第1話:卒業パーティーの断罪、解けた刺繍のドレス
読者の皆様、はじめまして。
本作は、すべてを奪われた少女が、最強の皇帝陛下に拾われ、とろけるような愛を注がれながら世界をひっくり返す「逆転劇」となっております。
理不尽な絶望の先に待つ、最高に甘くて残酷なハッピーエンド。
どうぞ、最後の一文字までお楽しみくださいませ。
シャンデリアの光が、残酷なほどに眩しかった。
王立学院の卒業記念パーティー。音楽と笑い声、高価な香水の香りが充満するホールの中央で、私――エルシア・フォン・アステリアは、冷たい床に膝をついていた。
「エルシア! 貴様のような薄汚い、心まで醜い無能女が、この聖なる学び舎を卒業するなど片腹痛い!」
頭上から降り注ぐのは、婚約者であるジュリアン第一王子の罵声だった。
彼は隣に、私の義妹であるイザベラを侍らせている。イザベラは、かつて私が母から譲り受け、大切にしていた極上の絹で作られたドレスを身に纏い、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
対して私のドレスは、イザベラが「もう飽きたから」と投げ捨てた、数年前の流行遅れの代物だ。しかも、パーティー直前に侍女の手によって、裾の刺繍が目立たないように解かれていた。動くたびに糸が引きつり、惨めに綻んでいく。
「殿下、おっしゃらないで……。お姉様だって、魔力が全くない『無能』として生まれたくて生まれたわけではないのですから……。ただ、アステリア公爵家の名を汚し続けたのは、事実ですけれど」
イザベラがわざとらしく瞳を潤ませて追撃する。周囲の貴族たちは、私を憐れむどころか、汚いものを見るような目で嘲笑を浮かべていた。
「そうだ、無能なだけではない。貴様はイザベラを階段から突き飛ばそうとし、あろうことか毒まで盛ろうとしたそうだな。証言は揃っている!」
「……そのような、身に覚えのないことを。私は、ただの一度も……」
掠れた声で反論するが、王子の声にかき消される。
本当は知っているはずだ。イザベラが自作自演で転び、毒を盛ったフリをしたことも。そして、私がその「無能」と蔑まれる力で、この国の結界を密かに維持し、夜も眠らずに魔力を注ぎ込んでいたことも。
けれど、真実などこの場には必要ないのだ。
彼らが求めているのは、完璧で美しいイザベラと、それを引き立てるための「醜い悪役(私)」なのだから。
「言い訳は見苦しい! エルシア・フォン・アステリア、貴様との婚約をこの場を持って破棄する! さらに、アステリア家からも除名し、今すぐこの国から追放処分とする!」
追放。
その言葉が投げつけられた瞬間、会場にどよめきが走った。
魔力を持たない女が、護衛もなく国境を越えれば、魔獣の餌食になるのは目に見えている。それは、死ねと言っているのと同じだった。
「さあ、衛兵! この女を直ちに引きずり出せ! 私たちの輝かしい未来に、これ以上の泥を塗らせるな!」
王子の合図で、銀色の鎧を着た衛兵たちが私を左右から掴み上げる。
無理やり立たされた拍子に、解けていたドレスの裾が派手に破れた。剥き出しになった私の足首を見て、貴族の令嬢たちが扇子で口元を隠し、「はしたない」「野良犬のようね」とささやき合う。
悔しくて、唇を噛み締めた。
鉄の味が口内に広がる。
涙を流してはいけない。ここで泣けば、本当に彼らの望む「哀れな敗北者」になってしまう。
私は、引きずり出される直前、一度だけ振り返ってジュリアンを見た。
王子の瞳には、私への嫌悪しか映っていない。私を信じてくれたことなど、一度もなかったのだ。
「……いつか、後悔なさいますわ」
小さな、消え入るような声。
王子はそれを鼻で笑い、イザベラの肩を抱き寄せた。
ホールを追い出され、冷たい石廊下を引きずられながら、私は夜空を見上げた。
窓の外では、今にも雨が降り出しそうな重い雲が垂れ込めている。
アステリアの誇りも、母の形見のドレスも、明日への希望も。
すべて、あの光り輝く広間に置いてきた。
――けれど、この時の私はまだ知らなかった。
私が捨てたのは、絶望だけだったということを。
そして、この後に待ち受ける「死神」との出会いが、私の灰色の世界を、誰の手も届かない黄金色に変えてしまうことを。
雨が、降り始めた。
私の頬を伝うそれが、涙なのか雨粒なのか、もう誰にも分からなかった。
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