第10話:崩壊する王国と、世界で一番甘い誓い
「……エル、シア……。嘘だろう? そんな、馬鹿なことが……!」
ジュリアンの声は、情けなく震えていた。
つい数日前まで、泥の中に突き飛ばし、ゴミのように捨てたはずの「無能」な婚約者。それが今、大陸最強の男に愛でられ、目も眩むような輝きを放っている。その事実に、彼の自尊心は無惨にひび割れていく。
「お姉様……! そのドレス、その宝石……! それは私が、アステリアの『聖女』である私が持つべきものよ!」
イザベラが逆上し、我を忘れて私に掴みかかろうと一歩踏み出した。
だが、その瞬間。
「――控えろ。不浄な泥が、私の宝に触れるな」
ギルバート様が指先を僅かに動かした。
目に見えぬ衝撃波がイザベラを襲い、彼女は悲鳴を上げてその場に尻餅をつく。広間の冷たい大理石に、彼女の安物に見えるドレスが惨めに広がった。
「あ……あう、……あ……」
「イザベラ! ……皇帝陛下! これはあまりにも無礼ではないか! エルシアはもともと我が王国の、私の婚約者だ! 返してもらおう!」
ジュリアンが、恐怖を塗りつぶすような虚勢で叫んだ。
その言葉に、会場中の貴族たちが一斉に冷ややかな視線を向ける。
「返せ、だと?」
ギルバート様が、地獄の底から響くような声で笑った。
彼は私の腰をより強く抱き寄せ、ジュリアンの足元を――いや、彼が立っている「王国の未来」そのものを踏みにじるように宣告する。
「お前たちが泥の中に捨てたものを、今さら『宝』と気づいて手を伸ばすか。……残念だが、お前たちにその資格はない。お前たちが彼女を捨てたその瞬間に、アステリア王国の寿命は尽きたのだ」
その言葉を裏付けるように、広間の窓から夜空を見上げていた者たちが悲鳴を上げた。
遥か遠く、アステリア王国の方向。
そこには、国を護っていたはずの「黄金の結界」が完全に霧散し、不吉な魔力の赤黒い光が空を染めているのが見えた。
「な……結界が……!? そんな、何かの間違いだ!」
「間違いではない。……ジュリアン殿下。私が、あの聖碑に力を注いでいたのです」
私は、ギルバート様の胸の中で静かに告げた。
「貴方様が『無能』と蔑み、排除しようとした私の力が、この国を支えていました。……ですが、もう私はアステリアの人間ではありません。ですから、あの国を守る理由も、もうどこにもないのです」
「……エルシア、嘘だろ……頼む、戻ってきてくれ! お前がいないと、国が……私が終わってしまうんだ!」
ジュリアンが這いずるようにして私に手を伸ばす。
だが、その手はギルバート様の冷徹な軍靴によって遮られた。
「二度と、彼女の名前をその汚い口で呼ぶな。……衛兵、この無礼な『亡国の亡霊』共を叩き出せ。我が帝国の空気までもが腐る」
帝国の騎士たちに両脇を掴まれ、ジュリアンとイザベラは惨めな叫びを上げながら会場から引きずり出されていった。
彼らを待つのは、魔獣に侵食され、崩壊していく故国の地獄。
もう、二度と私に届くことはない絶望の果て。
静寂が戻った夜会の中心で、ギルバート様は私を優しく抱き上げ、ベランダへと連れ出した。
夜風が、私の火照った頬をなでる。
「……終わりましたのね」
「ああ。……いや、始まったのだ、エルシア」
ギルバート様が、私の両手を包み込み、その銀の瞳をまっすぐに見つめる。
「お前を捨てた世界は終わった。これからは、私が作るお前のためだけの世界が始まる。……愛している、エルシア。お前の瞳に映るすべてを、私が幸福だけで塗りつぶそう」
月光の下、彼は私の唇に、誓いという名の熱い口づけを落とした。
甘い痺れが全身を駆け抜ける。
泥の中に沈んでいた銀の月は。
今、世界で一番強い男の腕の中で、太陽よりも眩しく輝き始めたのだった。
第1章・完結!
本話もお読みいただき、本当にありがとうございました。
ついに、エルシア様が完全なる勝利を収めましたわ!
王子の惨めな懇願を切り捨て、皇帝陛下の腕の中で幸せを掴み取る……。この瞬間のために、今までの苦難があったと言っても過言ではありませんわね。
「捨てたことを一生後悔しても、もう遅いんですのよ」
そんなエルシア様の心の声が聞こえてくるような、最高の締めくくりに、私も胸がいっぱいです。
もし「第1章、最高にスカッとした!」「二人のこれからがもっと見たい!」と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価(★★★★★) をお願いします。
皆様の応援が、第2章でさらに暴走するギルバート様の溺愛と、エルシア様が「帝国の女神」として君臨していく物語を紡ぐエネルギーになりますの。
これからも、西園寺ミオの描く「至高のハッピーエンド」にお付き合いくださいませ。
それでは、第2章・開幕をお楽しみに!




