耗した、小さな窪みがあった。
(……待て。エルシアは、いつもここにいたのではないか?)
脳裏に、かつての婚約者の姿がよぎる。
パーティーの華やかな輪には加わらず、いつも図書室や、この冷たい聖域に一人でいた、地味で「無能」な女。
『ジュリアン殿下、今夜の結界は少し不安定です。どうか、国境の警備を強めてください……』
そう進言してきた彼女を、自分は何と言って追い返しただろうか。
『無能が知ったような口を利くな。イザベラの光を見ろ、あれこそが聖女の力だ』……そう笑い飛ばしたはずだ。
「……ああ。……あああああッ!!」
ジュリアンは、自分の頭を抱えてその場に崩れ落ちた。
イザベラが「奇跡」だと言って見せていた光は、エルシアが整えた肥沃な魔力の土壌があったからこそ、輝いて見えたに過ぎない。
自分が泥の中に放り出したのは、不気味な女などではなく、この国の「心臓」そのものだったのだ。
「エルシア……エルシア……! どこだ、どこへ行った! 戻ってこい、命令だ! 私を、この国を助けろ!」
天に向かって叫ぶジュリアンの声に、応える者は誰もいない。
その頃、中央帝国の離宮。
エルシアは、ギルバート様が用意してくださった、温かなミルクティーを一口啜り、ふう、と小さく吐息を漏らしていた。
「……陛下、このお茶、とても落ち着きますわ」
「そうか。お前を不安にさせるものは、この世界に二度と近づけさせはしない」
ギルバート様は、彼女の柔らかな銀髪に指を通し、独占欲に満ちた瞳で彼女を見つめる。
王国を覆う「絶望の雨」と。
エルシアを包む「至福の陽光」。
交わることのない二つの世界の境界線で、逆転劇は静かに、けれど決定的な結末へと向かっていた。




