第11話:帝国騎士団の戦慄、陛下が拾ったのは本物の女神でした
黒竜宮の奥深く、鉄と汗の匂いが染み付いた第一訓練場。
そこには、大陸最強と謳われる帝国近衛騎士団の精鋭たちが集結していた。
「……おい、聞いたか? 陛下がわざわざ隣国の国境まで出向いて、女を拾ってきたらしいぞ」
「ああ。しかも、あの『死神』と恐れられる陛下が、自ら馬車まで抱きかかえて運んだというじゃないか」
屈強な騎士たちが、柄にもなく色めき立っていた。
彼らにとって、皇帝ギルバートは絶対的な強者であり、慈悲など微塵も持ち合わせない冷酷な主君だ。その主君が「女を連れ帰った」という事実は、帝国の屋台骨を揺るがすほどの大ニュースだった。
その時、重厚な鉄の扉が開き、地響きのような静寂が広がった。
現れたのは、漆黒の軍服を完璧に着こなしたギルバート様。
そして、その傍らに、震える小鹿のように彼の手を握る一人の少女――私だった。
(……怖い。こんなに強そうな方ばかり……)
私は、ルネが用意してくれた、活動的でありながら最高級の刺繍が施されたドレスに身を包んでいた。磨き上げられた銀髪を揺らし、私は俯き加減に歩を進める。
騎士たちの視線が、一斉に私に突き刺さった。
刹那。
訓練場全体の温度が、数度下がったかのような錯覚に陥った。
私の隣を歩くギルバート様から、肌を焼くような強烈な圧迫感が放たれたのだ。
「――貴様ら。その不躾な視線を、私の宝に向け続けるつもりか?」
低く、地を這うような皇帝の声。
騎士たちは一瞬にして顔を青ざめ、一糸乱れぬ動きでその場に膝をついた。
「へ、陛下! 失礼いたしました!」
「よいか、よく聞け」
ギルバート様は私の肩を引き寄せ、騎士団全体を見下ろして宣告した。
「この女性はエルシア。我が帝国の未来を照らす聖女であり、私の魂そのものだ。彼女の髪一本にでも傷をつけた者がいれば、その一族ごと処刑に処す。……例えそれが、私の命に従った結果であろうとな」
あまりに重すぎる、そして過剰なまでの宣言。
騎士たちが息を呑む中、一人の女性騎士が立ち上がった。
燃えるような紅蓮の髪を一つに束ね、鋭い美貌を誇る女性――近衛騎士団長、ロザリア様だ。
「陛下。……そのお方が、噂の『虚無の瞳』を持つという少女ですか?」
「そうだ、ロザリア。貴様に彼女の護衛を命ずる。……ただし」
ギルバート様はロザリアを射抜くような目で見つめ、付け加えた。
「私以外が彼女に触れることは、女である貴様であっても許さぬ。……分かったな?」
「……はっ。徹底いたしますわ」
ロザリア様は呆れたように肩をすくめたが、その視線が私に向けられた瞬間、彼女の瞳に驚愕の色が走った。
私の瞳――銀河の光を宿した銀の瞳が、無意識のうちに訓練場の隅で「魔力切れ」を起こして放置されていた練習用のゴーレムに反応したのだ。
私がただ、そのゴーレムを「かわいそうに」と見つめただけで。
ガガガッ……!
放置されていたゴーレムが、突然、眩い光を放ちながら再起動した。
それも、以前とは比較にならないほどの高純度の魔力を纏って。
「な……!? 触れもせずに、魔導回路を完全修復した……!?」
ロザリア様の叫び声が響く中、私は首を傾げた。
「……あの、何か、いけないことをしてしまいましたか?」
「いけないことどころか……。お嬢様、貴女は自分が何をしたか分かっておいでですか?」
ロザリア様が、先ほどまでの警戒心をどこかへ飛ばしたような、熱い視線を私に向ける。
騎士たちもまた、恐怖ではなく、畏怖と感嘆の眼差しで私を見つめ始めていた。
ギルバート様は満足げに鼻を鳴らし、私の腰を引き寄せた。
「見たか、ロザリア。これが私のエルシアだ。……さあ、皆に跪かせろ。この国の女神の誕生をな」
私は、帝国最強の騎士たちが、私の前で誇らしげに剣を捧げ持つ姿を、ただ呆然と見守ることしかできなかった。




