第十三章:託すもの ――“父と娘”
夜。
砦の中庭に、ひときわ大きな月が昇っていた。
レイは一人、剣の手入れをしていた。
その刃に映る自分の顔を見つめながら、ふと呟く。
「……この顔にも、ようやく慣れてきたな。
でも、やっぱり……父上の前では、少し照れる。
前世に自分より年下の男を父上と呼ぶのはなんか恥ずかしいからな。」
そのとき、背後から足音がした。
「……まだ起きていたか。」
「父上」
ビートが手にしていたのは、黒革の包みに包まれた細長い箱だった。
「出発前に、渡しておきたいものがある。」
レイは目を細める。
「何だろうか?」
ビートは無言で箱を差し出した。
レイが開けると、そこには――
**一本の短剣**が収められていた。
柄には、グレンツゲ家の紋章。
だが、刃は古びており、ところどころに細かな傷が刻まれていた。
「……これは?」
「お前の母が使っていたものだ。
“レイ”という名も、彼女がつけた。
“すべての根源は無から始まる。無はなしではなく、すべて”という意味だそうだ。」
レイは、そっと短剣を手に取った。
手に馴染む重み。
それは、どこか懐かしい感触だった。
「……母上の、剣」
「お前が生まれたとき、彼女はこう言った。
“この子は、きっと誰かの道を照らしつなぐものになる”と」
レイは短剣を見つめながら、静かに言った。
「……私は、誰かの道を照らし、つなげているのだろうか。」
「それは、お前が決めることだ。
だが、少なくとも私は――
お前の背中に、過去、何度も救われた。」
レイは短剣を鞘ごと受け取ると、胸元につけた。
「ありがとう、父上。
これは、持っていく。
……きっと、これが必要になる気がするから。」
ビートは頷いた。
「気をつけろ。
神殿は、表の顔だけではない。
お前の目で、真実を見極めてこい。」
「もちろんだ。
だが、もし私が帰れなかったら――」
「帰れ。必ずだ。
それが“辺境伯を継ぐ者の”の務めだ」
レイは目を伏せ、そして小さく笑った。
「……了解した。」




